第四十三話「無数のゴブリンを従えるゴブリンロードがイステルに到着したので、人間化と武器化の力で無双しようと思う」
イステルの正門が見えると、イフリートの変化を解除した。
この姿のまま街に向かえば衛兵達を驚かせてしまうからだ。
それからレーネをウィンドホースに戻しておこう。
「レーネ・封印解除」
風の弓からウィンドホースの姿に戻ったレーネに乗り、闇払いの盾を持つ。
ゴブリン軍団と戦うなら回復役は一人でも多い方が良い。
フローラには人間の姿で戦闘を支援して貰おう。
「フローラ・武装解除」
闇払いの盾が輝いてフローラの姿に戻ると、俺達は正門に向かって進んだ。
既にエリカが衛兵達に現状を説明していたのだろう。
正門前には大勢の衛兵と冒険者が居る。
黒のドレスに身を包んだエリカが不敵な笑みを浮かべ、俺達を見上げている。
ウィンドホースから降りてエリカの前に立つ。
「合図を送ってくれて助かったよ。酒呑童子達もすぐに駆け付けてくれる」
「という事は、やはり酒呑童子は人間の敵じゃなかったという事?」
「そうだよ。全てエリカの予想通り」
「当たり前だろう? 私を誰だと思っている?」
「千年以上生きたブラックドラゴンだろう? エリカ、俺に力を貸してくれ。俺は魔物からイステルを守りたい!」
「今更何を言っているのだ? 私は常にお前の力になりたいと思っているからな……」
「ありがとう。エリカ・武装!」
エリカの体が炎に包まれ、強烈な炎の中から黒い刀が現れた。
支配者級・黒竜刀。
久しぶりにエリカを武装した気がする。
エリカをブラックドラゴンの姿に戻して大暴れして貰う事も出来る。
だが、れでは俺は何のために冒険者をしているのだろうか。
エリカの力に頼り切る事も出来る。
しかし、俺はイステルに住む人達が奮闘して街を守って欲しいと思う。
黒い鞘に入った刀を引き抜く。
柄を握り、火の魔力を注ぐ。
刃に炎が発生すると、武器自身が持つ強い魔力が俺に勇気を与えてくれた。
衛兵長のマティアス・ロイスさんが慌てて駆けつけてきた。
各ギルドのギルドマスターも集合しているらしい。
「ロイスさん、エリカの報告通り、ゴブリンロードが率いるゴブリンの軍団がイステルを目指して進行しています。俺も戦いに参加しますので、力を合わせてイステルを守り抜きましょう!」
「ソロモン王の加護を授かりし冒険者様と共に戦えるとは光栄です。しかし、我々だけでCランクのグレートゴブリンを十四体、そしてBランクのゴブリンロードを討伐出来るでしょうか?」
「今は勝てると信じて戦うしかありません。敗北すれば大勢の民が命を落とすのですから……」
「それはそうですね……つい弱気になってしまいました」
再びウィンドホースに乗ると、俺は正門に集まった冒険者と衛兵を見つめた。
「俺は今日、雷山で酒呑童子とオーガの偵察をしてきました。そして俺は確信しました。オーガを率いる酒呑童子は人間の敵ではないと! 彼らは山でゴブリンと遭遇した人間が居れば体を張って助け、家出した少女が居れば村に匿い、人間から拒絶されても人間を信じて生きていたのです。そして、今日のゴブリンロードとの決戦にも彼らは力を貸してくれます! イステルの皆さんを守るために、酒呑童子とオーガが命懸けで戦ってくれるのです! どうか、これからは人間に好意を抱く魔物に対して心を開いて下さい。俺達がこの戦いに勝利を収めるには、酒呑童子達の力を借りる以外に方法はないでしょう!」
俺が自分自身の気持ちを伝えると、冒険者達が困惑した表情を浮かべた。
そしてロイスさんが跪き、頭を垂れた。
「ソロモン王が指輪と加護を授けた冒険者様の指示に従いましょう!」
ロイスさんの言葉に衛兵達が一斉に賛同した。
「そうだ! シュヴァルツ様はハンナ・リヒターを捕らえて下さった冒険者様だ! シュヴァルツ様が酒呑童子が我々の敵ではないと判断するのなら、我々はシュヴァルツ様を信じて戦いたい!」
「ああ! 確かに思い出してみればオーガや酒呑童子が人間を殺した事が無い! 恐ろしい見た目だけで敵だと判断していたが、本当は俺達人間に好意を抱いていたのか……」
冒険者や衛兵が徐々に俺の言葉を受け入れ始めた。
瞬間、背後から強烈な炎の嵐が吹き荒れた。
ゴブリンロードがイステルに到着したのだ。
到着するや否や、固有魔法のファイアストームを放つとは過激な魔物だ。
水属性の魔術師達が一斉に水を放出し、ゴブリンロードの炎を掻き消そうとする。
だが魔法の威力が違いすぎるのだろう。
ファイアストームの魔法は一向に弱まる気配はない。
数えきれない程のゴブリンとグレートゴブリンが続々と現れた。
魔物に怯えて逃げ出す冒険者も居れば、その場に立ち尽くす衛兵も居る。
流石に衛兵長は魔物の群れを見ても動揺せずに剣を構えている。
「総員、突撃!」
衛兵長の言葉と共に、冒険者と衛兵が一斉に駆け出した。
俺はレーネの背中に乗り、戦闘を駆け、ゴブリンの群れを踏み潰した。
レーネは戦闘になれば獰猛な性格に変わる。
躊躇なくゴブリンを蹴散らす戦い方が爽快だ。
十四体のグレートゴブリンがそれぞれゴブリンを従えている。
ゴブリンは土の壁を作り上げ、人間の攻撃を防いでいる。
そしてグレートゴブリンは壁に守られながら火炎を吐き、冒険者の接近を食い止める。
なんと面倒な戦い方だろうか。
「ラインハルトさん! 私は負傷した冒険者さん達の回復をしますね!」
「ああ! 頼んだよ、フローラ!」
フローラがレーネの背中から降りると、彼女はヒールの魔法を連発した。
怪我をした冒険者達がフローラの回復魔法を受け、再び戦場に戻る。
敵は回復役が居ないから、怪我をすれば後退するしかない。
だが、こちらにはフローラをはじめとする回復魔法の使い手が何人か居る。
勿論俺もその内の一人だ。
一体のグレートゴブリンが俺に向かって突進してきた。
レーネはグレートゴブリンの突進を回避したが、俺は彼女の背中から振り落とされた。
ロイス衛兵長が慌てて俺の前に立ち、ロングソードでグレートゴブリンを切り裂く。
グレートゴブリンは大量の血を流しながらも、口を開いて火炎を吐いた。
「危ない……!」
慌てて衛兵長を突き飛ばし、黒竜刀で火炎を切り裂く。
流石に支配者級のマジックアイテムは魔法さえも軽々と切り裂く。
瞬時に黒竜刀を納刀し、グレートゴブリンの前で正座をする。
丸腰を装い、敵が攻撃をした瞬間に仕留めてみせる。
グレートゴブリンは腰に差していたブロードソードを引き抜いた。
それから不敵な笑みを浮かべ、ブロードソードを振り上げた。
瞬間、左手をレーネに向ける。
「レーネ・武装!」
ウィンドホースの体が風に包まれ、風の弓が飛んできて俺の手に収まる。
瞬間的に弓を引き、風の魔力から作り上げた矢で敵の心臓を貫く。
グレートゴブリンは突然の攻撃に戸惑いながら、静かに力尽きた。
武器化と人間化を使えばこういう芸当も出来る。
敵には降参したと見せかけ、遠くに居る仲間を武装して攻撃を仕掛ける。
これは俺にだけ許された戦い方。
俺はソロモン王から授かった力で勝利を収めてみせる。
「レーネ・封印解除」
再びレーネをウィンドホースの姿に戻し、彼女の背中に乗って戦場を駆ける。
怪我をした者に対してリジェネレーションを掛け、瞬時に傷を癒す。
冒険者と衛兵の士気が上がり始めた時、遂にゴブリンロードが動き始めた。
酒呑童子と二十五体のオーガがイステルに到着した様だ。
ゴブリン達を薙ぎ払いながら俺の元に駆け付けて来ると、冒険者達が歓喜の声を上げた。
「待たせたな! ラインハルト!」
「ああ。共に力を合わせてゴブリンロードを討とう!」
酒呑童子と固い握手を交わし、俺達は遂にゴブリンロードとの決戦を始めた……。




