第七話「黒竜から戦い方を教わったら短期間で戦闘技術が飛躍的に向上した件について」
〈エリカ視点〉
一族を殺されてから私は自暴自棄になっていた。
家族を殺した冒険者に復讐するために山を下りた時、一人の勇者に翼を切り落とされた。
私はどんな魔物よりも強いと思っていた。
だが、勇者はいとも簡単に私を退けた。
仲間は全て命を落としたが、私だけは生き延びなければならないと思った。
いつか力を付けて人間に復讐するために。
翼を片方失い、飛ぶ事すら出来なくなった私は山に引きこもる様になった。
それから私は山で魔物を狩りながら細々と暮らしていた。
隠れる様に生きていた私の元に一人の男が現れた。
その男は自らをソロモン王と名乗った。
ドラゴンの言葉を理解する男は私を捕らえる訳でもなく、暫く私と共に暮らし始めた。
ソロモンは私を人間に変えたいと言った。
彼は迫害されている魔物を見つけ出しては封印して回っていると言っていた。
私は人間とは信用出来ない種族だと理解していた。
ラインハルトと出会うまでは……。
私は勇者に傷つけられた肉体を癒すための時間が必要だった。
ソロモンは壺の中に入れば安全に暮らせると言ってくれた。
そうして私は暫く精神を落ち着かせるため、傷を癒すためにソロモンの壺に入った。
だが私は騙されていたのだ。
ソロモンはいつまで経っても壺を開けなかった。
壺の外から勇者とソロモンが争う声が聞こえた。
どうやら勇者はブラックドラゴンである私の魔石を狙っていたらしい。
ソロモンが私を壺に封印したのは、誰からも狙われない様にするためだったのだろう。
そうして私は壺の中で眠り続けた。
壺の外からソロモンは何度か話し掛けてくれたが、いつしかソロモンも命を落とした。
壺の中はまるで広々とした森林の様だった。
様々な果物があり、川があり、野原があり。
そんな美しい場所で時々栄養を補給しながら眠った。
再び外に出られる日を願いながら、永遠にも思える時を過ごした……。
一人の若い男が壺に触れた。
弱々しい火の魔力が壺に流れた。
彼の魔力はなんとなく懐かしくて心地良かった。
そして私は外に出た。
ラインハルト・シュヴァルツ。
身長は百七十五センチ程。
黒髪に青い瞳。
私の姿を見て恐れおののいた表情を浮かべたが、若い女を守るために立ちはだかった。
「さぁ、食うなら俺を食え! ただ、この子は見逃してくれ!」
私を見ても逃げ出さす、女を守るために両手を広げた。
口でなら何とでも言える。
私は人間とは信用出来ない生物だと思っていた。
一族を殺された怒りが再びこみ上げてきた。
壺の中の平和な生活で私は恨みを忘れかけていた。
ラインハルトは魔物のために命を差し出すと言った。
彼の瞳には曇りもなかった。
きっと愛する者を救うためなら命を捨てられる勇敢な男だと思った。
彼はなんと料理を始めたのだ。
私に怯えながらも、どうにかして生き延びようと必死に料理を作り始めた。
それは今まで見たどんな人間の姿とも異なっていた。
人間化したゴールデンスライムも心からラインハルトを信用していた。
そして私は彼の料理を食べた。
味が良いだけではなく、彼の優しさが伝わってきた。
初めて人間を信じてみようと思った……。
そして彼は私の過去を聞いた。
瞬間、忘れかけていた人間に対する憎悪の感情が爆発した。
家族を殺され、翼を切られた痛み。
私は思わずラインハルトを攻撃した。
「俺は君を傷付けない! 誓うよ! 俺が君を守る!」
口ではなんとでも言える。
きっとこの男も口だけ達者な人間なのだろうと思った。
私は怒りに任せてラインハルトを吹き飛ばした。
それでもラインハルトは武器すら抜かなかった。
きっと耐えがたい痛みを感じていた筈だ。
私は怒りと悲しみの全てをラインハルトにぶつけた。
ラインハルトは体を切り裂かれても、大量の血を流しても決して反撃はしなかった。
彼は心に剣を持っているのだ。
肉体の痛みによって心が乱される事もない。
なんと気高い人間なのだろうか。
私を守りながら笑顔を浮かべて死んだ父の様だと思った……。
彼の言葉は本当だった。
胸から血を流していても、私に対して悪意すら抱かなかった。
彼は澄んだ瞳で私を見つめ、愛撫する様に私の体に触れた。
まるで母の温かさの様だ。
「エリカ!」
彼が私を命名した瞬間、私は人間に変わっていた。
片翼を失った欠陥品の私ではなく、完璧な人間に生まれ変わったのだ。
これからは人間として彼を支えたいと思った。
口では強がる事しか出来なかった。
ブラックドラゴンである私が心からラインハルトの勇気に感動しているなんて。
恥ずかしくてどうにかなりそうだった。
ずっと恨んでいた人間の中に、これほど魔物の事を想える男が居たのだ。
ラインハルトの力になりたい。
そう思った時、私は剣になっていた。
これからはラインハルトを支えて生きよう。
彼が命を落とせば彼の子孫を守り、寿命が尽きるまでシュヴァルツの一族を守ろう……。
〈ラインハルト視点〉
フローラとエリカと出会ってから訓練の生活が始まった。
冒険者を目指して田舎を飛び出した俺は勇者に頼りきりの生活をしていた。
報酬は少なくても、勇者と共に居れば安全だった。
サポーターとして勇者達の大量の荷物を運んでいた。
ダンジョンの攻略に必要な食料と四人分の荷物を全て持った。
一番重かった時は、鞄の重量が七十キロを超えていた。
だから体力と根性だけは自信がある。
ブラックドラゴンに戻ったエリカに対して炎を放ち、エリカの炎を盾で受ける。
格上の魔物の攻撃を的確に防御する訓練を始めたのだ。
闇払いの盾を使えば何とかエリカの炎を受けられる。
流石にAランクの魔物の訓練は恐ろしい。
だが俺はとてつもなく貴重な体験をしている。
ブラックドラゴンが自ら戦い方を教えてくれるのだ。
魔物を封印し、名付けた時に魔物の魔法を習得出来るが、使いこなせる訳ではない。
魔法本来の威力を発揮するには魔力を上げなければならない。
強力なヘルファイアの魔法も、俺が使用すれば弱々しい炎でしかない。
それでも通常の炎よりは遥かに殺傷能力が高いだろう。
エリカからは火属性の魔法を教わった。
炎の球を飛ばすファイアボール。
前方向に炎を放出するフレイムも繰り返して学んだ。
フローラからは持続的に傷を癒すリジェネレーション。
そして異常状態を治癒するキュア。
闇属性を討つホーリー。
対象を回復させるヒールを教わった。
何度もダメ出しされながら、睡眠時間を削って訓練を続けた。
そして俺達は遂にミノタウロスとの決戦の日を迎えた……。
「いよいよミノタウロスに挑むのだな」
「ああ。今日まで俺を鍛えてくれてありがとう」
「ラインハルトさん、危なくなったら宝物庫に逃げて下さいね」
「大丈夫だよ。十日間もエリカと戦い続けたんだから、きっとミノタウロスにだって勝てる筈だよ」
「それならいいですけど……」
二人から魔法を教わり、自信もついた。
後はミノタウロスに挑むだけだ。
「フローラ、エリカ・武装!」
フローラが闇払いの盾に変化し、エリカが黒竜刀に変化した。
左手に金色の盾を持ち、右手で黒い金属から出来た支配者級の刀を引き抜く。
刀から爆発的な魔力が体内に流れ込んでくる。
闇払いの盾を大理石の壁に向けた瞬間、真鍮製の扉が現れた……。