第四十五話「酒呑童子を封印したら褐色の年上美女に変化するなんて誰が想像出来た?」
それから暫くエリカが大暴れし、グレートゴブリンとゴブリンの群れを殲滅した。
逃げ纏うゴブリンは火炎で燃やし、グレートゴブリンは尻尾で叩き潰す。
圧倒的なエリカの強さに衛兵も冒険者も言葉を失っている。
まずは仲間の武器化を解除しよう。
「アナスタシア、ギレーヌ・武装解除」
そしてレーネとエリカを人間化する。
「レーネ、エリカ・封印」
仲間達を人間の姿に戻すと、全裸のギレーヌが慌てて体を隠した。
「あたしが人間になったのか……? これがあたしの体なのか……?」
「そうだよ。勿論、いつでも酒呑童子の体に戻せるけど」
「いいや、あたしは人間のままで良い。ずっと人間に憧れていたんだ。あたしはオーガでもない、人間でもない中途半端な存在だった。これからは人間として生きる事にするぞ」
褐色の肌をした年上の美女が恍惚とした表情を浮かべて俺を見つめている。
身長は俺の方が若干高い。
アナスタシアよりも豊かな胸を隠し、人間になれた事を心から喜んでいる様だ。
冒険者がギレーヌに服を渡すと、彼女はすぐに服を身に着けた。
衛兵長のロイスさんをはじめとする衛兵が一斉に跪いた。
冒険者達もオーガに対する敬意を抱いているのだろう、俺達を見つめて頭を下げている。
「シュヴァルツ様! この度はイステルを防衛して下さり、誠にありがとうございます。私達は長年、ゴブリンロードの脅威に怯えて暮らしていました。ゴブリンロードを討伐し、オーガとの親睦を深める機会を与えて下さったシュヴァルツ様には感謝してもしきれません」
「皆さん、どうか頭を上げて下さい。今回は俺達全員で力を合わせたからゴブリンの軍団を撃破出来たんです。そして酒呑童子とオーガが俺達人間を守るために敵の攻撃を受けてくれたからこそ、俺達は何とか生き延びる事が出来たのです。酒呑童子はオーガと共に、イステルを襲撃する魔物狩り続けていました。これからは彼等に対して心を開き、イステルで共に暮らしていく未来を創って頂ければ嬉しいです」
「オーガ達と暮らす未来ですか……しかし、シュヴァルツ様はなぜそこまで魔物の事を想って行動出来るのですか!?」
「恥ずかしい話ですが、俺は魔物達に支えられて生きています。俺一人ではゴブリンロードに立ち向かう事は出来なかったでしょう。確かにオーガ達の見た目は恐ろしいですが、人間思いの良い奴らなんですよ」
正門からは続々とイステルの市民達が出てきた。
彼等もまたオーガ達を歓迎したいのだろう。
ヴィルフリートとイザベラも戦いに参加していた様だ。
サシャとビアンカ、そして剣士の姿もある。
彼らは五人のパーティーとして戦っていたのだろう。
サシャはゴブリンの攻撃を体に受けたのか、胸部から血を流して顔を歪めている。
ビアンカは目に涙を浮かべ、サシャの傷の手当てをしている。
この調子ならビアンカとサシャはすぐに親しい仲になれるだろう。
エリカは俺の手を握り、嬉しそうに微笑んでいる。
今回も彼女に助けられてしまった。
だが、ゴブリンロードは俺とギレーヌで仕留めた。
勇者パーティーを追放された落ちこぼれの俺が、Bランクの魔物を仕留めたのだ。
それからイステルの市長が現れると、俺はゴブリンロード討伐の報酬を受け取った。
討伐報酬は300万ゴールド。
そしてイステルを守り抜いた事に対する特別報酬が100万ゴールド。
俺はこの100万ゴールドをオーガ達に配った。
「市長、今回の戦いでオーガが人間に友好的な種族だと証明出来た筈です。是非、イステルにオーガを招き入れ、共に暮らす事を検討して頂けませんか?」
「オーガの皆さんをイステルにですか……? Cランクのオーガが街を守るためにイステルに滞在してくれるならありがたいのですが……果たして彼等は私達人間と共存する事を望んでいるのでしょうか?」
「はい、既に意思を確認しました。オーガ達はイステルでの生活を望んでいます」
オーガ達が俺に近付いてくると、人間としてイステルで暮らしたいと主張してきた。
俺は一体ずつ命名し、全てのオーガを人間化した。
元々オーガは人間に近い容姿をしている。
赤い皮膚の色は僅かに薄くなり、頭部に生えていた二本の角が消えた。
そして筋肉が萎み、身長は二メートルから百八十センチ程に縮まった。
「オーガが人間に……? シュヴァルツ様、これはどういう事ですか!?」
「俺はソロモン王から授かった力によって魔物を人間に変える事が出来ます。市長、人間化したオーガ達がイステルで暮らす事を許可して頂けますか?」
「勿論ですとも! Cランクの魔物の力を借りられるのですから、こんなにありがたい事はないですよ。オーガの皆さんをイステルに歓迎致します」
人間化したオーガ達がイステルに入ると、市民達は新たな住人を歓迎した。
ギレーヌは寂しそうに子分達の背中を見つめ、俺の肩に手を置いた。
「あたしを仲間に入れてくれるんだろう? ラインハルト」
「勿論。歓迎するよ」
「ブラックドラゴンにウィンドホース、それから人間が三人のパーティーか」
「いや、人間は俺だけだよ。アナスタシアとフローラも魔物なんだ」
「何だって? こんなにか弱そうな女が魔物だと?」
「ああ。本当の姿を見てみるかい?」
「そうだな。是非見せてくれ」
アナスタシアとフローラが小さく頷くと、俺は二人に両手を向けた。
「フローラ、アナスタシア・封印解除」
瞬間、体長五メートルを超える九尾の狐と、小さなゴールデンスライムが現れた。
久しぶりにフローラを元の姿に戻した気がする。
体長二十五センチ程の金色のスライム。
可愛らしいゴールデンスライムがプルプルと震えながら俺を見上げている。
フローラを抱き上げると、彼女は心地良さそうに目を瞑った。
「わらわが再び元の姿に戻る日が来るとはの。ラインハルト、この姿と人間の姿、どちらがお主の好みなのじゃ?」
「俺はどっちのアナスタシアも好きだよ。勿論、獣人の時のアナスタシアも好きだ」
「そうかそうか、お主は誠に優しい男じゃ」
銀の体毛に包まれた巨体の狐が咆哮を上げると、周囲に潜んでいた魔物が逃げ出した。
九本の尻尾を嬉しそうに振り、巨大な舌で俺の顔を舐める。
普段はおしとやかな少女にか見えないが、これがアナスタシアの本当の姿なのだ。
「フローラ、アナスタシア・封印」
再び二人を人間化する。
ギレーヌはアナスタシアの正体を知って腰を抜かしている。
「Aランクの魔物を二体も従えるとは……お前さんは一体何者なんだ?」
「俺はCランクのサポーターだよ。魔物達を支えながら暮らしている」
「あたしの主に相応しい男という訳だな。ラインハルト、今日は朝まで飲むぞ。あたしは三度の飯より酒が好きでな。勿論、酒代はお前さんが払うんだぞ?」
「ああ、それくらいは構わないよ」
「よし、そうと決まれば人間の酒場に行こう! 今日は浴びる程酒を飲んでやる!」
ギレーヌが俺の肩を抱くと、俺は人間化した彼女の力強さに関心した。
姿は変わっても酒呑童子の頃の筋力を引き継いでいるのだろう。
まずは今日の勝利を仲間達と共に祝おう。
それから俺達はイステルに入り、デニスさんの酒場で宴を開く事にした……。




