第97話 得体の知れぬモノ。
ダンジョンマスター心得その14
美学を持ちましょう。
「作戦会議を始める。みなの衆、準備は良いか」
来るダンジョンバトルに備えるため、俺は服をなびかせ、颯爽と玉座に腰掛けた。
「アイスクリームってホント美味しいよね」
「ね」
「これからの季節、もっと美味しくなるわよ」
「最近疲れることが多いから、みたらしとか、甘い方が良いわ」
「確かにみたらしも美味い。しかし3色も捨てがたい、根性があっても選べん」
「わらび餅って団子なんかいなあ」
「ちょっと待っててね、今作るから」
「クレープ屋さん、フルーツ大盛りでお願いしますぅすぅ」
「クレープ屋さん、生クリーム大盛りでお願いしますぅくぅ」
「夏場は辛いけど、この時期はおはぎも良いわよね」
「どら焼きなんかも美味いな」
「このたくさんのおまんじゅうの中に、1つだけ中身が辛子のおまんじゅうがありますが、それをタキノちゃんが頂きます。――にゃああああはあああっ」
……。
……。
駄目だ、もうどうしようもねえ。
ダンジョンバトルとは、ダンジョン同士で行われる戦いのこと。
以前にも言ったが、互いのダンジョンを繋げ配下同士を戦わせるダンジョンバトルは、相当に激しいものだ。
圧倒的な物量と不死身の軍団、そして捜索した相手ダンジョンに対して使えるマップなどで、どちらかのダンジョンコアの破壊で終わることも多く、ダンジョンにおいては最も過酷な戦いであり、最も誇り高い戦いである。
一部のダンジョンマスターが、聖戦と呼ぶほどに。
勝者に与えられるのは、Pだけでない。栄誉も勲章も同時に与えられる。しかし敗者には何もない、Pも栄誉も勲章も、そして自らの命すらも。
これは、そんな戦いなのだ。
だと言うのに。
「杏仁豆腐は好みが分かれるよな」
「俺は好きだけどな。つかまあ、姉妹だから全員か」
「えー、他は結構バラバラじゃない? 杏仁は好きだけど」
「うまいうまい」
「わたしも好きよ、杏仁豆腐。でも今は、お酒の入ったお菓子を食べたい気分だから。うふふ」
「和の心は落ち着く。鬱が、鬱が治っていく……」
「シンプルさこそが至高。見栄をはるだとか、おこがましいものだったのですわね……」
「旦那様、どうぞ。ツバキとの合作、エクステンドです。お食べ下さい」
「どうぞお食べ下さい。チヒロとの合作、エクステンドでした、旦那様」
……。
ダンジョンバトルが始まった。
しかも魔王国との戦争も同時に行っており、最強の7人は出払っている、そんな中で8つのダンジョンと。
絶望的だ。あまりに絶望的だ。
しかし彼女達は今、甘い物を食している。ゆったりとした雰囲気で。
そして俺も今、エクステンドを食している。
エクステンドってなにぃ……。
「エクステンドとは、卵、砂糖、薄力粉、それからペースト状にしたエクステンドを混ぜ合わせたものを、生地にするものです」
「出来上がった生地に、生クリーム、チョコレート、それからフルーツを少々と焙煎済みのエクステンドを乗せて完成したものです」
エクステンドってなにぃ……。
なんで原材料にそれが入っているのに、完成品の名前もそれになるんだよう。
料理は足し算って言うじゃないか。どうして色々足していっているのにエクステンドを足したら、答えがエクステンドになるんだ。
掛け算か? 0を掛けたみたいなもんか? エクステンドは0なのか?
「ちょっと何を仰っているのか分かりません」
「何を仰っているのかちょっと分かりませんでした」
でしょうねえ。ごめんなさいねえ。
「ともかくっ。ともかくだっ。相手が100階層ダンジョンともなれば、その最終階層守護者は相当に強いはずだ。1000P近辺の強力な種族である上に、鍛えられたネームドモンスターに違いない」
また、8つのダンジョンと言うのなら、8体の最終階層守護者がいる。
戦力は計り知れない。
「さらに、最終階層守護者以外にも、100階層分のダンジョンモンスターがいる。おおよそ……10万近い数か。それに階層ボスとて、30体か40体か。それくらいはいるだろう」
そしてやはり8つのダンジョンと言うのなら、8つ分のダンジョンモンスターがいる。
戦力は到底計り知れない。
反対に、我がダンジョンはどうだ。
ネームドモンスターは28体。内、留守が7体だから21体。比べれば半分の数しかいない。
そしてダンジョンモンスターの総数は、きっと半分では済まない。
なぜなら、ダンジョンモンスターがいるのは、29階層から40階層、それから49階層だけ。後はどこにもおらず、戦力として重要な高階層にすら、1体もいないのだ。
さらにダンジョンバトルの際に、非常に大きな戦力となるエリアボスなども、49階層の4区画に4体ずつしかいない。
戦力という意味合いで考えたら、我がダンジョンは相当劣っているに違いない。
「だと言うのに……。だが、そう、そうだ。だからこそ俺がしっかりしなければ。作戦を考えるのだ。……そう、一先ず、挑んできた8つのダンジョンに対して交渉をして、1つでも多く撤退してくれるよう頼もう」
エクステンドを食べ終えた俺は、そんなアイデアを思いついた。
やはり冷たく甘い物は頭を冴えさせるらしい。
これが果たして本当に冷たく甘い物なのかは、食べ終えた今でも分からないままだが、ともかくそんな気がしないでもないので、そう思おう。
こうして、1万いるダンジョンマスターの中で、唯一の人間種族のダンジョンマスターである俺の、知力と交渉術が、存分に炸裂する時がやってきた。
「早速交渉のために通信を……はっ、通信が入っているっ。向こうのダンジョンの1つからだ」
ダンジョンバトル時には、ダンジョンマスター同士で行える通信機能が加えられる。
ダンジョンマスター同士が、お互いの魔物を最終階層に侵入させた時以外で、つまり死の直前以外で唯一顔を合わせられるのが、この通信機能だ。
交渉のため、俺からしようと思っていたが、まさか相手からしてきてくれるとは話が早い。
俺は早速その通信を受けた。
「はいもしもし」
『はっ、人間種族のダンジョンマスター。貴様の怯えがここまで伝わってくるようだっ』
通信を受けた瞬間、目の前に、相手のダンジョンマスターの姿が映り、声が流れてくる。
その相手は、いつの日か見た姿。
緑色の……。
「バッタ……、いや、イナゴ先輩っ」
『誰がイナゴだっ。俺はベールグラスホッパーのダンジョンマスター、断じてイナゴではない』
そこにはイナゴ先輩の姿が映っていた。
本人は否定しているが、しかし、以前のダンジョンバトルの際にも見た姿そのもの。
けれどそんなはずはない。イナゴ先輩は、かつてこのダンジョンに哀れにもダンジョンバトルを挑み、そして幾多の降伏を無視され、既に死んだはずだ。
だがその姿は確かに。
いつどんな時の記憶でも、瞬時に克明に蘇らせることができるダンジョンマスターが、間違えるはずがない。
『それに、俺はつい1年半ほど前に生まれたばかり。100階層ダンジョンの貴様が、俺よりも後に生まれているはずがないだろう』
いや、どうやら種族が同じ、というだけの話らしい。
俺達ダンジョンマスターは、決まってこの世に1万の数が存在している。
誰かが死んで9999になれば、即座に誰かが生まれ1万になる。そんな完璧な存在として。
そして、驚くべきことに、死んだダンジョンマスターの種族と、生まれるダンジョンマスターの種族は、必ず同じである。
上級竜のダンジョンマスターが死ねば、上級竜のダンジョンマスターが。
イナゴのダンジョンマスターが死ねば、イナゴのダンジョンマスターが。
人間のダンジョンマスターが死ねば、人間のダンジョンマスターが。それぞれ生まれるのである。
1万いるダンジョンマスターの種族は、全てバラバラだが、決していなくならない。
それが、完璧と言える所以なのだが……、まさか代わりに誕生するダンジョンマスターが、以前の姿にれほど似ているとは。
もちろん同じ種族のダンジョンマスターが誕生することは、ダンジョンマスターの常識である。俺も知っている。
が、ここまでそっくりなやつが生まれるとは思っていなかった。以前のイナゴ先輩と、このイナゴはあまりにも似ている。瓜二つと言っても過言ではない。
顔も、声も。
それはまるで、同じDNAを持っているような、魂までもが同じのような。
……まあ、イナゴの顔つきや声なんて、判別はつかないので実のところよく分からないが。犬猫の顔も怪しいのに、昆虫はねえ。さすがに。
しかしそれならなんと呼べば良いのか。
先輩ではないし、かと言って半年違いの同年に生まれているわけだから、後輩というほどではない。
「イナゴ……同輩?」
『だからそもそもイナゴではないと言っているだろうっ』
イナゴ同輩はまたしても否定する。
なにをそんなに怒ることが――、は、しまった、今から交渉して、ダンジョンから手を引いてもらわなければならないのに怒らせてしまった。
いや、交渉はここからだ。一先ずは下手に出る作戦でいこう。
へえっ、申し訳ございませんっ、って感じでいこうかな。
「王様っ、アイスお代わりっ。あ、でも次は氷菓子系で」
「私はもっと濃厚なものが良いです」
「じゃあ、モナカ付きのにするわ」
「八つ橋って分類だとなんなのかしら。とりあえず八つ橋1つね」
「うーん……餃子、か?」
「餃子ではないやろっ。ボケが突拍子なさすぎるわ。アホか。あ、うちは白玉な。あんみつもかけてな」
「今交渉中だから、ちょっと待ってて、生成するからするから。静かに、静かにね。……ふぅ。へえっ、申し訳ございませんっ」
『ふん、まあ言い。貴様はもうすぐ死ぬのだからな。図にのった結果、ロキュース王国、テストリャ帝国から戦争を仕掛けられたのだろう? 100階層程度のダンジョンの分際で、運よく撃退できたは良いものの、現在保有しているPは0P。はっ、大敗北じゃないか』
俺が謝ると、イナゴ同輩はそう言って高らかに笑った。
「へえ、そうでございやす。不甲斐なくも大敗北でございまして」
普通、そんなことを言われ、笑われたなら、文句や嫌味の1つも言ってやりたくなるだろう。
しかしそこはさすが人間種族のダンジョンマスター。交渉を成功させるために、俺は己の心など、完璧に律してみせた。
『そして今日はまた、グラファローザ魔王国に挑まれている。あそこの戦力は凄まじい、戦争後のダンジョン修復作業をどこまでできたかは知らんが、0Pになってしまっている現状で対応できるとは思えん。命運は尽きたわけだ』
「流石にクレープ作りはもう疲れたよ。ボクも食べよう、クレープ1つ」
「じゃあ、2つ」
「3つ」
「……4つ?」
「え、なら5つか? 多いな」
「へへへへへ、特大クレープ、6つでお願いしますにゃあ」
「分かった分かった、だから静かに。――え、そんな食うの? ええ……まあ、はい。……ふう。貴方様の仰る通りでございやすっ」
俺はそう言って再び頭を下げる。
見よこの下手に出る演技をっ。完璧じゃないか。
非のうちどころがないほどスムーズだ。まるで普段からやり慣れているように。
ダンジョン内では最も強大で偉大な存在であるダンジョンマスターが、そんなことをする機会はないと思うが、表情も行動も言葉も、息をするようにスラスラと出てくる。いつまでも演技できそうだ。それも、あたかもこれが己の日常であるかのような、完璧な演技だよ。
『だが、曲がりなりにも懸命に、貴様は100階層までダンジョンを築き上げたわけだ。それを戦争で破壊されるのは悔しかろう? だから俺が引導を渡してやろう、魔王国よりも早くなあっ』
「な、なんと。そんな殺生な。貴方様ほどの強大なダンジョンに狙われれ――」
「プリンやゼリーも食べようかな。それらも1つずつお願いします。そう言えばリリトはよく作っているな」
「ん? おお、まあ、別に……暇だしよ」
「……なんかどんどん上達してるよね。……、夢はお嫁さん、って言う人はやっぱ違うね」
「確かに確かに。口調とは裏腹に心はピュアッピュアだものなあ。早くダンマス様ー」
「はいはい。ちょっと待ってね。借金が増えていくよ本当に。……ふう。な、なんと。そんな殺生な。貴方様ほどの強大なダンジョンに狙われればひとたまりもありません。せめて、せめて戦争が終わるまで、待っては頂けないでしょうかっ」
俺は画面に映るイナゴ同輩へ向け、改めてそう言った。
おそらくあちらの画面に映っている俺は、悲痛で悲壮な表情をしているに違いない。なんという演技力。これほどの交渉術をまともに受けたなら、最早俺の要求を飲む以外に道はない。
そして一度要求を飲めば、拒絶の心というものはどうしても弱くなる。次の要求もまた、受けてしまうだろう。
フット・イン・ザ・ドア、そう呼ばれる心理学の初歩的な技術であるが、効果は絶大。どうだっ。
俺は成果を確かめるべく、イナゴ同輩を見た。
イナゴ同輩は口を開く。
『おい、なぜダンジョンバトル中に飯を食っている』
そして、……バレたっ。
「ダンジョンマスター様、お暇でしたらフルーツの盛り合わせと、それからチョコレートフォンデュのセットを出して頂けますか?」
「ミロク、ダンジョンマスター様はお暇じゃないよ。交渉中だよ。セットは出しておくから、静かにやりなさい」
「わらわも参加します。鬱を治すには、甘い物が一番。鬱が治っちゃううううっ」
「そうですわ。陛下、お早く準備を。おーっほっほっほっほっほっ」
「そうだねえ。でも静かに、静かにね。特にホリィ、君は普段そんな風に笑わないでしょ?」
『なけなしのPを使って、なぜ食い物を生成しているっ。ダンジョンモンスターに食い物はいらないだろっ』
「そ、そうなんですけど、でも――」
「旦那様、エクステンドのおかわりをお持ち致します。どうぞ味わってお食べ下さい」
「エクステンドのおかわりとお持ち致しました。どうぞ味わってお食べ下さい。旦那様」
「あ、ありがとう。ですけどイナゴ同輩っ、食べさせないと後で恐ろしい――」
「旦那様。はい、あーん」
「あーん。はい、旦那様」
『イナゴではないっ、ベールグラスホッパーだっ。って貴様あっ、貴様まで何を食べているっ』
「エ、エクステンドです……」
『ダンジョンマスターこそ食い物は――、エクス……? 何だそれはっ』
「わ、分かりません……」
『は?』
「これは一体、なんなんですか……?」
『……』
「旦那様、お早く。あーん」
「あーん。お早く、旦那様」
「あ、あーん。もぐもぐ。……、……分かりません、俺は何を食べているんですかあ」
『分からないものを食うんじゃないっ。おいやめろっやめてやれっ』
「旦那様、あーん」
「あーん、旦那様」
「俺は何を食べて……あ、あーん」
『やめろーっ、貴様本当にダンジョンマスターかっ。ええい、ふざけおってっ。恐怖に怯えていれば、この7つのダンジョンのように俺の賛同者として共に歩ませてやろうかと思ったが、もう貴様は滅ぼすと決めた』
イナゴ同輩は、決意を固めたように、そう宣言した。
そんな、交渉失敗だと? 一体何が原因だったんだ。
「ダンジョンマスター様が、エクステンドに夢中になっていたせいかと思います」
くそう、なんて理不尽なっ。
「ま、待ってくれイナゴ同輩っ」
『イナゴではないっ』
「戦争中のダンジョンバトルは、メリットよりもデメリットが上回るっ。それを知らないわけじゃないだろうっ」
ダンジョンを倒す権利は、誰にでもある。人にも魔物にも、国家にも。そしてダンジョンにも。全ては早い者勝ち。
だからこそダンジョンバトルは、相手が弱っている頃合を見計らって挑むものである。
そのため、戦争中に挑むメリットは大きい。
確かに多少誇りに欠ける行いだが、それは先輩ダンジョンが、後輩ダンジョンに挑む場合くらいで、後輩が先輩にだったり同輩同士だったりでならば、誇りとは無関係だ。
問題ないし、理に適っている。
しかし、実際にダンジョンバトルを戦争中に挑む者はあまりいない。
メリットを上回る、デメリットが存在するからだ。
「攻め入ってきている軍とかち合えば、同じ魔物として倒される。そっちのダンジョンモンスターも多くが討ち取られることになるっ、それでも良いのかっ」
そう、侵入者にとっては、どちらのダンジョンモンスターも、同じく敵である。戦争は数が多くなる分、戦わなければならない回数も、倒される数も増える。それはとてつもなく大きなデメリットだ。
かなりのPの無駄であるという理由ももちろんあるが、最悪の場合、双方の戦力が削られ防衛側が勝利することとてある。
今回のように大きな戦争中は、特に、得策ではない。
『ふっ。そんなことか』
だが、イナゴ同輩は俺の言葉を鼻で笑う。
『問題にもならんな。俺の配下共は魔王国の軍勢などには負けぬし、奴等よりも速く攻略していくこともできる』
そして、自信満々に一蹴した。
「? 魔王国の軍勢の強さは凄まじいと、さっき自分で言ったじゃないか」
『ああ、確かに凄まじい。俺や貴様のような100階層ダンジョンでも、到底太刀打ちできぬ存在がゴロゴロといる。だが、しかし、俺には関係ないのだ。奴等など、俺のダンジョンモンスター共の足元にも及ばんさ』
……どういう意味だ?
強いと言ったのに、関係ない?
イナゴ同輩もまた、俺と同じ100階層のダンジョンだ。ならばその最上の強さもまた、100階層相当。勇者や英雄どころか、Lv180にすら勝つことが不可能な程度。絶大な被害が出ることは確実なはず。なのに……。
ネームドモンスターのLvが高い、ということだろうか。
ダンジョンの魔物のLvは階層に等しい。だから100階層ならLv100。しかしネームドモンスターは全く別で、どの階層でもLv1からのスタートであり、どの階層でもLv上限はない。また、低階層ゆえの制限もあまりない。
確かに高Lvのネームドモンスターならば、勇者や英雄といった存在と渡り合うことはできるかもしれない。
だが、イナゴ後輩のダンジョンは開闢してから、まだ1年と半年だと言う。
そんな短期間で高Lvにまで上げられるものか? それも、100階層の守護者に見合う、生成Pが1000Pの魔物を。100年1000年かかっても、Lv100にならないなんて当たり前の、このダンジョンの世界で。
『考えているな。しかし貴様には分からないだろうよ。そう、貴様のような、誇りのみが重要だと考えている、前時代の遺物にはなあ』
「……なに?」
『くくく、先ほどまでの下手な演技よりも、その怒りの表情の方が、存外似合っているぞ。全くどいつもこいつも、誇りだなんだと、そんなくだらないものに躍らされて死んでいく。考えが古い』
「なんだと?」
誇りは、ダンジョンに生きる者にとって、疑いようもなく一番大事なものだろう。
コイツは何を言っている。
……誇りを第一としない馬鹿者に、交渉は最早無意味だ。作戦を考え直そう。
いや、それならば放置で良いか。
ダンジョンバトルは、侵入した階層と侵入された階層を繋げるもの。だからこそ、戦いが進むに連れ、高階層VS高階層という尋常ならざる者達の戦いになる。
しかし、こちらが一切侵入しなかった場合、繋がるのは1階層のみだ。
『おおっと、貴様はきっと、こちらに攻め込まない気だな? そうすれば1階層のみしか繋がらず、ロクな魔物は送られないとふんで。くはははは、全く、貴様等老害は誰も彼もが同じことを考える』
だが、どうやらその考えは読まれていたらしい。
いや、読まれていたとしても問題ない。なぜなら繋がっている階層からしかダンジョンモンスターは送れない、そして場所ごとに定められたコストを越えるダンジョンモンスターは存在できない。
それは破ることも、曲げることも到底できない。なぜならそれがダンジョンバトルの、いやダンジョンの絶対的なルールだからだ。
『ならば、そのダンジョンモンスターを、自らのダンジョンモンスターにしなければ良い』
しかしイナゴ同輩は、そんな絶対的なルールを破る、まさに悪魔のような方法を口にした。
「――ま、まさか……」
『ほう、察しが良いな。……そう、反乱を使うんだよ』
「……反乱は……、反乱は……、反乱はっ、ダンジョンやダンジョンマスターが、世界のためにもう終わるべきだと判断した相棒が、ネームドモンスターがっ、涙を飲んで行うものだぞっ。悲しみも思い出も全て乗せて、自らの命と引き換えに行うものだっ。それを――っ」
『そう、使っている。攻めることにな。反乱させればダンジョンモンスターにかかる制限は外れ、純然たる力を発揮できる。だから使っている。問題があるのか?』
「問題だとっ? ダンジョンマスターとして、世界の管理者として、調停者としての誇りはないのかっ」
『ふんっ。貴様等はいつもそうだ。二言目には誇り誇りと。そんなもの――塵芥とまとめてゴミ箱にでも捨てて置けっ。貴様は疑問に思わないのかっ? 死ぬために生まれてきたとっ。誰かを成長させるために生まれてきたとっ。世界を管理し、調和し、そうして死ねとっ。そんな生を与えられ、誇らしいと死んでいくことに疑問を思わないのかっ』
「それがダンジョンマスターだっ。俺達が傍若無人に振舞えば、世界が終わるぞっ」
『ならばこんな世界。終わってしまえば良い』
イナゴ同輩は、激しい問答の後、そう、静かに呟いた。
その声は冷たく低く、どこまでも響くような、恐ろしさを含んでいた。
『生まれてすぐ、俺の元には1冊の本が届いた。そこには、たくさんの勲章の授かり方が書いてあった。骸の迷宮をはじめ、使える勲章ばかり。その中に、反乱を可能とする勲章もあった』
イナゴ同輩はかたり始める。
『俺は死ぬのなんて真っ平ゴメンだった。だからその勲章をたくさん取った。そうしてネームドモンスターを反乱させ、侵入者は皆殺しにした。それから、さらに強くするために、反乱させたネームドモンスターをダンジョンから出し、近隣の人や魔物を襲わせた。くははは、奴等、怒り狂って俺のダンジョンにまんまと来たさ。もちろん、そいつらも皆殺しだ』
その言葉には、狂気がこもる。
『その内、俺と同じように本を受け取り、そして同じような戦いをする7つのダンジョンと出会った。今は俺の賛同者となっている奴等だ。くくく、それからは大規模にやったさ。戦争とて、既に2度もな。もちろん勝利したよ。反乱さまさまだ』
「イナゴ同輩……」
『イナゴではないっ。俺はベール……いや。俺達ダンジョンマスターは自らに名を付けないことが多いな。だから相手のダンジョンマスターのことは種族で呼ぶ。種族が被ることはないからな、人間種族のダンジョンマスター。……しかし、俺のことはベールグラスホッパーのダンジョンマスターとは呼ばなくて良い。仲間内では、俺達は自らをこう呼んでいる。悪逆非道のダンジョンマスター、と』
「悪逆非道……、そうか。お前達はダンジョン外にいる、侵入者ではない者達を、わざとダンジョン内へ追い込んだり、引きずり込んだりしてPに変えたり、地形が荒野になるまで大量虐殺を繰り返したというのかっ」
『いや、そこまではしていない』
「戦争の情報を得るために、都市を常時監視したり、魅了して密偵を放ったり、偽の情報を流したりしたというのかっ」
『いや、そこまではしていない』
「戦争を有利に進めるために、国の中枢に乗り込んで王をぶん殴って食料強奪をしてきたり、脅してパーティーを解散させたり、無理矢理転移させて不利な状況に陥らせて倒したりしたというのかっ。許されんぞっ」
『いや、そこまではしていない。それは悪逆非道を越えているだろう』
「……。いや、ギリギリセーフだと俺は思うぞっ」
『いや、越えている』
「……そうか」
『ああ』
俺は2、3度太腿をペシペシ叩くと、その手でそのまま目を覆った。
悪逆非道越えてたかー。
「ともかくっ。そんなこと、断じて許されることではないっ。ダンジョンマスターは誇りを胸に、例え悪の道を行くとしても、それは理不尽な悪ではなく、正しい悪を貫かなければいけないんだっ」
『黙れ老害っ。新しい波はすぐそこまで来ている。それを見ることなく、哀れに死んでいくが良いっ』
ブツン、と映像が切れる。
交渉は失敗。
戦いの火蓋は、切って落とされた。
くそう、まさかダンジョンマスターの中に、あんな風に反乱を使うやつがいるだなんて。
信じられない。到底許されるもんじゃない。
だが、いるのは事実。
そして、こちらに向かってきているのも事実。
「……負けられないのも、事実」
ダンジョンマスターにとって、誇りとは、最も大事なものだ。
それを踏みにじってはいけない。もし踏みにじっている仲間がいるのなら、それを正さなくてはいけない。例え、それが……。
「作戦会議を始める。みなの衆、準備は良いか」
俺は、今までにないほど真剣な声で、玉座の間にいる21人の我が誇りに声をかけた。
すると、ミロクが一番に反応する。
「はい、悪逆非道? のダンジョンマスター様」
……。
「悪逆非道にハテナがついてるけど、なんで?」
「どうやら、悪逆非道と思われる行為を越えていたようなので」
「……そっかー」
……。
マップに、赤い点が21追加された。
どうやら8つのダンジョンから、ネームドモンスターが送り込まれてきたらしい。
ああ、作戦会議、作戦会議をしないと。
「旦那様、ちなみに作戦ですが、現在侵入して来ている敵ネームドモンスター21体は、それぞれの階層で迎え撃つ予定です。転移の罠を仕掛けてありますので、すぐに来ます。そこです、分かります?」
「迎え撃ちましたら、今度はこちらから進軍します。それぞれ2人から5人のグループになって7つのダンジョンを攻略しましたら、魔王国へ行くグループと残る1つのダンジョンを攻略するグループに分かれます。分かりましたか? 旦那様」
……なるほどねえ。
でもあれじゃない?
相手は反乱してくるんだから、1人相手するのって大変じゃない?
それに、ダンジョンバトルは攻略されてる最中の階層のダンジョンモンスターだけが、相手ダンジョンへ行けるって戦いだから、攻略された階層よりも手前の階層のダンジョンモンスターは行っちゃいけないんだよ?
70階層まで侵入されたら、それより前の階層の貴女達は行っちゃいけないんだよ?
「鬱だけど。1人でも大丈夫です陛下。鬱だけど」
「確かにわたくしは60階層守護者ですが、気になさらなくて良いかと。どうしても気になるようでしたら、一旦チヒロやツバキのいる階層に行ってから参りますわ」
……優しいなあ。
でもそのー、最終的にみんな攻めに行くんでしょう?
俺の守りいなくない? マスプロモンスターは残ってるけど、新しいネームドモンスターを送り込まれちゃったら、俺死んじゃわない?
「安心して下さいダンジョンマスター様。そうならないよう、全速力で踏破してきますので」
「大船にのったつもりでいて下されば」
「おっしゃー、やったるぜーっ」
「……あー、知らない人やだなー……」
「ミー姉のところが上級竜で、あとは下級竜だっけ? コントロールして敢えてそうしてるけど、つまんなー」
……。
なんか、食い止める案、ありませんか?
もちろん相手のネームドモンスターを、ではなく、自軍のネームドモンスターを、ですけど。
「なーいっ」
「頑張りましょうっ」
「やったるわよー。あ、ちゃんと見ててよ王様っ。べ、別に見て欲しいわけじゃないんだからねっ」
「魔物相手は面倒だけど、さてやりましょうか」
「持ち場の階層で戦うのも飽きてきたから、攻められるのは良いな。根性っ」
「倒したらどうするんや? 一旦風呂入りに戻るか?」
「勇者とか英雄とか、ああいう人達とはまた別の強さがあるからね。気を引き締めよう。おーっ」
「すぅぅうううーっ」
「――眠りながらの掛け声っ、今のどうやったんですかーっ。教えて下さいーっ」
「えーっと、食べ物にお酒に、備品。宴会の準備もバッチリね。あ、磔用の十字架と薪も用意しておきましたので、良かったらお使い下さい」
「さあて、今回は師匠の見ていない戦いだ。自由に戦うぞ」
「えへへへへ王様っ、このタキノちゃんのあられもない、無様な姿。豚のように鳴く姿を、是非とも見ていて下さいねっ。是非っ是非っ是非にぃぃっ」
21人は明るく談笑しながら、それぞれの階層へ赴く。
そうして戦いは始まり、玉座の間には、俺1人。
静まり返ったここで俺は、エクステンドをまた一口食べた。
「……なんなんだろうな、これ」
お読み頂きありがとうございます。
ブックマーク、評価して下さった方、誤字報告して下さった方、本当にありがとうございます。皆様のおかげで頑張れております。これからもよろしくお願いします。
城の説明部分を直したり、キャラクター紹介を付け足したり、したいことと言いますかやらなければいけないことが残っておりますが、中々思いつかないままここまでやってきてしまいました。申し訳ございません。
ストーリーを進めることも、既存の話を面白く分かりやすくすることも、両方やっていきたいと思っていると、どっちつかずになりてんやわんやとなってしまいます。悪い方向に進むこともあるかと思いますので、その時は、どうか教えて下さるとありがたいです。
お読みいただきありがとうございました。




