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第106話 チヒロとツバキのダンジョン攻略。

ダンジョンマスター心得その23

調和の志を忘れずに。それ以外に生きる意味も道もない。

 牛ダンジョン。迷宮ダンジョン。海ダンジョン。ゴーレムダンジョン。火山ダンジョン。そして平原ダンジョン。

 それらとの戦いは、続々と終結を迎えていく。

 全て、幾重もの降伏を無視しての破壊、という形で。


 そして鬼ダンジョンでもまた、その結末に着々と近づいていた。


 俺はそれを、座る玉座も、はりつけられる十字架もなくなった玉座の間で眺める。


「ツバキ、ここにもありますよ」

「ここにもありました、チヒロ」


 鬼ダンジョンへ侵入しているのは、チヒロとツバキ。天使と悪魔の双子コンビだ。


 彼女達は、28人のメンバーの中で、唯一守護階層を持たない守護者、いわゆる管理人である。

 ダンジョンモンスターの中には、そういった特殊な役割を担う者も存在する。


 例えば、店の店員であったり、道筋のヒントを与えるお助けキャラであったり、強さの方向性をアドバイスしてくれる師匠的キャラであったり、自然環境の細かいところを調整する守人であったり。

 そのダンジョンモンスターは侵入者と戦うことこそないが、ノーマルモンスターかユニークモンスターとして生成され、ダンジョンにおいて階層守護者と同等の重要な役割を果たす。


 チヒロとツバキに与えられた役割は、メイド。

 天空城を暮らし易いように保つため生成された。ゆえに2人は、毎日城を掃除し、庭を手入れし、ダンジョンマスターに料理を作る、重要な役割を果たしている。


「ツバキ、あんなところにもありますよ」

「あんなところにもありましたよ、チヒロ」


 普通ならそういった管理人は、戦闘能力で劣っていることが多い。戦う力を別の事柄へ割り振ることが多いからだ。

 しかし、2人は違う。


 チヒロは下級天使。

 ツバキは下級悪魔。

 2人の種族は生成Pが2000Pもかかる種族で、その実力もPに相応しいもの。


 さらにチヒロとツバキは、お互いがお互いの種族に対して特効の力を持つ、相反する種族でありながら、相手の種族の力も使うことができる。

 つまりチヒロは下級天使でありながら、下級悪魔の力を、ツバキは下級悪魔でありながら、下級天使の力を、それぞれ持っているのだ。


 彼女達の戦闘能力が一体どのくらい凄いことか、鬼ダンジョンのダンジョンモンスターやダンジョンマスターは、その身をもって味わっているに違いない。


「ツバキ、たくさん集まりますね」

「たくさん集まりましたね、チヒロ」

「ほら、これが希望と絶望の狭間で生きることを夢見た吸血鬼の牙です」

「これが希望と絶望の狭間で死の世界を泳いだオーガの角でした、ほら」


 そして――。


「旦那様の今日のご飯はこれで決まりですね」

「旦那様の今日のご飯はこれで決まりましたね」


 彼女達の料理が一体どのくらい凄いことか、2人のダンジョンマスターも、その身をもって味わうに違いない。


 ……。

 良いんだよ。良いんだよ2人共。俺のことは気にしなくても。

 そうやって食材? いや、食べるものではないと思うけれど、ともかく食材を集めてるから、ダンジョン攻略速度が最下位じゃないか。ダンジョンを討伐してないのは、もう君達2人だけだよ。

 俺のことは気にせず、荷物は捨てていって良いんだよ?


「旦那様が悲しいことを仰っている気がします」

「旦那様が悲しいことを仰った気がしました」


「こっちかな?」

「あっちかな?」

「そこですね」

「そこでした」


「旦那様。悲しいことを仰らないで下さい。わたし達は常に旦那様のことを考えています。そしてそれが何よりも幸せなことなのです」

「わたし達は常に旦那様のことを考えていました。そしてそれが何よりも幸せなことでした。悲しいことを仰らないで下さい。旦那様」

「一番遅くても構いません、一番弱くても構いません」

「旦那様が、一番幸せであって欲しいのです」


 ……。

 ……。

 おかしいな。

 なんだか、涙が出てくるんだ。ポロポロポロポロと、涙が溢れてくるんだ。なんでだろう、なんでこんな時に。


 すると2人は少し笑った。


「旦那様。知っていますか? わたし達は旦那様に教えてもらっています」

「生成された時、教えてもらったことです。知っていますか? 旦那様」

 そして言う。


「「嬉しくても、涙は出るんですよ」」

 昔を思い出したのか、少し声を震わせながら。


 そうか、そうだったのか。

 この涙は……。


「早く帰って作りますからね。今日のメインは、希望と絶望の狭間で生きることを夢見た吸血鬼の人生がこもった牙の佃煮とテドゥリャロリャの昆布締めを添えて、です」

「今日のデザートは、希望と絶望の狭間で死の世界を泳いだオーガの人生が染み付いた角のシャーベット、テドィリャムリャの餡子を添えて、でした。帰ったら早く作りますからね」


 この涙は嬉しい涙だったのか。

 凄く出てくる。

 ボロボロ出てくるっ。ボロボロ出てくるようっ。


 2人は満足気に頷くと、食材を集め終わったためにダンジョン攻略の速度を上げた。

 既に階層は99階層。

 出てくる魔物はどれも強力。しかし、どんな魔物であろうとも、2人の前に立っていられた時間は長くない。


 武器は全く使わず、魔法すらあまり使わないチヒロとツバキ。2人は体術メインで戦う武闘家だ。

 攻撃方法は大まかに言えば、殴る蹴る、投げる極める、この4つだけ。その4つで、強力な魔物を次々沈めてきた。とどのつまり、そのどれもが異様に強力ということである。


 鬼ダンジョンは一直線で、魔物との遭遇率がかなり高く、戦闘を避けることもできない。

 99階層にもなれば、強力な魔物が次々と現れる難易度の高いフロアになっていた。中でも、99階層終盤は凄まじい。連続してエリアボス、中ボスのような存在が出てくるのだ。2人は今、そんな道を進み、そして戦っていた。


 相対する魔物の種族はオーガ系の上位種、ハイビルダーオーガ。

 生成P1000Pの魔物であり、尚且つ物理的な能力に特に優れている。そのステータスを詳細に見ることができれば、誰しもが脳筋にもほどがあると叫ぶだろう。


 そのためハイビルダーオーガと戦う場合は、近接戦闘は避け、中遠距離から攻撃し続け、近づかせずに倒す戦法がよくとられる。

 ただ、その場合は円を描くように動き、距離を保つのが基本なのだが、鬼ダンジョンのフィールドは全てが1本の通路になっている。できる行動は前進か後退かしかなく、円を描くようには逃げられない。中遠距離から封殺するということは難しかった。

 被弾覚悟で近づかれたならば、追いつかれるか、下がり過ぎて挟み撃ちを食らうからだ。


 ハイビルダーオーガはこういう環境では、最も出会いたくない魔物と言えるだろう。


「ツバキ、行きますよ」

「行きました、チヒロ」

 しかし2人は顔色1つ変えなかった。

 それどころか、オーガが前進するよりも早く前進する。

 そして、オーガの前進よりも速く前進し、体長5mを軽く越すオーガのその顔面に、強烈な蹴りを加えた。


「ガアアーッ」

 オーガの首は、チヒロやツバキの胴を合わせたよりも太いが、その蹴りには耐えられなかったのか、顔を吹き飛ばされたように仰け反らせた。


 2人は地面に音もなく着地すると、今度はオーガの足を蹴る。

 自分達の背丈よりも遥かに巨大な足は、蹴り1発でまるで綿毛のように吹き飛んだ。足の支えを失ったオーガは、当然転げ、顔を地面に打ちつける。

 そしてそこには当然、チヒロとツバキがいた。


 スカートがフワリと動く。

 長い長いスカートであるため、フワリとしたからといって、何かを伺うことはできない。

 いや、1つだけ伺えることがあった。これから、蹴りがくるということだ。


 オーガの顔面にスカートに隠された細い足が2本めり込んだ。

「ガアアアーッ」

 オーガは絶叫と共に吹き飛ぶ。それは、普通後退を強いるはずの強靭な近接戦闘能力を持つオーガが、無理矢理後退させられるという珍しい光景。


 2人は地面をゴロゴロと転がるオーガをさらに追いかけ、ようやく止まって顔を上げたそこを、再び蹴りつける。

 オーガはバランスも悪かったからか、先ほど以上に吹き飛び、しかしようやく止まって起き上がった瞬間、また蹴られ吹き飛ばされる。ゴロゴロゴロゴロと転がされていくその様は、まるで大玉転がしの玉のようだった。


 しかしだからだろう、次にオーガが顔を上げたその場所には、もう1匹の魔物がいた。

「ゴアアアアアーッ」

 オーガを後退させすぎたせいで、2人は次のエリアボスが待ち構えるポイントまで来てしまったのだ。必然的に、これからは2体の魔物との戦いになる。


 待ち受けていた魔物は、ハイウォーリャーオーガ。

 1000Pの生成Pがかかるオーガ系の上位種で、肉体の頑強さや純粋なパワーはハイビルダーオーガに劣るが、武器を巧みに使いこなし戦闘能力では勝る強力な魔物だ。


 本来この2体の魔物は共闘することがない。

 エリアボスは、担当エリアが決まっているからこそのエリアボス。他のエリアに行くことはない。

 だからこそ、ここでは常に魔物は1体で戦う計算になっている。すなわち、1体で99階層のエリアボスとしての力を発揮するようになっている。分かりやすく言えば、99階層という高階層で許される1チームあたりでの強さの限界を、1体で埋め尽くしている。


 しかし2人は、普通前進し逆に侵入者を押していくはずのオーガを、ここまで押し込みやってきてしまった。


 共闘してはいけない魔物が共闘する場合は、ダンジョンによる制限がかかり、弱体化させられるのが通常だ。しかし、侵入者にその理由があれば、その限りではない。例えば、侵入者がその魔物から逃げることで、挟み撃ちになった場合など。

 ダンジョンマスターなら、どの状況がそれに当てはまるかなど、息をするように分かる。今回は、それと同じパターンだった。


「ガアアーッ」

「ゴアアアアーッ」

 2体のオーガは、1体でエリアボスの最大限の力を埋め尽くす力を持ったまま、2人の前に立ちはだかった。


 この1本道で戦う相手としては、まず間違いなく最悪の相手が。

 場合によっては、即時撤退の判断を下さなければいけない状況でもある。――だと言うのに、2人は笑う。


「これは……、ツバキ」

「チヒロ、……これは」


「新しい食材の予感ですね」

「新しい食材の予感でした」


 2人はまたしても、オーガよりも早く、そして速く前進した。


「天律魔法、第二戒、身魂」

「悪律魔法、第二戒、身魂」

 すると、2人は珍しく魔法を使う。


 その魔法は、天使と悪魔のみが使える種族特性として存在する魔法。

 天使の天律魔法。

 悪魔の悪律魔法。


 第一戒から第十戒まで存在する全10個の魔法で、天律悪律共に内容に差異はないが、天律は悪魔へ、悪律は天使への特効を持つ。

 そんな中で2人が使った第二戒は、身体を強化する魔法だ。しかしただの身体強化ではない。異常なまでの身体強化、ダンジョンの破壊不能の壁まで破壊できるような、異常な身体強化魔法。


 天律魔法を受け、チヒロの頭の上にある白い輪っかが綺麗な輝きを見せ、同様に背中に生えた1対の白黒の翼の内、白い翼も輝く。また、体も薄く白く輝いた。

 悪律魔法を受け、ツバキの頭の上にある黒い輪っかが綺麗な輝きを見せ、同様に背中に生えた1対の黒白の翼の内、黒い翼も輝く。また、体も薄く黒く輝いた。


 2人は2体のオーガの反応を置き去りに、懐に潜り込む。

 その瞬間、フワッとスカートが揺らめき、それぞれのオーガの腹へ、強烈な蹴りが叩きこまれた。


「ガアアアーッ」

「ゴアアアーッ」


 吹き飛ぶ2体のオーガ。

 身長は5m越えと5m近く。体重はどちらも間違いなくt以下の数字を四捨五入してしまえるほど。しかしそれでもオーガ2体は成す術なく吹き飛び、腹から全身を駆け巡った激痛にのた打ち回った。

 痛みに悶える中で、自分達を蹴った存在を見る目には、既に怯えが強烈に滲んでいた。


「さて」

「さて」

「行きますか」

「行きましたか」

 もちろん、2人は止まらない。立ち上がろうとする2体のオーガ目掛け、一歩さらに踏み込み、そして唱える。


「悪律魔法、第二戒、身魂」

「天律魔法、第二戒、身魂」


 さらなる強化を。


 2人には、固有能力、禁忌の血脈がある。

 天使と悪魔、決して混ざり合うことのない、永遠なる不倶戴天の敵な2種族が結ばれ誕生した、混血の天使と悪魔だからだ。

 その能力の効果は、天使の悪律魔法の使用可能、悪魔の天律魔法使用可能。


 他にもステータス上昇や、同種への特効、習得スキルの制限解除など色々あるが、やはりそれが最も大きい。

 なぜなら、ただ単純に考えて、彼女達のそれらの魔法は、通常の天使悪魔に比べ、倍の力を誇るのだ。


 チヒロの悪律魔法を受け、チヒロの背中に生えた1対の白黒の翼の内、黒い翼が綺麗に輝く。また、体も薄く黒く輝いた。

 ツバキの天律魔法を受け、ツバキの背中に生えた1対の黒白の翼の内、白い翼が綺麗に輝く。また、体も薄く白く輝いた。


 吹き出すような力の奔流がそこにはできていた。


 2体のオーガは、それを見て、どんな気持ちになっただろうか。

 オーガ系の魔物は特に、力こそ全て、という観念を持って生きている。にも関わらず力量を測るのが苦手なのだが、しかしこれほどの力が溢れていれば、流石に分かるはずだ。2体の表情からは、今の気分が容易く伺えた。


 しかし、そこへ、戦場とは不釣合いな声が響く。

 それは優しげで清らかで、聞いているだけで癒され、どこまでも心が安らぎ、安寧と安心を感じてしまう心地よい声。


「わたしは天使です。生を乞えば助けましょう」

「わたしは悪魔です。死を乞えば助けましょう」


 2体のオーガは、心の髄まで満たしてくるようなその声に、表情をからっと変えた。

 2体のオーガは、希望に満ちた表情をしていた。


 しかし、そこへ、戦場とは不釣合いな声が再び響く。

 それは優しげで清らかで、聞いているだけで癒され、どこまでも心が安らぎ、安寧と安心を感じてしまう心地よい声。


「ですがわたしは悪魔でした。生を乞うたならば殺しましょう」

「ですがわたしは天使でした。死を乞うたならば殺しましょう」


 けれどもその声は、2体のオーガの表情を、絶望へと変えた。


「良い材料です。これが希望と絶望の狭間で安寧得たオーガの手の平です」

「これが希望と絶望の狭間で安心を得たオーガの足の裏でした。良い材料でした」

 2人は、ドロップアイテムを手に入れて、ご満悦の様子。


 ひとしきり眺め考えた後、2人はそれをしまい、向き直る。

 するとまたしても、優しげで清らかで、聞いているだけで癒され、どこまでも心が安らぎ、安寧と安心を感じてしまう心地よい声で話しかけた。


「旦那様、今日の前菜は、希望と絶望の狭間で安寧を得たオーガの手の平のパスタです」

「今日の副菜は、希望と絶望の狭間で安心を得たオーガの足の裏のサラダでした、旦那様」


 そしてその声は、ダンジョンマスターの表情も、何かに変えた……。

 この表情は、一体。この涙は、一体……。


「旦那様」

「旦那様」

 2人は言う。


「「嬉しくても、涙は出るんですよ」」


 そうか、これは嬉しい涙だったんだね。ありがとう、ありがとうチヒロ、ありがとうツバキ。

 旦那様は、今、とても幸せですっ。


「はいっ」

「はいっ」


 そうして2人は食材をたくさん揃え、100階層に突入した。 

お読み頂きありがとうございます。

この章もそろそろ終わりそうです。


以前、あと○話でこの章は終わります、と書いたかどうか、定かではなりませんが、おそらくそれは嘘です。すみません。

本当は、あと4話だと思います。多分。……頑張ります。

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