第104話 ティアとホリィのダンジョン攻略。
ダンジョンマスター心得その21
神様の言うことは、よく聞きましょう。
魔王国の精鋭達と激戦を繰り広げている頃、ダンジョン側とも再び激戦が繰り広げられていた。
お風呂から上がった面々が、今度は次々に各ダンジョンへ攻撃を仕掛けたのである。
牛ダンジョンへは、アリス、イーファス、ヴェルティスが。
迷宮ダンジョンへは、エリン、カノン、ケナンが。
海ダンジョンへは、コーリー、サハリー、シェリーが。
ゴーレムダンジョンへは、スノ、ソヴレーノ、タキノが。
火山ダンジョンへは、ミロク、ククリ、リリト、トトナ、ナナミが。
平原ダンジョンへは、ティア、ホリイが。
鬼ダンジョンへは、チヒロ、ツバキが、それぞれ。
相手は100階層ダンジョンだというのに、一致団結するわけではなく、少人数のグループになって。
しかしそうやって戦力を小分けしているというのに、ダンジョンマスターへの守備部隊を0にして。彼女達は総攻撃を行っている。
先ほど、このダンジョンへ攻めてきた上級風竜などの魔物、あれは間違いなく、それぞれのダンジョンの最強戦力だろう。最終階層守護者と言い換えても良い。
すなわち、既に相手のダンジョンの最強に勝ったことになる。ならば、もう勝利は決まったも同然。あれ以上に強い魔物はいないのだから。
おそらく、1ヶ月以内なら1度のみ即時復活の効果を持つ称号を、どのダンジョンも持っているだろう。先ほど戦った魔物達は、既に復活している。
しかし、1度勝った相手に負けるはずがない。
いずれにしろ余裕である。
……と、そんなことを思っていては、必ず負ける。俺はそう断言しよう。
ダンジョンモンスターは、ダンジョンを守護する魔物である。
そう、守護する魔物。攻めてくる敵、侵入者を待ち受け戦う宿命を背負った魔物なのだ。
ゆえに、己のフィールドで戦う時こそ、真の強さを発揮する。
干支や四獣が良い例だ。彼女達は、特殊な環境を活かすことで、自らの力を増幅させ、勇者や英雄、それから自分達より生成Pの高い魔物を倒す強さを得ていたのだ。
つまり、今回はその真逆になる。
こちらが攻めで、向こうが守り。
こちらは真価を発揮できず、向こうだけが真価を発揮できる戦いになる、ということだ。
一度倒したからといって、今回も勝てるとは限らない。
先ほどの勝敗や、戦いの過程は、おそらく何の参考にもならないだろう。分かっているのは、先ほどの戦いよりも苦しい戦いになる、それだけ。
勝負の行方がどうなるのか、それは誰にも分からない。
まだ、誰にも。
『降参の申し入れが入りました』
分からない。
『降参の申し入れが入りました』
分からないんだ。
『降参の申し入れが入りました』
どちらが勝つかなんて、まだ分からない。
『降参の申し入れが入りました』
誰にも分からない。
『降参の申し入れが入りました』
そう、分からないんだ。
『降参の申し入れが入りました』
だから……。
『降参の申し入れが入りました』
だから、諦めないでくれ……。
『降参の申し入れが入りました』
『降参の申し入れが入りました』
『降参の申し入れが入りました』
『降参の申し入れが入りました』
『降参の申し入れが入りました』
『降参の申し入れが入りました』
『降参の申し入れが入りました』
俺は、降伏されても、受け入れられないんだ……。ごめん、ごめんなさい……。
戦いは、ぐんぐん進む。
『降参の申し入れが入りまし――』
『降参の申し入れが入り――』
『降参の申し入れが――』
『降参の申し入――』
『降参の申――』
『降参――』
『――』
ぐんぐん進んで、そしてとうとう、降伏ができないダンジョン総階層の8割以降に、全員が到着した。
玉座の間は急に静かになった。
……本当にごめんなさい……。
せめて……せめて見ます。自らの、犯した罪を……。
俺は、目の前に映る映像に目をやった。
「鬱、ダンジョンが広すぎて鬱。もう嫌、どこまで行ってもゴールはない、わらわはどこへも辿りつけない」
「何もないと退屈ですわ。ダンジョンを飾り付けるのもダンジョンマスターの役目ですのに。ねえティアさん」
「緑の草原、青い空。わらわにはどちらもまるで毒。わらわには所詮、あの魑魅魍魎が住まう水晶迷宮がお似合いだった。鬱、鬱が悪化するう」
「あら、綺麗なお花。しかしわたくしを飾るには不足ですわ。わたくしを飾るのならば、金銀宝石になるか、芸術として名を馳せてからいらっしゃい。ねえティアさん」
「鬱だけど、さっきは頑張って倒したのに、鬱だけど。でもここの最終階層でまた戦わないといけない。つまりわらわが何かしても無駄になる。頑張らなきゃいけないのに、頑張らなきゃ……」
「先ほどまで忙しなく動いていましたから、案外こんなのんびりした空間も良いですわね。生成された当初は、自然に一体何の価値があるのかと思っていましたが、少し分かりますわ。ねえティアさん」
ティアとホリィは平原ダンジョンを2人並んで歩きながら進む。
平原ダンジョンは、その名の通り見渡す限りが平原の自然型ダンジョンで、最たる特徴としてはその広さがあげられる。
各階層の面積はとてつもなく広く、その上で、1階層毎に階層守護者がおり、倒さなければ次の階層へ進めないシステムが取られている。全100階層なのだから、100体倒さなければならない。さらに、守護者は逃げ回る性質を持っているため、攻略には相当の時間がかかるダンジョンだ。
2人のように、悠長に会話……、会話になっているか定かではないが、ともかくこんな風にのんびりと歩いていたのでは、一体どれだけの月日がかかるか分からない。
元々、100階層ダンジョンを踏破するには、年単位の時間がかかるものなのだ。ダンジョンバトルでもそれはも同じ。にも関わらずゆっくり攻略していくとなれば、10年、いや100年でも決着がつかないかもしれない。
だが、2人はそんな心配を杞憂に変えるような、恐るべき速度で平原ダンジョンを攻略していった。
既に現在地は80階層を軽く越え、90階層までやってきている。残り10階層で、最終階層に辿り着く、そんな場所まできているのだ。
逃げ回るボスを探す動きも、遠くにいるボスを攻撃する動きも一切見せず、あんなにゆっくりと歩いているのに、一体なぜ。
その速度の理由は、ティアとホリィが召喚した魔物にあった。
「憂鬱という漢字を書けないわらわに、鬱になる資格はないのかもしれない。憂鬱、鬱、デプレッション」
「虚飾という漢字をわたくしは書けますから、着飾る資格がありますわね。お洒落、嘘、デコレーション?」
相変わらず、聞いていると頭がおかしくなりそうな会話をしながら、2人は歩き、そしてふと立ち止まった。
「あれ、弱ってきちゃった。ホリィさん」
「あら、弱ってきてしまいましたわ。ティアさん」
それは、先ほど2人が召喚した魔物達のこと。
2人の代わりに、ボスと戦ってくれている魔物のこと。
「再召喚しなきゃ」
「再召喚しなければいけませんね」
だから2人はそう言って、再度魔物を召喚する。
「でもわらわの要請に応えてくれるわけなんてない、きっと誰も来ない、鬱、憂鬱」
「しかしわたくしの要請には、きっと多くの魔物が応えるでしょうから、少し大変ですわね。これもまた高貴なる者の宿命ですわ」
「だから、誰も来ないから、無理矢理引き摺りださないと」
「ですから、誰も彼も来ても困るので、こちらが引き摺り出す形にいたしませんと」
不穏な会話はさておき、2人を中心に、魔法陣が描かれた。
それは普通の召喚魔法陣と異なり、幾分かの強制力を混ぜ込んだ模様になっている。そのせいか、通常の煌びやかな演出は起こらず、禍々しい演出を持って、1000体以上の魔物達が出現した。
しかし、召喚された魔物は、インプなどの低級妖魔がほとんどであった。
インキュバスやサキュバス、ガーゴイルやミミックなども混じっているが、それらも大して強くはない種族。つまり数は多いが、言葉を濁さずに言えば、弱い雑魚達。
確かに数は多いため、何かの役に立つこともあるだろうが、しかし、90階層までを異様な速度で攻略できた理由にはならない。
なぜなら、インプは所詮10Pの魔物で、サキュバスやガーゴイルも50Pの魔物。
だが90階層付近では、雑魚魔物でも200Pを下回ることはほとんどない。下手をすれば300P近くの魔物で揃えているダンジョンとてあるだろう。インプ程度では、階層毎にいる守護者どころか、雑魚魔物すら倒せはしないからだ。
だが、2人にとっては、そんな程度の魔物で十分だった。
ティアとホリィは、この魔物達に、ここからさらに1つの工夫を施す。
右側に立つティアは左手を、手の平を下に向けた状態で前に出し、左側に立つホリィは右手を、手の平を上に向けた状態で前に出した。
「地獄への道よ来たれ。ヘルズゲート」
「天国への道よ来たれ。ヘブンズゲート」
すると、地面と空に、扉が出現した。
どちらも、両開きのとてつもなく大きな扉で、地面に寝そべるように設けられた扉には、質素ながらも禍々しい模様が、空に水平に浮かぶように設けられた扉には、豪華絢爛で華々しい模様が、それぞれ描かれている。2つは丁度、向き合う形でセットされていた。
空の扉は随分高い位置にあるため、その間の空間は広く、召喚された魔物達は全て、2つの扉の間に収まっていた。
「「開け」」
2人の求めに応じ、扉は開く。
腹に響くような重い音を立てて、徐々に徐々に。
地面の扉は下に向かって扉が開く。中は真っ黒で、まるで地面の下とを繋げているようだった。
そしてその中へ、上に立っていた魔物はもちろん、空を飛んでいた魔物までもが、その扉の中へと吸い込まれていく。
空の扉は上に向かって扉が開く。中は真っ白で、まるで空の上とを繋げているようだった。
そしてその中へ、下を飛んでいた魔物はもちろん、地面に立っていた魔物までもが、その扉の中へと吸い込まれていく。
1000体以上いた魔物は、あれよあれよと消えて行き、今はもうティアとホリィ2人だけ。
せっかく召喚したというのに、2人は全ての魔物を消してしまったのだ。
しばし、一帯には、静寂が訪れた。
だがそれは、本当に少しの間。
次の瞬間には、先ほど扉が開いた時よりも腹に響く重低音の咆哮が、突如として響き渡った。
「グオオオオオオオー」
「ゴアアアアアアアー」
そしてそれと同時に、地面の門から、空の門から、何かが現れる。
地面の門からは、ただ黒い、のっぺらぼうの巨大な人型の怪物が。
空の門からは、ただ白い、のっぺらぼうの巨大な人型の怪物が。
それらは靄のようなもので形作られており、とてもじゃないが生物には見えない。だがその手には三叉の槍を握り、背中の小さな翼を羽ばたかせ、口などないのに一帯に届くような大きな声で鳴いていた。
アレに名前はない。
そういう存在ではない。
あえて名称をつけるなら、地獄からの使者、天国からの使者、だろうか。
天国と地獄は、天使や悪魔が住まう天界や魔界と違って、形ある物は存在しない。そこにあるのは、魂だけだ。
とはいっても個人の魂は存在せず、混ざり合ったただの混沌として。だから見た目だけで言うのなら、天国はおそらく白い靄が、地獄はおそらく黒い靄が、ただひたすらにあるような場所なのだろう。
ティアとホリィは、そこに繋がる扉を作ることができる。
そして、命をそこへ送り込むことで、代償にその混沌の魂、すなわち純粋な力を借り受けるのだ。
その力は、一緒に送り込んだ肉と混ざり合い形を作って、こちらの世界に降り立つ。だからアレに名前はない。生物でもなんでもない、ただの魂を消費して発露される力だからだ。
「グオオオオオオオー」
「ゴアアアアアアアー」
理性も知性も欠片も感じられない咆哮を、2つの巨大な怪物は続ける。
しかし、ティアとホリィが一度声を発すれば、それがまるで自らが生まれた理由であるかのように、何一つ省みず行動を始める。
「行ってらっしゃい」
「行ってらっしゃいですわ」
それが、彼女達がここまで恐るべき速度で攻略を進めた理由だ。
アレは強い。
異常なまでに強い。例え90階層の守護者であろうが、一方的に倒せるほどの実力を持つ。逃げることすら不可能だ。
もしも階層守護者が反乱状態であったなら、多少は抵抗できるかもしれないが、それでも勝敗は変えられない。尋常ならざる強さ。
とはいっても、1000体以上の魔物を生贄に捧げ、地獄と天国の力が受肉し生まれたのだから、それも当然かもしれない。召喚するための難易度に見合った強さとも言える。
なんといってもまず、1000体を生贄にする時点でその難易度は気が狂っている。ヤバイ、酷い。怖い。何してんの。
普通そういう生贄は、味方を泣く泣く選ぶとか、そんなことをするんじゃないんだろうか。召喚で手早く見繕って、1日に何回もやってはいけないと思う。
違法ではないが、脱法というか、なんというか完全に外道だ。頭がおかしい。
「あ、倒したみたい。ああ、でもこれでまた進まなきゃいけない。憂鬱。仕事をするのが億劫、新型鬱」
「あら、倒したようですわね。流石はわたくし達の僕。ねえ、ティアさん?」
「もう進みたくないのに、あれは止まってくれない。あんなもの、生まれなければ良かったのに。でも本当に生まれなければ良かったのは、そう、わらわ」
「この階層は……なんだか鳥魔物が多いですわ。でも、さえずりは少し良い音色かもしれませんわ、そうだ、演奏しましょうか、ティアさん」
「わらわも戦わなくちゃ。あれにだけ戦わせて自分がやらないわけにはいかない。やらなきゃ、やらなきゃ、やらな――あああ鬱になっちゃうううーっ」
「残念、鳥達があれに倒されていってしまっていますわ。全く、醜いことこの上ありませんわね。ねえティアさん?」
そうして2人は突き進む。
頭のおかしい会話をしながら。
「なんだかさっきから、頭がおかしいおかしいって凄い言われてる気がする……。鬱になっちゃった……帰りたい、そして鬱にしたい」
「そんなことを言うのは、絶対に陛下ですわね。どこから見てるのかしら、あ、こっちかしら? なんですの陛下、帰りますわよ? 鬱にされますわよ」
……ごめんなさい。
……ごめんなさい。鬱にしないで下さい。
……こっち見ないで下さい。
……見ないで下さい。
地獄と天国の使者の活躍もあって、2人はとうとう、100階層に辿り着いた。
最終決戦が始まる。
……だから見ないで下さい。集中して下さい。
お読み頂きありがとうございます。
ブックマークもありがとうございます。これからも頑張ります。
次回が、ティアホリィのボス戦です。よろしくお願いします。
もしかすると、この話は後から直すかもしれません。すみません。




