第114話 41階層から75階層。
悪逆非道のダンジョンマスター心得その3
Pは計画的に借りましょう。
さて、続いて41階層以降。
ここからは、階層守護者を倒さなければ先の階層へは進めない……わけでもないが、階層ボスは、ダンジョン最高戦力であるネームドモンスターが務める。
踏破の腕輪? 踏破の指輪?
そんなものを、一笑に付するような、いかれてない猛者が相手だ。
そしてもちろん、それ以外のダンジョンモンスターや地形環境などの構成も、侵入者を倒す用のものとなっている。
ゆえに、ダンジョンはここから、ここから始まる。
先ほどまでの、侵入者に住処や恵みを与えるような優しさは全て捨て、欲望を煽り、その命を飲みこまんとするダンジョンが、始まるのだ。
41階層から50階層。
半径70kmから半径50kmまでの、20階層もある巨大階層のここのコンセプトは、遺跡、そして、迷路。呼称は、遺跡迷路。
土の地面は、表面こそサラサラな砂が乗っているものの、1mmも沈まないほど硬くカチカチ。
道幅は、1mちょっとしかなく、武器を振ることはおろか、すれ違うことすらひと手間かかる。
土色の壁の高さは2m、少し伸びあがれば顔を出せ、隣の通路や他の通路を拝めるが、しかしそれは隣の通路や、空からの攻撃が容易く行なわれることを示す。
道は全て直角で、曲線を描く場所などどこにもない。だからこそ全ての通路が同じに見え、複雑に分岐した道は少し歩けば、自らの居場所までもを完全に見失わせる。
時折ある広い広場に辿り着いたなら、少しは開放感や安堵感も芽生えるだろうが、そこには、崩れ風化し半分地面に埋もれた遺跡がチラホラある。見れば、連想せざるを得ない。過去の歴史がどうなったか、そして自らの未来の歴史がどうなるのかを。
迷路と遺跡は、ダンジョンの地形や環境の組み合わせとして、最もポピュラーな形である。教科書に載っているような、と言い換えても良い。
様々なやり方がある上に相性は抜群で、今まで長年に渡って思考錯誤されているために、最適な形がいくつも編み出されているのだ。活用したならば、駆けだしのダンジョンですら、それなり以上のダンジョンを作ることとてできるだろう。
ただ、長年に渡って使われ続けるせいで、どんな侵入者も、文献や口伝、遺伝子によって、攻略の仕方を知っていたりする。だから、最近はどのダンジョンマスターもやっていない。時代遅れだとか、みんなそんな思いを抱いているのかもしれない。事実その通りであり、今更やるのはオススメされない。
だが、正道を歩むと決めた俺は、敢えてこれを選んだ。
もちろん、ただ攻め潰されないようにと、そこには俺なりのアレンジが随所に散りばめられている。
例えば、階層数は、ゴールに近づけば上の階層に行くという形をとらず、迷路の形に関係なくドーナツ型の階層のままにして、ゴールに近づいているのかを分からないようにしたこと。
それからダンジョン的単位面積の仕切りをなくし、階層全体での巨大な迷路にしながらも、いくつかの壁は別個に作り、全く別の迷路としたこと。
また、迷路にとって、道順が書き記されるという致命的な弱点を防ぐための壁の移動は、ダンジョン側から行うと迷路の難易度を下げなければならないため、侵入者がアイテムを取ると移動するようにしたこと。
広場にある遺跡に入り、地下を通る道もあること。
迷路の壁を乗り越えられるようにして、正解のルートを、壁を乗り越えて真直ぐ進む、にしたこと。それによって、コアの波動が強くとも道順を分からなくしたこと。
もちろん壁を乗り越えようとすれば、空を飛ぶ強力な魔物が瞬時に、そして執拗に攻撃を仕掛けるようにしたこと。
越えても良い壁を乗り越えただけの侵入者に、そんな強力な攻撃を行なうため、迷路の全容をいつでも確認できるようにして、壁を乗り越える必要性をなくしたこと。
その方法は、壁に立ったり脚立に登ったりでも良いが、一番は33階層にある移送の塔に行くことだ。落ち着いて見られるし、何よりあの塔は高いので、かなりの範囲が見渡せる。
また移送の塔から移送の塔への移動は、非常に楽なため、12方向全てから見ることもできる。何より、そうやって見渡せば、全ての迷路が網羅できるようにしてある。
そうしたなら、例え壁が移動していたとしても、そこを乗り越えるだけで進めるために、攻略難易度は大幅に下がる。だから、越えても良い壁を乗り越えただけの侵入者に、瞬時に執拗で強力な攻撃を加えられるのだ。
そして、俺なりのアレンジの最大のポイント、攻略難易度を上げる1番の要素といえば、それはやはり、巨大な都市を丸まま飲み込んでいる点だろう。
44階層。
遺跡迷路階層の南。真南ではなく少し西にずれているが、そこに都市があるのだ。
楕円形で、周囲を城壁で囲んだ大きな大きな都市が。
王国に属するそのフォーレンとかいう都市は、魔境に一番近い、人の拠点だった。
そのため、魔境に挑む冒険者達のほとんどがそこを根城にしており、都市は魔境から持ち帰られる豊富で貴重な素材の恩恵を一心に受け、非常に発展していた。王国でも、有数の大都市だったらしい。
まあ、最近は、ちょっと理由は不明だが、大分衰退して、人口は百分の一以下、もはや捨てられら町になっているそうだが。……うん、そりゃあ魔境からの魔物大脱走とか、近場で上級竜とかが戦ってたりとか、遠征中のため上空を通りすぎたりとか、戦争やってたりとか、空中に浮かぶ城が何度も爆発してたりしたら、そうなるよね。ごめんなさい。
しかしこれからは今まで以上に発展するだろう。
遺跡迷路の中腹から31階層辺りまでという20km近い縦幅と、その倍近い横幅を誇る巨大な都市、44階層は、今後、このダンジョンに挑まんとする侵入者達にとって、最大の拠点となる。持ち込まれる素材は、少し様変わりするものの、魔境があった頃以上の質と量になるはず。侵入者も、きっとわんさか来るだろうし、選り取り見取りだ。
そして侵入者にとっても、疲れた体をすぐさま癒せる拠点がすぐ近くにあるというのは、非常に心強い。
迷路内で死にかけたら、天空城砦とは逆方向目指して逃げれば、迷路を抜けて40階層に出られるからね。40階層には魔物も少ないし、そのまま都市に戻れる。
町も発展する。
侵入者も助かる。
そしてダンジョンも、拠点を設け、侵入者にとっての難易度を易しくした分、他で難しくできる。それを、全体ではなく一撃必殺のどこかに注ぎ込んだならば、育てて倒すダンジョンが完成するのだ。
ここは、そんな数々のアレンジで、教科書に載るようなオーソドックススタイルながら、今でも通じる、いや、第一線で戦えるようなスタイルに変貌した。
これが、遺跡迷路。
ネームドモンスターは、2体の予定。
45階層と50階層の5階層刻み。どちらも、それぞれのゴールである広場で待ち受けるスタイル。とっても迷路らしい。
ただしそれらのボスは、倒さなければ78階層以降には進めないものの、倒さずともそこまでなら行けるようになっているボスである。
設定は少々めんどくさかったが、あえてそうした。
理由はただ1つ。
次の階層が、戦う者以外にも利用して貰いたい、娯楽施設を兼ねるからだ。
51階層から60階層。
半径50kmから、半径49.99kmまでのたった10mという極細のドーナツ型の階層。ただし、東西南北の4つの位置では、半径2kmほどの半円が遺跡迷路を侵食するように飛び出している。
その南側の半円の敷地に建つ建物が、階層ボスのいる場所。コンセプトは、コロシアム。呼称もそのままコロシアム。
コロシアムの見た目はドーム。
超近代的な外観で、ガラス張りの自動扉を入った中は、10階建てになっている。
遺跡迷宮を望めるような窓はVIPルーム以外にはついていないが、10階それぞれに色々なものがある。
受付に、賭け事の窓口、様々な物販。それから食事処や仮眠室までも。しかしやはり1番の特徴は、すり鉢状の観客席の中心にある、コロシアムらしい戦いの舞台だろう。
円に似た、十角形の舞台。
対角線の長さが300mという広い舞台。そこには、何もない。
だがそここそが、コロシアムに登場する全てのボスとの決戦場。
そう、ここは、ボスを求め彷徨わねばならなかった遺跡迷路とは違い、ボスの出現場所が常に目の前にある。受付で予約を済ませるだけで、指定した日付と時間に戦えるのだ。
コロシアムには多数のダンジョンモンスターも存在するが、彼等は剣闘士のように、舞台上でのみ戦う。そんな彼等との戦いもまた、受付での予約で叶う。
Lvを上げたかったり、ドロップアイテムや魔石で稼ぎたかったりする場合には、利用すれば良い。ただしその時に使うのは、十角形の舞台ではなく、また別にあるいくつかの小さな舞台。十角形の舞台は、あくまで階層ボスの戦の際にのみ使用する、特別なメインアリーナである。
そしてそれら数々の舞台で行われるコロシアムでの戦いは、誰でも観戦でき、そして賭け事の対象となる。
誰もが気軽にコロシアムを訪れられるように、44階層の都市から、地下で道を繋げている。10km以上の道程になるが、トロッコ列車があるのでそれに乗ればすぐに着く。
ちなみに、同じような方法で、北や東西の施設にも行ける。
コロシアム同様、北と東西の3箇所にも、半径2kmの半円を敷地とした建物が建っている。北は裁判所、東は病院、西は刑務所。
どこにも用事がない方が良いのだろうが、まあ、行かなければならない事情があれば、それを使って欲しい。
それら4つの建物と、それらを地上で繋ぐように一周する幅10mの狭く低い建物が、階層としてのコロシアム。
どこもかしこも51階層でもあり、52階層でもあり、53階層でもあり、そして60階層までの全ての階層でもある。
分かりやすく言えば、階層が重複しているのだ。ダンジョンにとって、それは本来デメリットしかないものだが、こうすることで、全ての階層ボスが、同じ舞台に登場することが叶う。温室育ちの他のダンジョンマスターは、そんな勿体なく危険なことできないと思うので、ここにしかない特別な階層だろう。
全く、俺の度胸は伊達じゃないぜ。
なお、トロッコ列車を運転するのはダンジョンモンスターであるゴーレムで、予約受付や賭け事の際の払い戻しはダンジョンモンスターであるドール。
それらを行う動作しかしないように設定され、生成されたノーマルモンスターであるため、戦闘能力は皆無。戦ったりはしないで欲しい。したら器物破損や暴行の罪で刑務所に送ります。死刑かもしれません。
全く、うちの裁判長は伊達じゃないぜ。
階層ボスは、階層と同じ数の10体。
単純な十角形の舞台を、登場と共にそれぞれの特殊な階層に変化させ、特殊な戦い方をしてくるチャンピオン達。
探し回らなくて良い分、ここでは戦う力が問われる。
コロシアムのボスを倒さずとも、次の階層には進めるが、ボスを全て倒すと、VIPルームに入ることができる。VIPルームでは美味しい食事が出たり、フカフカのベットがあったり、外を見下ろせる窓があったりする。VIPルームはコロシアム頂上に位置するため、眺めは割と最高だ。
ダンジョン外側を向けば、土色に染まった異様な面積の迷路が、そして、ダンジョン内側を向けば、とてつもなく巨大な滝がごうごうと流れる、溢れんばかりの大自然が、そこからは見える。
61階層から70階層。
半径49.99km、ほぼほぼ半径50kmから、半径25kmまでの、長さ25kmの巨大階層。
1階層が2.5kmのドーナツ型になっており、単体だけでも随分と大きい階層だ。コンセプトは、大自然、そして、水。呼称はコンセプトと違って、窪地。
窪地、というくらいなのだから、ここは他の階層に比べ、窪んでいる。相当窪んでいる。
どのくらい他より低いかと言うと、2500mも低い。
61階層、砂漠地帯。
水なんぞ1滴もなく、湿度なんぞ1%もない砂漠は、傾斜45°の下り坂になっている。勾配の%で言えば、100%。階層の大きさは2.5kmであるため、この砂漠だけで2500m分の窪みを完全に下りきることになる。上から見れば、それは最早崖といっても差し支えないような光景だろう。
しかも砂はどこまでもサラサラで、足首までくらいなら一息で沈むために、歩くことすらままならない。万全の状態で赴いたとしても、コロコロとどこまでも落ちていくことになる。
62階層、干ばつ地帯。
傾斜こそなくなったが、相変わらず水はない。干上がった土地、ひび割れた地面、枯れ果てた木。襲いくる日照りとかまいたち。集落がありに、家はたまに見受けられるが、どこにも誰も住んでおらず、井戸を覗きこんでも何もない。
出現する魔物達は、乾燥に強い魔物達であるが、常に水に飢えており、水の音をすぐさま聞きつけ集合し、侵入者達の中に流れる水分を必要に狙う。
63階層、岩石地帯。
1cmを下回る小石から、10m20mの見上げなければならない大岩まで、様々な種類の岩石があるここでは、時折水が手に入る。注意深く探せば、岩の影や岩のくぼみに溜まっていたりするのだ。
しかし、太陽に熱せられた石や岩は、得られる水分よりも多くの水分を体から放出させる。また、岩場の隙間に隠れたり擬態する魔物や落石にも、常に注意しなければならない。
64階層、草原地帯。
見晴らしが良く、水場が所々にある階層ではあるが、しかしそこは基本的に魔物の住処。強力な魔物の縄張りになっている。
喉の渇きを癒したいのなら、勝ち取るしかない。
65階層、森林地帯。
最も水分の比率が快適な階層であるここは、普通の森。湖とて存在する。だがその分、魔物達のサイズが大きく、強力な個体が多く住まう。
階層としては真ん中であり、出現する魔物もLv65だが、ステータス的な強さだけで言うのなら、ここが群を抜いている。
そう、この窪地は、階層を進むごとに、水分が豊富になっていく。
四獣のような季節変化や、コーリーのところのような天候変化はあったものの、水にまつわる環境変化はなかったので、やってみました。
階層と階層の間に仕切りなどはなく、自由に往来できる形。
そのため、階層の長さとしては、2.5kmと比較的長い階層ではあるが、体感する環境の変化度合いで言うと、2.5kmはあまりにも短い。想像を絶するほどの環境変化になる。
また、ここはそんな環境変化をさらに活かすために、様々な階層に行かなければならないようになっている。
窪地では、各階層でボスを撃破して攻略するのではなく、各階層でアイテムを発見していくスタイルをとっているのだ。最終的にはボスと戦うのだが、まず必要なのはそれぞれの階層でのアイテム探し。
階層全体、半径50kmから半径25kmまでの、幅25km外周314km内周157km、面積5887.5k㎡を、とことん移動しなければならないとは、中々ハードな階層だ。
ただ、さすがにそこまで広い場所を探しまわらせると、ダンジョン側も色々と制約が増えるので、それをなくすための休憩所も設けた。
それが次。
66階層、温泉地帯。
その名の通り、ここにはいくつもの温泉が湧いている。
ほとんどは露天だが、中には間仕切りで囲われた温泉や、屋根のついた温泉もある。地面は程よく熱を持っているので、そのまま横になっても気持ち良く眠れてしまう。
そしてそんな風にゆっくりしていても、襲いかかってくるようなダンジョンモンスターは1体もいない。
いるのは、食べたら美味しいマスプロモンスターと、マッサージをしてくれたりするノーマルモンスターだけ。
存分に休憩して、英気を養って欲しい。
67階層、密林地帯。
乾燥していた前半とは違って、途端にジメジメしてくるここでは、木々が生い茂り、道も視界も常に閉ざされている。
しかし出てくる魔物は、そんな中でも活動可能な魔物ばかり。それも大半が毒などを持った危険な魔物だ。
68階層、湿原地帯。
湿度は非常に高く、天然パーマなら髪の毛は即座にくるくるになる。また、歩けばびちゃびちゃと音がするくらいに、地面は水の膜に覆われている。足元に草が生えていれば、それが滑り止めの役割を果たすが、草がなければ泥で足が滑り、ステンと転んでしまうだろう。
密林とは違い視界はある程度良好だが、動き辛い点では同じである。
69階層、沼沢地帯。
歩く度にズボズボと足が取られるほどに、足場は常にぬかるみに覆われている。沼沢と言いながら、時には底なしの沼さえ存在し、場所によっては汚泥が混じって底が全く見えないことや、毒性をはらんでいることすらもある。
もちろんそこで活動する魔物に、その毒性は効果を見せない。そんな魔物達は汚泥に隠れ、常に攻撃の隙を疑っている。
70階層、瀑布地帯。
わずかな丘陵を残して完全に水没しており、ほとんどの水面が、人の背丈よりも高い位置にあるここでは、泳いでの探索や水中戦が余儀なくされる。
だが、元々水場で暮らす魔物達相手に水中で戦うことは、無謀としか言いようがない。
ましてや、滝つぼのように荒れ狂った水流が存在するのなら。
窪地は、窪んでいる。
つまり、窪地と窪地でない階層には高低差がある。その高低差を、コロシアムと隣接する砂漠地帯の61階層は、2.5kmの45°の傾斜で埋めている。
では、次の階層と隣接する70階層は、どんな傾斜で高低差を埋めているのか。
その傾斜の角度は、90°。
だから70階層の端には、標高2500mの壁、絶壁とも呼べるような壁が存在する。途方もない高さの壁だ。
そして、そこが70階層を、瀑布地帯たらしめる。その頂上から、つまりは2500mの高さか、膨大な量の水が落ち、滝ができているのだ。
絶壁の周囲の長さは、窪地の内周分なので157km。滝はそこの、北、北東微東、東、南東微東、南東微南、南、南西微南、南西微西、西、北西微西、10方向から、それぞれ流れ落ちている。
全てが幅6kmを越える滝で、流れる水量はあまりにも膨大、コロシアムのVIPルームから見ても、間近で見ても、どちらにせよ圧巻の光景であり、心を奪われてしまうだろう。
生成にも、Pはかなりかかった。
だがそれは、景色として荘厳だからではなく、即死罠になるから。
つまりは70階層という高階層に来るような侵入者であっても、その滝に飲み込まれ滝つぼの中に入ってしまえば、そのまま溺死してしまうということ。なんて恐ろしい。
まあ、泳げるダンジョンモンスターですら、下に入れば死ぬのだから当然か。映像で見ていて、ビックリしたよ。普通に近づいてどんどん死んでくからね、なんなら復活した瞬間に死んでる魔物もいたからね。苦しそうに。
カッコよさやお洒落を目指して生成したのに、まさかそんなことになるとは……。ごめんよ。
とりあえず、ダンジョンモンスターは戦闘以外の時、滝へ近づけないよう設定しなおしておこう。これで問題ない。結果的には、侵入者への厳しい罠になって、万事オッケーである。
このダンジョンでは、タキと名のつくものに近づいてはいけない、そんな教訓を与えられるのではないだろうか。
それが窪地。
階層ボスは、コロシアム同様それぞれの階層に1体ずつ。計10体。
待ち受け型ではなく、徘徊型。ボス達は、常に己の階層を彷徨っている。出会えば、もちろん戦いが始まる。
ただ、このくらい広い階層にすると、出会うのがとても大変になるため、各階層1体では、倒さなければいけないギミックは盛り込めない。ダンジョン的単位面積の関係上、1体生成すれば、自動的に3体から5体くらいに増えるだろう。侵入者が増えれば、数はもっと増えるかもしれない。
しかし我がダンジョンでは、階層ボスはネームドモンスターだと決めている。自動的に増えた場合、それは全てマスプロモンスターになってしまうので、どうしてもやりたくなかった。
なので、ここでは、10体のボスを全て倒すのではなく、10体の内、1体だけを倒せば攻略完了になる仕様となっている。
しかも、倒すべきボスは、いる方向が表示されるアイテムで追えるため、彷徨う必要などない。すぐに見つけられる。これで、ボスは各階層に1体だけで良くなった。
しかしそのせいで、非常に簡単な階層になったように見える。すぐに攻略できそうな。
もちろん、そう見えるだけだが。
窪地には各階層に一種類ずつ、キーアイテムが落ちている。
それは、隠されたものを探索して見つけても良いし、コモン魔物を倒し続けてレアドロップとして手に入れても良いし、エリアボスを倒して確実に手に入れても良い。各々得意なやり方で、10階層10アイテム集めれば、それらによって、コンパスが完成する。
そのコンパスが、戦うべきボスまで案内してくれるわけだ。
ただ、その階層ボスとは、近い場所のボスではなく、そのパーティーが各階層にいた滞在時間が、最も短い階層のボスとなる。
つまり、61階層にいた時間が一番短いなら、61階層のボスが。70階層にいた時間が一番短いなら、70階層のボスが。それぞれ指される、ということ。それがどういう意味になるのか、侵入者には、じっくりと体験してもらいたい。
なお、ダンジョンコアの波動が強いと、正解のルートが分かってしまうので、コンパスの隠し場所なんかがアッサリ見破られてしまうことを危惧した俺は、正解のルートを別に設けた。
それは侵入者にずっと語りかけるだろう。こっちだよ、と。
滝と、絶壁が、登っておいで、と。
実際問題として、遺跡迷路のボスを無視しコロシアムに入り、ボスと戦わずに抜けて窪地に入り、これまたボスと戦わずにこの滝や崖を登りきっても、ボスを倒したのと同じ、クリア扱いにはなる。
そっちが正解ルートなんでね。
だからまあ、そうやっても良いですけど、良いんですけど……、できれば普通に登って欲しいね。
普通に登るとは、もちろん次の階層へ進め、ということ。
次の階層は、その絶壁の上、ではなく、絶壁の中。
71階層から75階層。
ここは、窪地内側、半径25kmの、そして高さ2500mの円柱の空間内部に存在する地下階層。
しかし、巨大な1つの空間ではなく、全長10km幅0.05km、つまり50mほどの、微妙に弧を描いた曲線の空間を、転移陣で500個繋げた城下町、それから階段を下りて行くだけで謁見の間に辿り着く城。その501の小さな空間でできている。コンセプトは、地下城、そして地下街。呼称は地下都市。
正解のルートは、70階層に戻って絶壁を登ることだが、ともあれゴールは、地下のお城。
まあ、そのおかげで、正解の方向が分からなくなっているので、手探りでの攻略を侵入者に強いることはできている。
階層数も、入り口のある北側71階層、南側が72階層、東側が73階層、西側が74階層、城が75階層となっているだけなので、攻略のあてにはならない。様々な仕掛けとあわせ、とてつもなく面倒で、時間がかかる階層になっているだろう。
面積で比べるなら、窪地や遺跡迷路の10分の1もないくらいなので、非常に狭いし、500全てのエリアに行かなければ攻略できないわけでもないので、探索しなければならない面積ならさらに狭いし、なんなら攻略のためのヒントも無数に散りばめられているので、探索すらしなくても良い。それでも。
500あるエリアの一つ一つは、全て同じ大きさ、同じ形。中身はちょこちょこ違うところがあるものの、一本道であることは同じ。
そして地下街であるために、一本道の両脇には、家々が建ち並んでいる。もちろん中に入ることも可能。住民がいる家は少ないので、中を開けて物色しても良いし、置いてある瓶を破壊しても構わない。
1エリア10kmなので、両脇にある家全てにそんなことをやってると、途中で気が狂うのでオススメはしないが。
エリアの端、10kmの両端には、転移陣が設置されており、それに乗れば横のエリアへ行ける。そのエリアもまた同様で、両端にはやっぱり転移陣。
そうやって一方に向けて移動を続けていくと、10回の転移で元の位置に戻れる。つまり、地下都市は10エリアで1周しているわけだ。
エリアは一本道であるが、交差点や路地なども存在する。それらを曲がっても、すぐに行き止まりであるが、そこには同じように転移陣が存在する。それを使えば、今度は横ではなく内側、もしくは外側のエリアに行くことができる。もちろんそのエリアもまた同型。
最外から、内側への移動を9度繰り返せば、最内のエリアに辿り着く。
その内外の10エリアは、それぞれ10エリアで1周する。つまり、地下都市は、1周10エリアの輪を、10周内外に繋げて作っているわけだ。
だから、エリア数はこれで100エリア。
全ての家に入って瓶を割り続けたら、一体どうなるのやら。解脱するための修行でもそこまでやらないだろう、想像するだけでも恐ろしい。
とはいえ、地下都市は全体で500エリアなので、まだあと400エリア足りない。
きっと、その探索だけでは、地下城への入口も、見つけられていないだろう。
しかし、既に最内に到着している。城の入り口は最内のエリアにあるから、あるはずなのに、これ以上どこを探せば良いのか、行き詰ってしまうことをあるかもしれない。
そんな時は、そのエリアから一旦離れることが必要だ。
外側に繋がる転移陣を使い、そうして、今度は別の交差点や、別の路地から内側に入るのだ。そうすれば、また別の最内エリアに出る。
そこは、1つ上の層、もしくは1つ下の層のエリア。
地下都市は、全長10km幅50mの1エリアを、横に10個繋げて1周とし、内外に10周繋げて1層とし、上下に5層繋げて地下街を作っている。
もしもそれだけのエリアの全ての家に入り、瓶を割り続けたやつがいるのならば、俺はそいつにダンジョンコアを壊して欲しいね。……狂気しか感じないから、会話とかはしたくないけど。
しかしまあ、瓶を割るにしても、建ち並ぶ家々の中には、武器屋や宿屋などの施設も存在するので、そこでは控えて欲しいと思います。
店員は出現する魔物と同様、アンデットで、スケルトンかゾンビかゴーストなので、会話は、骨が震えるか、ゴアアとか言うか、うらめしがられるか、そんな感じだが、歴とした店員で歴とした店だ。傍若無人な振る舞いは御遠慮下さい。攻撃したら死刑だし。
そんなわけで、攻略していき、地下城に辿り着けば、あとは一直線。
階層ボスは、そこにいる1体だけなので、倒せば晴れて地下都市クリアである。
地下都市は、新たに追加される階層の中では、最後のボス階層。
多くの者にとっては、最終目標のような場所になるのだろう。そのため、クリアすれば御褒美が待っている。
「いやあ、作ったなあ」
俺は自らが生成したダンジョンを見て、そう呟いた。
かつて干支階層以降には、俺が生成したものなど何一つなく、ただのありのままの焼け野原だった。しかし、今はどうだ。この工夫溢れるダンジョンは。
ただ、侵入者を排除するだけではない。
ただ、侵入者に媚を売るだけではない。
共存と育成と、そして死を内包するダンジョンがここにはある。
例え魔石やドロップアイテムが普通だろうと、こんな素晴らしいダンジョンならば、人は自然と集まってくるに違いない。いやあ、本当に良いものをつくった。
懸念する点があるとすれば、そこで暮らす者達が、ノーマルモンスターの運転手や受付、店員などを受け入れ、施設をきちんと利用してくれるのかどうかだ。
魔物に拒否反応を示す者は珍しくない。日夜殺しあいをしているのだから、当然の話だとは思うだが。
でも、ある程度強くなった侵入者が多いだろうから、きっと大丈夫か。
俺自身も人間だから分かるが、こんなか弱い人の身で、魔物達と戦えるくらい強くなるというのは、本当に凄まじいことだ。だが真に凄まじいのはその腕っ節ではなく、心の方。何一つ諦めず、意思を貫き通し、しかしなんでも受け入れ己が糧とする、その心こそが、強欲な人間らしいところであり、愚かな部分であり、一番の武器であり、そして、腹から生まれていない俺との一番の差異なのだろう。
そういう者達が使うなら、それに影響され、戦わない侵入者も使うはずだ。
いやあ、自分のダンジョンでそこまで侵入者が強く育つっていうのは、ダンジョンマスター冥利につきるねえ。
これまで戦争と虐殺しか経験していないので、余計にそう思う。まあ、まだ侵入者は誰もいないわけだが。
あと……、踏破の腕輪やらが、どう作用するかも分からないわけだが。
……どうなるんだろう。
ノット虐殺を、果たして俺は貫き通せるのだろうか……。
「いや、できるはずだ、俺には。俺になら」
二度とあんな理不尽な虐殺を起こさせない。
俺の脳裏には、ハッキリと、活気に溢れた未来のダンジョンが映しだされていた。
「ふふ」
その光景に、俺は思わず笑い、そして視線を展開された映像から外し、玉座の間を見て言った。
「なあ? みんな」
玉座の間というか、宴会場というか、最早リビングダイニングとなったそこには……、誰もいなかった。
俺はもう一度映像に視線を戻す。
そして、地下都市の次の階層、76階層から78階層を見た。
『アタシ、サーフィンやるーっ。行くぜーっ、風風ー、ビックウェーブだーっ』
『では私はカキ氷でも作っていますから、喉が渇いたらご自由にどうぞ』
『……オルテ丸。……出航』
『第一回、ビーチバレー大会の優勝は渡さんっ』
『ビーチチェア、サングラス、日焼け止め、カクテル。完璧じゃの、寝るか』
『やっきそばっ、やっきそばっ』
『我が居合に切れぬものはないっ。スイカはどこだ、右か左かっ』
……。
『ああ、日光が、日光が。鬱になる、もう貝になりたい……、海の底で』
『砂がここは中々の砂ですわね。そうだ、ティアさん、わたくしがティアさんにピッタリな城を作って差し上げますわっ』
『こらそこー、危険行為は禁止です。めっ』
『あっぷ、あっぷ、だ、誰か、誰か助け――、あ、足つくのか』
『玄武って亀じゃなかったっけ? つうか今、浮き輪からスルンて抜けてったな、引っ掛かりがねえからか?』
『ぷぷぷ。ねえ、見てこれ。作ったの、リリ姉の水着に貼る、クラスと名前を書いた名札』
『こっちもこっちも。クク姉の胸に入れる大サイズのパットを作ってみた。可哀相だからな。ようし渡しに行こうっ』
『しー。静かに、ヴェル。今から、イーの乗ってるシャチの乗り物ひっくり返すから』
『わわ、バ、バランスが、波で難しいですかね。お、落ちたら泳げないので……ゴク』
『ちょっとやめなさいってアリス。アリス、アリ――。あーもー、アンタら喧嘩しないのっ』
『紫外線はお肌の天敵よ、皆よくやるわあ』
『根性根性ド根性。サーブよ、こっちに来いっ』
『あー右右。ちょっと左。沖に行ってる気がするって? 気のせいですわ、嘘なんてつくわけないやないですか。――このスイカめっちゃうまっ』
『いや、なんかね、ボクはね、普通に女の子なんだけど、でもまあちょっとパーカーを脱いで水着だけになるのは恥ずかしいというか、なんというか』
『……ブクブク、スゥブク』
『凄いですっ。皆さん見て下さいっ、海に沈めても寝てますっ。これは真似できませんっ』
『はい焼きそば1人前。ちょっとお待ち下さいねー』
『まどろっこしいな、パーカーなんかを着てたら重いだろう。ビーチバレーでは、重い者は死ぬだけだ。それとも死ぬほど小さいのか?』
『だ・れ・に・の・の・し・ら・れ・に・い・こ・う・か・な。ぬっへっへ』
『ツバキ、海の中は、とても幻想的ですね。新しい食材が山ほどあります』
『新しい食材が山ほどありました。海の中は、とても幻想的でしたね。チヒロ』
……。
きっと、俺が今回生成した階層で、ボスを務めてくれる子達は、大丈夫さ。
自らの階層のみを守護し、そして俺の言うことをきちんと聞いてくれる子達になるさ。何も心配いらない。ああ、本当に、それはなんて幸せなことなんだろうか、まるで、夢のようだ……。
『でもマスター、夢ってのは叶わないから夢なんだぜ?』
「嫌なことを言うんじゃありません」
俺も遊びに行こっ。いざ、海へっ。
お読みいただきありがとうございます。
そして誤字報告ありがとうございます。とんでもないミスがありましたね、大変申し訳ございません。非常に助かりました。今後、そういったミスがないよう、現在はチェックを三重にしております。
またミスがありましたら、三重にチェックしても見つけられない無能野郎とあざ笑っていただきたく思います。どうぞよろしくお願い致します。




