第103話 合体必殺技、&”%”%#”$!&#%”!&%&$#。
ダンジョンマスター心得その20
誰かの死が自分のためになるように、そして自分の死が誰かのためになるようにしましょう。
10万名による行軍は、まさに運河が押し寄せるが如し。
対する7人は、それに比べれば雨粒のよう。
差は、あまりにも絶望的だった。
しかしその差とは、果たして一体なんの差なのか。
そしてその絶望とは、果たしてどちらの絶望なのか。
少なくとも、彼女達7人の目は楽しみにキラキラと輝いていた。
「行くぜっ、合体技だっ」
「アレですね。良いでしょう」
「……うむ、……あの技」
「任せろっ」
「仕方ないのう」
「いっくよー」
「さあ、ワタシ達7人の力を1つにした必殺技を受けてみろっ」
彼女達は今、横一列に並んで立っている。あたかも10万名の軍勢を受け止めんとするように。
いや、事実、受け止める気なのだろう。だからこそ、今こうやって、己の力を限界にまで高めていくのだ。
あまりの力に景色が歪んでいく。そして色とりどりに変化していく。
マキナの白、セラの黒、オルテの銀、ローズの赤、キキョウの金、ニルの緑、ユキの青。
その歪みと変化が一斉に収まったその瞬間、それは技としての形を成していた。
放つのは、このダンジョンにおいて最強の技。
彼女達自身が作り上げた、7人で放つ最強の合体技。
1×7=7。算数ならばその計算はいつだって正しい。
だが算数ではなく、心を通わせ信頼しあった者達の力ならば、答えは違う。1×7の答えは、100にも200にもなるのだ。
彼女達は声を揃え、全員の技を一つにした、最強の技の名を叫ぶっ。
「カタストロフ――」
「ケイオス――」
「カラミティ――」
「ディザスター――」
「アトミック――」
「バニッシュ――」
「ラグナロク――」
「「「「「「「「#$!%"!$!"#$!#"%&」」」」」」」」
いや、技名が全員バラバラじゃねえかっ。
欠片も合体してないよ、自分の必殺技使ってるだけだよっ。
同時に各々の技名を叫んでるだけだから、重なっちゃって一切聞き取れなかったよ。ワタシ達の力を1つにした、とか言ってたのに、何もかもバラバラっ。
必殺技は眩い閃光を伴って放たれたが、お互いに干渉し合うせいで、1×7の答えを6か5か、それくらいにしながらも進む。
しかし、威力は十分なのか、その閃光は10万名の軍勢を切り裂いていった。
誰も彼もが死にたくないと必死に防御するため、威力の減衰率は高く、ほどなくして破壊の閃光は終焉を迎えたが、必殺技が着弾した地点からしばらくには誰もいない、何もない。空っぽだった。
それを見て、7人は言う。
「どうだっ、アタシ達のカタストロフブラストはっ」
「我々のケイオスフェイズの味は、いかがでしたか?」
「……、カラミティバジュラこそ、至高の七撃」
「ディザスターボルカニックを7人で使えば、この程度は容易いことですね」
「アトミックバースト、その名に恥じぬ威力じゃろう?」
「全てを食べちゃうバニッシュフード、皆で使えば皆お腹一杯」
「そう、これがワタシ達の合体必殺技、ラグナロクイマージュだっ」
技名を統一する気すらゼロっ。
あまりにも堂々と自分の必殺技の名前を、合体技の名前にしているっ。自分の必殺技への愛が強過ぎるんじゃないでしょうか、せめて新しい技名をつけなさいっ。
「いやだっ」
断られたっ。
「カタストロフブラストが一番カッコ良くて強いからな。マスターもそう思うだろ? 見ろ、あれの半分くらいはアタシが倒した。多分っ」
いやもう、だったら合体技の意味がないのでは?
10万名の軍勢の行進は止まっている。技名は決まらなかったが攻撃としては決まっていた。
ラスボスの技が使う必殺技としては、やっぱり全く決まっていないが。
「ご主人様、細かいことですが、既に10万名の軍勢ではございません。戦闘開始から既に3時間が経過し、残る人数は9万883名となっております」
……9万名か……。
「おっと、先ほどの一撃で9万575名になっておりましたね。失念しておりましたね、細かいことで恐縮ですが。なお、戦場に復帰できない重傷者は5038名となります。こちらも細かいですが」
……細かいか……。
彼等にだって、生きてきた年月があって、歴史があって、家族がいて。
細かくなんてないんだよ。
「……戦争……それは虚しいもの。……二度と……繰り返してはいけない」
そうだな。俺もそう思うよ。
「……だから……二度と戦争が起きないように……。今……できることをする……」
そうだな。大切なことだな。
でも、そのできることって何かな? 殺戮かな?
戦争相手を滅ぼしたら戦争は起こらないって論理は危険ではないでしょうか。おやめなさい。おやめになっては頂けないでしょうか。
俺はこれまでに行われた数々の戦いを見て、色々なことを思った。
反乱はやめて、とか、卑怯なことはやめて、とか、挨拶はちゃんとしよう、とか、怖い戦いはしないで、とか。それは一度も守られることがなかったが、今思うと、守られなくて当然なのではないかという気がしてきた。
なぜなら、善悪、善し悪し、物事の道理。それらは、先人の背中を見て学ぶものなのだ。
歴史から、親から、そして先輩から、受継いでいくものなのだ。
学ぶべきその先人が狂っていたならば、それから全てが狂うのは、当然の話だった。
そう、つまり、ここが諸悪の根源だった。
「おいおい諸悪の根源だってよ」
「酷い言い草ですねえ」
「……全く」
「でもまあ、そう言われちゃ仕方ねえ。マスターが求めてることは、ダンジョンモンスターのアタシ達にとっては、絶対だからな」
「そうですね。諸悪の根源らしく、戦ってさしあげねばなりません」
「……悲しいこと。……でも頑張る。エイエイオー」
……。
……。
……。
マキナ、セラ、オルテ、ローズ、キキョウ、ニル、ユキ。彼女達7人は、とても優しい。凄く優しい。限りなく優しい。
俺の言うことはなんでも聞いてくれる。毎日ダンジョンのために一生懸命頑張ってくれる。
また、宴会は好きだが日々節制を心がけ、無駄遣いはしないし、ダンジョンマスターによる宴会の始まりの挨拶は、勝手に乾杯せずにきちんと聞いてもくれる。男風呂にだって我が物顔で入ってこない。
戦いにおいても、彼女達はダンジョンモンスターの模範である。
階層外での戦いなど決してしない。反乱して戦うことなど決してない。ダンジョン外に出ることはもちろん、ダンジョン外にいる生物をダンジョン内に引き摺りこむなど以ての外。
策を労せず侵入者を待ち受け、その戦いの中でのみ、戦術という名の策を使いこなす。
礼節を守り、清く正しく美しく。
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。
彼女達こそが、最高のダンジョンモンスター。当然だ、俺が、そう在れと彼女達を生成したのだから。
「ありがとうございます主様。そんな風に改めて言っていただけるとは、このローズ、感無量です。主様にそう在れと、生成時に望まれたが故に、今までそうで在ろうと邁進して参りましたが、その今までの努力が、歩んできた生が、全て肯定された気分です。流石は主様、私のやる気がでるツボを把握していらっしゃる。お任せ下さい、ローズはこれからも、主様にとって最高に優しく最高に頼りになる、模範的なダンジョンモンスターであり続けますとも」
ありがとうローズ、……ん? これから、も?
「はい。これからも、一生、今まで通りに、主様にとっての最高のローズで在り続けますっ」
……ああ、よろしく頼む。
そうか。
既に俺の願いは叶っていたのか。優しく、そして自分の場所以外で戦わないという願いを、彼女達は既に叶えていてくれたのか。
「ようやく気づいたか。そうじゃ、感謝するが良い」
ありがとう、俺の願いを叶えてくれてありがとう。
「どうしたしまして、じゃの」
……。
願いが既に叶っているのなら、後はどれだけ願おうと結果は変わらない。既に最高の状態なのだから。
俺はそんなに恵まれた環境にいたらしい。これが、最高の環境だったらしい。
「おっ弁っ当ー、美味しいーっ。やっぱりあるじ様のお弁当は最高だよーっ。……ん? あるじ様、なんだか落ち込んでるね」
そんなことはないさ。俺は喜んでいるよ。
「隠さなくても良いよ。あるじ様のことだったらなんでも分かるもん。……うーん……うーん、本当はこれも食べたいけど、でも、あるじ様に元気になって欲しいから、これあげる。この、よくお弁当に入ってる緑の葉っぱのやつ残しとくから、これ食べて、お腹一杯になって元気だしてね」
……ありがとうニル。ニルが人に食べ物をあげるなんて、凄く成長を感じるよ。この1年と少しで随分お姉さんになったんだなあ、涙が出そうだ。
でもね、でもねニル、それは食べ物じゃないんだ。それはバランだ。知らないかもしれないが、あるじ様はプラスチックを食べられないんだよ……。
というかもしかして、いつもバランも食べてるのかい? だめだよ、おやめなさい。お腹壊しちゃうからね。
彼女達7人は戦う。
おおよそダンジョンモンスターに相応しくない戦いをしながら。しかしそれもひとえに、敬愛するダンジョンマスターのため。
「この一槍は主様のために。この一槍も主様のために。主様に捧げんがためにっ」
「わっちは今、優しいだなんだと言われ気分が良い。じゃからの、普段は見せぬ全力を見せてやろうっ」
「バランあげちゃった分お腹空いてるから、仕方ないよね。いただきまーすっ」
ならばこの地獄を作ったのは誰だろう。
ダンジョンモンスターに非道なる戦いをさせているのは、いや、強いているのは一体誰だろう。
そう、諸悪の根源は、俺だった。
俺のせいで、こんな……。
なんてこったい。
いや、本当に俺が悪いのか? 僕は悪くないと思いますっ。
「ああそうだな。魔王は悪くない、ワタシもそう思う」
ユ、ユキ。分かってくれるのかい?
「でも、お互いそう思ってるだけで本当のところはどうか分からないからな。ここは1つ、多数決でも取ってみるか。多数決は民主主義の基本だからな。魔王が悪いと思う人ー」
待て、多数決は危険だ。
待つんだユキ。
「はーい」
「はい」
「……はい」
「主様が悪いことなど一切ございません。しかし私は主様のためにやっておりますので、はいっ」
「まあどちらでも良いがの。はい」
「はーいっ」
「えー、悪い派が28票。悪くない派が0票。無効票1だな」
圧倒的敗北。
7対1でも十分なのに、ここにいない21人の分まで悪いに入れられ、さらに俺の票は無効票にされてしまった。そんなことってあるのかい? 良いじゃないか7対1でも。そっちの勝ちには変わらないじゃないか。どんな独裁者だってここまではしないよ。
というか貴女、最初は俺が悪くないって言ってくれてたじゃない。思い切り悪いに票を入れてやしませんか? なんていう出来レースっ。
「よっ。悪逆非道のダンジョンマスター」
ユキはそう言って、戦いに戻った。
そうして俺は思った。
なんてこったい。
戦闘はかくして続く。
今現在、彼女達7人は、進軍を再開した魔王軍の陣内に、すっぽりと入ってしまっている。四方八方を囲まれ、全ての方向から攻撃されながら戦っているわけだ。普通なら、そんな状態になれば勝ち目はないだろう。
だが7人はそれぞれに背中を預け一丸となり、近づいてきた敵を千切っては投げ、近づいてこない敵も千切っては投げ、周囲に空白地帯を生み出すほど、敵を寄せ付けていない。
9万名対7人とは言っても、なにもその9万名が一気に襲いかかってくるわけではなかった。
そんなのは、こちら側も同数の数がいたり、上級竜以上に巨大な、それこそ島のような魔物を用意している場合だけだろう。今回こちらは7人。それも、屈強な男達に比べれば遥かに小柄で華奢な女の子7人。
誰かが間に入っただけで、姿は見えなくなってしまう、そんな儚い存在である。
四方八方から取り囲んでいる現状でも、直接攻撃できている者は、武器魔法含め、30名から50名のみ。
そこに、後ろからの牽制や防御を行う者、支援や回復を行う者。それから魔力切れによる交代要員、怪我をした際の交代要員が、戦闘に参加している者として加わるが、それでも大体300名だ。
つまりは300名対7人の戦いが、ここでは繰り広げられている。
9万名の内、1割2割は、遠くの方で戦闘が起こっているなー、とそんな風にしか思っていないに違いない。
だが、激戦は必至だ。
300名を200名になるまですりつぶし、生き残った内の大半にも大怪我をさせたら、戦いは一旦終了。しかし生き残った200名が、陣内の奥深くに撤退すれば、すぐさま別の300名が登場する。
また、撤退した200名の内、150名ほどは、回復して再編成され、再び前線に出てくる。そのため、一度に減らせる人数は合計でおおよそ150人しかいない。
しかし、戦闘開始から3時間で、既に1万名が死に、5000名以上が戦場に復帰できない大怪我を負った状態だ。
1度の戦いでそうなるのは100名と50名なわけだから、行われた戦いは既に100度。
3時間でそうなったのだから、1時間で行われる戦いは33度。300対7の戦いが終わるのに、2分もかからない。100名が死に、50名が再起不能の怪我を負う戦いが、2分以内に終わる。
そんな戦闘が激しくないと言うのなら、一体どんな戦闘を激しいと言うのだろうか。
最早、激しいなどと言う言葉では片付かない。そんな戦闘が巻き起こるその場所は、地獄もかくやと言える戦場であった。
ところが、今しがた丁度、その地獄の様相が少し変わった。
侵入者が死ななくなったのだ。
だが戦いが止まったわけではない。むしろ武器同士のつばぜり合いや、魔法同士の激突は増え、その規模も格段に大きくなっている。
「お? 技止められた。強くなってきたな」
「ようやく主力部隊の登場ですか」
「……遅い」
そう、主力部隊がやってきたのだ。
主力部隊とはすなわち、魔王の側近、軍隊の指揮官たる将軍、勇者、英雄、転生者、転移者。そして魔王自身。
この大陸において、軍事力に最も秀でた魔王国軍の中で、最強の存在。すなわち大陸最強の部隊だ。
「流石に個人の強さも練度も桁違いですね。流石と言っておきましょう」
「削れてもすぐさま回復か。骨が折れるの」
「バニッシュフードっ。あれ、全然食べられなかった」
先ほどまでの敵も、決して弱くはなかったが、全員が強いわけではなかった。だが今回の相手は全員Lvも高ければ、ステータスという意味でも実力という意味でも能力が高く、経験も豊富。強さは、比べ物にならないほど上。
その強者達は、なんと彼女達の必殺技ですら、複数人がかりでなら受け止められるのだ。魔力の消耗は激しく、無傷とはいかないが、数秒経てば何事もなかったように平然と立ち上がる。
さらに強者達の持つ武器は、彼女達の頑強な防御力を突破する格式高い武器で、技術もまた彼女達の防御を突破できる可能性を秘めたものだった。
「見知った顔がチラホラと。向こうの陣形は完全に整ったみたいだな」
魔王国軍側の犠牲が1万名にのぼるにも関わらず、彼女達の犠牲がなかったのは、彼女達が勇者や英雄といった存在をも軽々打ち倒せるからではない。ただ到着していなかっただけのこと。
ダンジョンマスターの反対を振り切って、侵入者の魔法による長距離転移や魔道具によるワープをダンジョンの権能で使用不可にしていたため、集結にかなりの時間と被害を必要としたが、彼等は到着した。
彼女達の快進撃もこれまで。
本当の戦いはこれから。
300対7という、絶望的な戦いをしなければならないのは、これからだ。
しかし、その絶望とは、果たしてどちらの絶望なのか。
少なくとも彼女達7人の目は、先ほど同様、キラキラと輝いていた。
「燃える状況だな。へっ、行くぜっ。合体技だっ」
「アレですね」
「……うむ」
「任せろ」
「仕方ないのう」
「いっくよー」
「さあ、ワタシ達7人の力を1つにした、超合体必殺技、その名も――っ」
「カタストロフ――」
「ケイオス――」
「カラミティ――」
「ディザスター――」
「アトミック――」
「バニッシュ――」
「ラグナロク――」
「「「「「「「「"$%&"'"!#$!#"$!#$%」」」」」」」」
でもそれはやめなさいっ。
お読み頂きありがとうございます。
ブックマークや評価して頂きましてありがとうございます。感想もありがとうございます。これからも頑張ります。
また、誤字報告して下さった方ありがとうございます。それもたくさんして頂きまして、感謝の念にたえません。それだけ誤字があったということなので、これ以上誤字がないように、と言っていただけに情けないやらなにやらですが、本当にありがとうございます。面白い読み物に少しでも近づけたのではないかと思います。
久しぶりの投稿ですが、そういった方々のためにも、今後とも頑張りたいと思います。よろしくお願いします。
しかし、今週末は投稿できないかと思います。
それまでとそれからで、たくさん投稿できるように書きます。ありがとうございました。




