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第105話 ティアとホリィのダンジョン討伐。

ダンジョンマスター心得その22

ダンジョンの権能に飲み込まれないよう注意しましょう。

 平原ダンジョンのダンジョンマスターは鳥。

 ゆえに、ダンジョンモンスターの中でも鳥系魔物が一際多かった。

 それは雑魚魔物だけでなく、ボス魔物も同様で、特に階層守護者は1階層から98階層の階層守護者まで全てが鳥系魔物だった。


 99階層にボスはいなかったが、しかしそれでも、100階層のボスは鳥系魔物だと、誰もが思うだろう。

 それ以外にない、と。


 しかし、先ほどダンジョンに平原ダンジョンから送り込まれた魔物は、鳥ではない。

 ハイダークエルフだ。

 その魔物が、ダンジョン最高戦力なのだから、当然100階層のボスを兼任している。つまり100階層のダンジョン最終階層守護者は、ハイダークエルフである。


 ダンジョンは時に意表をつくのも大事なことだが、それは計算され尽くされた罠のような意表で、やられてみれば納得する、そんな美しい意表でなくてはならない。

 1階層から98階層を鳥系魔物にしておいて、100階層だけ違う魔物を、なんてのは、到底そんな美しさはない。だが、それでも100階層の守護者はハイダークエルフだった。


 もしかすると、平原ダンジョンのダンジョンマスターは、ダンジョンの道理を無視してしまうほど、ダークエルフに心酔しているのかもしれない。

 例えば何かトラウマを背負うような出来事があって、最強の種族をハイダークエルフ以外に思いつかなかったとか。

 一体何があったんだ。

 前世でハイダークエルフに幾度の降伏を無視され殺されでもしたんだろうか、今世でハイダークエルフに生まれた初日に殺されかけでもしたのだろうか。俺にはサッパリ分からない。


 深い森のような環境の100階層には、我がダンジョンに攻めてきた2体のハイダークエルフが立っていた。

 男女の番で、装備はそれぞれ弓と杖。先ほどいなかった99階層の階層守護者と、100階層、ダンジョン最終階層守護者だ。


 99階層の階層守護者が100階層にいるのは、おそらく1対2の戦いではなく、2対2の戦いにするためだろう。

 本来、そうやってボスを動かしてはいけないが、誇りの欠片も持たない平原ダンジョンのダンジョンマスターは、なんの躊躇もなく動かしたのだろう。俺にはそんなことができる気持ちがサッパリ分からない。


 2体のハイダークエルフは名乗りを省略し、2人に話しかけた。

「さっきは遅れをとったが、今回はこちらがホームだ」

「サキュバスにガーゴイル、どちらも森で戦う種族ではない。地の利を得たハイダークエルフの恐怖、とくと味わってもらう」


 そしてその短い言葉と共に、平原ダンジョンにおいて最大の戦いが、始まった。


 装備している武器は、男ハイダークエルフが弓、女ハイダークエルフが杖。

 ティアが鞭で、ホリィがレイピア。


 ハイダークエルフにとっては、距離をとればとるほど有利になる戦い。

「行くぞっ」

「おうっ、我等をこの森で、捉えられるかなっ?

 戦闘開始と同時に、その2体はティアとホリィの前から姿を消し、森に紛れて遠く離れた。


「あれ? いない」

「消えましたわね、気配も」


 この階層には、気配が探知しにくくなる特性が追加されているようで、ティアとホリィはアッサリと2体を見失った。見つけだそうにも気配はなく、向こうからの攻撃がなければ見つけられそうにない。

 その階層の特性を活かし、こちらも隠れられれば五分五分の状況かもしれないが、2人は隠れることに向かないし、そもそも森の中でダークエルフ系等の魔物から隠れおおせることは、不可能に近い。


 そうこうしている内に、2人の位置を完全に把握しているハイダークエルフ達から、矢と魔法が放たれた。

 属性で言えば木。その力をまとった2つの流星のような閃撃。

 生成P1000の魔物が、反乱し全力を発揮した上で、森と階層の恩恵を存分に授かった攻撃は、挨拶代わりの一撃にしては、凄まじい威力を持っていた。食らえば、ただでは済まない。


「お願いホリィさん」

「ええ、お任せあれ、ティアさん」


 しかし、その攻撃をホリィは1人で受け止めた。

 いや、受け止めた、よりも、シャットアウトした、そう言った方がその様子には似合う。


 防御の体勢を取るでもなく、ただ突っ立っていただけのホリィに、矢と魔法が近づいたその瞬間、攻撃が霧散したのだ。

 続けて行なわれた追撃も同様。

 不可視の一撃、さらに強大な一撃、防御を貫通する一撃、様々な工夫がなされた多数の爆撃だったが、全てが同じ場所で同じように霧散した。

 よく見れば、そのポイントは薄っすら黄緑色に染まっていた。まるでホリィの周囲に障壁が張り巡らされているかのようだ。いや、事実その通りなのだろう。


「無駄無駄無駄、ですわ」


 固有能力、完全防御は、自身に対するあらゆる攻撃を防御可能、という効果を持つ。

 なおその文言には、どれだけ強大な攻撃をも受け止める、という意味と、どれほど防御不可能な攻撃でも防御を可能とする、という2つの意味がある。


 したがってその力をもって行われる防御の強さは、まさに完全防御と呼ぶに相応しい。

 再生や回復、耐久能力、当たらなければどうということはない、攻撃は最大の防御、そう言い張る者達の意見を無視し、硬さだけを追求したならば、ホリィはダンジョン28人のメンバーの中で、一番の防御力を誇るのだから。


 完全防御の名の下に展開された障壁は、平面を繋いだ球体で、あたかも美しくカッティングされたダイヤモンドのよう。

 攻撃は何一つ障壁の内側に入ることなく、霧散した。


「ありがとうホリィさん」

「いいえ、ティアさん。このくらいどうってことありませんわ」

「……否定された上に、雑魚と罵られた、鬱」

「あらまあ」


 するとハイダークエルフ達の攻撃は、一瞬静寂を見せた。

 ただ攻撃するだけでは無駄だと悟ったのだろう。今度は、手を変えた攻撃が行われる。


 多数の鳥系魔物が襲いかかってきたのだ。


 どの魔物も生成Pが500Pを上回るような強力な魔物。

 100階層であっても、エリアボスをしていておかしくない魔物が、2人の視線の先であふれ返っていた。

 おそらくその魔物達で飽和攻撃を仕掛け、ホリィの防御能力を消耗させるか、気を散らせて障壁を弱め、自分達の強力な攻撃で叩き割るつもりなのだろう。鳥系魔物達も、かく乱を中心に考えたような、そんな動きをしていた。


 本来、ダンジョンモンスターは生物としての正しい行動、本能と利を元に行動するものだ。そのように別種の考えと連動させることはできない。だが現に出来ている。それは、鳥達が支配されているという事実に他ならない。

 庇護すべき配下、そして共に戦う仲間であるダンジョンモンスターを、こんな風に支配し捨て駒のように扱うとは、とてもじゃないが信じられない。一体平原ダンジョンのダンジョンマスターは、ネームドモンスターにどういう教育をしているんだ。

 まさかダンジョンの外にまで、そうやって攻撃を仕掛けているんじゃないだろうな。最低だ、俺にはそんなことを許す心がサッパリ分からない。


 ともあれ鳥系魔物達はティアとホリィに襲いかかる。

 さしものホリィでも、これだけの数の魔物に攻撃されながら、ハイダークエルフの攻撃を防ぐのは辛いだろう。自分1人ならばなんとかなるかもしれないが、後ろにはティアがいるのだ。庇いながらでは、防御能力も幾分か下がってしまう。


 だからか、2人は手を、パン、とタッチし場所を入れ替えた。


「お任せあれ、ホリィさん」

「ええ、お願いしますわ、ティアさん」


 背中に隠れていたティアが、今度は前に出てくる。

 その手には、自らの武器である鞭が握られており、次の瞬間には空気の破裂する音がそこら中で聞こえた。


 ホリィの役割を防御とするならば、ティアは攻撃だ。

 

 鞭はしなり、まるで生き物のように飛び回る鳥達を打ち据える。

 目に捉えることができないほど速い鞭は、魔物達が攻撃するよりも早く届き、その数をみるみる減らしていった。


 ティアの鞭の射程範囲は存外広い。鳥達がティアやホリィを射程に捉える前に、ティアの攻撃は届く。例え空高くを飛んでいようとも、必ず届く。

 そして攻撃力も存外高い。例え生成P500で、Lv100だとしても、大きなダメージを与えられる。


 しかし、一発で倒せるほど強い攻撃を、そこまで遠く飛ばせるわけではない。

 ティアの攻撃力は28人の中でもそれなりに高い方だが、トップではない。そしてやはり生成P500でLv100の魔物は強い。今のように距離と速度と燃費を重視した攻撃ならば、もう数発打たなければ倒すことはできないだろう。


 だが、鞭で打たれた魔物は動かない。

 打ち据えられている。


「痛いの痛いの、飛んでいけー。あ、痛いのってのは鞭を指してて、当たると痛い鞭よ飛んで行けーてことです。伝わらない? そうかわらわは誰にも何も伝えられない。鬱……もう死ぬしか」


 固有能力、虐殺女王は、自身より弱い者、立場の弱い者に対してステータスを上昇させ、干渉のたびに状態異常を付与しHPとMPを吸収する効果を持つ。

 ステータス上昇も、HPMP吸収もそれぞれ重要だが、ティアにとって最も重要なのは、状態異常の付与だ。


 ティアが28人の中でトップの能力、それは、魅了。

 強力な1体相手への魅了速度でこそトップを譲るが、多数への魅了なら格段に秀でている。


 だから鞭で打たれた魔物が動かないのは、ダメージが大きいからではなく、魅了されかかっているからだった。

 500PでLv100の魔物は強い。そのため一発では完全な魅了にかからない。けれども、ティアはそれ以上に強い。しばらく動かなくなる程度の命令を聞くような魅了には、一発でかけられる。


 そうして、空を飛ぶ鳥系魔物が数を減らした頃、ティアは動かない鳥系魔物達に再び攻撃を加えた。

 すると今度こそ魅了は完全にかかり、溢れ返るほどいた鳥系魔物達は、全てティアの忠実な僕となった。


「ふう、魅了完了。どう? ホリィさん」

「お見事ですわティアさん。わたくしにはとても真似できません」

「……真似する価値がない? 所詮わらわに価値はない、死にます。先立つ不幸をお許し下さい」

「あらまあ」


 ハイダークエルフ達は、先ほどティアとホリィと戦っている。

 そのため、魅了の力も防御の力も把握していたはずだ。にも関わらず、完全に上回られた。きっと今頃、歯軋りをしていることだろう。十分に対策を積んだ攻撃のはずなのに、さっきは手を抜いていたのか、と。

 だが、すぐにその歯軋りは消え失せる。今度は、開いた口が塞がらなくなるからだ。


「でも、1人で死ぬのは嫌。死なばもろとも。地獄への道よ来たれ。ヘルズゲート」

「天国への道よ来たれ。ヘブンズゲート」

 ティアとホリィは、地と天に扉を出現させた。

 その扉は、平原ダンジョンを攻略する際にもよく使った、生命を犠牲に使者を呼びだす魔法。ここにいる生命とは……。


「「開け」」

 両開きの扉が地獄と天国側に開くと、魅了された鳥達はどんどんと扉に飛び込んでいき、そして地獄と天国からの使者が登場した。

 2つの使者はティアとホリィから使命を帯び、戦場を駆け抜ける。


 ああ、開いた口が塞がらない。

 まさか、魅了した敵の魔物でそんなことをするとは、誰も夢にも思わないだろう。

 人のところのダンジョンモンスターでそんなことをするとは、ダンジョンマスターは夢にも思わないだろう。夢にも思わなかった。ダメよ、そんなことしちゃあ。せめて自分のところのでやろうよ。いやダメだけどね、どっちにしろ。

 でもやっぱり他所の家の子を生贄に捧げるのはいけないと思います。おかしいよっ。


「また頭がおかしいって言われた。酷い、せっかく戦ってるのに。鬱が進行しちゃうううっ」

「大丈夫ティアさんっ? なんて酷い。あんまり言うようでしたら、扉の中に放り込みますわよっ」

 ……すみません、それだけはやめて下さい。


 まあ、一応、地獄や天国で魂ごと分解されたところで、ダンジョンの復活機能の方が力は上だ。

 あれは所詮自然にできた無秩序。こちらはそういう自然を超越した神の権能。完全に取り込まれてしまっていても、問答無用で復活できる。ダンジョン最強決定戦でも、あの中に何人も放り込まれているが、なんか不思議な体験だった、また機会があれば、とそんな感想を言っている。


 しかし、そういった事情があるため、召喚した魔物を放り込むより、ダンジョンモンスターを放り込む方が、魂的な被害は少ないといえば少ないのだが……、でもやっぱり他所の家のダンジョンモンスターを放り込んじゃダメよ。戦い以前の、マナー的な、なんかその辺りの問題じゃないか? さすがに外道よ。


「鬱がああああ、いやあああああっ」

「このままではティアさんの精神がっ、もう陛下を生贄に捧げるしか」

 すみません、もう言いません。


 と、ティアとホリィがそんなことをやっていると、唐突に地獄の使者と天国の使者の反応が消失した。

 代わりに、先ほどまで完全に隠れていたハイダークエルフ2体の力が、凄まじいほどに溢れてきている。

 それが意味するところは2つ。


 地獄の使者と天国の使者がハイダークエルフ達の倒された、ということ。

 そしてハイダークエルフ達は、先ほどより大幅に強くなっている、すなわち、凶化された、ということだ。

 

 次の一瞬で、ハイダークエルフ2体の力は、完全に消えた。

 強くなったのだから、隠れる力も上がっている。使者を倒した際のような強力な攻撃をしてこない限り、ティアとホリィに探す術はない。魂の臭いに惹かれるために、どれだけ隠れていても探しだせる使者とは違い、2人にそんな探知能力はないからだ。

 ……さっき一緒に行っとけよ、と、とても言いたい。


「言ったら鬱になります。陛下が」

「言ったら鬱になります。陛下が」

 言いません。


 2人は満足気に頷くと、隠れたハイダークエルフを探すため、探知に力を入れた。

 2人は階層的にも、隠れた侵入者を探すことがないので、探知能力は低い。しかしダンジョン最強決定戦においては、ある程度探知もできなくては勝てない。ゆえに本腰を入れれば、多少は探せる。方向くらいは、きっとなんとなく分かるだろう。

 しかしもちろん、そんなことはさせてもらえない。それを妨害するかのように、矢が飛来する。


「ホリィさん」

「甘いですわっ」

「ありがとうホリィさん」

「いいえティアさん」

 ホリィはそれを障壁で防いだ。


 だが、矢はもう1本。しかも今度は真逆から。

「ホリィさん」

「効きませんわっ」

「ありがとうホリィさん」

「いいえティアさん」

 ホリィはそれも防ぐ。


「常に否定されてるぅ、鬱になるぅ」

「いいえ、そんなことありませんわ」

「鬱にいいいぃ」

「いいえ、そんなことありませんわ」


 矢が飛来したため、そちらの方角に敵がいる。

 探知せずとも、それが分かったわけだが、にもかかわらず2人はそこから動けない。矢が一方から来たのであれば、そちらに向かって進めば良かったが、連続して真逆から来たために、相手がどこにいるのかまるで分からないのだ。

 次の攻撃が来ても、その次の攻撃が来ても、それでも分からない。相手の影すら、捉えられない。


 なぜなら、ここはそういうコンセプトで作られた階層なのだ。

 相手の攻撃で探すしかない環境と、探らせない攻撃ができるボス。これが、アウェイの恐ろしさ。先ほどまで味わわせていた強さを、今2人はその身で味わっていた。


「というか、雑魚敵を送ってくれなくなっちゃった。こっちで召喚しても良いけど、あれを召喚してもやられるんなら意味ないし……。鬱になるぅ」

「ジリ貧ですわね。もっと強力な攻撃なら、反射すれば良いですが、反射は先ほどの戦いで見せてしまっておりますし、警戒されていますわね。……地味な戦いは嫌ですわあ」


 放たれた矢や魔法をホリィが受け、ティアが敵のいそうな場所に鞭を伸ばす。けれども一向に攻撃は当たらない。

 お互いに決まり手がない消耗戦のように見えるが、戦いの手綱を握っているのはハイダークエルフ達。ティアとホリィは常に後手に回らせられ、不利な戦いを強いられている。

 このまま行けば……、この戦いを見ている者の中には、そんなことを思う者もいるだろう。


 もちろん、そんなわけがない。


 彼女達は、誰しもが必殺技を身に付けている。

 どんな状況でも、乗り越えてしまえるような、そんな必殺技を。


「鬱だけど、でもさっさと倒しちゃおうかな、鬱だけど。でもあれやるとちょっと鬱になるから嫌なんだけど」

「鬱ではありませんが、さっさと倒してしまいましょうか、鬱ではありませんが。ただあれはあまり美しくありませんけれど」


 そう言って、右側に立つティアは左手を、手の平を下に向けた状態で前に出し、左側に立つホリィは右手を、手の平を上に向けた状態で前に出した。


「地獄からの道よ来たれ。ヘルズゲート」

「天国からの道よ来たれ。ヘブンズゲート」


 その瞬間、地面と空に、扉が出現した。

 どちらも両開きの、とてつもなく大きな扉で、地面に寝そべるように設けられた扉には、質素ながらも禍々しい模様が、空に水平に浮かぶように設けられた扉には、豪華絢爛で華々しい模様が、それぞれ描かれている。2つは丁度、向き合う形でセットされていた。


 先ほどと同じに見える扉。しかし、どこかが違った。ほんのわずかに違った。

 魔物が1匹もいないこともそうだが、扉自体が少し違う。扉の両端に、蝶番があったのだ。


 先ほどの扉には、蝶番が見えていなかった。現世から見れば外側に開く、外開きの扉だったのだから、蝶番が見えないのも当然だ。蝶番は向こう側についている。

 しかし今回の扉は、蝶番が見える。すなわち、現世側に開く、内開きの扉である。


 基本的に扉は、住人がいる方に開く。玄関だけは靴を置くスペースなどの関係上、外開きだが、内開きの方が、不審者が入ってきた際などに、開かないよう抑えられるからだ。


 違いは、詠唱からも見て取れた。

 技名は同じだが、詠唱は先ほどと少し違う。さっきは、地獄への道よ来たれ、天国への道よ来たれ、だったが今回は、地獄からの道よ来たれ、天国からの道よ来たれ、だった。


 そう、さっきの扉が行く扉なら、今度は来る扉。

 つまり、今度は誰かが、いや何かが入ってくる。


「「開け」」


 2人の求めに応じ、扉は開く。

 腹に響くような重い音を立てて、徐々に徐々に。

 地面の扉は上に向かって扉が開く。中は真っ黒で、まるで地面の下とを繋げているようだった。

 空の扉は下に向かって扉が開く。中は真っ白で、まるで空の上とを繋げているようだった。


 そして中から、腕が伸びてきた。


 大きな扉から、細い腕一本。扉が2つなので腕は2本。黒い腕と白い腕。

 腕は何かを探すように空中を彷徨う。すると、どちらかの腕が木に触れた。その瞬間、腕は木をもぎ取り、扉の中へと持ち帰って行く。


 次の瞬間には、腕はまた出てきた。今度は先ほどよりも少し太く、少し長い。

 腕はまたしてもそこらにある木に触れ、持ち帰る。周囲に何もなければ、目を瞑って何かを捕まえようとする時のように、腕は俊敏さと断続性をもって動き、触れた何かをまた持ち帰る。持ち帰る。持ち帰る。


 森はどんどんなくなっていき、扉から出る腕は、とてつもなく太く長いものになっていた。


 はげていく森に危機感を覚えたのか、ハイダークエルフ達は、その腕を矢と魔法で打ち抜いた。

 それが、いけなかった。腕は、見つけた、とでも言わんばかりにそちらへ高速で伸びていく。ハイダークエルフは必死になって逃げたが、腕は彼等を執拗に追いかけ続ける。例え隠れても、魂に反応しているかの如く。


 途中、腕は分裂する。

 数千数万の腕に。それらはハイダークエルフ達を追いかけながら、触れた木々などを全て扉の中へと持ち帰り、さらに力を増して行く。


 また、森のあらかたが平原へと変えられた頃には、ティアとホリィの感知能力でも、ハイダークエルフを捉えられるようになっていた。

 2人から放たれる攻撃を避けつつ、数万の腕から逃げ切ることは不可能だ。さして時間も経たない内に、2体のハイダークエルフは、それぞれ黒と白の腕に捕まってしまった。

 数千数万に分裂していた腕は、1本に統合されながら、もがく2体を扉の中へ持って行く。


 途中、扉から顔のようなものが出ていたが、それは結局出てくることはなく、扉はバタンと閉められた。

 中へ持って行かれた物は、何一つ戻ってこない。


「さようならー」

「御機嫌ようー」


 100階層の平原ダンジョンに挑んだティアとホリィは、ボスを倒しダンジョンを破壊し、勝利した。


『 名前:ティア

  種別:ネームドモンスター

  種族:サキュバスクイーン

  性別:女

  人間換算年齢:17

  Lv:95

  人間換算ステータスLv:348

  職業:地獄の門番

  称号:破滅へと誘う夜の女王

  固有能力:破滅への階段 ・香りを認識した者の耐性を減少させ、無効化する。

      :虐殺女王 ・自分より弱い者、立場の弱い者に対してステータス上昇。干渉のたびに状態異常を付与しHPとMPを吸収する。

      :争いの演唱者 ・敵と味方の能力を増加させ、耐性を減少させる。本能を増幅し理性を減衰させる。

      :崩御の魔眼 ・右、対象の心と精神の耐久力を破壊する。

      :憂鬱因果 ・憂鬱に交わる。

  種族特性:吸精 ・精を吸い取り能力上昇、HPMP回復。対象の魅了耐性を減少させる。

      :夢憑依 ・夢を見ている間限定で憑依可能。

      :女性変化 ・どの種族の女性にも化けられる。美醜の調整可能。

      :夢の翼 ・壁を通り抜けることができ、夢の中でも自在に飛ぶことができる。

      :魅惑のフェロモン ・五感の全てに対し魅了を行う。

      :魅了の魔眼 ・目の合った者を虜にする。

  特殊技能:オーラドレイン ・生命力と魔力を吸収する。

      :ヘルズゲート ・地獄を召喚する。

      :ファントムペイン ・痛みを創造する。

      :ファーシウィップ ・鞭で魅了効果を増幅する。

  存在コスト:3600

  再生P:14000P』


『 名前:ホリィ

  種別:ネームドモンスター

  種族:ダイヤモンドガーゴイル

  性別:女

  人間換算年齢:17

  Lv:95

  人間換算ステータスLv:365

  職業:天国の門番

  称号:栄光へと誘う昼の女王

  固有能力:完全防御 ・自身に対するあらゆる攻撃を防御可能。

      :魔像化 ・体の一部から全身までを魔像にすることができる。ステータス上昇。

      :美の結晶 ・周囲が美しければ美しいほど、醜ければ醜いほど美しくなる。

      :争いの演奏者 ・敵と味方の能力を減少させ、耐性を増加させる。本能を減衰し理性を増幅させる。

      :合成の魔眼 ・左、視界内の対象物や対象エネルギーを合成する。

      :虚飾因果 ・虚飾に交わる。

  種族特性:石像化 ・石像になることができる。大きさはある程度自在。

      :魔導吸収 ・魔法攻撃を吸収する。

      :攻撃反射 ・あらゆる攻撃を反射する。

      :ダイヤモンドカット ・自身と、自身が持つ武装、展開させた魔法が硬質化する。

  特殊技能:オーラドレイン ・生命力と魔力を吸収する。

      :ヘブンズゲート ・天国を召喚する。

      :バージョンアップ ・現行能力を一時的に増幅させる。

      :アートレボリューション ・芸術を芸術を越える芸術に昇華する。

      :ファーシレピア ・レイピアで防御能力を増幅する。

  存在コスト:3600

  再生P:14000P 』


 ……。

 あの技、怖いんだよなあ。一撃必殺なのに追尾するし、壊せないし、ダンジョンマスターもダンジョンコアも狙ってくるし。

 そんなのを、他所のダンジョンで使っちゃいけないよ。


 そして他所のダンジョンモンスターを生贄に捧げてもいけません。


 召喚した魔物を生贄に捧げたことも、徹頭徹尾反乱していることも、もちろんダメだよと伝えたい。戦い方が他力本願過ぎやしないかということも、ついでに伝えたい。

 けれどもやっぱり一番は、他所の家の子を生贄に捧げちゃいかんよ、ということだ。


 やばいよ。

 最低だよ。ともかくやばいよ。

 このダンジョンの28人は、全員いかれているが、あの2人はある意味で一番ぶっ飛んでると思う。おかしい子達です。


 早く帰ってくるんだ。

 今度こそは甘い顔をせず説教をしてやる。


「ただいま帰りました陛下」

「ただいま帰りましたわ陛下」


 そう心に決め、帰りを今か今かと待ち、とうとう2人が帰ってきた。


 紫の長い髪を地面に垂らしながら、覇気のない鬱の顔をするティアと、黄緑のツインドリルをゆさゆさ揺らしながら、高慢な顔をするホリィ。

 どちらも激しい戦いをしていたとは思えない風体と、思い思いの顔をしている。


 そんな2人は、まるで悪びれた様子もなく、玉座の間へと入り、俺の元へと歩いてきた。


「おお、お帰り。2人共、戦いを見ていたよ。さあ、こっちに来るんだ。そして戦いでしたことを俺に教えてくれ」

 俺は、怒るそぶりなど見せずに近くにそう言った。

 頭ごなしに怒るなんてことはよくない。まずは相手の言い分を聞くべきだからね。さて、どんな言い訳をしてくれるのか。


「はい」

「はい」

 2人はそれに頷き、玉座の間の絨毯をゆっくり進む。

 しかし、途中で立ち止まった。


「? ティア、ホリィ、どうしたんだい? なんだか顔が怖いよ?」

「そういえば陛下、さっき、また頭がおかしいと言いませんでした?」

「ぶっ飛んでいる、いかれていると仰いませんでした?」


「……いいえ?」


「……」

「……」


「……ごめんなさい」


「地獄からの道よ来たれ。ヘルズゲート」

「天国からの道よ来たれ。ヘブンズゲート」


 その瞬間、玉座の間の床と天井に、扉が出現した。扉には蝶番がついている。


「「開け」」

 そして、2つの扉は内側に開き、手が伸びてきた。


「……」

 俺がこれからどうなるのか。果たして助かるのか。助けてくれるのだろうか。

 それが叶わない願いだとは、この時の俺には知るよしもなかった。


「いやああああー」

「鬱になっちゃえ」

「だそうですわ」

お読み頂きありがとうございます。

前回投稿から、大きく時間が空いてしまいました。お待たせして申し訳ございません。


ブックマークや評価して下さった方、誠にありがとうございます。ペースは通常通りに戻ると思いますので、これからもお読み頂けると幸いです。


二期組も残すは2人となりました。頑張ります。よろしくお願いします。


それと、お気づきの方はいらっしゃらないと思いますが、ホリィの髪色が黄緑色に変更されました。

書いている最中、銀色だとオルテと被ってる、と今更ながら気づきまして、黄緑色にしてみました。銀色表記になっている話も順次変更していきます。面倒をおかけ致します。申し訳ありません。

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