第四十四話「酒呑童子と共にゴブリンロードとの戦いに勝利を収め、王都までの旅を再開しようと思う」
遂にゴブリンロードとの決戦の時が来た。
体長三メートルを超える、黒い鎧に身を包んだゴブリンの支配者。
手にはクレイモアを持っており、通常のゴブリンよりも遥かに筋肉が発達している。
緑色の肌には切り傷がいくつも付いており、酒呑童子と俺を交互に睨みつけている。
「酒呑童子、この戦いに勝利を収め、イステルでの生活を取り戻すんだ!」
「そうだな……ラインハルトが居れば今日はこいつに勝てそうな気がするぞ」
巨大な棍棒を担いだ酒呑童子とゴブリンロードの対面に戦場が緊張に包まれた。
オーガ達は冒険者と共にゴブリンを駆逐している。
グレートゴブリンは衛兵を蹴散らし、イステルに向かって進行を続けている。
イステルの市民も戦闘を支えるため、大量のポーションを配り歩いている。
フローラは魔力が尽きたのか、マナポーションを貰って魔力を回復させている。
まずは風の弓の武器化を解除しよう。
「レーネ・封印解除」
レーネをウィンドホースの姿に戻し、フローラと合流して貰う。
フローラはレーネの背に乗り、傷付いた者達を癒すために回復魔法を放った。
金色の眩い魔力が夜の闇を晴らし、戦場を美しく照らし上げる。
「ではゆくぞ」
ゴブリンロードが呟くと、俺は黒竜刀を引き抜いて炎を纏わせた。
Bランクの魔物と戦うのはミノタウロス以来だ。
あれから俺は魔法の練習を続け、魔力も鍛えて強くなっている筈。
Bランクの魔物相手にどこまで俺の力が通用するか試したい。
ゴブリンロードがクレイモアで垂直切りを放つと、俺は瞬時に敵の攻撃を受けた。
流石に人間の俺ではゴブリンロードの一撃を受け切る事は出来ないのだろう。
圧倒的に筋力が不足しているのだ。
ゴブリンロードが力ずくでクレイモアを振り下ろすと、敵の剣が黒竜刀を押した。
クレイモアが妖狐の魔装を切り裂くと、全身から汗が噴き出した。
「よくもラインハルトを……!」
酒呑童子が棍棒でゴブリンロードの背中を打つ。
ゴブリンロードの鎧が肉体を守り、酒呑童子の一撃は殆ど効果が無かった様だ。
なんと防御力の高い鎧だろうか。
俺の魔装は魔力回復速度と魔法防御力を上昇させる効果がある。
クレイモアの一撃に耐え切れず、肩の部分が破壊されている。
しかし、妖狐の魔装はまるで生き物の様に再び俺の肉体を覆った。
破壊されても自動的に再生する力を持っているのだろう。
『ラインハルトや、わらわは防御力が高い方じゃが、そう何度も攻撃を受けてやれぬ。魔装の再生にも限界がある様じゃ。一度再生しただけでわらわは大幅に魔力を失ってしもうたぞ』
『なるべく攻撃を直撃しない様に気を付けるよ』
酒呑童子がゴブリンロードの顔面を殴りつけた。
強烈な一撃を喰らったゴブリンロードが膝を着くと、俺はすかさず敵の間合いに入った。
黒竜刀を握り締め、水平に刀を走らせる。
炎を纏った黒い刃がゴブリンロードの足を切り裂いた。
まるでバターでも切ったかの様な手ごたえだ。
驚異的な切れ味に感動を覚えながらも、左手をゴブリンロードに向ける。
「ソーンバインド!」
瞬時にゴブリンロードの両足に茨を絡みつける。
やはりアナスタシアの得意魔法は使い勝手が良い。
そして左手を上空に掲げる。
「ロックストライク!」
上空に大岩を作り上げ、ゴブリンロードの頭上から降らせる。
一体のグレートゴブリンが大岩に対し、ファイアボールを放った。
炎の球が大岩を吹き飛ばし、ゴブリンロードは直撃を回避した。
生き残ったグレートゴブリンの数は九体程だろうか。
ゴブリンは既に五十体を下回っている。
今回の戦闘で重傷を負った冒険者も居る様だ。
大量の血を流しながら地面に倒れる者も居る。
死者がまだ出ていないのは、人間の代わりにオーガが攻撃を受けているからだろう。
体の丈夫なオーガが率先して敵の攻撃を受け、冒険者がサポートしている。
人間と魔物の友情に心を打たれながらも、目の前の死闘に意識を集中させる。
酒呑童子が右手を上空に掲げると、雷雲が発生した。
サンダーボルトの魔法を使用するつもりなのだろう。
ゴブリンロードも固有魔法を放つために、左手に魔力を溜めた。
慌ててゴブリンロードの背後に回り、アキレス腱を切る。
「サンダーボルト!」
俺の攻撃に合わせ、酒呑童子が雷撃を落とした。
同時にゴブリンロードも炎の嵐を作り上げた。
「ファイアストーム!」
雷撃がゴブリンロードの右肩に落ち、ゴブリンロードはクレイモアを落とした。
ゴブリンロードが放った炎が酒呑童子の肉体を包み込む。
酒呑童子は炎の包まれながらも、棍棒を振り回してゴブリンロードの腹部を強打。
「酒呑童子! まずは炎を消せ!」
「俺はここで死んでも構わない……! ラインハルト! もし俺が命を落とせば、その時はオーガ達を頼む!」
「馬鹿な事を言うな! すぐに正門に向かって水の魔法を受けるんだ!」
ゴブリンロードが酒呑童子の足首に喰らい付いた。
このままでは正門に向かうどころではない。
酒呑童子はこのまま炎に焼かれて命を落とすのだろうか……。
視界に酒呑童子のステータスが映っている。
『Lv.63 Bランク・酒呑童子 好感度:90%』
共に酒を飲み、語り合い、心から信頼し合たからか、好感度が大幅に上昇している。
爆発的な炎が酒呑童子の衣服を燃やす。
酒呑童子の裸体があらわになると、彼は慌てて体を隠した。
隠しきれない豊かな胸が露わになり、酒呑童子は炎に耐えながら俺を見降ろした。
「見ないでくれ……! 俺は……いや……あたしは女なんだ……!」
「え……? 酒呑童子が女?」
「醜いだろう? こんなに体が大きく、男よりも筋肉が発達したあたしの体が恐ろしいだろう? あたしは男として育てられた。ずっと自分の性別を隠してきた……女としての生き方なんて忘れていた……」
「俺は君が醜いなんて思わないよ。酒呑童子、俺の仲間になってくれ!」
「あたしを仲間に……?」
不思議な事に、酒呑童子の皮膚は燃えてもすぐに再生を始める。
オーガ系の魔物は自然回復速度が高いと聞いた事がある。
「そうだ! 君は今までオーガを守るためにゴブリンロードと戦い続けてきた……! この戦いに勝利を収め、俺達と共に旅をしよう! これからは人間の女として生きるんだ……!」
手下のオーガは全て人間になる事を望んだが、酒呑童子だけは人間化を望まなかった。
それは人間になれば隠していた性別がバレると分かっていたからだろう。
「人間とオーガの間に生まれた醜いあたしが……本物の人間に……?」
「そうだ! だから俺を信じてくれ! 人間になりたいと願ってくれ! 俺が君を封印する!」
「あたしは……こんな戦いを終わらせて人間になりたい!」
瞬間、酒呑童子のステータスが強く輝いた。
『Lv.63 Bランク・酒呑童子 好感度:100%』
「君の名は……ギレーヌ!」
命名した瞬間、酒呑童子の体が雷光のごとく輝きを放った。
光の中から豊満な肉体をした褐色の女性が姿を現した。
身長百七十センチ程、長く伸びた赤髪に、ルビー色の瞳。
外見の年齢は二十歳程だろう。
ゴブリンロードがギレーヌの姿に見とれた瞬間、俺は彼女の手を握った。
「ギレーヌ・武装!」
瞬間、ギレーヌの体が光り輝き、巨大なハンマーに変化した。
これが武器化した酒呑童子か……。
赤い金属から出来た、強い雷の魔力を秘める武器。
『ラインハルト! イステルを襲い続けたゴブリンロードにとどめを刺せ!』
脳内にギレーヌの言葉が響くと、俺は巨大なハンマーを持ち上げた。
不思議な事に重量は感じない。
ゴブリンロードが恐れおののいた表情を浮かべた瞬間、全力でハンマーを振り下ろした。
ゴブリンロードの顔面を強打した刹那、敵の体に雷が落ちた。
この武器は攻撃した対象に雷撃を落とす効果があるのだろう。
ゴブリンロードの肉体が爆発し、肉片が周囲に飛び散った。
俺達の勝利だ……。
敗北を悟ったグレートゴブリン達が一斉に退散を始めた。
『ラインハルト、私を元の姿に戻すのだ』
「わかった。エリカ・封印解除!」
瞬間、体長五メートルを超えるブラックドラゴンが現れた。
エリカは逃げ出すグレートゴブリンをおもむろに掴み、敵の体に喰らい付いた。
可哀そうに……。
これではグレートゴブリンが逃げ切れる訳もない。
冒険者と衛兵はブラックドラゴンの登場に狼狽しながらも、歓喜の声を上げた。
「シュヴァルツ様がゴブリンロードを仕留めたぞ!」
誰かが叫ぶと、俺は戦いの終わりを実感した。
イステルに戻って宴でも開こう。
酒呑童子とオーガをイステルに招き入れ、盛大に勝利を祝おう……。




