第102話 50階層の守護者、ミロク。
ダンジョンマスター心得その19
常に調和を意識して、世界を前に進めましょう。
50階層。
地上階層中央に位置するそこは、麒麟(仮)、ミロクが守護者を務める、空中の決闘場。
そこは空中に浮かんでいる以外に、なんの変哲も――。
「……(仮)?」
50階層。
地上階層中央に位置するそこは、麒麟、ミロクが守護者を務める、空中の決闘場。
そこは空中に浮かんでいる以外に、なんの変哲もないただの円の上で、直径130mの中には床以外に何も存在しない。
壁も天井も、自然も人工物も、ギミックも罠も遮蔽物も。いるのはボス、ただ1人。
ここまで勝ち進んできた者の中に、武器を振るしか攻撃がない者は珍しいだろう。王国が召喚した居合い大好き娘にも、遠距離攻撃技があったくらいだ。
だからここでは、お互いの攻撃は常に射程圏内に入っており、常に戦闘が強制される。
侵入者は、ただただ、本質の実力のみが試される。
だからこそ、ここでは、真に強い者が勝つのだ。
干支、四獣、全てのボスを倒した侵入者しか挑むことしかできない、地上最終階層。
天空階層に挑むための最後の試練に、今、最強の力を持った侵入者が挑んでいた。
「グオオオオオオオーッ」
それは上級風竜。風の力をまとった、いや風の力そのものでもある、最強の竜だ。
上級風竜は、130mの円盤の大半を埋めるような巨躯から、大気を奮わせる咆哮をした後、自身と同じく50階層の円盤の上に立つミロクに、人の言葉で流暢に語りかけた。
「貴様は強かった。我の生涯において最強の敵であったと言えるだろう。たかがジラフだと侮って悪かった。だからこそ敬意を評し、この技で戦いを締めくくろうっ」
上級風竜は頭を大きく上げた。
その口には、燐光が集まっていく。
間違いなく、ブレスを放つための準備であった。それもただのブレスではない。あれは上級風竜が使う竜因魔法、ダンジョンの理すら捻じ曲げられる竜因魔法を乗せた、最強の風の技だ。
その技がどれほどの威力を持ち、どれほどの大きさがあり、どれほどの射程があるのかは分からない。
しかしきっと耐えられるほど弱くはなく、50階層のフィールドである円盤の上で躱せるほど小さくはなく、ましてや届かない場所逃げることはできないだろう。
止めるには発動前に攻撃して止めるしかなかったが、ミロクは円の片隅で一切動かない。
「良いでしょう。受けてたちましょう」
むしろ、自ら動かないことを選んでいた。
「ホワイトブラストーっ」
上級風竜は良い覚悟だと笑い、そこへ暴風を放った。暴風は破壊の渦となり、触れる空気を塵にしてミロクへと迫る。
しかしミロクはそれを見てもなんら慌てた様子を見せず、ただただ手を前に突き出し、自らも技を放った。
「カタストロフブラスト」
それは真白の暴風。
このダンジョンにおいて、最強の名を冠する技。幾多の敵と幾多の味方を討ち取ってきた超必殺技だった。
両者の必殺技は激突し、つばぜり合いにも似た拮抗を見せる。
そして激しい光と衝撃を周囲に撒き散らした後、消滅した。上級風竜とミロク、お互いの体にあたる、か弱いそよ風だけを残して。
「相殺――されたっ?」
驚愕する上級風竜。
「お恥ずかしい限りです。この技をお借りして、まさか相殺しかできないとは」
ため息をつくミロク。
「なん……だと? 貴様、その物言い、まさか我の技を打ち破れると思っていたのか?」
「ええ、もちろん。同じ威力だなどと、これではカタストロフブラストが弱く思われてしまいそうで心配です。困りました」
「……」
「他の技もそうだったら、わたしが怒られちゃいそうですし、ここからは自分の技だけで戦いましょうか」
「笑止っ。思い上がりも甚だしい。このジラフ風情がっ。その戯言の罪、命をもって償わせてやろうっ」
「あら、またジラフ風情と。うふふ、そうですか」
上級風竜はまた口に燐光を溜めた。再びブレスを放つつもりなのだろう。
だがミロクは、今回は止めるようだ。
一瞬にして距離をつめ、柄も刃も自分の身長以上である鎌、いわゆるデスサイスを振り回し、上級風竜の堅牢な鱗を簡単に切り裂く。
「グアアアアッ」
上級風竜は痛みに悶える。
「――グオオオオオオーッ」
しかし次の瞬間には、その爪でミロクを切り裂こうとする。しかも1発ではない。
上級風竜の爪に斬り裂けぬものはない。相手がスカイジラフという格下の魔物であれば、それは疑いようのない事実だ。
だから攻撃は、1発で十分なはずだった。
しかし元より躱され防がれることが前提であるかのように、上級風竜は自らの爪を1発2発3発と、間髪入れずにミロク目掛けて振っていく。
口ではジラフ風情がと言いつつも、最強の敵と認め一切の油断などないようだ。
もちろん、油断しなくて正解だ。
そんな上級風竜の攻撃を、ミロクは軽がる躱し、そして鎌で受け止めてしまうのだから。
戦闘は激化する。
直径130mの狭いフィールドでは、気の休まる瞬間など一切ない。
お互いに空は飛べるが、ここでは空を飛ぶとダンジョンとしてマイナス要素が加算されるようになっている。それは反乱していようがいまいがお構いなしでかかるもので、実力が拮抗していれば致命的なものだった。1人と1体は、己の武器と技と知力を、体力の限り繰り出し続ける。
そうして、勝負は一瞬でついた。
上級風竜は、ミロクの持つ鎌を牙で弾き飛ばした。唯一の武器を失ったミロクへ、さらに追撃を行おうと動く。
だが、ミロクは武器を失ったことが、あたかも規定路線であったかのような涼しい顔と、慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、上級風竜の額に、手の平を向けた。
「隙ありですね」
「グアアアアッ」
上級風竜は、強烈な魔法を顔面に食らった。
弱い魔法なら鱗で霧散させることもできるが、鱗が数枚まとめて破裂するような魔法は霧散させられない。
額から血を流し、ヨロヨロと下がる上級風竜。
ダメージは大きい。上級風竜には高い再生能力があるのだが、ご丁寧にと言うべきか、打ち込まれた魔法による妨害が効いていて、一向に再生し始めない。
またダメージと引き換えに弾き飛ばしたはずの鎌は既に、ミロクの手に収まっていた。空間収納から新たに取り出した鎌は、先ほどの鎌とはまた別物だが、性能は同等で、使い慣れてもいる。
戦況は大きく傾いた。このまま戦いを続ければ、賭けのような戦法を取らない限り、上級風竜は確実に負けるだろう。いや取ったところでほとんど負ける。賭けなのだから。
しかし、上級風竜は楽しそうに笑っていた。
歯ごたえのある相手との戦いに、気分の高揚を隠せないとでも言うように。
戦闘は再開する。
だがしばらくして、上級風竜は不自然に動きを止めた。
そして次の瞬間には、笑っていた表情を、興ざめしたと言わんばかりの失望に変えていた。上級風竜は吐き捨てるように言う。
「ちっ。邪魔が入ったようだ。厄介な命令さえなければ、あやつから噛み殺してやるものを。残念だな、我の勝ちだ。だがそなたの名、覚えておくとしよう」
上級風竜は、元々溢れんばかりにあった力を、豪快に溢れさせた。
凶化。
弱く試練足り得ないダンジョンモンスターを、強く試練足り得るダンジョンモンスターにするため使われるもの。
おそらくは火山ダンジョンのダンジョンマスターが、苦戦している様子を見て使ったのだろう。それは、最強をさらに最強に至らしめた。
「グオオオオオオオオオーッ」
理性を失い、破壊と殺戮を是とする最強の魔物が、ここに光臨した。
上級風竜はミロクに向けてブレスを放つ。しかしそのブレスは、威力を追及したというよりも、攻撃範囲を広げたもの。
必然的に、ミロクは防御せざるを得ない。
そこへすかさず、一歩踏み込み、爪での薙ぎ。
上級竜の多くは4足歩行だ。属性関係なしに、多くがそのスタイル。
しかしこの上級風竜は、2足歩行が可能な珍しいスタイルをしており、爪での攻撃は、自由自在なものだった。
横から爪を振り、上から爪を振り、今度は下から。
破壊不能なはずの円の舞台を、竜因魔法を使って爪で抉りながら振ったために、ミロクへ向かって破片が飛び散った。そのせいで、ミロクの避ける位置が制限されてしまった。
もちろんすかさずそこへ――。
「ホワイト、ブラストーっ」
必殺技が放たれた。
上級風竜は凶化され、パワー、スピード、それらが格段に上昇した。
しかし、最も変わったのは戦い方だ。
先ほどまでは、最強の種族らしく、正々堂々、悪く言えば単純な戦い方しかしなかったのに、今は弱い魔物がやるような複雑な攻め、悪く言えば狡猾な戦い方をしている。凶化とは、格上に相対した際に使うもの。だからそういうものだ。
白の暴風は、ミロクに直撃した。
ギリギリで防御したようだが、ダメージは受けている。服の一部は破れて乱れ、体には無数の傷ができていた。
「タエタカ、ミゴトダ。……我とてこの結末は不本意だが、ダンジョンマスターの命令には逆らえん。貴様もダンジョンモンスターなら分かるだろう? サア、スカイジラフヨ、コレデオワラセヨウ」
上級風竜は凶化を受けたにも関わらず、僅かに理性を残したかのようなことを言って、しかし凶化の力で再度ブレスの燐光を溜めていく。
まさに今は、絶体絶命の状況だった。
「うふふ、またジラフと言われちゃいましたね。あれほど言ったのに。もう、わたし、怒りましたからね?」
もちろん上級風竜がだ。
「永遠の滅びを招来せじ。ゲヘナズゲート」
ミロクの一言で、ミロクの後方に門が現れた。土か木か、よく分からない材質と、分かりたくもない模様の入った門。
見るからに恐ろしげで、それが地獄へ通ずる門だと言われても信じてしまいそうな門だ。
「グオオオオオーッ、ホワイト――」
「開きなさい」
「――ブラストーッ」
上級風竜がブレスを放つのと同時に、門が開く。
だが、門が開いたからと、何かが起こることはなかった。ミロクへ迫るブレスは、何一つ干渉を受けずに迫っていく。
結果として、ミロクはそのブレスを防いだのだが、防ぎ方は鎌で切り裂くという防ぎ方だった。
門が攻撃を吸い込んだり、門から何かが出てきてそれが防いだり、そんなことはなかった。
あの門は、そういうことをするためのものではない。
もっと、もっと、いや最も、恐ろしいものだ。
「ナ――、ナンダ? ナンダソレハッ」
上級風竜は慄き、後ろに後ずさった。
ミロクの鎌からは、ポタポタと水滴が落ちている。水滴は赤黒い。
そして1滴1滴が落ちる度に、フィールドの床を焦がしている。水であるはずなのに、まるで火の性質を帯びているかのように、ジュー、という音を鳴らしながら、破壊不能なはずの床を黒く焦がしていく。
「ロングスラッシュ」
ミロクは後ずさる上級竜を追わず、遠く離れたその場で鎌を振った。
それは、ありきたりな技だった。10歳の子供でも誰でも使えるような簡単な技。斬撃を飛ばすことで遠距離攻撃を可能とする技の中で、一番最初に身につけるような初歩の初歩。
こんな狭い場所では避けることこそ難しいが、ダメージは受けるはずもない、そんな一撃。
しかし斬撃は、上級風竜がガードのためにと前に出した翼を、容易く切り裂いた。
「――ッ? グ、グアアアアアアアアーッ」
上級風竜は叫んだ。だがその叫びは、斬られた痛みへのものではない。その切り口から、どんどんと焦がされていくゆえの痛みだ。
焦げは、上級風竜の再生も間に合わないほどの速度で進行する。
焼いて焼いて焼いて焼いて、鱗を肉を骨を焼き焦がしていった。
「ウグウウウウッ」
上級風竜は歯を食い縛って唸りながら、自らの翼を斬り落とした。落ちた翼は、それでもなお焦げ続けている。
上級風竜はそれを荒い息で眺め、自らの翼の切り口に目をやって、安堵したかのような目をすると、自らの翼を再生させる。
自分で斬りおとしたため、再生に阻害はない。翼は、みるみる内に元通りの姿を取り戻していき、――また焦げた。
「ガアアアアアアアッ」
再度攻撃されたのではない。落ちている翼の残っている部分まで再生したところで、同じように焦げ始めたのだ。
上級風竜はまた斬り落とすが、しかし無意味だった。落ちた翼は焦げて焦げて、斬られた根元に達すると、再び上級風竜を焦がし始めたのだ。あたかも未だ繋がっているかのように。
「コレハッ、コレハッ――」
「うふふ。心配いりませんよ、ただ焦げていくだけですから」
門は、地獄よりももっと恐ろしい場所に繋がっている。門にはこちらから入ることは叶わないが、1つだけ呼び出すことができる。
それが燃える水。
燃える水に触れれば、どれだけ強い魔物だろうが、破壊不能のダンジョンだろうが、何もかもが同様に焦げていく。
切り落として再生、再構築しても、まるで魂が焦げているかのように、また同じ場所から焦げていく。だから一度食らえば成す術なく、どんどんどんどん焦げていく。
「アアアアー、アアアアー」
また、その焦げによる痛みは、想像を絶する。
凶化されたはずの上級風竜ですら耐えられずに、言葉にならない言葉を叫びだしていた。
そんな痛みが、どう対処しようともどんどん体の奥深くまで迫ってくる。
その恐怖が、分かるだろうか。
ダンジョン最強決定戦において、ダンジョン内にそれが巻き散らかされる気持ちが分かるだろうか。あれは怖い。
しかし、どうやら上級風竜は、一握りの冷静さを保っていたようだ。
今度は翼を根元から斬り落とすことで、一時焦げの痛みから逃れると、再び痛みが襲ってくるそれまで、冷静にミロクが使った技の分析を行ったのだ。
「その技は強力過ぎる。ゆえに何かある、……門から常に何かが出ている気配があるな、それが焦げに繋がっている。つまり門を閉じれば、進行は止まる」
凶化されているというのに、それを感じさせないような知的な言葉。
いや、凶化されているからこそ、こんな状況でも冷静に分析できるのだろうか。ともあれ上級風竜は、ミロクの技の性質を見抜いた。
それを聞いて、ミロクは素直に感嘆する。
「お見事です。正解です。この門を閉じれば、水は止まり、力を失います。ただ、わたしは閉じる気などありませんが」
「なるほどな。……だがこの技、おそらくは時間制限つきだろう。見てみろ、己の姿を」
ミロクの姿は、直視に耐えないものになっていた。
爪は赤黒く、焦げ始めている。
カラフルな髪の毛も、先端が徐々に徐々に赤黒く染まって、ついには煙を上げていった。
「おそらく門はエネルギーを供給するだけで、実体化させるのは貴様の力なのだろう。しかし制御は不能のようだ、だから体を焼かれる。このまま門を閉じなければ、いずれは自分自身が全て焼かれるに違いない。それも我のように一部からではなく、防御が弱い体の末端全てから」
上級風竜は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
直後、焦げは体に戻ってきたが、上級風竜はそれを全力で食い止める。進行を完全に停止させることこそできないが、上級風竜クラスの力があれば、遅くすることは十分可能だ。実際に、焦げの進みは目に見えて遅くなった。
しかし既に焦げは、翼だけではなく体にまで広がり始めている。広い体表を肉や骨を臓器を、魂ごと焦がされる痛みは、苦悶の表情を浮かべる程度では決して済まない激痛だ。だから上級風竜は酷い叫び声を上げるが、顔の一部には勝利の笑みが浮かんでいた。
なぜなら既に、ミロクは上級風竜以上に全身を焦がされている。
髪は既に中腹まで焼かれなくなり、両手は焼かれ先端が炭化し、足も焼かれ立っているのがやっとの状態だ。食い止めることは最早不可能。痛みは、想像を絶するものだろう。
魂を焦がす痛みから逃れる方法はない。
いかなる回復を用いても、治癒はできず、痛覚を失くそうとしても、魂の痛覚は決して消せない。肉のないアンデットでも、精神のないゴーレムでも、魂の痛みは感じるのだから。
格上の者ならば打ち消したりと、なんらかの対処も可能かもしれないが、少なくとも術者本人であるミロクには無理だ。
できることは、ただの我慢のみ。
だから、ギブアップをするのは、傍から見てもミロクの方が早そうに思える。
焦がされる痛みが分かる上級風竜から見れば、確実にミロクが先にギブアップすると思えただろう。
しかしミロクは言う。
「どうお思いになっていらっしゃるか分かりませんが、門を閉じる気はありませんよ?」
いつもと変わらぬ優しい声で。
上級風竜はハッと、ミロクの顔を見た。
言葉にも驚いただろうが、なぜこんな激痛の中でそんな声が出せる、きっとそちらの方に、より驚いただろう。だからミロクの顔を見て、上級風竜は愕いた。ミロクは、その声から想像する通りに優しく、優しく笑っていたのだ。
発狂してもおかしくない中でも、本当に優しく聖女のように。
上級風竜は、ミロクの意図を悟った。
元々ゲヘナズゲートは、短期決戦用の技だ。本来は、使えば悠長に話している時間などなく、こちらが死ぬ前にあちらを殺せるか、という否応のない殺し合いを強制する恐ろしい技だ。
しかし今回、ミロクはそうしなかった。一発目は素早く放ったが、それ以降はお喋りに興じ、追撃の類は一切していない。
ミロクは、元々こうなることが分かっていた。分かっていて、行動しなかった。
だから、門が閉じることは、絶対にない。
上級風竜を、少しでも長く苦しめ、死なせるために。
「ナ、ナゼ……」
なぜこんな痛みに耐えられるのか、なぜこんなことをするのか、なぜ笑顔なのか、上級風竜が紡ごうとした言葉は分からない。
だが、ミロクは、それに答えるかのように言った。
「だって、わたし」
目尻から全てを焦がす涙が零れ落ち、肌を焦がしていく。
「怒ると少し、恐いんですよ?」
それでもミロクは優しい、とても優しい笑顔だった。
上級風竜は、まるで化け物でも見たかのような表情をし、そして半狂乱になった。しばらく叫んだ後、ミロクへ向かって突進し、破れかぶれに攻撃を仕掛ける。
最早勝つためにではない。反撃を受けて一刻も早く死ぬために。
ミロクは焦げて炭化しかけた手を、魔力で無理矢理操り鎌を握らせ、それに応戦。だが上級風竜の意図を悟ってか、鎌で斬るのは頭などから遠い位置に限定していた。
死ぬ時間は変わらず、しかし痛みは倍増し、上級風竜は右手以外の四肢の全てを失った。
上級風竜は残った右手で、自分の頭を潰そうと何度も何度も殴ったが、頭が潰れるよりも早く、ミロクに右手を斬り落とされ、トカゲと言うよりもミミズのような状態で這い蹲り、焦げていった。
50階層。地上最終階層。
それぞれに最強を誇る者達が待ち受ける、天空階層に挑むための最後の試練。
だからこそここは、このダンジョンで、最も怖い敵が立ちはだかる。
50階層に挑んだ火山ダンジョンの上級風竜は、ボスに勝利すること叶わず、敗退した。
『 名前:ミロク
種別:ネームドモンスター
種族:スカイジラフ
性別:女
人間換算年齢:23
Lv:190
人間換算ステータスLv:315
職業:地上最後のラスボス
称号:友愛と優愛の使徒
固有能力:聖母の慈悲 ・優しさを癒しの力に変える。
:霊獣 ・霊生魔法使用可能。肉体の全てを精神体に置き換えることができる。HPMP回復量上昇。キリン化はステータス低下なし。
:全能たる長女 ・兄弟姉妹の使える能力を一部劣化させ使用可能。
:幸運の象徴 ・自身を見た者、感じた者に幸運を訪れさせる。関わりが深くなればなるほどに訪れる幸運が大きくなる。
:不運の象徴 ・自身を見た者、感じた者に不幸を訪れさせる。関わりが深くなればなるほどに訪れる不幸が大きくなる。
:精密動作 ・精密な動作を行える。
:我が家の大黒柱 ・家族と関わりが深い対象ほどステータス上昇スキル上昇。家族の危機を察知できる。
:導きの導 ・ほんのひと時前の自身の過去のみを変える。
:命運の魔眼 ・左右、視界内の命を増減させる。
:謙譲因果 ・謙譲に交わる。
種族特性:空中歩行 ・空中を地面と同じように駆けることが可能。
:哨戒 ・警戒が上手くなる。索敵範囲上昇。
:自慢の脚力 ・脚力が上昇。
:進化の遺伝子 ・環境や望みに適した形に成長していく。
特殊技能:オーラドレイン ・生命力と魔力を吸収する。
:ゲヘナズゲート ・燃える水を召喚する。
:ジエンド ・周囲全てを道連れに命を朽ちさせる。
存在コスト:2100
再生P:14000P 』
どうして……。
どうして……。
ゲヘナズゲート、ジエンド。
どうして貴女は覚える技が、全部自爆技なんだ……。
貴女自爆しかしないじゃない。
ダンジョン最強決定戦でも、不利になってきたらゲヘナズゲート使って超攻撃力で攻めて、もう負ける、って時になったらジエント使って。
怖いよ。全員貴女と戦うの避けてるじゃない。ヤバイから。
貴女はあれだよ? 五獣が5人揃って戦う時に、回復役を担えるよう生成しているんだよ? どうしてそんなヤバイ攻撃ばかりマスターしているんだい?
というかそもそもの話だが、優しさはどこに行ったの?
貴女はこのダンジョンに足りない、優しさという要素を埋めてくれ、っていう祈りを込めて生成しているんだよ?
優しくあれ、ってね。
優しさが一体どこにどういう風に作用したら、激痛の中でも笑顔を絶やさない人になるんだい?
目の前で誰かが尋常じゃないほど苦しんでいる様子をニコヤカに眺める人になるんだい?
いや苦しむ様子を見て笑っていたんじゃないことは分かる。我が家にはそういう子もいますが、ミロクは違う。怒りの笑顔と、慈愛の笑顔と、痛みを隠す笑顔と、そういうのが混ざった笑顔だったんだろう。 しかし結果的には一緒だっ。怖いっ、怖いよっ。
「ただいま帰りましたダンジョンマスター様」
すると、玉座の間にミロクが戻ってきた。
既に完全回復を遂げており、手足や顔、髪はおろか、服までがいつも通り綺麗なものだった。
黄色から始まるカラフルな髪の毛と、黄色を基調としたドレスに身を包む美女は、先ほどまで激しい戦闘を行っていたとは思えないような風体と、カラフルな顔をしている。
ミロクはいつも通りに優しげな笑顔を浮かべながら、玉座の前までやってくると、一礼してさらに近づいてくる。そして俺が何の映像を見ていたか確認して、言う。
「(仮)とは?」
そんな風に、優しく。
そう言った後は、もう何も言わず、左手で右手を掴む手の組み方をしたまま、ただただ俺の横で立っていた。
だから、俺は、こう言った。
「ふふふ」
「うふふ」
「ふふふ」
……。
「あー……ミロク」
「なんでしょうか?」
数秒の沈黙があっても笑顔を崩さなかったミロクに、俺は改めて声をかける。
ミロクは、やはり何を言っても許してくれるような優しい笑顔で、俺の言葉の続きを待っていた。
だから、俺は、こう言った。
「とても、ごめんなさい。とても」
ミロクは頭を下げる俺の様子に、先ほどとは違う笑顔、クスリと声を出して笑った笑顔を見せて、こう答えた。
「ダンジョンマスター様、謝る必要などありませんよ?」
「ミ、ミロク……」
「ダンジョンマスター様は、わたしに麒麟であれ、と命じられました。だからそれはわたしの至上命題です。それに意を唱える者は誰であれ、許しません。だからダンジョンマスター様、謝る必要など、ありませんよ?」
「ミ、ミロク……」
た、助けてぇ……。というかその理論だと、優しくあれという俺の祈りが、どこかに消えてしまっているのは一体どういうことなんでしょう……。助けてぇ……。
ミロクはその後、俺の両頬を引っ張ったり、髪の毛で遊んだり、逆に頭を撫でさせたりした。
「あれ? 髪型が崩れていませんね」
「あ、ま、学びましたので。撫でる時は、髪型を崩さないようにしますっ」
「学んだのですか。へえ、そうでしたか。……他所で学んだのを出してきたのですか。ダンジョンマスター様、わたし、怒ると少し、恐いんですよ?」
「良いコトじゃないのっ? なんで今のタイミングでっ?」
「帰りました、ダンマス様、姉上」
「帰ったぜー、ダンマス様、ミーね――、姉貴」
「……帰りましたー……」
「到着っ」
うふふと恐ろしい笑顔を浮かべるミロクに、戦闘を終え玉座の間に帰ってきた妹達が声をかける。
するとミロクは、パッと表情を明るく変え、タタタと走って4人の元ヘ駆けていく。
「ククちゃんお帰りーっ。ぎゅーっ」
「うわあああ、やめろやめてって、恥ずかしいってば」
「よく頑張ったねーっ。じゃあはい次、リリちゃんもー。あ、逃げたらどこまでも追いかけるからね」
「くっ、わ、分かったよ。ううう……はいもう良いだろ? 良いだろ? ――良いだろってっ」
「ミー姉呼びから卒業したとしても、妹からは卒業できないからね。それじゃあトトちゃーん」
「はいぎゅーっ。……こういうのは大人しく受けといた方が得だね。早く終わるし。……あれ、ちょっと長くない?」
「素直な子にはサービスよ。それじゃあ最後、頑張ったねナナちゃーん」
「もっと褒めるが良い。もー疲れたー。小さかったらおんぶ頼むレベル」
「うふふ。皆よく頑張りました。お姉ちゃんはとても嬉しいです。でも今日はもうひと踏ん張り。ガンバロー」
「お、おー……」
「オーッ」
「はーい」
「いえーい」
「さ、じゃあお風呂ね。ククちゃんは今日、お姉ちゃんの隣で洗ってね。サボらないように見てるからね」
「ええー、分かったよー」
「そうだミー姉、さっきクク姉がな――」
「あれ? 姉貴呼びはやめたの?」
「無理無理。まだまだリリ姉はお子様だものな」
「そんなことないもんねー。リリちゃんは立派なレディだもんねー。ただ、お姉ちゃん的にはたまにはミー姉って呼んで欲しいかな?」
「いやいや、リリにはまだその呼び方は早いな」
「自分もまだできてねえもんな」
「みんなお子ちゃまだねえ」
「全く全く。なあ? 姉さんや」
5人は、パーソナルスペースなどどこ吹く風とでも言うような距離にまで近づいて、玉座の間から出て行った。
本当に仲が良い姉妹だ。
多少喧嘩腰な部分もあるけど、それでも一緒にいることが普通なんだから、まあ通常営業だろう。喧嘩するほど仲が良いとも言うし、やはり仲良しだ。
見てて微笑ましくなる。
この中に1人ヤバイ奴がいるなんて、俺の気のせいだったんじゃないか、って思えてくる。
「ああ、そうだ。忘れてたけど、わたし怒ってるの」
「――えっ? あ、ダンマス様にか、良かった」
「あービックリした。そうだよな俺らにじゃねえよな」
「はあもう。ダンマス様なら全力で怒って大丈夫だよ」
「うんうん。愛があれば良いのさ」
……。
許して下さい。
心からそう思います。
俺は、目の前に出しているいくつかの映像の内、現在戦闘中の映像に目を移す。
しかし戦闘が行われているのは、最早一箇所しかなかった。
そこを見るしかないのか。
そこを見ろというのか。
だから俺は、祈った。
心から祈った。
「どうか、どうか次に見る子、いや子達は――」
『――魔王の邪悪な祈りを打ち破る。それこそが、勇者だっ』
……。
『悪い夢を食べる動物がいるんだってー。負けてられないから食べたいけど、難しいからー、わたしはあるじ様の夢を食べるー』
……。
『わっちは普通にやるが、結果的には踏み躙るの』
……。
『主様の願いは、何でも叶えて差し上げたい。しかし、おそらく主様が見るのは、最も注意を引く戦闘領域。すなわち……。主様に戦っているところを見てもらうためには、致し方ないのですっ』
……。
『……Don't mind』
……急に英語っ?
『Don't worry about it』
……また英語っ。
『ええ……? えっとー、スーシー?』
……うん?
……。
『あ、寿司は英語じゃねえや。あっはっはっは』
……。
『はっはっは……、は……。全員ぶっ殺してやるっ』
それが、まさか叶わない願いだとは、この時の俺は、既に知っていた。
お読み頂きありがとうございます。
また、ブックマークや評価もありがとうございます。これからも頑張らせていただきます。
戦争編も佳境です。一生懸命頑張ります。
少し改稿しましたが、あまり変わっていない気がします。分かり辛かったらすみません。限界でした。
また、分かり易くなっていないのに、大分長くなってしまいました。くどいな、という意見がありましたら、是非教えて下さい。未だ加減が分かりませんので、言って頂けると助かります。よろしくお願いします。




