第五十二話「食事も済んだので、久しぶりに魔物娘達と風呂に入ろうと思う」
食事中に視界にステータスが映った。
『Lv.45 Cランク・ケットシー 好感度:20%』
レベル45のケットシー。
熊鍋を食べた冒険者達は俺達に何度も礼を言い、石の家を出た。
今日は近くで野営をするそうだが、ケットシーの傍に居たくなかったのだろう。
ブラックベアから目を付けられているケットシーと行動を共にすれば自分達も襲われる。
きっとそう思って俺達から離れたに違いない。
「ラインハルト君、君は炎の精霊なの?」
「いや、俺は変化魔法でイフリートの姿になれるだけだよ」
「そうだったんだ……ラインハルト・シュヴァルツってどこかで聞いた事があると思ったら、ソロモン王から加護を授かった冒険者だって思い出したよ。確か魔物を人間に変える力を持っているんだよね」
「ああ、俺の仲間は人間にしか見えないけど全員魔物なんだよ」
レーネが寂しそうに俺に抱き着いた。
たれ目気味の茶色の瞳に涙を浮かべ、俺を見上げている。
「ラインハルト……レーネは肉が嫌いだから……食べる物がないの」
「あっ! そうだった……ごめんごめん。すぐに何か作るからね」
「うん!」
慌ててレーネのご飯を用意する。
余っていた豆腐で湯豆腐を作ろう。
土鍋を火の魔石の上に置き、水の魔石を使って水を満たす。
それから火の魔石に魔力を込めて加熱。
昆布と豆腐を入れて煮込みながら、タレを用意する。
長ネギをみじん切りにし、醤油をかけて完成。
レーネはベジタリアンなので、普段はこうして一人分違う料理を作る。
エリカやギレーヌは肉食だから、レーネが食べる料理には殆ど興味がない。
アナスタシアは野菜中心の食事を好むので、時々レーネと同じ料理を食べる事がある。
フローラは基本的にどんな料理でも良いらしい。
一番手間が掛からず、仲間のために料理を作れるのでいつも助かっている。
「湯豆腐だ! ありがとう、ラインハルト!」
「どういたしまして。レーネの料理を忘れていてごめんね。今日は忙しかったから、うっかりしていたよ……」
「いいの。本当は皆と同じ料理が食べたいけど、レーネは草とか果物を食べて育ったから。ちょっと苦手なの」
「仕方がないよ。俺だってギレーヌが好きなゴブリンの丸焼きは食べられないし」
「それはレーネも嫌いだよ。怖いもん。気持ち悪いし」
レーネは俺の膝の上に乗り、嬉しそうに湯豆腐を食べ始めた。
アナスタシアは部屋の隅に石の風呂を作っている。
それからギレーヌが馬車を力づくで引っ張り、家の中に入れた。
一体どれだけ力が強ければ馬車を牽けるのだろうか……。
ブラックベアとの戦いでも当たり前の様に敵をねじ伏せていた。
Cランクのブラックベアがギレーヌ相手に手も足も出なかった。
流石に長年ゴブリンロードと戦い続けていた歴戦の戦士なだけはある。
「アナスタシア、家の中に風呂を作るなんて気が利くな」
「そうじゃろう? わらわ達は随分狭い家で移動を続けていたからの。今日は広い風呂にでも使って疲れを取りたいのじゃ」
エリカがアナスタシアを褒めると、アナスタシアが獣人化して俺に抱き着いた。
「ラインハルト、今日はわらわと一緒に風呂に入ってはくれんかの……?」
「え……? 一緒に!?」
「うむ。たまにはラインハルトと一緒に風呂に入りたいのじゃ……それとも、お主はこんなに小さな狐に一人で風呂に入れと言うのかの?」
「いや……小さくないよね……」
獣人化したアナスタシアは九本の尻尾を振り、俺の顔に頬ずりをしている。
モフモフした銀色の体毛を触っていると気持ちが落ち着く。
「な、なななな何を言っているのだ!? この性悪狐! ラインハルトと一緒に風呂だと……? そんな事はこの私が許さん!」
「これこれ、エリカや。お主も一緒に入りたいならそう言えば良いじゃろう? わらわ、以前にもお主に言ったが、お主は素直な時の方が可愛いのだぞ……?」
「ラインハルトと一緒に風呂……? べ、別に入りたくないわ! だ、だだだけど、お、お前がラインハルトに何をするか分からないからな! 仕方がないから一緒に入ってやる!」
「全くお主は素直ではないのじゃな。じゃが、そんなお主もまた可愛いぞ……」
「か、可愛い……? うるさいうるさい! この性悪狐め……私のラインハルトをどうするつもりなのだ!?」
エリカがアナスタシアを睨みつけると、ギレーヌがエリカの肩に腕を回した。
すっかり酔いが回り、上機嫌になった褐色の美女がエリカの頭を撫でている。
「それじゃあたしも一緒に入るぞ。ラインハルト、あたしの背中を流してくれないか?」
「結局皆一緒に入るのか……」
「なんだぁ? お前さん、こんな美女が風呂に誘ってやってるのに不満そうじゃねぇか。お前さん、本当は女なんじゃないのか? 以前から不思議に思ってたが、美少女に囲まれながら暮らしているにもかかわらず、誰にも手を出さねぇんだから不思議な奴だ」
「うるさいな……分かったよ、一緒に風呂に入れば良いんだろう!?」
俺達のやり取りを聞いていたエステルが恥ずかしそうに顔を隠している。
「ラインハルト君って女好きなんだね……」
「いやいや、そういう訳じゃないから! 何を言ってるんだ、エステルは」
「だって、こんなに綺麗な人達と旅をしているんでしょう? 本当に凄いよ……君は。魔物だって愛せる特殊な性癖の持ち主なのかな?」
「おいおい、今サラっと俺の性癖がどうとか言ったな? 確かに俺の仲間は魔物だけど、人間化すれば普通の女の子なんだよ。だから決して俺が魔物好きとかそういう訳じゃないんだ!」
「へぇ……だけどこんな僕にも優しくしてくれるんだから、やっぱり君は魔物好きなんだよ。それとも獣人の事が好きなのかな? 確か……人間の間ではケモナーって言うんだよね」
俺がケモナー?
まさか。
エルテルは何を言っているんだ。
「ラインハルト君、さっきの冒険者達、一度も僕の事を見てくれなかったんだよ。獣人ってさ、昔は奴隷だったんだよね。人間からすれば道具でしかなかったんだ。だから今でも僕達獣人をゴミの様な目で見たり、道具扱いする人間も居るんだよ」
「確かに、一度もエステルと話さなかったよな……」
「うん……僕はシュターナーを救える冒険者を探すためにイステルを目指していたんだ。この二日間で何人かの冒険者と出会ったけど、誰も僕達の村を救ってくれるなんて言わなかった。だけど、君は見ず知らずの僕を助けてくれるだけじゃなくて、こうして料理まで作ってくれて……僕を受け入れてくれた……」
黒い体毛に包まれた小さな手で涙を拭うと、俺は改めてエステルの言葉を考えた。
エステルはブラックベアを討伐出来る冒険者を探していたのだ。
だが冒険者達は誰もエステルの村を救おうとはしなかった。
俺は普段から魔物娘達に助けられて生きている。
だから困っている魔物が居ればいつでも救うつもりだ。
それがソロモン王から加護を授かった俺の使命だとも思っている。
アドリオンに居た頃は自分の使命なんてはっきりとは自覚出来なかった。
だがソロモン王は俺の性格を見抜き、使命を与えてくれた。
俺はミノタウロスからゴールデンスライムを守り、宝物庫に到達した。
魔物を守るために命を懸けられる人間だけがソロモンの指輪の使用を許可される。
そうして俺は千年ぶりにソロモン王の力を現世に復活させた。
この力はエルテルの様な自分達では問題を解決出来ない魔物のために使う。
きっとソロモン王は俺が魔物を守れる人間だと理解していたのだろう。
だから傷付いたエリカを任せるため、壺に彼女を封印していた。
いつの日か、エリカの面倒を見られる冒険者に託すために……。
「エステル、俺が君の村を救うよ。だからもう泣くな」
「ありがとう……ラインハルト君……」
エステルは暫く泣き続け、アナスタシアはそんなエステルを慰めていた。
エリカが風呂を沸かすと、結局俺は彼女達と共に風呂に入る事になった……。




