第五十一話「困っている黒猫を助けたら熊鍋を作る事になった件について」
イステルを出発してから二週間が経過した。
クロノ大陸中部に位置する王都ファステンバーグを目指して移動を続ける。
相変わらず俺は魔物娘達の世話と戦闘訓練の毎日を過ごしている。
ギレーヌが加入してから、パーティーの戦闘力が格段に上昇した。
俺はギレーヌから武器を使った戦い方を教わっている。
魔法の練習も欠かさず行い、アナスタシアからは防御魔法を教わっている。
フローラからは回復魔法、エリカからは火属性攻撃魔法を教わる事にしている。
レベルは遂に40を超え、武装の力も状況に応じて使い分けられる様になった。
離れた場所に潜む敵には風の弓で敵を射貫く。
敵の攻撃は闇払いの盾で防ぎ、黒竜刀で敵を切り裂く。
妖狐の魔装は戦闘時には常に着用する。
そして防御力が高い敵は鬼鎚で叩き潰す。
今日も王都を目指して馬車を走らせていると、馬車の前に一体の魔物が立ちはだかった。
黒い体毛に包まれた体長百三十センチ程の猫。
あれはケットシーだろうか。
確かCランク、水属性と氷属性の使い手だった筈だ。
「ラインハルトさん、小さな猫さんが飛び出してきましたね」
御者台からフローラが不思議そうにケットシーを見下ろす。
二足歩行する黒猫はどこか怪我をしているのか、馬車の前で力なく倒れた。
「大丈夫か!?」
慌てて御者台から降り、ケットシーの体を抱き上げる。
革のメイルを身に着けているが、背中が切り裂かれている。
魔物の襲撃にでも遭ったのだろうか。
左手に聖属性の魔力を込め、患部に対して魔法を放つ。
「ヒール」
聖属性の魔力を放つと、金色の光が傷口を癒した。
ケットシーは意識を取り戻すや否や、慌てて周囲を見渡した。
「あれ……? ブラックベアは!?」
「え? ブラックベアって?」
瞬間、深い森の奥から巨体の魔物が姿を現した。
体長三メートルを超えるCランク、火属性のブラックベア。
非常に獰猛で、人間や魔物を集団で襲う。
ブラックベアの襲撃に遭って命を落とす冒険者も多い。
フレイムとファイアボールの魔法を得意とする魔物。
「冒険者様! 逃げて下さい! 僕はブラックベアに追われているんです!」
ケットシーが青い瞳に涙を浮かべると、俺は彼の頭を撫でた。
すると、俺達の馬車を取り囲む様に五体のブラックベアが現れた。
久しぶりに高ランクの魔物と戦えるという訳か。
「大丈夫だよ。ブラックベア程度の魔物には負けないから」
「え? ブラックベア程度……?」
ブラックベアが馬車を取り囲んでいても、エリカは退屈そうに敵を見下ろしている。
ギレーヌはメイスを持ち、御者台から飛び上がって俺の隣に着地した。
フローラは怯えながらユニコーンの杖を握っている。
アナスタシアは涼しい表情を浮かべ、敵の出方を伺っている。
「ラインハルト! あたしと勝負しないか?」
「勝負?」
「うむ。どっちがブラックベアを多く仕留められるかだ。あたしはこの姿で戦うぞ。ラインハルトはどうするんだ?」
「そうだな……俺は変化を使おうか」
「あたしが勝ったら次の街で一週間酒を飲み続けるからな。勿論酒代はお前さんのおごりだ」
「いつも飲んでるくせに。まぁ良いよ、俺が勝ったらギレーヌはブラックベアを解体する事。今日は熊鍋にしよう」
「よし、決まりだな」
アナスタシアは怯えるケットシーを抱きしめながら俺に微笑みかけた。
「修行の成果を見せてくれるかの?」
「ああ!」
脳裏にイフリートの姿を想像する。
ケットシーを襲うブラックベアが居るなら駆逐するまでだ。
「メタモールファシス!」
瞬間、肉体が炎に包まれ、体長三メートルを超える炎の精霊に変化した。
それからエリカに対して右手を向ける。
「エリカ・武装!」
瞬時にエリカを黒竜刀に変化させ、鞘から刀を引き抜く。
同時に刀に火の魔力を注ぎ、刃に炎を纏わせる。
ブラックベアに対して全力の水平切りを放ち、敵の肉体を真っ二つに切り裂く。
イフリートの並外れた筋力が可能とする力ずくの剣技。
ギレーヌは既に二体のブラックベアを仕留めている。
戦いながらも左手でウィスキーを呷り、右手に持ったメイスでブラックベアを強打する。
静かな森に骨が砕ける音が響くと、ケットシーが呆然と俺を見上げた。
人間だと思っていた相手がイフリートに変化すれば、誰でも驚くだろう。
残る二体のブラックベアが逃走を始めた瞬間、俺は翼を開いて飛び上がった。
借りるぞ……酒呑童子の魔法。
上空に左手を上げ、雷雲を作り上げる。
「サンダーボルト!」
ブラックベアに対して雷撃を落とし、敵の肉体を爆ぜる。
俺が二体目を仕留めた瞬間、ギレーヌが最後のブラックベアを討伐した。
「あたしの勝ちだな! だが、戦闘中にあたしの魔法を使ったのは良い選択だった。次の街に着いたら一週間飲み続けるぞ」
「それは良いけど、今日は熊鍋にしたいからブラックベアを解体してくれるかな?」
「任せておけ」
こうしていつも通り、俺達に襲い掛かる魔物は徹底的に打ちのめす。
「エリカ・武装解除」
エリカを人間の姿に戻してから、俺も変化を解除する。
ケットシーは俺の戦いに感動したのか、目に涙を浮かべながら俺の手を握った。
「炎の精霊様! どうか僕達の村をお守り下さい!」
「え? ケットシーの村?」
「はい! この近くにあるシュターナーの村です! 精霊様の力を貸して下さい! 僕達ケットシーはブラックベアの群れに目を付けられているんです」
「いや……その前に俺は精霊じゃないんだけど。ブラックベアに村を襲われているのか……そういう事なら俺達が力になろう」
「ありがとうございます! 僕はケットシーのエステルです!」
「エステル? 男の子じゃなかったんだ。俺は冒険者ギルド・レッドストーン所属、サポーターのラインハルト・シュヴァルツだよ」
「サポーターなのにブラックベアを一撃で倒せるなんて凄いです! ラインハルト君って呼んでも良いですか!?」
「ああ、構わないよ」
二足歩行する黒猫が嬉しそうに尻尾を振ると、俺達は早速熊鍋の準備を始める事にした。
ギレーヌはブラックベアを解体し、エリカは周囲の探索に出かけた。
丁度肉料理でも食べたいと思っていたところだったので都合が良い。
暫くすると冒険者の集団が通りかかった。
剣士が二人とサポーター、若い女の魔術師で構成されている四人パーティーだ。
男三人に女一人。
これは女性メンバーの取り合いになりそうな構成だ。
「ブラックベアか! 珍しい魔物を討伐したんだな」
「はい、どうやらこの辺りに出没するらしいですよ」
「俺達はイステルからファステンバーグを目指しているんだ。良かったら肉を買い取らせて貰えないか?」
巨大な鞄を担いだサポーターが俺に提案すると、俺は肉をいくらか分けた。
「これから熊鍋を作るので、良かったら一緒にどうですか?」
「本当か!? そいつはありがたい! 俺達にも何か手伝わせてくれ!」
こうして俺達十一人は早速熊鍋の準備を始めた。
ギレーヌと剣士の二人が慣れた手つきでブラックベアを解体。
フローラは鍋に水を入れ、だし昆布を浸して加熱している。
小さく切ったブラックベアの肉を鍋に入れ、じっくりと煮込む。
だし昆布を鍋から出し、ひたすらアクを取り除く。
アナスタシアは石の魔法で家を作り、エステルを家に招き入れた。
人間の姿に戻ったレーネは俺と共にアクを取り続けている。
暫く煮込んでから鰹節を投入。
それから弱火でコトコト四時間煮込む。
熊鍋の完成を待ちながら、新たに出会った冒険者達と交流する。
ケットシーの村はここから歩いて二日の距離にあるらしい。
冒険者パーティーのリーダーは二十五歳の剣士。
名前はカイ・ユルゲンと言うらしい。
ギレーヌはすっかり出来上がっているのか、サポーターと共に酒を飲んでいる。
彼を見ていると、何だか昔の自分を見ている様で懐かしい。
かつては大量の荷物を担ぎ、徒歩で勇者達の荷物を運んでいた。
今は馬車があるから荷物を背負って歩く必要もない。
四時間経過した熊鍋に味噌、酒、醤油を入れる。
下ゆでした大根とゴボウを炒めてから鍋に投入し、再びじっくりと煮込む。
最後にネギ、ぶなしめじ、焼き豆腐を鍋に入れ、しっかりと野菜に火を通して完成。
「どうぞ皆さん召し上がって下さい」
お椀に熊鍋を盛って仲間達に配る。
エリカが熊鍋を食べると、彼女は目を輝かせて俺を見上げた。
「ブラックベアの肉はそのまま食べれば生臭くて不味いが、こんなに旨い料理は久しぶりに食べたぞ! 味噌と醤油の風味が堪らないな! それに肉も柔らかい。これはいくらでも食べられそうだ!」
「旅の生活でまともな物を食べていなかったからね」
「ラインハルトさん……熊鍋美味しいです。おかわりを貰っても良いですか?」
「ああ、沢山食べるんだよ」
冒険者達と共に、寒い石の家で熊鍋を囲む。
酒を飲んで語り合っていると、エステルの表情も次第に柔らかくなってきた。
明日からエルテルの故郷であるシュターナーを目指す。
今日は英気を養い、旅の生活で蓄積した疲れを取る事に専念しよう……。




