第111話 男の死に様。
ダンジョンマスター心得その28
神の御心のままに。
「かんぱーい」
「「「「「「「かんぱーい」」」」」」」
400字詰め原稿用紙10枚分の王の気高い言葉。そしてその後に続けられた音頭によって、宴会は始まった。
並べられた料理やお酒への反応は上々。
玉座のない玉座の間には、ダイニングテーブル、リビングテーブル、ちゃぶ台、それらがいくつかあるのだが、彼女達が風呂から上がってやって来た時には、それらが埋め尽くされるほどに料理が並んでいた。
彼女達はすぐさま、玉座のない玉座の間にある、ダイニングチェアー、ソファー、座椅子、座布団に座り、早く食べさせろ、早く飲ませろ、とはしゃぎにはしゃいだ。
そうして、乾杯とグラスをぶつけ合い甲高い音を鳴らした後は、それらをもの凄い勢いで消費していく。
数十分が経って、後に残ったのは、空の瓶や空の皿。あとは笑顔だけ。
あれだけ時間をかけて作ったのに。そんな思いはあったが、そんなに食べてくれるんなら、作った甲斐はあった。
もうなくなってしまったけど。
「マスターおかわりー」
「もう材料がないので無理です」
「じゃあ生成生成。どどーんと」
「もうPがないので無理です」
「しゃあねえなあ。貸しといてやるよ。ちゃんと返せよな」
「ありがとう」
そうして、再びテーブルの上には料理が並ぶ。和洋折衷というか、国に拘らず色々な料理やお酒、それから甘い物をズラリと並べた。
その瞬間、手を止めていた彼女達は一気に動きだし、もの凄い勢いで消費していった。
後に残ったのは、空の瓶や空の皿。あとは笑顔だけ。
あれだけPをかけて生成したのに。そんな思いはあったが、そんなに食べてくれるんなら、借りた甲斐はあった。
もうなくなってしまったけど。
「ご主人様追加をお願い致します」
「もうPがないので無理です」
「仕方ありませんねえ。貸しておいてあげましょう。返して下さいね」
「ありがとう」
そうして、再びテーブルの上には料理が並ぶ。世界折衷というか、どの世界かなどに拘らず色々な料理やお酒、それから甘い物をズラリと並べた。
その瞬間、手を止めていた彼女達は一気に動きだし、もの凄い勢いで消費していった。
後に残ったのは、空の瓶や空の皿。あとは笑顔だけ。
借りた甲斐はあった。
もうなくなってしまったけど。
「……オー」
「ありがとう」
そうして――。
「違う。飴」
「……Pがないので無理です」
「殺すぞ」
「殺さないで……」
宴会は進んで行く。
みんなに笑顔を、俺に借金を残して。
「食いすぎだよっ」
「これも美味ですっ。主様、おかわりをお願いします」
「今度はどこの名物にいこうかの。主殿、おかわりじゃ」
「あるじ様ー全然足りないよー。おかわりおかわり」
「ワタシ達を甘く見るなよっ?」
「食いすぎだよっ」
俺はまたしてもPを借りて、様々な料理を生成する。そして、深いため息をついた。
分かってはいたが、本当によく食べる。よく飲む。
戦争勝利とダンジョンバトル勝利を祝う席なので、普段以上に食べて飲んでもなんら不思議ではないが、にしても食いすぎ、飲みすぎである。
果たして限界という言葉は、この子達の中にあるのだろうか。
……。
「ないんだろうなあ」
言っててかなしくなる。
まあ、もしかすると、今日が過剰というよりも、普段の宴会でセーブしていたのかもしれない。
普段の宴会では、お腹一杯食べているものの、それで動けなくなるなんてことはない。酔うほどに飲むものの、前後不覚になるほどべろべろに酔っ払うこともない。案外、Pの節制や節約などを、考えてくれていたんだろうか。さすがはダンジョンモンスターだ。
しかし、つまり今日は。
「なんらーこの野郎共っ、アタシに逆らう奴は全員ぶっ飛ばすぞ」
「正座をしなさい。全く。おや、何をしているのですか、話を聞く時は立って聞くものですよ」
「飴がない。飴……、飴が……、飴ーっ飴ーっ。飴-っ」
「うううー、昔はなあー、昔はそれはもうなあー、大変でなあ。若い奴らは知らんだろうが大変だったんだ」
「マイクはどこにある、ここか。おや、これは空き瓶じゃった。マイクは――これか。おや、空き瓶じゃった」
「お腹一杯。これが、幸せ。ん? ありゃりゃ、みんな散らかして。片付けとくね。それに喧嘩しちゃ駄目だよ。食べ物は分け合うものなんだよ」
「……。……。……。……。トイレ行ってくる」
「飲みすぎだよっ」
ダメだ。めちゃくちゃだ……。
1人まともになってる子はいるけど、でも、大丈夫なのかと一番心配になるし、やっぱりめちゃくちゃだ。
戦争に勝利した高揚感や、終わった開放感も含まれてこうなっているのだろうが、それでもめちゃくちゃだ。
というか、みんなそれなりに余裕を持って勝ってたのに、あんなに喜んで気が緩むものなのだろうか。
俺が知らない強敵と戦ってたとか? うーん、そんなことはないか。
じゃあ、なぜこんなにも? いや、そんなことは考える必要ない。なぜなら答えは決まっている。彼女達は、ただ……、宴会が好きなだけなのだ。
「ぶっとば――あ、肉だ。肉食う肉食う。……なんで、なんでパセリが入ってんらー、パセリやらーパセリやらー。マスターっ」
「はいはいはい、今食べます今食べます。いい加減にね、パセリも食べれるようにならないと」
「やだっ。アタシが最強になったら、パセリは絶滅させてやりゅ」
「ご主人様、正座をして下さい。正座は分かりますか? 頭を下にして、足を天に向け真直ぐ伸ばす座り方ですよ」
「それ正座じゃないっ。そもそも座ってすらないよっ」
「早くなさって下さい。順番が支えていますので」
「……」
「……あのお」
「……」
「ただいま召集に応じ馳せ参じました。主様、なんなりとご命令を。肉ですか? 魚ですか? 米ですか? 酒ですか? そ、それとも、わ、わた――キャー主様のエッチー」
「主様は無実ですっ」
「ううう、主様どうしてこんなこと。しかし主様、私はいつだって主様のお味方ですからっ」
「マイクが見当たらん……。仕方ないのう、主殿、わっちが言った通りに歌うんじゃぞ」
「それはもう俺が歌っているのでは?」
「これぞ究極のハモリじゃの」
「あるじ様、またこんなに散らかして。駄目だよー、身の回りを整えることは心を整えること。心と体の健全はそこからだからね」
「え、あ、はい。はい……。ニル? 大丈夫? ……あれ、なんだい? その箸は。ま、まさかその箸であるじ様を食べようというのかねっ?」
「違うよー。さっき美味しそうな料理があったから、食べさせてあげようと思って。はい、あーん」
「さあ飲むぞー、もっと飲むぞー。今日はとことんまで飲――」
「ユキ? ユキさん? ユキさん大丈夫?」
「――むぞー、とことん飲むぞー。潰れるまで飲――。……、……」
ダンジョンの創設メンバーと言える7人。
今や多くの後輩を持ち、大国との戦いに勝利するまでに成長した。それほどまでに強くなれば、それ相応の落着きや、振る舞いを身につけるものなのだろうが、その自覚はどこへやら。
ここから見る限りでは彼女達は、初めて宴会をしたあの時となんら変わらない。
「はあ」
俺のため息は増えるばかりだ。
一向に止まる気配はない。
が、しかし。
俺は玉座跡地に置かれた座布団に座り、床に置かれていたコップを手に取る。中には、泡立つ小麦色の飲み物が入っている。
俺はそれを、ぐいっと一息で飲んだ。
「ぷはあ」
心地よい気分が、心の内側から広がっていく。けれど、それは酔ったからではない。
ダンジョンマスターなので、俺が酔うことは決してない。だから、この心地よさは、酔いのせいではなく……。
「こんな光景を見て、幸せを感じるとは、全く人間種族ってのは難儀な趣向をしてんだねえ」
俺は、そう呟いた。
こんな日が続けば良……、いや、良くはないどころか、非常に困るけど、まあ、今日くらいは良いんじゃないだろうか。
誰も、死ななくて良かった。誰かを失う結果にならなくて良かった。
俺の誇りは、もう一欠けらも残っていないくらいに失われてしまってるけど。まあでも、この子達の無事と比べたなら、安いものだ。だから良かった、本当に良かった。
楽しそうな様子を、俺はただただ眺めた。
頑張った彼女達の幸せそうな様子。それの一端でも、俺が担えたのかと、心に込み上げてくるものがある。愛しているとは、こういうことなのだ。
いかん、目がちょっとウルウルしてきた。
歳をとって、涙もろくなってきたかもしれない。人間種族だからね。
だが、良いか。今日くらいは。
ああ、今日も今日とて明日が見え――。
「ああ、今日も今日とて明日が見えない。鬱だから」
……あれ? 俺の決め台詞が。
「鬱。お酒を飲んでも飲んでも楽しくなれない。どんどんどんどん深い闇の底へ。こんなに楽しい席なのに、わらわだけが盛り下げてる。こんなわらわに生きる価値があるのでしょうか、ううん、ない。泣ける、泣けてくる。ああ、今日も今日とて明日が見えない」
「どうぞ顔を上げて下さいな、ティアさん。そして見回してみては? 見えるでしょう? 皆様の楽しそうなお顔が。ティアさんが例えどれほど陰鬱で鬱陶しく、空気の読めない方であったとしても、この盛り上がりを盛り下げることなどできませんわ」
「ううう、凄く的確に罵倒された……。ホリィさん、ホリィさん、わらわはもう駄目。ああ、先立つ不幸をお許し下さい。わらわは誰もいない場所に逝きます」
「そんなティアさん。死なせません、死なせませんわ。ティアさん1人で死なせるなんて、わたくしは絶対にさせません。先立つ不幸なんて、ティアさんには似合いませんもの。ですから先に、一族郎党を送り込み、盛大なパーティーでお出迎えをさせてみせますわ」
……ティアの一族郎党って……。俺殺されるの?
「鬱。わらわは何もできない。もう死ぬことすらできない。後はもうお酒を飲むことしか……。美味しいいいっ、鬱になっちゃうううっ」
「あら? この音楽……、聞いたことありますわね。行きますわよティアさん、わたくし達も参戦しますわっ」
「暖かいベットが恋しい。もう帰りたい。ああ、でもここがわらわの家。休まるところなんてどこにもない。鬱、鬱になっちゃうううっ」
「お酒を飲んでいると走りたくなりますわね。ティアさん、あの夕陽に向かって、競争ですわっ」
……殺されはしないようだが、頭がおかしくなりそうだ。
「また頭おかしいって言われたあああっ、鬱にしちゃうぞ」
「また頭おかしいと言われましたわっ、鬱にさせちゃいますわよ」
ごめんなさい。
「ごめんなさーい」
「ごめんなさーい」
「ごめんなさーい」
「ごめんなさーい」
……なんか俺よりも真剣に謝ってる子達がいる。
「いいのよ。お姉ちゃんは、皆のことが大好きだから。心の底から大好きだから」
もちろんその子達とは、ククリ、リリト、トトナ、ナナミの四獣4人。
謝っている対象は、ミロク。
「キリン姉なんて言われただけで、怒ったりしないわ。それに、この1年と少しで慣れちゃったから」
「ミー姉」
「ミー姉」
「ミー姉」
「ミー姉」
「うふふ、だからね。仲直りに乾杯しましょう?」
「ああ。そうだな、乾杯だ。……ん? あの、ミー姉、この酒……、いや、この水……」
「燃えてる、つーか、焦げてる……」
「度数が高いから燃えてるとかじゃないよね……、焦げる水というか、これ……」
「ミー姉の切り札的な、あの凄く痛いやつ……」
「仲直り、できないの? なら、怒らないといけないわね。でも皆覚えておいてね? キリン姉と言われたから怒るんじゃないわ、仲直りできないから怒るの。だってわたし達仲良し姉妹だものね。それでね、皆は知ってると思うけど、お姉ちゃん、怒ると少し、怖いのよ?」
「ごめんなさーい」
「ごめんなさーい」
「ごめんなさーい」
「ごめんなさーい」
……絶対キリンの方じゃん。
「ダンジョンマスター様、何か仰いました? 仰っていませんよね? なら、乾杯しましょう」
「そ、そうですよダンマス様、どうぞお飲み下さいっ、ほらここにも5杯分ありますっ」
「は、早く飲めっ。そしたら多分怒りは収まるっ」
「あちき達は痛いから嫌っ。だけど、ダンマス様なら。あちき達のためと思ってっ」
「飲ーんで飲ーんで飲んで、飲んでっ。よっ、ダンジョンマスターの鏡っ」
あれ、ここでも俺、殺されようとしてる……。
「虐めるのならっ。虐めるのならっ。虐めるのなら、このタキノちゃんを、どうぞよろしくお願いします。タキノちゃんに清き一票を、いえ、汚らわしい一発を、どうぞよろしくお願いします」
「気持ち悪い。……いや、タキノがじゃくてな、やめろ、来るな、気持ち悪い。ああ、まあ今のはタキノに向けてだが、やめろっ、くるなっ、ああもうめんどくさいー、気持ち悪いー水ー」
「はいはい、ソヴレーノ、これお水ね。ペットボトルごとあげるから。それからタキノ、これお酒ね。瓶で殴ってあげるから。それっ」
「今のなんですかっ、どうやったんですかっ。瓶で殴れば良いんですかっ? やりますっ、任せて下さいっ。うりゃあああああーっ」
「……誰かぁ助けて、ここにも、ここにも変態がぁ」
「どうして皆こんなに胸が大きいんだっ。すっごい柔らかい、柔らかいよう。これに比べたらボクのなんて胸筋だ、ほら、胸筋だろうっ? 胸筋じゃないもん、ちゃんと柔らかいもんっ」
タキノも殺されようとしてる……。なぜ味方同士でここまで殺しあわなければならないんだ。
そして一体ツッコミはどこへ行ったんだ。
「いいいいいっ。映画で使う瓶じゃなくて、本物の瓶で、しかも中身の入った瓶で、粉々に砕けるくらいに殴られるのが、んぎもちいいいいいっ」
「もっとやれっ。殺ってしまえ。気持ち悪ければ死ぬだけだ。そして、小さくても死ぬだけだ。乾杯っ」
「それっそれっそれっそれっ」
「うりゃああああああーっ。うりゃあああああーっ」
「やっと眠れるぅ……、一緒に、永眠、くぅすぅ」
「どうしてオンリーワンじゃ駄目なんだよーっ。でも、でも、胸の大きい順に皆が死ねば、ボクがナンバーワンなんだっ。うりゃああーっ」
一体いつからここのダンジョンは味方同士で殺しあうダンジョンになってしまったんだ……、いや、最初からか……。10日足らずで、マキナがローズ殺してたからな。
しかし、酔ってる。凄く酔ってる。
「カメラの準備は完璧やっ」
「高画質。音声もバッチリだな。ナイス根性」
「じゃあ、いくわよ。アリスちゃーん、アリスちゃんは、わたしのこと、好きぃ?」
「駄目よアリスっ、目を覚ましなさいっ。目を覚ましてっ」
「んんー、ヴェルぅ、どうしたんですか? そんなに慌ててー、こんなに楽しいんですから、もっと飲みましょうよー」
「エリンのこと好きかって? んー、えへへ、んーっとねー、エリンはね、いっつもイジワルしてくるからねー。んふふー、でもね、好きー、大好きー」
この子も酔ってる。年少組も飲んじゃってるじゃないか。
まあ、毎回飲んでるけどさ。ダンジョンモンスターだから、年齢は別に関係ないし。でも、こんなに酔っ払ってるのは初めて見た。ひねくれ者のアリスが、あんなこと言うなんて。普段なら死んでも言わなさそうなのに。
「バッチリ撮影完了や。これを酔いが醒めてから見るの、楽しみやなあ。どんな顔するか」
「アリスは記憶がなくなるタイプだからな。ダンジョンモンスターだから思いだそうとすればすぐに思い出せるというのに。根性が足りん。バット根性っ」
「アリスちゃん可愛いわあー。食べちゃいたいくらい。ほうら、イーファスちゃんもおいでー。ヴェルティスちゃんよりもわたしのことが好きなんだもんねー」
「そ、そんなことないわよっ。2人共ア、アタシの……、ふ、ふんだっ。別にアタシだってこの2人のこと……、2人のこと……、大好きなのにーっ。ええーん、ああーん」
「ヴェルー泣かないでー。どうして泣いてるのー。ヴェルー私も大好きですよー」
「んふふー、えへへー。皆大好きですー。皆仲良くしてるのが一番楽しーですねー」
撮影はやめてあげなさい。
あとで鑑賞会でもするのかい? なんて悪い大人っ。やめてあげなさい。
「はあ」
俺は再び、深いため息をついた。全く。一体、俺が彼女達を生成する際にした設定の内、どれがどう作用してこうなったのか。
どうにかならないものかねえ、この惨状は。
「旦那様。おつまみを用意します」
「おつまみを用意しました。旦那様」
すると、そんな俺に向かってチヒロとツバキが声をかけてくる。俺はありがとうと応え、用意されるおつまみを待つ。
今度もまた、先ほど俺に出された料理のように、ぶっ飛んだ料理がくるのかと、恐怖に震えながら。
けれどまあ、あれらは確かにぶっ飛んでいて、食べ物かどうかも定かではないが、手は込んでいる。一生懸命に作っているのが分かる。
だから、食べ物かどうかすら定かではないものの、いつもいつも、どれだけPをかけて生成した豪勢な料理よりも美味しい。俺はそう思っている。
「おつまみのピーマンです」
「おつまみのニンジンでした」
……。
……。
丸ままかあ。
俺はピーマンとニンジンをかじりながら、再び宴会の様子を見た。
7人だった頃よりも、4倍パワーアップした宴会だった。
28人もいて止める子がどうしていないんだっ。誰か止めろよっ。
「はああ……」
ため息は止まらない。
「はい、お開き、お開きですよー。みなさん、宴会はもう終わりです。お休みの時間ですよー。各自自室に戻って下さい」
なので俺はそう宣言した。
パンパンと手を叩きながら、まだ飲もうとする子からお酒を取り上げ、ソファーで寝転ぶ子を起こして回る。
一体今回の宴会で、何P使ったのやら。計算したくもない。
「ほれ、起きた起きた。お戻りなさい」
誰もが不満そうな顔をして睨んでくる。でもまあ、マキナ達さえ部屋に戻る気になれば、宴会は終わるだろう。俺はマキナのところへ行く。
「えー、まだ飲むろー。やらーやらー」
「ダメです。もう決定しました」
「ブーブー。しゃーねーなー。じゃあ寝るか。……あれ、布団、布団はっ?」
「布団は部屋にあるだろ? ここは玉座の間だからね、本来は玉座しかないよ」
「やらー寝るろー、ここで寝るろー、布団ー布団ー」
「分かった、分かったから、布団ね」
「高級のー」
「分かったから、高級ね。……高級かあー、はいはい、高級布団ね、さあどうぞ」
「よっしゃー。ん? 枕は? 枕、いつも使ってる、あれがないと寝れらい……。んーしゃーねえ、枕代理、出番だぞ。んーんー」
「枕代理……俺か。えー」
「早くー、うりゃーっ。腕置け腕。んにゃ」
不満をもらすと、途端に布団へ引きずり込まれた。右腕は既にガッシリ掴まれており、どうにもできない。
「おやすみー。……すぅすぅ」
そしてマキナは俺の右腕を自分の枕にして眠る。絶対この寝つきの良さだったら枕関係ないだろっ。
「セクハラですね。完全なるセクハラです」
「セラさん、いえ、裁判長っ。僕は無実ですっ」
「なら早く左腕を。遅いとセクハラで訴えますよ?」
すると今度はセラもやってきた。俺の左腕を掴み、無理矢理枕にして眠った。両腕を押さえられ、身動き一つできない。なんだか、懐かしい気分になる。
「ぐふっ」
そこに腹への強烈な一撃。これも知ってる一撃っ。
「オ、オルテ……」
「軽くなったなあ」
「俺のセリフを……。いや別に軽くなっては……」
「さらに軽くなった」
「……さらに軽くなった」
「うむ」
腹の上に乗ってきたオルテも、そこで眠る。
「このっ、どけっ、ここをどけーっ」
ローズはセラをどかそうと引っ張っている。しかしセラの指はガッシリと俺に食い込んでおり、一切離れない。
「やめるんだローズ。分かるだろう? 主様の何かが剥がれちゃうよっ」
「ぐぬぬぬ、仕方ありません。ここで我慢を……、はっ、主様の手ではありませんかっ」
そうしてローズも俺の左肘近くに頭を置き、手を握りながら横になった。
むろん反対側の手も握られている。
「主殿、頭を撫でんか。眠れと撫でるんじゃ」
「いや握られてたら撫でれないんですけど」
「なんと不器用な。相変わらずじゃのう」
握っているのはキキョウ。キキョウは、俺の右手を強く握ると、そのまま眠った。
なつかしの人間枕。
慕われているのは素直に嬉しい。嬉しいが、やはり問題が発生している。前にも言ったと思うけど……。
「おやすみあるじ様ー」
「ニルはまた足のところか?」
「ぐぅ」
寝ている……。
「あー、ワタシのベットがないっ」
「ここ玉座の間だからね。普通はないね」
「仕方ないなあ。おらっ、頭を上げろっ」
「痛いっ。叩くんじゃない、それが人にものを頼む態度かね」
「丁寧な言葉遣いをしろってことか? 簡単だ、くるしゅうない、面を上げい」
「それも人にものを頼む態度じゃないねっ。はー、分かったよ、上げるよー」
「よしよし。うむ、じゃあ寝ろ。おやすみー」
ユキは俺の頭の下に手を入れて、肩に頭を置き眠った。
7人に人間枕にされた俺。
とても幸せだ。
凄く幸せだ。
みんな可愛いし美人だし、柔らかいし。好かれているのはダンジョンマスター冥利にも尽きる。
浮気を……したつもりはなかったが、そんなこんなで愛想がつかされかけたあの時に比べれば、随分と良い関係になったとも思う。
けどね、けれどね、……。
いや、酒臭いのはね、いいんだ。もう慣れたし。
どんだけ飲んだんだってくらい口から酒の臭いがするけど、それはもう良いんだ。だから問題は別さ。
「そこの君達、撮影をやめるんだっ。何を撮影しているっ」
この状態を、撮影してるやつがいる。
「鬱なのに、人が鬱なのにこんなことをしてるなんてヒドイ。ヒド過ぎる。だから高画質で録画を」
「そうですわ。酷いですわ、謝って下さい。しかし謝っても許されることではありませんので、撮影ですわ」
「動画だけでなく、写真も撮っておかないといけませんよね。皆、ちゃんと撮ってね」
「任せておけ姉さん。北側からの撮影は完璧だ」
「西からもオッケーだぜ」
「南も完璧。加工もしちゃお」
「この時のために、普段から撮影技術を上げてたのかもしれないっ」
「撮っちゃえ撮っちゃえ。ぷくく、こんなあられもない姿を撮られるだなんて、面白いですね、情けないですねっ」
「アリス……、どうしよう、ヴェル……」
「先に言っておいた方がダメージは少ないんじゃない? っていうか、アタシも結構恥ずかしいこと……」
「そんなことないわ。みんな可愛かったわあ」
「ナイス根性」
「そうやで。あ、アリス、後でこの映像、皆で見ようや。そん時の司会は、アリスに任せるで。煽ったってや」
「なんで酔ったらボクってこう、はあー。お酒は気をつけよう……いやこれ毎回言ってるな」
「音声担当サハリーです。音声は楽、寝てても……すぅすぅ」
「良いですねえー良いですよーっ、可愛いねえ、可愛いですよーっ。プロのカメラマンっぽいですかっ? 真似できてますかっ?」
「皆の思い出ムービー。良いわねえ」
「頭痛い……頭が痛い……」
「くうう、撮られるだなんてそんな、M心をくすぐるものを、どうしてタキノちゃんは体験できないんですかっ。羨ましい、羨ましいです王様っ」
「ツバキ、皆仲良しだと嬉しいね」
「皆仲良しだと嬉しいね、チヒロ」
全員だっ。
全員で撮影してやがるっ。
「やめなさい、こんなところを撮るのはやめなさいっ」
止めたいが、俺の体は指先から足まで一切動かすことはできない。ニヤニヤと笑う悪童共からの撮影を止めることができないっ。
「やめてえっ、やめてえっ」
「「「「「うるさいっ」」」」」
……す、すみません。怒られた、ビデオに声が入るからって怒られちゃったよ。
そうして21人の2期組はタップリ撮影した後、楽しかったーと口々に呟きながら玉座の間から出て行った。
ダンジョンマスターは踏んだり蹴ったりだ。
静かになった玉座の間。
聞こえる音は、7人の寝息。
それと、ダンジョンマスターのすすり泣く声。一体いつから俺はこんな扱いをされるようになったのか。
……最初からか。なんて悲しいっ。
ああ、今日も今日とて明日が見えな――。
「あ、忘れてた」
「ん? どうしたマキナ」
「ちょっと。……よいしょ」
マキナは体を起こすと、ぐいっと俺の方に近寄ってくる。顔は、俺の顔の真上にまでやってきた。
そして、どんどんと近づけてくる。
「な、なに?」
「何やってんだよ、目、瞑れって」
「え?」
マキナが目を瞑った数瞬後、俺も目を瞑る。唇に柔らかいものが当たる。
その感触を間違えるはずがない。それは……。
目を開ければ、視界いっぱいに目を瞑ったマキナがいた。俺達の唇は、表面が触れる程度ではあるが、触れ合っていた。
ちゅっ、という音を立て、唇が離れる。
顔もある程度離れたところで、マキナは目を開ける。そして俺の目が開いていたことに一瞬驚き、顔を赤くして睨んできた。
思わず謝ると、ふんっ、と顔を背け、再び腕を枕にして横になった。
「おやすみ」
「お、おやすみ」
マキナが頭を置いている右腕からは、熱い熱が伝わってくる。
きっと、俺の顔も、同じくらい熱いんだろう。
ダンジョンマスターとして、俺は正しい道を歩けているのかは分からない。
みんないつだって反乱してるし、扱いはとんでもなく軽いし、ダンジョンモンスターとキスをするし。
しかし、幸せだ。
とても幸せだ。
凄く凄く幸せだ。
だから、まあ、この道を歩いていて、良かったと俺は思う。
思う……、んだけど、だけれど……。
いや、酒臭いのはね、いいんだ。もう慣れたし。
どんだけ飲んだんだってくらい口から酒の臭いがするけど、それはもう良いんだ。だから問題は別さ。
「なんか……痛いんだけど。6箇所くらい、凄く痛いんだけど。なんか……つねってない?」
左の脇腹、腹、左手の甲、右手の甲、足、そして顔。
その6箇所が妙に痛い。皮膚を摘ままれ、捻りあげられている気がする。
「あのー、すみません、つねってませんか? 凄く痛いんですけど」
俺は、6人に問いかける。
「すぅすぅ」
「……くぅ」
「すやすや」
「くぅくぅ」
「むにゃむにゃ」
「ぐーすぴー」
だが返事はない。どうやら眠っているようだ。
「いや、でも痛い、なんか、痛いな……。凄く痛い」
「うるせーな、なんだよマスター」
「あ、あのね、なんだか全身がつねられてるように痛いんだ。みんながつねってるのかと思ったんだけど、気のせいかな」
「気のせいだろ? 全員寝てんだから。聞いてみりゃ良いじゃねえか」
「あ、あのー、みなさん、つねってませんか?」
「寝ております。気のせいです、浮気者。すぅすぅ」
「……寝てる。気のせい。浮気者。……くぅ」
「寝ていますとも。完全に気のせいです。浮気者。すやすや」
「寝ておる。気のせいじゃの。浮気者。くぅくぅ」
「寝てるよー。気のせいだよー。浮気者。むにゃむにゃ」
「寝ているぞ。気のせいだ。この浮気者が。ぐーすぴー」
どうやら、気のせいのようだ。
しかし、なぜだ。だったらなぜこんなに痛いんだ。完全に皮膚が摘まみ上げられている痛みじゃないか。
「痛い……。凄く痛い……」
もう涙が出てくるよ。
今日も今日とて明日……。
「――いや痛いよ、ほんとに痛いよっ」
「「「「「「「うるさい」」」」」」」
……す、すみません。
ああ、今日も今日とて明日が見えない。
お読みいただきありがとうございます。
長かった7章、戦争編も終了です。長々とお付き合いいただきありがとうございました。これからもまだ続きますが、どうぞよろしくお願いします。
ただ、更新がまたしても大幅に遅れてしまいました。次回からは、ペースを上げていきたいと考えております。頑張ります。




