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第101話 40階層守護者、タキノ。

ダンジョンマスター心得その18

頑張りたくなる敵でいましょう。

 40階層。

 干支階層の中で北西微北に位置するそこは、亥、タキノが守護者を務める、復活と不屈の檻。


 侵入者に課される試練は、どんな攻撃をしても復活してくるタキノに対し、不屈の闘志で死ぬまで攻撃を加えられるか、というもの。


「んぎもちいいいいーっ」

 例え何があっても、攻撃の手を緩めてはいけない。


 フィールドは檻なのだから、40階層にはいくつもの檻が設置されている。

 侵入者はその檻に自ら入って、中にいるイノシシを倒し、次なる鍵を手にして進むのだ。もちろんそうやって次々倒し、最後に手にする1つの鍵は、タキノがいる檻を開ける鍵である。


 檻の大きさや形は様々だが、全てに共通することがある。出入り口の扉は1つしかないこと、出入り口は自動ロックであること、鍵穴は外側にしかないこと、格子の隙間からは決して出られないこと、そしてイノシシを倒すまで常に檻自体が徐々に縮小していくこと。


 そのためどのような形状の檻であっても、出ることは難しい。

 まずイノシシに扉方面が塞がれていれば出られないし、どかせたとしても鍵がかかっているために、檻の中から手を伸ばして持っている鍵を差し込み開けなければならない。そんなもの戦闘が継続している場合はまず不可能だろう。

 突進能力が高いイノシシを、1人足りない状態のままそこへ行かさないようにできるのなら、きっと普通に戦えば倒せる実力者だろうから、倒した方が手っ取り早い。


 だからできない者にとっては、どちらかが死ぬまでの戦いとなることが多い。

 いや、両者死ぬまでか。

 檻が小さくなれば、どうしても混戦状態になり逃げる機会は減ってしまう。さらには出入り口の扉もどんどん小さくなるため、物理的に出られなくもなる。

 侵入者は最終的に、イノシシと一緒に檻の格子に締め付けられて、死んでしまうのだ。


 40階層のこの試練では、魔物で倒すというよりも、その死に方を狙っている。

 だから、不屈の試練だ。


 戦うと決めたなら、檻が小さくなって混戦を強いられようともとにかく攻撃して倒す。例え檻から出るチャンスが見えても、出る最後のチャンスに思えても、それでも攻撃し続けて倒す。

 逃げると決めたなら、攻撃せずに逃げる。逃げるチャンスがあったなら迷いなく逃げる。攻撃のチャンスがあっても攻撃せずに、とにかく逃げることに心血を注ぐ。

 それだけで良い。


 なぜならここはそもそもが40階層。

 干支階層を順に攻略してきたなら、十分に勝てる相手なのだ。攻撃に撤すれば倒すことができ、逃げに徹すれば逃げることができる。

 負けるのは、どっちもやろうとするから。ただそれだけのこと。


 だから中途半端なことはせず、一度決めたら貫き通す、不屈の心こそがここでは圧倒的に必要なのだ。


「んあああああっ、もっと殴って、もっと蹴って、もっと斬って下ちゃあああいっ」

 どんな困難に見舞われても、貫き通す意思こそが最も重要なのだ。


 40階層に侵入してきた魔物は、ドールプリンセス。

 生成に1000Pも要する強大な種族であり、人形系の魔物の中でも全てに秀でる強力な部類。とは言え、その能力自体はPの割にそう強くない。

 土人形系のゴーレムに比べ物理能力が劣っていて魔法能力に優れるドールだが、それは能力を平均的にしたためであって、魔法が得意な他種族に比べ優れているわけではない。ゆえに戦闘における強さで考えたなら、物理面で特に優れたゴーレムの方が余程に強い。

 人間や亜人、その他の魔物に、1000Pで生成したドールと800Pで生成したゴーレム、どちらが手強いかを聞けば、100人が100人ゴーレムと答えるに違いない。


 だがしかし、それはフィールドでの話で、ダンジョンにおける話ではない。

 ダンジョンにおいて、ドールとゴーレムの強さはほとんど同じだ。

 そしてネームドモンスター同士であれば、ドールの方が強い。それも、圧倒的に。


 その理由は、どうして能力で圧倒的に劣る人間や亜人が魔物を倒せるのか、とも通じる話である。


 通常、魔物には元々武器が備わっている。

 それは爪であり牙であり、膂力であり魔力であり、はたまた毒であったり様々だが、生来備わっているもので、後から付け加えたりはしない。生来持った武器だけで、魔物は戦うのだ。

 だから魔物は、勝てない相手には勝てない。


 例えステータスが大幅に上回っていようとも、上級竜の鱗にそこいらの魔物の爪や牙は一切傷をつけられない。

 力の限り攻撃すればステータスの恩恵によって吹き飛ばすことくらいはできるのかもしれないが、しかし傷はつけられない。


 反対に、上級竜の牙はどうあがいても防げない。

 まるで豆腐でも切るように、どれだけ鍛えていたとしてもアッサリと切り裂く。


 しかし人間や亜人は元々武器を持たない。役に立つのは知力と、あえてあげれば持久力くらいなもので、あとは何一つ武器とは言えない。そのため、後から武器を付け加える。武器を装備し、防具を装備し、魔道具を駆使し。

 だから人間や亜人は、どんな相手にだって勝てるのだ。


 例え相手が上級竜であろうとも、上級竜の鱗を切り裂ける武器を持っていれば、その体に傷をつけ、上級竜の牙を防げる防具を着ていれば、その牙を防げる。

 人間や亜人の強さとは、そうやって作られるものである。


 そうつまりドールは、人間や亜人同様、武器や防具を装備できる。

 Pで武器防具を生成できるダンジョンにとって、ドールを最強の魔物にするのは、さほど難しいことではない。


 ドールプリンセスは、全てを切り裂く刀と全てを防ぐ鎧を装備し、あっと言う間にタキノの元ヘ辿り着いていた。

 そしてその刀で、タキノを切り裂く。

「んぎもちいいいいっ」


 切り裂く。

「んぎもちいいいいっ」


 切り裂く。

「んもっとおおおおおっ」


 切り裂……。

「モウ許シテ、嫌ダ、ココカラ出シテ……」

「何を言ってるんですかっ。逃がしはしませんよ、さあさあ、その歪んだ性癖をこのタキノちゃんへぶつけて下さい、さあさあ、さあさあ」

「嫌……、嫌ア……」


 だが、装備した全てを切り裂く刀でも、その醜悪な穢れを切り払うことはできず、全てを防ぐ鎧も、その醜悪な穢れを防ぐことはできなかった。


 檻の隅に追い詰められたドールプリンセス。

 腰は立たず、もうすっかりへたり込んでしまっている。しかしそれでもその化物から遠くへ逃れようと這う這うの体で後退していく。

 たが檻は徐々に徐々に小さくなる。そのため、ドールプリンセスはどれだけもがこうとも徐々に徐々に前ヘと押され、タキノの眼前に引きずり出されていった。


「アクロトモフィリアですか? アポテムノフィリアですか? どちらでも歓迎ですよっ、さあさあさあさあ」

「ヤメテ、ヤメテ、モウ、嫌アアアーっ」


 気が狂う。

 まさにそんな言葉が当てはまりそうになった、その時。


『オソロシイ、オソロシイ、ニンゲンシュゾク、カクモ、オロソシイ。コレホド、ジャアク、ソンザイ、ウミダストハ』


 ドールプリンセスのダンジョンマスターであるゴーレムダンジョンから俺へ通信が入った。もちろんそれは抗議の通信。

 ゴーレムダンジョン最奥にいるゴーレムのダンジョンマスターは、いつの日か見たゴーレム先輩とそっくりだった。それは姿形だけではなく、雰囲気や、言うことまで。


『キサマニハ、ココロ、ナイノカ。ワレワレダンジョンマスター、ニ、トッテ、ナクテハナラナイ、ココロガ、キサマニハナイノカ。キョウカ、コンナフウニ、ツカウナンテ。コレデハ、ホントウ、ニ、クルッテルヨウデハナイカ』

 ……。

『オレモダンジョンマスター、アクイ、ミナレテイル。アクイ、ウミダシタ、コトモアル。ダガソレ、ダレカノ、カテ、ニ、ナル、トイウコト。ココロ、アッテノ、コト』

 ……。


『アレハイケナイ、アンナモノ、ウミダシテハイケナイ。ソンザイシテ、ハ、イケナイモノダ。カナラズ、キサマ、フコウ、ニ、ナル。ダカラ、ダンジョンマスタートシテ、ココロヲ、モッテ、イキ――』


「えへへへへ、もっと斬ってもっと罵って、もっともっとおおおおお」

「嫌アアアアアアーっ、来ナイデエエエエエエーっ」

『ウアアアアアアアアーっ、クルナアアアアアーっ』

 ゴーレムどうはーいっ。


 通信が切れると同時に、ドールプリンセスは狂化に染まった。


 必要のない理性を全て剥ぎ取られ、ドールプリンセスは戦闘を行うマシーンとなったのだ。

 瞳孔のない青い目をタキノに向けると、すぐさま上へ顔を向け、檻を軽快に駆け上がっていく。そして垂直に動いている最中にも関わらず、美しい魔法の連撃をタキノへ加えた。


 1つ1つが恐るべき威力を持つ驚異的な魔法だったが、しかしその魔法に込められた役割は牽制と囮。

 本命は刀で、ドールプリンセスは魔法の光に紛れタキノの近くに着地すると、納刀状態だった刀を一気に引き抜き、同時に攻撃を行った。


 それは、居合いと呼べる抜刀攻撃術。


 神速に迫る一撃は、タキノの防御をすり抜けてその体へ。速度は一切陰ることなく、そのままタキノを切り裂いた。


 だがその攻撃は――。

「んぎもちいいいいいいいいいいいっ」

 即座に再生され、一切ダメージを与えられていなかった。それどころか、先ほどよりも大きな声で、大きな快感によがられている。


「ナラバ、コレハドウダアアーっ」

 攻撃が効かなかったことに一瞬戸惑ったドールプリンセスだが、しかしすぐさま再度攻撃を行った。

 それは居合いが連続攻撃できないという弱点を、克服した連続攻撃。


 水の属性を扱えるように生成されたドールプリンセスは、氷に対しても適性がある。氷の彫像なんかは、お手のものだろう。だからそれが鞘のような簡単な構造のものであれば、一瞬で作れる。そう、ドールプリンセスは刀を鞘に戻す一瞬の時を埋めるため、振った刀の場所に新たに氷で鞘を作っっているのだ。

 抜刀による攻撃後、瞬時に刀を氷で覆う。氷は空間をも凍らせたかのようにその場に固定されており、刀を滑らすのになんの支障もない。それどころか氷である分、滑りだけならば鉄の鞘をも上回る。一撃一撃が速く、鋭い。


 さらに氷の鞘は、腰元で作るのではなく振った先で作られる。例えば頭の上などでも。

 居合いは、攻撃の軌道が毎度同じになることも弱点の1つだ。だからドールプリンセスの居合いは、その弱点をも克服した多角的な攻撃でもあった。


 タキノを襲うあり得ぬ居合いの連撃。

 神速に迫る速度で、攻撃の軌道すら読めなければ、その攻撃はフェイント1つなくとも防御不可能である。一撃一撃が必殺の威力を持つ居合いが、何十回とタキノを切り裂いていく。

 これでは最早原形は留めていられないだろう。誰もがそう思った。


 だがその攻撃は――。

「んぎもちいいいいいいいーっ」

 効かなかった。


「刀がそんなに気持ち良いものだとは、タキノちゃんは今まで知りませんでしたっ。刀は恐ろしいもの、死んじゃうもの、斬り刻まれるもの、見るだけで体が震えてしまうもの、そう思ってたけど、不覚っ、Mとしてあるまじき不覚っ、不覚ですにゃーっ」

 体がバラバラになるほどついた傷は、すぐさま再生していき、それどころか心に深くついていた傷まで、癒してしまった。


 どれほど狂化され、強くなろうとも狂おうとも、それでもタキノには遠く及ばない。

 強さも、狂った度合いも。


「感謝の念に耐えませんね、だからあなたをタキノちゃんの女王様に推薦しましょう。もっと斬って下さい、もっと斬って下さいっ、さあさあさあ」

「ウ、ウアア……、クルナ、クルナア」

「その歪んだ性癖を、斬ることで快感を得る背徳を、このタキノちゃんに全てぶつけるのにゃああっ。へっへっへっへー」

「コココ、コッチヲミルナアアアアーっ」


 ドールプリンセスは逃げ出した。行き先はもちろん檻の出口。

 しかし、タキノはイノシシ。直線の移動に限っては尋常ならざるほど速い。あまり足が速くない人形系であるドールプリンセスは、容易く前へ回りこまれ、その出入り口を塞がれた。

 それが堪えきれぬほどの絶望をもたらしたのだろう、ドールプリンセスは瞳孔のない青い目を薄く曇らせ、先ほどと同じように地面にペタリとへたり込んだ。


「そんなっ、放置プレイですかっ。流石、やりますねー。しかーし、刀を克服したタキノちゃんは、今無性に刀を浴びたい気分なのですっ。仕方ありません、フォートレススピアー、からの、バインド、アーンド、マリオネットーっ」

 それを見てタキノは、地面から木の槍を何本も生やした。

 それは鋭く、必殺技と言える威力を持っていたが、しかしドールプリンセスには当たらない。いや当てることが目的ではなかったのだろう、その証拠に木の槍は形を変え、ドールプリンセスの腕や足に巻きついた。


 そしてそれらは、ドールプリンセスの腕や足を無理矢理動かし――。

「ナ――、エ――、ヤメ――、ヤメロっ、ヤメロっ」


「んぎもちいいいっ、んぎもちいいっ」

 手に持っていた刀でタキノを何度も斬りつけさせた。


「ヤメロオオオオオオーっ」

「んぎもちいいいいーっ」


 復活と不屈の試練。

 これはともすれば、タキノの精神汚染からどうにかして復活しろという意味と、タキノの精神汚染にどうにかして屈するなという意味だったのかもしれない。

 だがそんなことを言っても、現状のドールプリンセスに対しては、もう何の慰めにもならない。


 40階層に挑んだゴーレムダンジョンのドールプリンセスは、ボスに勝利すること叶わず、敗退した。


『 名前:タキノ

  種別:ネームドモンスター

  種族:リバイブボア

  性別:女

  人間換算年齢:20

  Lv:208

  人間換算ステータスLv:303

  職業:第十二の鎖の番人

  称号:討伐不能の不死者

  固有能力:灰からの蘇生 ・確実に死ぬような、死んでいるような状態からでも即座に蘇ることができる。

      :縛られぬ被虐者 ・抵抗不能の状態に陥らず、行動の妨害に対し抵抗の補正。

      :快感恐喝 ・敵対者から無理矢理攻撃を繰り出させる。

      :人定の復活 ・21時から23時の間、全ての行動に対し補正が入る。12人の使徒の内最も北西微北にいるとさらに補正。

      :猪化 ・猪の姿になることができる。大きさは自在。

      :偶像の魔眼 ・左右、自身に集中する視線を熱狂に変える。

  種族特性:再生力 ・欠損とHP減少を回復する。

      :卓越した生命力 ・状態異常やHPを回復する。

      :堅牢な毛皮 ・物理攻撃のダメージや衝撃を減少する。

      :猪突猛進 ・直線を限りなく速く進めるようになる。

  特殊技能:スタミナドレイン ・体力を干渉するたびに吸収できる。

      :ヘルスドレイン ・魔力を干渉するたびに吸収する。

      :フォートレススピア ・広範囲の地面から木の槍を繰り出す。

      :ピューファイドクター ・身体系の医療効果を発揮することができる。

  存在コスト:1800

  再生P:11000P 』


「ええ……」


 ええ……。


「……」


 ……。


「ええ……」


 ええ……。


「……」


 ……。


「帰りました、タキノちゃんでーすっ」


 すると、玉座の間にタキノが戻ってきた。

 赤茶の硬めの髪質の髪を靡かせた赤ぶちメガネの美少女は、先ほどまで激しい戦闘を行っていたとは思えないような風体と、変態的な顔をしている。


 タキノは手をワキワキしながら俺の元までやってくると、舌を出しながらテヘッ、とでも言いそうな顔をした後、俺が何の映像を見ていたか確認して、言う。


「これが本物のMというものですよ王様。王様はまだまだM道の精進が足りません。さあさあ、タキノちゃんと一緒にこれからM道を駆け抜けましょうぞ」

 そんな風に、さらなる変態性を持って。


 そう言った後は、もう何も言わず、しかし手をワキワキと動かし、舌を出して白目を向いて、目を戻すと恥ずかしいと言わんばかりに俯いて。


 だから、俺は、こう言った。


「嫌だよっ、俺はMじゃないよっ」

「では、S、と。なんだ王様、タキノちゃんと相性バッチリだったんですね。さあそれじゃあSっぽく、さあさあ、殴って踏んで、罵って下さい、へっへっへっへ、さあさあさあさあ」


 タキノが迫ってくる。

 それを目で、耳で、感覚で、心で理解した瞬間、背筋が凍りつく。

 やめて、やめてくれ……、こっちに、こっちに来るんじゃない……。


「Mであれば共に歩み、Sであれば共に歩み。さあ王様はどっちですかあああっ?」

 提示された条件は、どちらも地獄。

 タキノは、俺にプレッシャーを与えるかのように顔を突き出してきた。それに対して、思わず俺は手を前に突き出した。この精神を汚染してくる、世界に存在してはならない醜悪なものから身を守るために。


 手は、一直線にタキノの顔へ向けて進む。コース、スピード、それらを考えれば、まるで頬を殴るかのように。

 タキノは狙い通りという顔で笑った。

 そして――。


「――王様、な、な、なんで……」

 手は、直前で止まった。

「なんで殴ってくれないんですかっ」


 タキノは俺を責めたてる。

 殴ってもらえると思ったのだろう。しかし手は直前で止まっている、俺が止めたのだ。


「俺には、俺にはタキノを殴ることなんてできない。確かにタキノは、世界に存在してはいけないような醜悪にして邪悪な存在かもしれない。けど、けど、俺にとっては大事な大事な存在なんだ。殴れるわけがないっ」

 俺はそう言って、タキノの顔に向けてゆっくりと手を伸ばした。

 今度は反射的にではなく、自分の意思で、優しさを込めて。そして、タキノの頭を何度も撫でた。


 タキノの顔はいつもの変態的に崩れた顔から、急に真顔になり、いつもと違う変な形に崩れた。頬は、真っ赤だ。

 数秒間タキノは身動きしないまま俺に撫でられ、ゆっくりと口を開く。

「……なるほど、王様。王様の気持ち、分かりました」

「タキノ……」


「王様は、M、ということですにゃーっ」

「違います」

「なら殴って踏んでっ、罵ってーっ」

「また来たーっ。やめなさい、やめなさいっ」


「ただいま帰りましたー。あら? 楽しそうにやってますね、王様もタキノも」

「はあ楽しかったー。お、本当だ。おーい風呂の時間だぞタキノー」


 俺の逸らした顔の前に現れ続けるタキノに、戦闘を終え玉座の間へと帰ってきたスノとソヴレーノが声をかける。

 するとタキノは、諦めませんよ、と言い残し、2人の方へと駆けていく。


「あら、髪型崩れてるわね」

「どうしたんだ?」

「えーうわ本当だっ。やられましたね、人の髪をぐちゃぐちゃにするS行為とはっ。ドMでも腹立つ最低のS行為ですわいっ」


「まあまあ。世の中そういうのが分からない男ばっかりよ」

「これだけの女の園で暮らしているのにまだ分からないんだなあ。学習しない人間種族のダンジョンマスターだ」

「相変わらずでしたねえ。SなのかMなのかまだ決めてくれませんし」


「どっちが良いの?」

「どっちが良いんだ?」

「ううーん、ううーん……、はっ。昼はM、夜はS、そして毎日ドMが最高ではっ?」


 3人は、パーソナルスペースなどどこ吹く風とでも言うような距離にまで近づいて、玉座の間から出て行った。


 髪の毛をぐちゃぐちゃにしてしまったことは、すみません。

 でも僕はドMにはなりたくありません。


 心からそう思います。


 俺は、目の前に出しているいくつかの映像の内、現在戦闘中の干支階層の映像に目を移す。

 干支階層への侵入は、時間差で行われているため、スノ、ソヴレーノ、タキノの3人は終わってしまったが、残る0人の所はまだ……、まだ……。


 干支は終わってしまったが、五獣はまだ終わっていない。


 だから俺は――。


「次に見る子は、ヤバイことになっていませんように。見てても怖い思いなんてしませんように」


 そう祈って――。


『ダンジョンマスター様、この上級風竜に先ほど、このジラフ風情が、とのお言葉を頂いたんですけど、一体どういう意味なんでしょうか。分かります?』

「……」

『ねえ、上級風竜さん、わたし、怒ると少し、恐いんですよ? そうですよね、ダンジョンマスター様?』

「……」


 ……。

 ……。


 それが、まさか叶わない願いだとは、この時の俺には、知るよしもなかった。

お読み頂きありがとうございます。

そろそろ戦争編も終わりです。あと5話か、そんなもので終わります。長かったです。


ちなみにここで、この章はあと何話、と予告しておいてその通りに終わった試しがありませんので、おそらく終わりません。すみません。なるべくそうできるように頑張りたいと思います。

お読みいただきありがとうございました。

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