第112話 お約束。
悪逆非道のダンジョンマスター心得その1
矜持と挨拶は大切にして下さい。矜持と挨拶は大切にして下さい。矜持と挨拶は大切にして下さい。矜持と挨拶は大切にして下さい。
戦争から、4ヶ月が過ぎました。
今は夏真っ盛り。
大地を眩く照らす太陽は、ジリジリと暑いですが、僕は元気です。
「うらああ、行くぜええーセラーっ」
ネームドモンスター達も元気です。
「第40回ダンジョン最強決定戦、優勝はアタシだーっ、カタストロフブラストーっ」
嘘です。もうほぼ全員死にました。
「甘いっ。勝利に気が逸りましたかマキナっ。では、この城全体に仕掛けた爆薬と共に、爆散させてさしあげましょう、ケイオスフェイズっ」
そして城も爆発しました。
誰も攻めてきていないのに、どうしてダンジョンモンスターが死に、ダンジョンが壊れるのだろう。
崩れゆく城や大地の残骸とともに、俺は高度5000mから落下しながら、それを考えた。でもサッパリ分かりませんでした。
分からないものはいくら考えても分からないので、俺は爽やかに言う。
「ようし、それじゃあ戦争で増えたPで、ダンジョンの拡大と、新しいダンジョンモンスターの生成だっ」
今度こそ、城が壊れませんように。そして、いかれてないメンバーが来ますようにっ。
というわけで、俺は地面に墜落し、ぐへあ、と変な鳴き声をあげてから、ダンジョンの広げる部分の内容を考えることにした。
やってみたいこと、作ってみたいものは色々ある。
山ほどもある。
自然型ダンジョンとして最もポピュラーな、迷路は作りたい。
迷路は異空間型の代名詞のようなものだが、自然型ダンジョンの方が、それを作るメリットは大きいのだ。採用しているダンジョンはたくさんあるだろう。
過酷な環境も、干支や四獣とはまた違う方向から作ってみたい。さらに、地下。地下城。天空城と対、とまではいかないかもしれないが、これも大切だ。人間種族のダンジョンマスターだから、やっぱり城が好きなんだ。
そうだ、人間種族であることを生かして、コロシアムを作るのも面白いかもしれない。ついでに異世界の知識も活かして自動扉に空調管理の超施設を作れば、誰もが驚くだろう。
それから階層毎のボスに加え、裏ボスも充実させたいな。今は裏ボスはいないからね。チヒロとツバキがそうと言えなくはないが、2人はやっぱり管理人だ。
ああそうだ、管理人も増やさなければ。特殊な施設だってたくさん作りたい。
さらに、忘れちゃいけないのは、彼女達の虐殺対策。
現在、魔素溜まり魔物が多数発生する、Lv上げが可能なエリアは、水晶迷宮1つしかないのだが、そこだけでは28人のLv上げは到底まかなえない。おかげで虐殺が毎日のように起こる始末。その魔素溜まり魔物は、ティアの階層を守る魔物でもあるから、それが減らされることで鬱も悪化するし。
だから、魔素溜まり魔物をもっと大量に発生させる場所を別個に作る必要がある。
侵入者が来られないエリアを作って、そういうことをやってみても良いかもしれない。
あとはそうだな、侵入者の拠点を作ることだってやってみたい。
自然型ダンジョンは、階層を増やせば広がるのが基本であり、そうなると魔物の住処や人の住処を飲み込むことも多々あるのだが、その際はそこを拠点にさせるのが常套手段。俺はそれもやりたい。
そう、やりたいことは色々あるのだ。
山ほどあるのだ。
しかし今、より真剣に考えなければならないことは、どんなことをやりたいか、ではない。
どんなことをやらなければならないか、だ。
これまでここでは、ダンジョンらしい戦いを見ることができなかった。
ダンジョンらしい戦いというのは、冒険者などの数名で作られたパーティーや、魔物の種族の性質に合わせた数のパーティー、彼等を誘い込み、育てて刈り取る。そんな戦いのことをさす。
しかしどう思い返しても、戦争と虐殺しかない。
工夫して各所を作ったにも関わらず、2年4ヶ月、その記憶しかない。
けれども、ついにこのダンジョンにも、普通のダンジョンのように侵入者を招く時期がきた。なにせ、もうこの大陸に戦争を挑んでくるような国などないのだ。
おそらく、国の手に負えないということで、各国の法律によって一般に開放されるだろう。ダンジョンは基本的に、侵入者が入っていれば、外へ侵略はしにいかないものなので、手に負えないダンジョンに対しては、そんな手を打つことが定石である。
このダンジョンから産出される魔石は、数々の魔石等級上昇の効果を受けているし、ステータス上昇系の効果も多いから、ドロップアイテムも良い。それらから作られる武器防具、それから魔道具などは、手に入る階層以上の性能を発揮するから、サクサク進めてサクサクLvも上げられる。
放っておいても、いずれは満員御礼の素晴らしいダンジョンになるだろう。今からが楽しみだ。
しかし魔石等級上昇は、本来マイナスの効果。最終階層まで容易く進まれ、最終階層すら容易く踏破される危険性をはらむもの。安易な作りのダンジョンでは、一気呵成に攻略されてしまうことは間違いないだろう。
そして一気に攻略されればきっと、やつらが意気揚々と戦いに行くのだ。
ダンジョンのピンチに立ち上がるのがネームドモンスターだ、そう言って。
だからこそ今ここで、考えるべきは、俺がやらなければならないこと。しっかり考えなければいけない。
これ以上の残虐行為を犯さないためにも。
「期待しております」
そう誓ったところで、セラが俺の下ヘやってきた。
激しい戦いを終えてもなお、衣服に一切の汚れも乱れもない。だからか、崩れた瓦礫は踏みたくないようで、蝙蝠の羽を生やし、空から降りてきた。この瓦礫は君が崩したやつだけどね。あとナチュラルに心読まないで。いやそもそも期待してますって、貴女達が別階層に移動するのをやめれば済む話なんですけどね。
しかし、俺はそんな言葉をぐっと飲み込んで言う。
「優勝おめでとう」
「恐縮です。40回大会はキリが良い数字ということで、司会解説兼ご主人様への流れ弾防衛要員をなしにして、全員参加の大会になっております。そこで優勝できるとは、僥倖でしたね」
「そうかい、そりゃあ良かった。セラはいつも頑張ってるからねえ」
……ん? 俺を守る子いないのに、城、爆破したの? 死んじゃうぜ?
「そんなことよりも、今はダンジョンをどうするかを考えていらっしゃるのでは? 我々がやめるつもりのない別階層への移動を食い止める方策を練っておられるのですよね」
「そうだった。ダンジョンダンジョン」
「座られて考えてはどうでしょう。玉座をお持ち致します」
「おお、気が効くね、ありがとう」
……ん? 俺の生死軽くない? というか別階層に戦いに行くのやめるつもりなくない?
セラは俺の思いにニッコリ笑って答えると、瓦礫の山を次々ダンジョンの権能を使って収納していく。
そして玉座を発掘すると、俺の周囲の瓦礫も収納し、玉座を設置してくれた。
俺は、そこに腰掛ける。
埃まみれの玉座。
地面と同じ高さの玉座。
しかし、それでも座った俺は誇り高い。
俺はそんな洒落た洒落に、ふっ、と笑って、セラを見る。
「……。? 何か仰いました?」
どうやら、伝わっていなかったようだ。相変わらず基準が不明だ。
ともあれ、俺はダンジョンの内容について、再度考える。
「さて、侵入者が上等な武器を手に入れようが、中々前へ進めないダンジョン。それを叶えるには、武器防具に頼らず、己の実力で勝たなければならないダンジョンにするべきだ」
「真理ですね。しかしそれは……」
「ああ、それは、人を主な侵入者とするダンジョン全てが目指す理想系。そして辿り着くことは本当に難しい境地でもある」
魔物と違い、人は、武器防具、魔道具でその力を増す。それが強さの大きな部分を占めると言っていい。
それらは外付けであるため、いくらでも強化できる力だが、しかし単純に、攻撃力防御力、環境適応能力と言い変えられる、純粋な力でもある。いつでもどこでも、どんな状況でも発揮される力、それが、純粋な力。それを活用できないように、なんてことは、非常に難しい。
「そう、だから、それを叶えるためには、他のダンジョンがしようと思ってもできないようなことを、俺はしなければならないと思う。身を切らなければいけないと思う」
「身を切る、ですか?」
「ああ。俺は敢えて、1階層から40階層辺りまでは捨てるつもりだ」
俺は、決意を込めて、そう言った。
「40階層以下のマスプロモンスターじゃあ、良い武器良い防具には対応できないと思うんだ。やろうとしても、倒されて出費が嵩むだけになる可能性が高い。だから、そこには弱い人用にコモン魔物は配置するけど、倒さないと進めないというボス魔物は配置しない。コモン魔物にしても、侵入者を倒すことを目的にはしない」
そりゃあその階層が限界だって人には勝つようにするが。
「本番はその内側。41階層から。そのくらいになれば、魔物の動きも、環境も、ある程度は複雑化できるからね」
他のダンジョンマスターには到底真似できまい。
40階層までをタダで通すだなんて、あまりにも恐ろしくて。
だからきっと、40階層までで損をして、それを取り返すためにそれ以降も無茶を繰り返し、理想が叶わなくなるのだ。
だが、俺はできる。
なぜなら――。
「いつも通りですね。序盤にダンジョンモンスターがいないのは」
そう、いつも通りだからだ。
「むしろ、これまでは1体もいませんでしたから、むしろ防御は固くなったと言えるでしょうか」
なんなら、いつもよりマシだからだ。
「温室育ちのやつらにはできないだろうな。こんな過酷なこと」
ちょっとだけだが、言ってて悲しくなった。
「まあ、なにはともあれ、そこからが本番スタートだな。ダンジョンモンスターの動きを工夫して……例えばいくつもルールと制限を環境に設けて、ダンジョンモンスターを一定条件の時に強化、武器防具の能力を越えるようにする。環境も、その前に練習ができるような区域を作っておけば、魔道具の効果をある程度打ち消せるのは実証済み」
ドロップアイテムにも気を配る必要があるか。
例えば同階層内、もしくは前階層に、攻略に使えるドロップアイテムを用意するのは、侵入者をより深く誘い込むための常套手段だが、ここの場合誘い込みすぎる可能性がある。
有利な武器防具を使わせ調子に乗らせて、それが通じない相手にぶつける、という時以外は、そうならないよう気をつけよう。
「ダンジョンモンスターの種族に拘りはないし、色んな種族を出すのも良いかもな」
地下だとアンデットとか。
「あとは、絶対に逃げなきゃいけない相手を用意するとかか。50階層60階層70階層辺りに、1000Pクラスの魔物をノーマルモンスターで生成して、強化した状態で置くとか。隙を見せたところを襲うようにして、即座に離脱するなんてすれば、結構怖いよな」
魔物コスト制限が解放されてるんだから、その辺りは問題ない。俺の心の問題だ。まあ、少しマナー違反になるけど、大幅なマナー違反を犯すよりは断然マシだ。
「あとは、休憩所を設けるとかか。そうすることで難易度が下がって、魔物も強くできるし、特殊なこともできる」
俺はぶつぶつと呟き、頭の中にダンジョンを作り上げていく。
ダンジョンマスターにとって、ダンジョンを作る、広げるというのは、ダンジョンモンスターを生成するのと同じくらい、重要なことだ。
頭の中に立体模型を作るくらいわけない。
「良いダンジョンができたな。……完璧だ」
俺はそう言って立ち上がった。
「なるほど、完璧と。では踏破系アイテムの対策も済んだのですね?」
「……」
「……」
「……」
「……ご主人様?」
「ダンジョンマスターにとって、ダンジョンを作る、広げるというのは、ダンジョンモンスターを生成するのと同じくらい、重要なことだ。頭の中に立体模型を作るくらいわけない。良いダンジョンができたな。……完璧だ。俺はそう言って立ち上がった」
「いえ、既に立っておられますが」
「良いダンジョンができたのに。……どうしてそんなものがダンジョンに発生するんだっ」
「ご主人様の数々の悪行によってです」
「俺、そんなことしたっけなあ」
「悪行と認識していない、と。感服致しました、それでこそ悪逆非道のご主人様です」
……不服申し立てはどこにすれば良いんですかっ。
「えー、まあ、セラや。ダンジョンアドバイザーとして、踏破系アイテムへの対策を考えて下さい」
「一任して頂けると?」
「案あるの? なら、一任しようじゃないか」
「かしこまりました。ではお任せ下さい。必ずや完璧な対策を用いると、約束いたします」
セラは目を輝かせ、恭しく頭を下げた。
やはり、ダンジョンの生成に携わるのは、ダンジョンモンスターとして誉れらしい。そこら辺は普通のダンジョンモンスターだけどなあ。
「よし。じゃあ、改めて、完璧だっ」
「おめでとうございます」
というわけで、俺の頭の中には、完璧なダンジョンが完成した。
「いやあ、まさかこんな真っ当なダンジョンが、ここでもできる日がこようとは」
俺は目を瞑る。
常日頃からそんなダンジョンを夢見ていたが、今、口にしたことで、その夢はさらに現実味を帯びて俺のまぶたの裏に映しだされた。
空に浮かぶ城、広大な大地。数々の過酷な環境。
人と魔物が入り乱れ、しかし誰しもが活気に溢れている。
俺は侵入者達の、生き抜くという強い意思によって繰り出される底力に驚かされ、対応に追われ、毎日がてんてこまい。しかし、何よりも充実した日々を送る。
ああ、なんて素晴らしい。
そうだ、俺はその景色を見るために、これまで地獄を見てきたんだっ。
「ま、そうは言っても、ここからはPと相談になるわけだけど。現在100階層。40階層分の空白地帯を作るだけで、大分Pは必要だし」
今思い描いたダンジョンを作るには、膨大なPが必要だ。
それこそ、この城を作った時よりも、膨大なPが。
あの時以上の戦争やダンジョンバトルを乗り越えたわけなので、そんな膨大なPが手元にありそうに思えるが、多分貯まってない。
それは、倒されたダンジョンモンスターや、破壊された自然、それから設備などの再生に、かなりのPがかかったからもあるが、まあ、大半の理由は、我が家だからだ。
もしかしたら、0Pになっているかもしれない。
我が家は、そういう家。そういうお約束のダンジョンだからね。
だからきっと、俺が思い描いたダンジョンを作るには、これから100年、いや200、300年。ともすれば1000年近い時間が必要かもしれない。
長い、いや、永い時間だ。
「……でも、このいかれたメンバーとなら、すぐか」
俺は小さな声で、そう言った。
そして、その気恥ずかしさをかき消すように、大きな声で叫ぶ。
「セラよ、俺が保有するPを教えてくれ。手始めにその全てを、今ここで使うっ」
「かしこまりました。ご主人様が保有するPは――」
セラは俺のそんな気持ちを読んだのか、嬉しそうに笑うと、俺の保有Pを読みあげる。
「336万7521Pです」
「ってやっぱ0Pなんかーい、貴女達一体何に――、え?」
「336万7521Pです」
「……え?」
「336万7521Pです」
「……」
なんてこったい。
お読み頂きありがとうございます。
また、ブックマーク、評価、ありがとうございます。
新しい章に入りました。ダンジョンが大きくなり、そして新たな登場人物が増えます。おそらく、すごく増えますので、ダンジョンも登場人物も覚えられないと思います。いえ、間違いなく覚えられません。
しかし書きたいので書いていきます。先に謝っておきます、申し訳ありません。
せめて数人は覚えられるよう、頑張ります。




