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第98話 31階層の守護者、ヴェルティス。

ダンジョンマスター心得その15

命は大事に使いましょう。

 31階層。

 干支階層の中で北東微東に位置するそこは、寅、ヴェルティスが守護者を務める、戦術と情報の密林。


 侵入者に課される試練は、情報を駆使しし戦術を用いて戦う守護者ヴェルティスを、同じく情報と戦術を駆使して倒す、というもの。


 フィールドは密林なのだから、階層の至るところには木々が生え、鬱蒼と茂っている。

 一部木が生えていない草原もあるが、人の背丈で例えたなら下半身を覆い隠してしまうような背丈の高い草に覆われていて、視界は滅法悪い。


 進むにも戻るにも、探すにも捜されるにも、そして戦うにも、何もかもが鬱陶しくてたまらないこの密林。


 だからこそここは、戦術と情報の試練を冠しているのだ。


 情報戦を制したなら、地形や僅かな痕跡から敵の位置や陣形を簡単に割り出すことができ、戦術戦を制したなら、戦い難い地形であっても一方的な殲滅すら可能となる。


 ここは一口に密林と言ってしまえる、そんな単純なフィールドだが、それゆえに、たった一つの工夫で自身の置かれる立場をガラリと変えられる余地を持つフィールドである。

 情報と戦術を駆使する者にとってはきっと、これ以上望むべくもない最高の階層だろう。


 だから、王国帝国との戦争において、500名の侵入者をはねのけ、さらには勇者すらも打ち倒したヴェルティスとヴェルティスが率いる虎の部隊は、まさしくこの密林において覇者足りうる存在である。


 しかし、それは、地を這うしかない者達の中だけでの話だ。

 空を飛ぶ者にとって、密林の覇者だなんだは、一切関係がない。

 いかなる草木であろうとも、根を空にはることなどできないのだから。


 31階層に侵入してきた魔物は、ハイピュイア。

 生成に900Pも要する強大な種族であり、ハーピィ系の最高峰。大空を統べるともまで言われるほど、自由自在に空を羽ばたき、空に愛される魔物。


 高い機動力と組み合わされた、強靭な翼をぶつける突進や脚の爪による切り裂きは非常に強力で、また、脚で掴んだ際の握力も人の体程度なら簡単に握り潰せるほど強い。

 さらにそれだけ高い物理攻撃力を持つと言うのに、高い魔法適性、特に雷属性の魔法に対して高い親和性を誇っており、大きな翼をはためかせ、空から雷を降らせる様は、まるで天から舞い降りた神のようにも見えるだろう。


 しかし、ハイピュイアの最も得意な技、最も主張すべき特徴と言うのは、また別の魔法である。

 ハイピュイアの最大の特技は、空間魔法だ。


「ガアアアアアッ」

「ウガアアアッ」


 2匹のトラが、自身の体の魔力を高め、一発の弾丸を発射した。

 その威力はそう高いものではない。どちらかと言うと正確性や命中率に重きを置いた一撃。しかし威力が低いわけでもない。だからこそ、この弾丸は急所を貫き、確実にダメージを与えるだろう。


「あーっはっはっは、甘い甘い」

 だが、高い知能を有し人語を解するハイピュイアはそう言って、いとも容易くその弾丸を受け止めた。

 いや、翼に吸い込んだ。


 そして次の瞬間、その弾丸は翼から飛び出す。矛先を、2匹のトラへと変更して。

 トラはそれを見て、回避のために後ろへと跳躍したが、命中に重きを置いた弾丸は方向を自ら修正し、トラの防御すら避けて急所を正確に撃ち抜いた。2匹のトラは、あっけなく魔石とドロップアイテムに姿を変える。


 これが、ハイピュイアの特技、空間魔法の力である。

 その力は、攻撃の威力が高かろうが命中率が高かろうが、一切関係なく全てをシャットアウトし、むしろ、それらが高ければ高いほど、有効な攻撃手段に変えてしまうのだ。

 大空を自由自在に羽ばたく敵にそんなことをやられては、勝てるはずもない。


 さらにハイピュイアは、ハーピィ系種族の女王とも呼ばれる種族。

 使える魔法には、召喚魔法もある。


 密林に潜むトラ達よりも遥かに多い数のハーピィが、瞬く間に空を埋め尽くした。


 これが900Pの魔物の実力。

 反乱し、生物としての本来の力を存分に扱うことができるようになった、怪物の力だ。


 勝てるはずがない。

 生成Pで上回られた上に、反乱までされては、絶対に勝つことなどできない。

 それにここは31階層。人で例えるなら、Lv60程度の者達が来るような階層なのだ。勝てるようにすらできていない。


 だと言うのに……。


「フレイム――スレイヤーっ」

 密林からヴェルティスが剣を振ると、そこからは赤い斬撃が放たれた。

 それは金属のような光沢を持っているが、あたかも燃え盛っているかのごとく、触れたハーピィ全てを焼き殺していく。さらにはその先にいたハイピュイアの、空間魔法の防御すらも打ち破ってその頑強な翼に大ダメージを与えた。


「あああああーっ、な、なんて力――っ」

 ハイピュイアは表情を驚愕に染める。


「行くわよ、アンタ達っ。アタシに続きなさいっ」

 そしてその瞬間、可愛らしい少女であるヴェルティスが、密林から空へと飛び出した。

 数匹のトラを率いて。


 ハイピュイアは焦げた翼を瞬時に回復すると、そんなヴェルティス達を見て、驚愕の表情をニヤリと勝ち誇った笑顔に変えた。

 空は翼あるものの聖域である。地を這うしかない者達にとって、空へ挑むこととは自殺行為そのもの。


 ダンジョンモンスターでは出せないだろう威力の高い攻撃に、予想外のダメージを負ってしまったが、既に自らの勝ちは決まったと、ハイピュイアは笑ったのだ。

 そうして自らが統率するハーピィ達に指示を出すと、それらを手足のように操り、自らも加わって共に攻撃を仕掛けた。


 しかし、ヴェルティスとそのトラ達は、足場でもあるかのように自由自在に空を駆け回り、あろうことか空を主体とするハーピィ達を次々に仕留めていく。


 その動きは凄まじい。

 ハーピィ達がハイピュイアの手足だと言うのなら、トラ達はヴェルティスの手足であり体であり頭であり、まさに自分自身と言えるだろう。

 まるで1匹の虎が密林を駆け回っているかのよう。


 このトラ達は、31階層に元からいる、生成されたダンジョンモンスターではない。

 ヴェルティスが手ずから召喚したトラ、虎の子のトラである。召喚者の実力に応じて強さが決まる召喚魔物達は、ダンジョンモンスターとは比較にならないほどの強さを持つ。それこそ、空を駆け回れるほどの。

 さらにそこへ、ヴェルティスの固有能力も含まれた、類い稀なる戦術が加わればどうなるか。

 それは火を見るよりも明らかで、トラ達はハーピィ達の防衛陣をことごとく食い千切り、ハイピュイアの喉元ヘと迫る。


「ありえないっ、わたしの子達がっ」

 ハイピュイアは一瞬戸惑った。


 その隙を、ヴェルティスは見逃さない。

「こんのー、食らいなさいっ。日頃のお菓子の恨みよーっ」


 ヴェルティスの叫びと共に、尋常ならざる切れ味を誇る剣が、ハイピュイアの体を易々と切り裂く。

 連撃は止まらない。


「一昨日は半分ーっ、先週も半分ーっ、先々週なんて全部ーっ。なにがバニッシュフードよっこの泥棒ーっ」


「あああああーっ」

 ハイピュイアは大ダメージを受けた。

 だが、まだ生きている。


 連撃からかろうじで逃れたハイピュイアを救うため、ハーピィ達は捨て身の攻撃をヴェルティスに仕掛け、そうしている間に、ハイピュイアは自らを回復。

 表面上の傷は完全に治った。

 だが、その表情から察するに、ダメージは大きく蓄積している。


 ヴェルティスは好機と見たのか、捨て身のハーピィ達を全て切り払った後、手を掲げた。

 その瞬間、トラ達はその全てが大きな声で咆哮をあげる。

 勝利の雄叫びとでも言おうか、肉食獣の脅しとでも言おうか、心の底が締め付けられるような大合唱。


「ひい――」

 思わず悲鳴をあげたハイピュイア。


「我が身に宿りし火の魔紋よ、心に燃ゆる炎を糧に、さらなる大火を召喚せよっ、エネルギーブーストーっ」

 さらにと言わんばかりに、ヴェルティスが唱えた魔法により、トラ達のステータスは大きく上昇した。


 再び、ヴェルティスは空を駆ける。

 お供はやはり数体。しかしそれだけでなんら問題ない。


「お菓子返しなさーいっ、あと訓練が厳し過ぎなのよーっ。それから寝る前に絵本読んでくれるけど、もう子供じゃないんだからねーっ、ちょっとは嬉しいとか、別にそんなこと全然ないんだからねーっ」

「あああ――、こ、この、ライトニ――」

「必殺っ、炎剣、フレイムスレイヤーっ」

 密林の覇者の牙は、空の女王に深々と食い込む。

 ヴェルティスの持つ炎の剣が、ハイピュイアの胸を穿ったのだ。勝負アリ、である。


「ふん。ま、これはアンタと全然関係ないハイピュイアのことだけど。でも同罪よ」


 ヴェルティスがそう言って剣を引き抜くと、傷口から炎を吹きだすハイピュイアは、目に力を失ったまま地面に向かって落ちていく。

 未だ息はあるようだが、それもあとほんの少しのこと。


 ヴェルティスは既に興味を失ったかのように目を離し、自らのお小遣いの大半をつぎ込んで生成した自慢の剣に、労いの言葉をかけると鞘へとしまおうとした。

 しかし、しまうことはなかった。

 しまえなかった。

 その動きは、途中で止まった。


 目線は、背後。既に興味をなくしたはずの、ハイピュイアの元ヘ戻る。


「あああ、勝て、勝たなければ、勝たなければ、あああああああアアアアアアアアーッ」

 その瞬間、ハイピュイアは力を取り戻した。

 違う、先ほど以上の力を、突如として手にした。


 翼を上から下へ大きく羽ばたかせ、先ほどとは比べ物にならない速度で、ヴェルティスへと迫る。

「ちっ」


 舌打ちしたヴェルティスは慌てて剣を構え、ハイピュイアの翼の突進を受け止めた。

 あまりの勢いに押されるヴェルティス。


 戦線を外れるほど押され、やっとの思いで跳ね返したが、しかしその瞬間にはハイピュイアの姿は消えていた。

 空間魔法を使用し転移したのだ。転移先は、ヴェルティスの背後。

 ハイピュイアの巨大な脚の指の爪が、ヴェルティスに掴みかかろうと躍動する。開いた足の大きさはヴェルティスの身長を遥かに越えている。5m10mもある巨大な魔物を捕食するためのものなのだ、少女よりも巨大であることなど、当たり前だろう。


「ガアアアアアー」

 だからか、ヴェルティスのお供であったトラの1匹が、ヴェルティスを守るようにとハイピュイアに襲いかかった。


「ジャアアマアアアダアアッ」

 しかし、一閃。

 足で掴みかかる矛先は、トラへと向く。

 5mかそれ以上ある巨大なトラは、その体を完全に掴まれると、一息で握り潰され、その姿を光の粒子へと変えてしまった。


「カツ、カツンダ、ショウリヲ、ダンジョンマスタアアアアアアアアアアー」

 ハイピュイアは力の限り叫ぶ。

 その目に、正気は一切ない。

 しかしその体には、今までとは比較にならないほどの力がある。


 それの正体を、ダンジョンマスターなら誰もが知っている。


 狂化。


 人や魔物が固有能力などによって行う類のものではない。

 ダンジョン内なら神の如く力を振るえるダンジョンマスターが、強制的に行うものだ。


 狂化させられたダンジョンモンスターは、理性がなくなり本能が剥きだしになる代わりに、ステータスを爆発的に上昇させることができる。オンオフはダンジョンマスターの意思1つで行えるため、止めることも簡単で後遺症などもない。しかしもちろん、軽々しくやっていい類のものでは決してない。


 例えばこれは、侵入者に課す最終試練、つまりは最終階層守護者が、侵入者に対し試練を与えられなかった時などに使うものである。

 自分の屍を越えて大成して欲しい、けれども自分の力だけでは、きっとダンジョンを簡単なものだと誤解させてしまう。これでは別のダンジョンへ行った際にすぐ死んでしまうかもしれない。そう懸念した時にだけ狂化を行うのである。


 負けたくないから使うのではない。

 生き延びたいから使うのではない。

 誰かの未来を願って使うのだ。


 だからこれは反乱同様、こんなところで使っていいものでは、絶対にない。

 しかしこれは反乱同様、非情なまでに、効果的である。


「アアアアアアー」

 ハイピュイアは空間転移を断続的に行い、ヴェルティスへと迫る。

 ヴェルティスは類い稀なる情報収集能力と戦術指揮により、空間転移先を割りだしそこへ虎の子のトラを向かわせた。だが、ハイピュイアとトラの交錯は、瞬きほどの時すら要さず、決着がつく。

 もちろん、ハイピュイアの勝ちである。


 トラ達は次々に食い千切られ、ヴェルティスの剣であり鎧であったトラ達は全て剥がされた。

 そうしてハイピュイアの狂った力が、ヴェルティスへと届く準備が整った。


「アアアアアーッ」

 ハイピュイアは悲鳴にも似た叫び声を上げ、周囲に雷の力を放出すると、その光に乗じてヴェルティスの背後へと空間転移し、その捕食者の足を広げた。

 足は無防備なヴェルティスを捕らえ、命を握りさんと力が込められる。


 絶体絶命、そう言える状況。


 だが、しかし、次の瞬間にはもうヴェルティスはそこにいなかった。

 力を込めた足が空ぶったハイピュイアはその勢いにほんの少しつられふらついた後、ヴェルティスを探すためキョロキョロと首を180°くまなく動かす。しかし、どこにも発見できない。


 なぜならヴェルティスは、ハイピュイアの背後にいる。


「空間転移を使えるのが、自分だけだと思った?」

 その言葉と共に、無防備な背後からの一閃。

 剣撃をまともに食らったハイピュイアは、距離を取ろうと空間転移を再度使用する。しかし、移動先の背後には既にヴェルティスがいる。


「ハイピュイアの1番の武器、空間魔法。これの対策はアリスとイーと一緒に死ぬほど積んだわ。文字通り、死ぬほど、ね」

 一撃、二撃、三撃。


 高過ぎるステータスにより、ダメージはそうない。

 しかし、一発一発、確実に急所に打ち込まれる。


 的確な攻撃に、防御は不可能。回避も不可能。

 反撃も、出す前に防がれる。相打ち覚悟で翼を振り抜いても、それはあっけなく躱され、お返しとばかりに顔面に剣が叩き込まれた。


「いつかの日のための試金石になるかとも思ったけど、そうでもないわね」


 ステータス差による絶対的な差を埋めるほどの、圧倒的な技量と経験の差。

 それは心をへし折る。

 狂ってなお、その目に涙を溜めてしまうほどに。


「残念だけど、アンタより強くて特殊なハイピュイアと毎日戦ってるんだから、負ける気がしないわ。……というか負けたら、恐ろしいことになるわね」


 ハイピュイアが最後の力と心を振り絞って、大量に召喚したハーピィ達。最早それは、軍と呼べる規模であった。

 安堵し、ニヤリと勝ち誇って笑うハイピュイア。

 しかしそれをあざ笑うかのように、ヴェルティスはそれと同じ数だけの空を飛ぶトラを召喚する。


「ああそうだ。おっほん。改めまして31階層、第三の鎖の番人、ヴェルティスよ。戦いってものを教えてあげるわ。べ、別に王様が見てるからって張りきってるわけじゃないんだからねっ」


 ここは戦術と情報の試練。


 戦術で上回り、より強い者を対象に情報を集めに集めた方が、有利でないわけがない。

 軍と軍の戦いの結末は、火を見るよりも明らかである。


 31階層に挑んだ牛魔ダンジョンのハイピュイアは、ボスに勝利すること叶わず、敗退した。


『 名前:ヴェルティス

  種別:ネームドモンスター

  種族:タイガージェネラル

  性別:女

  人間換算年齢:12

  Lv:208

  人間換算ステータスLv:310

  職業:第三の鎖の番人

  称号:不撓不屈の総指令

  固有能力:敵無し大将軍 ・味方の士気上昇、ステータス上昇、スキル上昇。移動速度上昇。

      :流麗なる戦術 ・作戦行動時全ての行動成功率上昇。

      :愛故に愛し ・味方の能力上昇。命令が必ず届く。

      :平坦の覇道 ・3時から5時の間、全ての行動に対し補正が入る。12人の使徒の内最も北東微東にいるとさらに補正。

      :虎化 ・虎の姿になることができる。小さくなるほどステータス低下。

      :情報の魔眼 ・左、周囲の情報を読み取る。

  種族特性:虎将軍 ・虎系の味方の魔物を統率することが可能。

      :密林の覇者 ・密林での行動時、ステータス上昇、スキル上昇。

      :立体機動 ・障害物の踏破に補正、足場を破壊しない。

      :猛獣の眼力 ・弱った獲物や急所を見つける。

  特殊技能:ヴァイタルドレイン ・生命力を干渉するたびに吸収する。

      :マインドドレイン ・気力を干渉するたびに吸収できる。

      :フレイムスレイヤー ・炎の斬撃を飛ばす。

      :エネルギーブースト ・全てのステータスを上昇させる。

      :クリアスクリーン ・生活空間を綺麗にする。

  存在コスト:1800

  再生P:11000P 』


 色々言いたいことがある。

 俺には色々言いたいことがある。


 言わなければいけないことがある。

 俺には絶対に言わなければいけないことがある。


「……、めっちゃ恨みもってるやん……」


 戦いが終わった後の映像は、なんだかとても物悲しい。


 戦いの内容についても、圧倒的だったり、狂化なんて誇りの欠片もないものを使ってきたり、色々と言いたいことがあった。

 なぜ31階層で戦っているのかも問いただしたいし、そもそもこっちも反乱してること自体にも言及したい。


 あちらのダンジョンが反乱うんぬんと言って、俺がお前に誇りはないのかー、とか言ってたのを聞いていたのではないの?

 徹頭徹尾反乱してるし。


 なのに……。

「めっちゃ恨みもってる……」

 そんなことにしか目がいかない。


 ニル、もうちょっとお菓子を我慢するんだ。

 俺は毎日あんなにあげてるじゃないか。あれじゃ足りないって言うのかい?


「ただいまー。帰ってきたわよー」


 すると、玉座の間にヴェルティスが戻ってきた。

 黄色の髪の毛に茶色のメッシュを入れたツインテールの少女は、先ほどまで激しい戦闘を行っていたとは思えないような風体と、ルンルンと弾んだ顔をしている。


 ヴェルティスはそのまま小走りして、俺の元までやってくると、なぜか1度俺の鎖骨にチョップをした後、俺が何の映像を見ていたかを確認して、言う。


「ふーん、見てたのね。べ、別に見てるとか思ってなかったわよっ」

 そんな風に、ツンツンと。


 そう言った後は、もう何も言わず、しかしどこにも行かず、体を左右に揺らしながら、クスリと笑って、俺の方をチラチラと見て。


「あー……、ヴェルティス」

「な、なによ。言いたいことでもあるのっ?」


 数秒の沈黙で、顔をほんの少しだけ曇らせたヴェルティスだったが、俺が声をかけた途端、目の中が光り輝く。

 玉座の肘掛けに手をついて、乗り出すように俺の言葉を聞こうとしている。


 だから、俺は、こう言った。


「さ、最高の戦いだったぜ。ありがとうヴェルティス」

 酷い先輩の生みの親であり育ての親である俺には、この子を叱ることなんてできない。


「べ、別にアンタのためにやったわけじゃないんだからねっ。ハイピュイアが個人的に憎いから、ボッコボコにしてやっただけなんだからねっ」

 ヴェルティスは、赤らめた顔を、ふんっ、と背けながら俺の感謝にそう応える。


 ……こんな、……こんな。

 こんなピュアで可愛らしい子に、あれだけ憎まれるだなんて、一体なにをしたんだ。


「ただいまー。ヴェルー、お風呂行くよー」

「ただいま帰りました王様。ヴェル、一旦皆お風呂入ってからダンジョン攻めるみたいですよ。行きましょう」


 頭を撫でるとその手をはねのけながらも嬉しそうにするヴェルティスに、戦闘を終え玉座の間へと帰ってきたアリスとイーファスが声をかける。

 するとヴェルティスも、顔を輝かせ2人の方へ走って行く。


「ヴェル凄い気合入ってましたね。ワタシ達の方が早く戦い始めてたのに。何でですかねー、何でですかねー」

「なんででしょうかねー。分かりませんねえー」

「う、うるさいわよ。別にそんなんじゃないんだからねっ」


「そんなんって何です?」

「なんでしょうかねー」

「――は、早くお風呂行くわよっ、ダッシュっ。あ、イーはこけないようにねっ」


「誤魔化したっ」

「ひどいですよっ」

「ダッシュっダッシュっ」


 3人は、パーソナルスペースなどどこ吹く風とでも言うような距離にまで近づいて、ニコニコ笑ってお喋りしながら、玉座の間から出て行った。


 うんうん、勝って良かった。

 あんな笑顔が見れるんなら、本当に勝って良かったと思う。


 心からそう思います。


 ただ、どうして一旦風呂へ入る。


 俺は、目の前に出しているいくつかの映像の内、現在戦闘中の干支階層の映像に目を移す。

 干支階層への侵入は、時間差で行われているため、アリス、イーファス、ヴェルティスの3人は終わってしまったが、残る9人の所はまだまだ終わっていない。


 だから俺は――。


「次に見る子は、不満を持っていませんように。憎しみに囚われていませんように」


 そう祈って、次の子の戦いを見守る。


 それが、まさか叶わない願いだとは、昔から知っていました。


 だって訓練、超厳しいもの。

お読みいただきありがとうございます。

ブックマーク、評価、感想、誤字報告、様々いただき誠にありがとうございます。これからも精一杯頑張ります。


前回投稿が6月5日と、ほぼ10日間ほど空いてしまいました。申し訳ございません。

おそらく最長記録かと。色々用事が重なっての結果ですので、しばらくはないと思います。これからも日々更新を続けていきます。よろしくお願いします。

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