第9話 貴女の持ち場は18階層なんです、そこは14階層なんです。
ダンジョンマスター格言その9
配下はPを得るための道具ではない。
掘っ建て小屋に備えられた窓から、暖かく優しい光が家の中に差し込んだ。
ダンジョンマスターとしての、2日目の朝日が昇る。
2日目か。
なんだか、それ以上に長い時間が経った気がしてならない。
「えーっと、じゃあ立てた12のプランの内、ひとまずはこれで行くと」
「はい。それで良いかと思われます」
なぜなら寝てないからね。寝させてなんて貰えないからね。
24時間交代もなく営業中、通常の3倍稼動さ。確かに我がダンジョンはブラックダンジョンだったようだ。
繋げてしまった時は、一体どうなることかと思った、が、やっぱり今も変わらず、どうなることかと思っている。
「幸いPには、まだ余裕もございます。調整も容易いかと。町の監視ですが、私の蝙蝠にさせますのでご安心下さい」
左斜め前に座っていたセラが立ち上がり、テーブルの上に散らばった書類を集め、背を揃える。
メイド服を着込んだ、まさにクールビューティーと言えるセラは、昨日からも、ずっとテキパキ動き通し。用意した12のプランも、ほとんどセラが作ったようなものだ。
国の動向が完璧には予測できないため、腹案の腹案まで用意された12のプラン。その立案にも決行にも俺は必要ない。
ダンジョンマスターの重要な仕事だと言うのに、俺に仕事を、俺に仕事をくれっ。
しかしセラは優秀、有能だ。
夜を通して行われた激しい話し合い、舌戦、いや戦いだった。何度冷たい目で見られた事か。
優しい性格、心を包む慈愛、それらはどこにあるんだろう。確かに選択項目としてはあったはずなのに……。
「優しさや慈愛がなければその顔を、幾度引き裂いていたのか分かりませんので、ちゃんとありましたよ」
凄くあるようだ。良かった。
……、めちゃくちゃ心読まれるし、めちゃくちゃ怖いんですけど、メイドってこれで合ってるのかなあ。教えて、異世界の知識っ。
「んあーーーーー、良く寝た」
掘っ建て小屋に、太陽の光と仄かな熱が充満した頃、マキナが目を覚ます。
上半身を起こして、気持ち良さそうに伸びをするマキナは、結局キングサイズの布団を独り占めして眠っていた。
「スッキリだぜ」
羨ましい、あの子こそ、睡眠必要ないのに。
セラはティーポットから、暖かく匂いたつ紅茶を注ぎ、俺とマキナと自分の分を、テーブルに置いた後、マキナの近くに行き、ズレて落ちかけていたタンクトップを整える。
なんてソツのない動きだろうか。
俺がマキナを見ないようにと、紅茶を俺の席に最初に置いたんだろう。いや、俺が一応主人なわけだから、俺の席に一番最初に置くのが当然か……、うん。まあセラはやはりスーパーメイドだ。
そう、スーパーメイドなんだ、心を読んだりするのも朝飯前だろう。
理由が分からないのは、怖いのだけだ。
大きく伸びをしながら歩いてきたマキナは、俺の右斜め前の席に、ドカッ、と腰掛ける。
「どっこらせっと。あ、飯」
「いらないだろ」
「いるよ」
「いるのかよ」
そんなマキナに、俺はポンポンとPを使って料理を出す。
惣菜パンと、インスタントの粉スープ。どうせどっか行く時に持って行くんだろうから、ちょっと多めに生成してみた。
「では私も頂きます」
あ、セラも食べるんだ、そう。じゃあ俺も食べよ。
「いりませんよね」
「い、いるよ」
「昨日お菓子を内緒で食べてましたよね?」
食べられなかった……。まあダンジョンマスターには食欲も睡眠欲も何もないんだけどさあ。お菓子はまあアレだよ、そういうんじゃない。
しかし、そうだな……。
「次すれば今度こそ、その顔を引き裂きますよ」
慈愛があって本当に良かった。
冷酷さと微笑が似合う、クールビューティーセラ。決して逆らってはいけない。公爵だが、まるで女王様のような、逆らってはいけない威圧感、カリスマ性を出してくる。
王より威圧感のあるメイドってどうよ。
ていうか俺はダンジョンマスターなんだから王じゃねえか、創造主じゃねえか。そんなのを顎で動かすメイドってどうよ。
どこの国の野郎だ、異世界の知識にメイドは良いものだなんて情報を入れたのはっ、許さんぞ日本人。
「黙って菓子食うとか最低だな」
「すみません」
「次したらコアぶっ壊すぞ」
「すみません」
情熱と笑顔が似合う美少女マキナ。決して逆らってはいけない。死ぬから。
コアは破壊しちゃいかんよ……。
用意した朝食を、2人が綺麗に食べていくのを眺めていると、マップ上で動きがあった。ダンジョン内で夜営をしていた軍が、再び動きだしたようだ。
もう数百mでダンジョンを出る、という位置で夜営をしていたので、軍は朝食が終わる頃にはダンジョンの外へ出ていく。
『17566名パーティーを撃退しました。5400Pを獲得しました』
すると、そんなアナウンスが。
「おお、マキナの咆哮のおかげかなあ、Pが入ってきたよ」
Pを得る方法は、侵入者を倒す他に、侵入者を追いだす、というものがある。
しかし、微々たるものだ。先ほども1人1Pも獲得できていない。そのため、普段は全く気にすることのないもの。
それなのに、5400P。
なんとまあ。
それに、撃退時にPを得るための条件である、相当量のダメージも、死んだ上級竜が与えたものと、マキナが階層外から与えたもの。
なんとまあ、誇りの欠片もない。
「あー、落ち着くー」
しかし気分は晴れやかだ。
手に負えない侵入者がダンジョン内にいると、ダンジョンマスターには、結構ストレスがかかる。
1人1人でも強いのに、戦争は基本的に全員でパーティーを組む。尋常じゃないストレスで胃はずっとキリキリキリキリ。
勇者だとか、そんな存在がいなかったため、まだマシと言えるのかもしれないが、さすがにLv200が二桁もいると、非常に辛い。
ただでさえマキナのアンポンタンが、最終階層のボスのくせに低階層まで出撃して、殺戮活動を行っているから胃が痛むというのに。
いやはや、これで気分良く今日も活動できるぜ。
「んで、どんくらいしたらまた来んだ? あいつら」
「予測でしかありませんが、3ヶ月後、といったところでしょう」
「ふーん、結構空くな」
「再編成にも手間取るでしょうからね。ただ、その3ヶ月までに何度か、先遣隊のような冒険者パーティーが来ることは、予想されます」
「ほうほう」
食後のお茶を飲みながら、マキナとセラは今後の情勢を話し合っている。切迫しているというのに、なぜこんな優雅なひと時を過ごしているのかは分からないが、まあ感心なことだ。
「ごちそうさまー、んじゃあ行ってくるー」
「お気をつけて」
そして紅茶を飲み終えたマキナは、元気良く家から飛び出し、まるで、地震と台風が一度に来たのか、と思うほどの衝撃と共に飛んでいく。
「行ってらっしゃーい、20階層から出ちゃだめよー」
……。
……。
……はいもう出た。
出ちゃった。
俺の言うこと何にも聞いてない。
ストレスの原因はダンジョンから出たはずなのに、どうして胃のキリキリが収まらないんだ。
勝負して勝ったら従うって約束してんだけどなあ。
記憶をすぐに取り出せるのがダンジョンの住人、すなわちダンジョンマスターの俺の長所なのだが、そこに疑問を持ってしまうくらい、簡単に階層から出て行ってしまった。
凄い勢いで飛び周り、隠れても無駄だと言わんばかりにマップで探し出し、魔物をボコスカ倒しているマキナさん。
階層を跨いでの殺戮は、止めて下さい。僕の胃が持ちません。
せめてマップがなければ……誰だあんなものを与えたやつはっ。
にしてもグッスリ寝たからか知らないけど、元気だなあ、暴れまくりだよ。俺も寝たい、寝て胃の辛さを忘れたい。
「ご主人様」
「はい、準備しまーす」
しかしそれは許されない。
我が家のメイドの察知スキルは半端じゃないのだ。寝たいという俺の、心の感情を読み取ったのだろう。今後メイドを作るときは、察知適性をつけないようにしよう。
俺は、怪しくなっている自分の記憶力に強く刻む。
「では私もLv上げを兼ねて、行って参ります」
「うん行ってらっしゃい」
セラは家の中に空間のひずみを作り出す。そのひずみはスクスクと大きくなり、中に自然豊かな景色を映す。その段階で、セラは入って、マップを一気に移動した。
「え、Lv上げって言いました? 貴女18階層の守護者なんだから18階層以外で戦っちゃダメよー」
セラが通った空間のひずみは、消えて行く。
それから少し経ち、魔物を倒したアナウンスは2倍に。
……。
魔物が出す断末魔も2倍に。
……。
「ギシャアアーッ」
「グルアアアアーッ」
「ブルルルルゥー」
『侵入者、甲殻蜥蜴種・グロンドリザードを倒しました。443Pを獲得しました』
『侵入者、虎種・タイガーアーガイルを倒しました。510Pを獲得しました』
『侵入者、牙豚種・バーニングボア・個体名レバプロを倒しました。1055Pを獲得しました』
やめてくれ、やめてくれ。
俺のせいじゃない、俺のせいじゃないんだ、セラが勝手に……。しかしそんなことを言っても、死に行く彼等にはなんの贖罪にも、慰めにもならない。
安全な場所だったはずのそこは、絶対強者の出現によって、地獄と化した。
彼等は思うだろう、誰がこんなことをしたのかと。
彼等は呪うだろう、こんなことをした誰かを。
悪逆なる誰かを、非道なる誰かを。
そう、そんな魔物を派遣した、ダンジョンの主、ダンジョンマスターを。
「やめてくれーっ」
『すみません、うるさいので通信切りますね』
「めちゃくちゃ聞こえてるじゃねーかっ」
だったらやめなさいよっ。
というか、マキナが留守にするからセラを生成したはずなのに、2人共階層外でLv上げに勤しむって、それってどうよ。
20階層のマキナがどこかへ行っても、19階層からこっちへ入って来られないようにと、セラさんを18階層の守護者にしたはずなのだが、セラよ、今そこは14階層じゃないか。
魔物が1匹でも来たら俺が死んでしまうことを、この2人は分からないのだろうか。
分かってたら、とっても怖いなあ。
「セラ、もしもし、セラさん」
『なんでしょう』
全く悪びれる様子のない、いつも通りの透き通る声。どうしてここまで普通の精神状態でいられるのか。ダンジョンモンスターからしても、自らの階層外で戦うというのは、忌避感があるはずなのに。
「そこのところどうなんです?」
『忌避感はありますが、ダンジョンの変更を行うためには仕方ありません。そこに侵入者がいては変更できないのですから。敬愛するご主人様の勅命と思えば、なんのそのです』
「なんていう使命感でやってくれているんだ。……だったらもうちょっとご主人様を思いやってくれませんか?」
『では、ご主人様を敬愛するのをやめましょう』
「そっちやめちゃったかー」
立てたプランにおいて、重要な役割を持つ変更を、俺達は今から順次行っていく。
これをできるだけ早く行うことが、今後の勝敗を担う、と言っても過言ではない。だが、まさかそんな一大事が、殺戮の理由になってしまうとはっ。
「いや、追い払うってことでも大丈夫だからね。それに場所はどこでも良いんだから、いないところでも……。これからはそっちでお願いできませんかね」
『すみません、少々電波が悪いようです。なんと仰いました?』
「これって電波で繋がってるんでしたっけっ? えっと、まあはい、倒すんじゃなく追い払――」
『しかし……、もしご主人様が、追い払うようにと仰ったならば、大変ですね。時間が多くかかってしまいますので、ご主人様の方へ魔物が向かった場合、助けに行くのが遅れます。場合によっては、間に合わないこともあるかもしれません』
「え……」
『おや、そう言っている間に、魔物が17階層に入ったようです。しかし、追い払うのであれば時間がかかります。変更は一刻も早く行いたいですし、そちらを優先しましょう』
「もしもーし、セラさーんっ」
『それにしても追い払う、ですか。どちらへ追い払いましょう。うーん、やはり内側へ追い払うべきですかね』
「セラよ、命令だ。邪魔するやつは全てなぎ払えっ、我がダンジョンに侵入してきた愚か者など、全て滅ぼしてしまえっ」
『かしこまりました、仰せのままに。マキナ、聞いていましたか?』
『おー、聞いてた聞いてた。そう思ってたんなら早く言ってくれよな、任せとけよマスター』
「……」
……。
マキナは面倒見良く、認めた者に従順。
セラは真面目で忠義に厚く、優しく世話好き。
ダンジョンの住人、ダンジョンモンスターやダンジョンマスターの記憶は決して失われず、思い出したいと思ったときには、必ず思い出すことができる。
だから、俺には、彼女達を生成したその時のことをよく思いだせるし、性格項目に付けたその設定も、忘れちゃいない。
ダンジョンの設定が間違えるはずないので、それらは彼女等に確実に反映された。
彼女達は優しく、そして俺に忠実。
ゆえに、俺の命令に今従っているのだろう。
『うらあ、死ねえ、カタストロフブラストーっ。あっはっは、アタシ最強っ』
『メルトダウン。さあ、同族同士食い合いなさい。ふふふ、醜いですね』
必殺技で魔物の群れを、周囲の自然ごと一瞬にして塵へと変え、魅了し侵入者同士で殺し合わせ、2人は、俺の命令を叶えられた喜びで、笑っているのだ。
だからそう、悪いのは彼女達ではない。
そう、それこそがこの俺、ダンジョンマスターさっ。
「……」
……。
「なんてこっ……」
……。
「……」
……。
「なん……」
……。
「……」
……。
「…………」
お読み下さりありがとうございます。
一生懸命ダンジョン運営頑張ります。
質問感想や御指摘等々いつでもお待ちしております、よろしくお願いします。




