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第16話 噛むんじゃない、ニルっ。

ダンジョンマスター格言その16

夢の続きを見せるかどうか、ダンジョンマスターにとってはそれが大事だ。代償は己の命なのだから。

 心を落ち着け、気配を消し、俺は3体目のことを考える。


 必要なのは、機動力と斥候能力。


 軍が侵攻する際は、必ず補給部隊がやってくる。

 その部隊とは、軍隊の屋台骨。回復魔法やアイテムなどにより、軍全体を支える役目を担っているが、その中には兵糧などの、物資を管理する役目を担う兵站部隊がいる。狙うのはそこ。


 もし兵糧を奪えたなら、間違いなく大打撃を与えられる。当然だ、腹が減っては戦争なんてできやしない。奪えずとも減らせば、軍は焦るに違いない。


 なので、そこを強襲する役割と、地下で閉じられた弱肉強食の世界にいる、魔素溜まりの魔物達を地上へ誘導する役割を担うのが、3体目の魔物。

 どちらの任務も、機動性が必要になる。よって、機動性に長けていることが重要。素早く、そして空を飛べるとなお良いね。


 しかし、それだけではいけない。


 軍隊は、ダンジョンに攻め込む以上、相手が魔物であることを知っている。ダンジョンモンスターはすべからく魔物なのだから。

 であれば、相手が人の足以上に速いことも、空から飛んでくるかもしれないことも、全て予想している。特に、森では奇襲が有効過ぎるからね。

 当然、警戒し、高い次元での対処力を有しているはずだ。

 速いから、空を飛べるから、と、それだけの理由で強襲が成功する可能性は低い。


 きちんと、身を隠し、探れる力も必要だ。よって、斥候能力に長けていることも重要。


 そしてやはり、強さも伴わなくては。

 ふっふっふ。


 セラからは、少し強くしても良い、と言われている。


 ある程度以上の強さが必要なことは、俺よりもセラの方が良く分かっているだろう。正直、俺は戦いに関して全くの素人なので。

 

 強くして良い許可は既に出た。そして今、セラはいない。

 少し強く、とは如何ほどか。具体的に明言されていない以上、それは俺の些事加減。俺は戦いの素人なのだから、どこまですれば良いか、なんて事は一切分からない。


 心配だよー、やっても足りなかったらどーしよー、なら仕方ないよねー、多めでも仕方ないよねー。

 やるぜぇ、やっちまうぜぇ。けえーけっけっけ。


『ご主人様』

「はああっはいいいぃ。なんでしょう、なんでございましょう」


 その時、セラさんから通信が入った。

 用件が何かは分からないが、焦ってしまう俺。

 大丈夫、大丈夫だ、まだバレちゃいないはずだ。慌てるな、平静を装えっ。


「ななななななななんだい?」

 俺は、極めて冷静に返事をした。

『また、性懲りもなくPを注ぎ込もうとしているので、ご連絡を差し上げました』

 しかし、バレてしまった。くそう、どうしてだ。


「というか、通信機能使いこなしてますねえ」

『ご主人様から、光栄にも頂けましたので、励みました。これからより一層、忠誠高く、誠心誠意務めます』

 通信機能や、ダンジョン内の様子を見るマップの使用権限を、俺は生成する度に授けている。


 本来、ダンジョンモンスターに与える必要はないのだが、だって有った方が便利じゃない。だって無いと不便じゃない。だって最終階層に誰もいなくなるんだから、せめてそれらが無いと、気づいて貰えないじゃない。切実な問題じゃない。

 そんな理由であげた権限が、彼女達のやる気をより一層高めたようだ、やったぜ。


 くそうっ、どうすれば良いんだっ。


『とは言いましても、ご主人様のその辺りは、もう諦めました。どうぞご自由にお作り下さい。機動力に長けていれば、他は構いません』

 ……な、なんだって?


「セ、セラ……」

『Pの上限として、ローズとキキョウ以下。つまり18000Pを最大とさせて頂きますが、あとはどうぞ、ご自由に生成して下さい。どうやら、ご主人様の生成する魔物は、強力な能力や特性を有するようですから』

「ありが、ありがとうセラ」

『いいえ、メイドですから』


 なんてできたメイドだろう。

 こんな素晴らしいメイドが、俺なんかの元にいて良いのだろうか。いいや、良くない。それなら――。

「……いや俺、少ないPで作るよ」


 そうだ。それなら俺が、変われば良い。

「セラの言うことを、ちゃんと聞くよ。そうだよ、セラが1番、俺の未来のことを考えてくれてるんだもんな」

 心を入れ替えて、そんな素晴らしいメイドに相応しい主になれば良いんだ。セラ、俺はやるよ、セラ、だから――。


「だから、セラっ、この暴れるマキナを止めてくれ。ダンジョンコアをサンドバックにしているマキナを、止めてくれーっ」

 俺は思いのたけを叫んだ。


 ……。


 ……。


「通信が切れているっ」

「うおおおおおおおっ。どりゃああああっ。せええええいっ」

 ドゴオオオン、ドゴオオオン、と一撃毎に家が吹き飛び、というかもうほとんどの壁が吹き飛んだ我が家。

 そして殴られ続けるダンジョンコア。

 押入れを開いたと思ったら、まさかそんな使われ方をされるなんてっ。


「やめ、やめてマキナ。ダンジョンコアを殴らないで。そりゃあダンジョンモンスターからは、いくら攻撃されようと無傷だし、動きもしないんだけど、見てて怖いよ。心臓がドキドキするよ、見て、俺の手と足、震えてるよ、まるで小鹿さんだ」


「ぐおおおおお、どらあああっ。食らええぇ、ブレスっ」


「竜魔法の方だよねっ? 竜因魔法の方じゃないよねっ? 竜因魔法だとコア壊れちゃうよ、俺もお前も死んじゃうよっ」

 青白く光輝く暴風が駆け抜ける。


 半壊であった我が家は、余波で残る部分も全て吹き飛んだ。


「あー、スッキリ。酔いも冷めたぜ」

「そ、そう、良かったよ。スッキリしたのは酔いだけじゃなくて、我が家もだけどね」

 跡地になっちゃった。


「やっぱ酔ってるとちょっと頭の回りが悪くなるよなー。ダンジョンモンスターだから状態異常扱いになって、思考能力落ちるし。この状態なら負けねえだろ、うっしゃ、やっぱアタシが最強」

 ……ああ、生きてて良かった。


「んじゃあ、ちょっくらまた雑魚を殲滅してくるかな」

「え、ここにいてくれよ。新しい子を生成するんだから、誰かいてくれないともしもの時ヤバイよ。いやヤバイ事が起きるかも、って時点でダンジョン的にヤバイんだけどさ」

「行ってきまーす」


 ドン、とジャンプして空を飛んでいくマキナ。ああ、戻ってくる気配ねえな。

 ……。

「……オルテー、オルテー。戻ってきてー、今なら飴100本セットあげるよー。アイスも付く――」

「来た」

「早いっ」

 まあこれで良し、と。

「……早く……、早くっ」

「ああっ、はいっ、すみません」


 オルテに飴とアイスをあげて、俺は、我が家跡地でゆっくりと3体目のことを考える。


「飛べる系飛べる系……結構多いな」

 今日も大活躍、ソート機能の検索機能。飛べる魔物というざっくばらんな括りでも、しっかりと魔物を検索してくれる。

 しかし所詮ソート機能、飛べる魔物を揃えてくれるだけで、どの程度飛べるのかや、魔物の能力的なものは教えてくれない。


「鳥、とそれから虫もいるのか。多いなあ、でも魔境にはどっちも多いだろうから、このどっちかかな」

 生成のPは、周囲の環境に大きく影響されるので、魔境に生息してそうな魔物を選ぶのが正しい。

 どんな魔物が生息しているのか、ハッキリとは知りませんが。

 俺は基本的に何も知らない。


「あ、そうだ。今のところ全員人型にしてるし、人型、もしくは人化を持ってるやつが良いな」

 そっちで揃えたら、勲章も手に入るだろうからね。

 最早種族や属性を揃えた勲章が手に入ることはない、取れそうなのは積極的に狙いましょう。悪口じゃないのが良いね。


 飛べる魔物は、何も鳥や虫だけではない、他にもたくさんいる。

 竜だってそうだし、悪魔だってそうだ。マキナやセラだって自由自在に飛べる。

 けれども、被らないを意識すると、鳥か虫、機動力を思えば、鳥だろうか。


「人型の鳥、って言うとハーピィか」


 足が鳥で、腕が翼の魔物。

 強いかどうかは分からないけれど、上位種ならどの道強くなる。


『 ハーピィ

  ハイピュイア・・・900P

  キングハーピィ・・・500P

  クイーンハーピィ・・・300P

  ナイトハーピィ・・・100P

  ・・・・

  ・・・

  ・・ 』


 基本的に安いね、最高値のハイピュイアですら、ローズやキキョウのPでも20体生成できてしまう。

 いや900Pの魔物どころか、100Pの魔物でも、本来は高い部類なんだけどさ。

 20階層ダンジョンだったら、最終階層の守護者がその辺りなんじゃないかな?


 それにハーピィ種で1番安いただのハーピィは30Pだが、それはゴブリンの3倍のP。


 魔物の、大本の生成Pにおける強さの違いは、加速度的に開くもの。

 10Pと20Pの魔物の生成Pは、倍違うが、まあ大体一緒な強さだ。

 しかし100Pと200Pの魔物の強さは、大きく違う。

 そして1000Pと2000Pの魔物の強さは、べらぼうに違う。


 つまり、10Pのゴブリンと30Pのハーピィは、Pこそ3倍違うが、強さは大して変わらない。

 Lvとステータスの関係だと、10PのゴブリンはLv0で人間換算ステータスLv20程度。成長率は0なのでそのままずっとLv20程度。

 30PのハーピィはLv0で人間換算ステータスLv31か2かその辺り。成長率は0じゃないが、0.1とかそんなもの。Lv165辺りが壁になるのだが、そこまで上げてもLv50程度にも届かない。

 活用する階層は低階層なので、ステータスはそこまで絶対に上がらない。


 つまり別に安くはない、むしろ割高。飛べるからかね、割高。悲しいね、人気なさそう。


 まあ良いのさ良いのさ。

 やっぱり飛べるってのは強いよ。

 それにハーピィは全体的に知能が低く、そこが弱点になってしまっているのだが、ネームドモンスターになれば頭はかなり良くなる。

 俺をアホ呼ばわりできるくらい……。


 まあ、大元の生成Pが高い上位種は、基本的に頭がかなり良いが。

 俺をアホ呼ばわりできるくらい……。


 ……。


「とりあえず、ハイピュイアにしましょう」

 一種類だけ名前が違うとか、夢がある。ローズもキキョウもそう言えばそうだったな。やはりロマンは大切だ。


『 ハイピュイア

   ユニーク

   性別:指定無し

   造形:人間型 翼背中 ・・・500P

   性格:指定無し

   特徴:神速 ランダム魔眼 ・・・1200P

   適性:指定無し

   能力値:全能力成長率上昇 ・・・2700P 』


 案外全身を人型に変えると、P消費が大きい。


 だって鳥の足だと不便そうじゃん。……いや鳥の足の方が木にぶら下がれるか? ……いやまあでも人の足だって立派なもんさ、大丈夫さ。

 ともかく手が翼になってるのはきっと不便だ。全身人間型は間違っていない。


 あとは、特徴の神速がめちゃくちゃ高かったなあ。凄い特徴はやはり高い。

「さて、現在元々の900Pと合わせて5300P。行くぜっ、18000Pまで、ノンストップだっ」


『 ハイピュイア

   ユニーク

   性別:指定無し

   造形:人間型 翼背中 翼収納可能 快活そう カール髪の毛 人間換算年齢15歳 神が与えた絶世の容姿 羽1枚1枚が綺麗 ・・・2100P

   性格:楽天家で天然で能天気 非常時の集中力は高いが普段はのんびり家 食べることが大好き 泣き虫な部分もあるが勇気あり仲間思い 食べることを邪魔するやつには容赦ない 初めて見る物は食べておく主義 ・・・2100P

   特徴:霊鳥 大食らい 腹減り 食らい尽くす者 お腹壊さない 予測不能 天真爛漫 神出鬼没 亜空の支配者 亜空間食 大地を揺るがす突撃野郎 馬鹿 ド天然 神速 瞬身 換毛期一瞬変化 ランダム魔眼 ・・・6450P

   適性:斬撃 短剣術 投擲術 強奪術 回復魔法 毒耐性 麻痺耐性 悪臭耐性 罠発見 罠工作 開錠 隠密 逃亡 嗅覚 味覚 思考 学習 快食 手加減 HP吸収 ・・・3750P

   能力値:全能力成長率上昇 ・・・2700P 』


 丁度18000P。


 造形は可愛らしく。

 性格も可愛らしく。そして侵入者達の兵站を奪えるように。

 特徴も可愛らしく。変な物食べてお腹壊さないように。あと魔眼。

 適性はいっつもこんな感じさ。

 能力値もいつも通り。


 限度目一杯。

「やったったぜ」

 完璧、完璧じゃないかっ。


『これで生成を開始します。よろしいですか?』

「もちろんっ」


 俺がそう言った瞬間、水色と緑色の入り混じった、明るい色の靄が出現する。


 そして、それが晴れると同時に、明るい緑色の短めのクルクルした髪と、背中に同色の大きな翼を生やした美少女が現れる。


 性別指定はセラとローズにしかしていないのに、残る4人もみんな女の子。

 可愛いからグッドですがね。


「名前はニルだ。よろしくなニル」


「……」


「……、?」

 返答が返って来ない。

 あれ、オルテと同じ無口タイプか? そんな性格にはしてないよな、むしろ明るいほうじゃ?


「どうしたニル」

「お腹空いたー、ご飯ー」

 なるほど、お腹が空いていたと、さすが兵站強奪任務従事者。頼もしい、準備万端じゃないか。

 ちょっと早いし、ダンジョンモンスターってそもそもお腹減らないけど。


『 名前:ニル

  種別:ネームドモンスター

  種族:ハイピュイア

  性別:女

  人間換算年齢:15

  Lv:0

  人間換算ステータスLv:125

  職業:ダンジョンの残飯処理班

  称号:大食い女王

  固有能力:ド天然 ・予想し辛くなる。

      :神性 ・神威魔法使用可能、精神体変化可能。

      :真実の魔眼 ・右、真実を見抜く。

      :暴食因果 ・暴食に交わる。

  種族特性:食欲旺盛 ・何でも食べられ何でも栄養に変えられる。大量に食べることができる。

      :ハイピュイアの翼 ・空を自由に飛ぶことができる。

      :空間制御 ・上下左右の空を支配し、支配領域内の空に住む住人の行動を制御する。

  特殊技能:エネルギードレイン ・生命力と魔力を干渉するたびに吸収する。

      :ニアスペース ・亜空間移動を行う。

      :バニッシュフード ・食料を一瞬で消失させ、食す。

  存在コスト:2700

  再生P:18000P 』


 明るい緑色の短い髪。屈託の無い笑顔。


 その笑顔は俺が飯をあげたからだが、ともかく。


 赤青のバランスが良い紫色の左目と、クリーム色に近い灰色の右目。全てを見透かすような威圧感を持つ灰色だ。

 無邪気な顔に、そんなものがあるのだから、違和感も強いはず。しかしそんなものは全くなく、むしろ相応しいと思えるほどのバランス。


 大きな翼は白と緑が混じりあい、体の線は細く手足もしなやか。


 体に凹凸は少ないが、バランスのとれた体系で、背中の翼もそれを手伝う自然な風体。


 そして首をコロっと傾げる様はとても可愛らしい。

 可愛らしいが……、何をしてくるか分からない恐怖感がある。まるで――。

「痛い痛い痛いっ。俺の体はご飯じゃないから。ほら、はい、ご飯、ご飯よ」

「わーい」

 俺を食料として見ているかのようだ。


 ダメージは受けないが噛み付かれると心理的に痛い。マジで食いにきてるし。

「ご飯、ご飯よ、これがご飯よ言ってごらん」

「ごはん」

「そして俺はご飯じゃないよ言ってごらん」

「ごはん」

 ダメだ……。

 どうやら相当アホな子のようだった。

 誰だ、ネームドモンスターにすれば頭が良くなるとか言ったのは。


「おかわり」

 そして相当な腹減り子のようだった。

 誰だ、腹減りなんて設定にしたのは。


 全て俺さっ。


 そういう設定にしたからなあ、進軍してくる軍の兵糧を食い潰す使者としての役割ということでね。

 そうしたらねえ、まさか種族特性にも食事系があるとは。

 固有とで2倍だよ2倍。暴食因果ってなんだよ。大食らい、ってなんか面白そうってつけてみたけど、確実に失敗だった。


 しかし、ニルには、もう1つ謎の固有能力があった。

 神の性と書いて、神性。


「ニル、神性って何?」

 俺は、ニルにその力を尋ねてみる。ダンジョンモンスターは、生まれながらにして、自らの力を完璧に引き出すことができる。赤子から育つわけじゃないダンジョンモンスターの特徴ですね。


 なので、聞けば簡単に分かる。

 さあ、神性とは、一体っ。


「……新しいごはん?」

 ……。

 謎が謎を呼ぶ迷宮……。ニルの固有能力にあった神性、神威魔法使用可能。俺の知識にはない……。

 あ、今加わったわ。ええっと、なるほど。俺からすれば、竜因魔法みたいなやつね。


 神が定めたルールを無視できる、最強の剣、最強の盾。ダンジョンのルールすら無視できる、最強魔法。それが神性であり、神威魔法。

 ……なるほど。コイツが馬鹿で良かった。


「おかわり、おかわり、おかわり。おかわりーっ」

「痛-っ、痛っ、痛いよ」

 噛まれた。痛い。ダンジョンモンスターからの攻撃で痛みは受けないはずだが、痛かった。つまり神威魔法使って来やがった。コイツが馬鹿で良いはずなかった。


「あ、何気に初ダメージ、初ダメージが味方なのかっ?」

 いや初ダメージも、と言うべきか。

 正直予想していたことではあるけれど、予想以上に悲しみが深いっ。


 と、ともかくまあ、ハイピュイア、ゲットだぜ。


 元々空間魔法だったり、MP吸収だったりを持っており、特殊技能を多く有する種族。

 ステータスもそれほど高くなく、種族特性も強くないが、役割を果たすには最適な子になった。

 さすがは俺。

 明日死ぬって称号は伊達じゃないぜ。獲得したのは昨日だから、今日が死ぬ日ですがね。


 ……誰に殺されるんだ……、犯人候補が多すぎるぜ。なんてこったい。


「ハグハグ、はぐはぐ。美味しー」

 ニルを見る。

 嫌がらせで白ご飯1P分山盛りにしてやったのだが、嬉しそうに食べている。罪悪感が凄いぜ。漬物くらい出してやれば良かった。


 1Pって言ったら1万円だよ? 安い品種の古米だから、換算すると120kg分あるよ。それをまあガッツガッツと、勢い良く。

「というかニル、ちゃんとお箸を使いなさい。他のハイピュイアと違って君には手があるでしょ?」

 俺は割り箸をニルに渡す。

「……。……。……、がぶっ」

「痛いっ」

 箸ごと手を食われた、やべえぜコイツ。狂犬でもここまで噛み付いてこねえよ。


「あ、こら割り箸はまだしもビニールは食べちゃダメでしょ。吐きなさい、ペっしなさい」

「がぶっ。あるじ様美味しい」

「痛いっ。あるじ様は食べ物じゃありません。言ってみな、あるじ様は食べ物じゃありません」

「あるじ様美味しいっ」

 ううーん。

 ううーん。


「ニル」

 俺が悩んでいると、飴を舐めていたオルテが、いつの間にかニルの隣にいた。

「はぐはぐはぐはぐ」

 ニルは一心不乱に食べている。

「お箸」

 まさかオルテ、ニルに箸の使い方を教える気か?

 やめておけっ貴様も手を食われるだけの結果に終わるぞ。


「ジー……」

 ほらジーっとジーっと見ているじゃないか、まるで獲物を見定めるようにっ。

「分かったお箸ー」

 食わないだとぅ?

 なぜだ、俺のことは、食料としてしか見ていなかったくせに。どうしてっ。


「……こう持つの」

「んー、難しい食べにくい」

「大丈夫。……ニルならできる」

「じゃあ頑張るー」

 オルテにそう言われたニルは、一生懸命箸を使って白ごはんを食べる。グー持ちになってしまっているが、それでもさきほどのように、口だけで食べたりはしない。

 なんと、なんという。

「……お姉ちゃんだから」


 ニルの造形の設定にあった、人間換算年齢15歳は、オルテの要望。全員の人換算年齢が、自分より年上であることを少し気にしていたようで、ニルが自分よりも年下であることを望んだのだ。

 そしてダンジョン暦、生成P、ダンジョンでの役割、元々の種族P、人間換算年齢、その全てが下の、まごうことなき妹が誕生。

 面倒を見るその姿は、まさにお姉ちゃん。


 なんだろう、ちょっとうるっと来たぜ、最近涙脆くていかんね。


『ご主人様、使用Pに対しての文句はありませんが、なぜこのような性格特徴にしたのかは、この馬鹿な私に分かるまで、ゆっくりと説明して頂きますね」


 なんでだろう、涙が、涙が溢れてくるや、最近涙脆くていかんね。


「ううう」

 俺は泣いている。

「ふっふーんふっふっふふーん」

 ニルは謳っている。

「……」

 オルテは黙っている。


「うううううぅ……」

「ふふふはっふーん、お腹空いたなーお腹ーはっふーん」

「……」


 ……カオスみてえな空間だな。人が泣いている横で鼻歌を歌っているやつと一切喋らないやつと。

 涙も引っ込むわあ。


「……」

「……」

「……」


 ……なんで急にみんな黙る。さっきまでのふふーんはなんだった――。

「ニル? ニル?」

「あうー……」

「よだれがっ、よだれが凄い、凄いことになってる」

 俺の目から流れる水が止まったと思ったら、今度はニルの口から、滝のような水が流れ落ちていた。

 半開きの口から、涎をダラダラダラダラと垂れ流し、目は一点を見つめているニル。

 狂ってしまったのだろうか、いや急すぎるよ。前兆をくれよ。

 しかし……人型の結構可愛らしい顔でそれをやられると、正直ドン引きだ。


 俺はよだれを拭いてやりながら、ニルが見開き集中する、その視線の先に目をやった。

 そこにはオルテ。俺達からすれば、いつもの見慣れた光景、オルテが飴を舐めている姿があった。


 ああ、なるほど、欲しいのか。


「あうあうあうあう」

 怖いなあ。

 すると、それに気付いたオルテは、自分が舐めていた飴をパキッと割った。残り4分の3の棒についた塊と、4分の1の大きさの破片に分かれた飴。その破片をオルテはニルに渡す。


「……、半分、いる?」

 いや、それ半分ではねーよ。

「良いのーっ、ありがとうオルテーっ」

 それでも飛び上がって喜ぶニル。良いのかニルよ、まあ良いんだろうな、俺はモヤモヤするけど。


「……お姉ちゃん、だから」

「オルテお姉ちゃーん」

 ニルはオルテに抱きつき、飴を受け取り口に放り込んだ。

 オルテは姉と呼ばれたことに、嬉しそうな笑みを浮かべ、幸せそうな顔で飴を舐めるニルの頭を撫でている。

 ……姉って言うなら半分あげなよ。モヤモヤするぅ。まあでも両人が良いなら良いし、オルテが人に飴をやるだなんて、凄い成長じゃないか。ツッコミたい気持ちはあるが俺は嬉しいよ。


 ゴリゴリ、ボリ。

 ニルは景気よく飴を噛み砕く。とても幸せそうだ。甘い物も結構好きなんだな、参考にし――。

「おい……」

 オルテ?

「今……何した、おい」

 豹変。オルテさん?


「今……何した?」

 ニルは固まっている。

「今……何した?」

 繰り返すなよ、怖いよ。今何か変なことあった?

「え? え……あう……」

 ほら、あのお馬鹿なニルが、凄いオロオロしてるじゃない。どうしたんだい?

「今……、噛んだでしょう? 飴……」

「う、うん。お腹減ってて、えっと」


「ニル……一つ教えてあげる……」

「な、なに……?」


「飴は……噛むものじゃない。舐めるもの……」

 そこに怒ってたの? え、いや他にも怒るところはなかったけど、え?


「飴は舐めて味わうもの。その甘さを、溶けかけの美しさを目と舌で。無くなる刹那のあの暴力的なまでの美味しさ、なくなったことの悲しさ。そして言い知れぬ満足感」

 どうしたどうした。無口設定どこいった。

「まだあるという安心感と少なくなっていく焦燥感、不安感。でもそれを包み込むようなあの幸せな味わいを、楽しむ。それが飴」

 めちゃくちゃ喋るじゃないですか。すげー怖いよ。今まで喋れって言っててごめんなさい。


「それを噛むなんて言語道断。あの味を味わわずこちら側の都合だけで終わらせるなんて飴に対して無礼極まりない」

 飴ってそんな存在だっけ? 無礼とか無いよ?

「オー、飴、もう一セット」

「あ、はい」

 俺は言われるがままに1P使用し、棒つきのキャンディ100本セットをオルテに渡す。


「あと1度だけチャンスをあげる。これを、飴に感謝して食べて。もちろん食べ方は分かるはず。ねえニル」

 やべえ、やべえよこの人。

 だって100本全部差し出してますよ、明らかに常軌を逸している。

「あ、う、あ」

 普段常軌を逸していそうなニルですら、困惑極まりないもの。


 ニルの助けを求める視線が宙を彷徨い、俺に着弾する。俺は、サッと目を逸らした。


「あ、う」

「さあさあさあ」

 ニルは、飴を舐め始める。

 良かったー、俺がしなくて。俺が最初に渡されてたら、俺がああなってたよ。俺も飴を噛んで食べる派だからね。いやあ良か――。

「今……不穏な空気が……」

「飴って舐めて食べるものですよねえ。当然」

「……お前は分かってる。……さあ1本」

 何も異論を唱えずに、俺はしっかりと両手で飴を受け取って、舐めて頂きました。


 逆らったら何されるか分からないし、さっさと食べて、僕は早くお仕事に戻ろう。家を建てよう。

「味わえよ」

「もちろんですよ。ゆっくり食べます。とっても美味しいですねペロペロ」

 後ろで、ニルが飴を無理矢理舐めさせられるのを感じながら、俺は早くみんな帰って来いと念じ続けた。


 ちなみに、ニルが飴を食べ終えるまで、全員に通信拒否をされ続けた。

ええ、はい。

お読み頂き誠にありがとうございます。


今後も誠心誠意、健全なダンジョン運営を心がけたいと思っております。

質問感想、評価等々、お待ちしております。

今後ともよろしくお願い致します。

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