第六十五話「久しぶりにフローラと二人きりで過ごす時間が出来たので、ゆっくり語り合おうと思う」
疲れ果てた様子のフローラが力なくもたれ掛かってきた。
彼女はケットシー相手に今まで料理を振る舞っていたのだとか。
「ラインハルトさん……もうくたくたです……」
「よく頑張ったね。こんなに遅くまで働かなくて良かったのに」
「いいえ、可愛らしいケットシーさん達を見ていたら、ついお世話をしたくなりました」
「その気持ちはちょっと分かるかも」
「やっぱりそうですよね。私、この村が好きなのかもしれません。ダンジョンの中じゃなくて、こんな素敵な村で生まれたかったですよ」
フローラが明るい笑みを浮かべると、思わず俺まで笑顔になる。
彼女は不思議と周囲を和ませ、他人を幸せにする力を持っている。
「ラインハルトさん、アナスタシアさんはお風呂ですか?」
「そうだよ」
「それじゃ、私はアナスタシアと一緒にお風呂に入ります。あの……私がお風呂から戻るまで、眠らずに待っていて貰えませんか……? 今日はラインハルトさんとお話する時間が少なかったので……」
「勿論良いよ」
「はい! それではすぐに戻ります!」
「ゆっくりで良いからね」
疲れていても柔らかい笑みを浮かべる彼女は、やはり一緒に居て気分が良くなる女性だ。
「ラインハルト、レーネはシーク酒の中のシュルスクが食べたい!」
「それじゃ少しお酒を飲みながら待とうか」
それから俺は部屋の隅にあるソファーに座った。
天井付近に浮かぶ火の魔石が室内をぼんやりと照らしている。
この家にも愛着が湧いてきた。
小さなソファに座ると、エリカとレーネが俺の両隣に腰を掛けた。
二人掛けのソファーだが、こうして三人で座る事もある。
レーネとエリカが密着すると、二人の胸が俺の体に当たった。
フォークでシーク酒に浸っているシュルスクを刺し、レーネに食べさせる。
彼女はなかなか甘えん坊なので、俺から食べ物を貰う事が好きな様だ。
そんな様子をエリカは不満そうに見つめている。
「ラインハルト、私にもシュルスクを食べさせるのだ」
「どうぞ」
エリカに小さな赤い果実を食べさせる。
じっと俺の目を見つめながら、恍惚とした表情を浮かべて果実を飲み込む。
間近で見れば見る程美しいので、思わず恥ずかしさを感じる。
暫くするとフローラ達が戻ってきた。
いつも通りバーカウンターに座って貰い、両手から熱風を放出して髪を乾かす。
室内の温度が一気に上がるので、御者台に続く扉を開いて換気する。
外からはギレーヌの愉快そうな笑い声とケットシー達の歌声が聞こえてきた。
誰かが楽器を弾いて歌を歌っているのだろう。
この様子ならギレーヌは朝まで飲むに違いない。
一週間はシュターナーで骨休み出来るのだ。
久しぶりの休暇を満喫するとしよう。
俺はフローラと共に馬車の家を出ると、二人で辺りを散歩する事にした。
アナスタシアは何やらレーネに読み聞かせをしている様だ。
エリカはそんな二人を楽し気に見つめている。
夜の村をフローラと共に歩く。
思えば彼女が居なければ俺はダンジョンの中で命を落としてた。
ファッシュから追放された俺を見つけてくれた彼女には感謝してもしきれない。
「フローラ、ダンジョンで俺の事を見つけてくれた日の事を覚えてる?」
「はい、今でもはっきりと思い出せますよ。私の人生が変わった日ですからね……」
「俺も、フローラと出会えたから今生きてるんだ。もしフローラと出会えていなかったら、俺は確実に魔物に殺されていたと思うんだ」
「私との出会いがラインハルトさんにとって良い出会いだったなら、私はそれほど幸せな事はありません……」
「フローラと出会えて良かったと思ってるよ。いつも俺を支えてくれてありがとう」
「私もです。ラインハルトさんが世界を見せてくれたんですから。ラインハルトさんと出会えなかったら、私は薄暗いダンジョンの中で一生を終えていたでしょう。ですが、こうして美しい木を見られるのも、自然の中で皆さんと共に楽しい時間を過ごせるのも、ラインハルトさんが私を封印してくれたからなんです……」
フローラが俺の手を握ると、大きなエメラルド色の瞳を輝かせて俺を見上げた。
腰まで伸びた金色の髪が美しく、透き通る様な声はいつまででも聞いていたくなる。
フローラの容姿は完璧に好みだし、性格も好きだ。
「最近はエリカさんと仲が良いみたいですし……私、ちょっと心配なんです。ヘルガさんとエステルさんもパーティーに加入して、どんどん可愛い子が増えると、ラインハルトさんは私の事なんて構ってくれなくなるんじゃないかって……」
「そんな事はないよ。俺はみんなと過ごす時間を大切にしたいし、フローラの事もちゃんと見てるから」
「そうですよね。ラインハルトさんは皆に平等に優しい人ですから。それは良い事でもあるんですが、時々もどかしくも思います。やっぱり私って独占欲が強い女なのでしょうか……」
「俺は皆の主でもあるから、誰か一人だけのものって訳にはいかないけど。皆を平等に好きでいたいと思うよ」
「仕方がない事ですよね。私達はラインハルトさんの召喚獣ですから。平等に扱って貰うのが当然です。でも……でも私がもし普通の人間として生まれていたら、きっとラインハルトさんを独り占めしていたと思います。一人の女性として……」
彼女達が魔物ではなく、本物の人間だったら。
普通に出会って普通に恋をしていた筈。
だが俺は人間で、仲間は魔物なのだ。
結婚も認められていない訳だし、関係が進展する事は難しい。
それでも一緒に居る事は出来るし、お互いを愛する事も出来る。
人間の恋愛に当てはめる必要はない。
ただお互いを好いていて、共に居られるならそれで良い。
魔物的に考えれば結婚という手続きは一切必要ないのだ。
だから俺が本気で魔物娘に恋をすれば、自由に恋愛をすれば良い。
相手が魔物だから愛してはいけない、などという決まりはない。
「そろそろ家に戻ろうか」
「そうですね。本当はずっとこうして二人きりでお話をしていたいです……」
「いつも一緒に居られるでしょう?」
「はい! 私はラインハルトさんの盾でもありますからね。どんな時でもラインハルトさんを守れる女になりたいです」
「いつも俺を支えてくれてありがとう」
「どういたしまして」
フローラが今日一番の笑みを浮かべると、俺は彼女の頭を撫でた。
細い金色の髪が何とも美しい。
しっかり手入れされた艶のあるロングヘア。
前髪はセンターで分けており、横顔は綺麗なEラインを描いている。
小顔だが目はくっきりと大きく、まつ毛は驚く程長い。
時々あまりにも整いすぎている彼女の横顔に見とれる事がある。
センター分けがここまで似合う女性はフローラ以外に見た事はない。
「ラインハルトさん……そんなに見つめられては恥ずかしいです……」
「ごめんごめん、ついフローラが可愛いから見とれていたよ」
「嬉しいです。いつも私だけを見て下さいね」
彼女は恥じらいながら俺の手に触れ、上目遣いで俺を見上げた。
やはり聖属性を秘めるフローラは他人を癒す事に特化しているだろう。
一緒に居るだけで心が和み、穏やかな気分になれる。
「明日からはこの村で暫く骨休みだね。休暇なんて随分久しぶりな気がするよ」
「そうですね! あ、明日はシュルスクのパイの焼き方を教えて下さいね!」
「勿論、レーネとも約束してるからね。明日の朝にパイを焼こうか。ベアトリクスも戻って来る筈だから、彼女とも仲良くなれる様に一緒に食事をしてみようと思うんだ」
「それは良いですね。ベアトリクスさんは私と正反対の属性を持つ方ですが、何だか悪質な魔物とは思えませんでした」
「デーモンは契約次第で何でもしてくれる便利屋みたいなものだからね。基本的にお金にならない事は殆どしないし、一般的な人間に敵対する魔物の様に、無差別に人間を襲ったりもしないんだ」
「そうだったんですね。道理ですぐに戦いを止めた訳です」
デーモンのベアトリクスは案外話が分かる悪魔なので、是非仲間に引き入れたい。
勿論、俺の仲間になるなら殺人などの依頼は受けない様にして貰いたいものだ。
それから俺はフローラと共に家に戻り、仲間達と共に眠りに就いた……。




