第四十話「恋愛経験ゼロの俺でも他人(オーガ)の恋愛を応援出来るのだろうか?」
俺達は遂にオーガと酒呑童子の村に到着した。
正門には二体のオーガが立っており、棍棒を担いで退屈そうに雑談をしている。
石の魔法で作り上げたであろう見張り塔があり、塔には弓を構えたオーガが立っている。
正門に進むと、二体のオーガが嬉しそうに近付いてきた。
「人間が俺達の村に来るなんて珍しいな! さぁ入ってくれ! 丁度ゴブリンの丸焼きを作ったところなんだ!」
背の高いオーガが鬼語で俺達を歓迎している。
勿論、俺以外の仲間はオーガの言葉を理解出来ない。
オーガが棍棒を持っているからか、ビアンカと剣士が怯えて俺の背後に隠れた。
村に入ると、オーガ達が次々と家の中から出てきた。
石で作られたドーム状の民家からは続々とオーガが出てきて、俺達を出迎えてくれる。
俺にはオーガ達が人間を誘拐するとは思えない。
一体どうしてオーガが人さらいと呼ばれているのだろうか。
暫く進むと、人間の少女がオーガと共に食事をしていた。
もしかすると彼女がオーガにさらわれたという人間なのだろうか。
「え? 人間がどうしてオーガの村に居るのよ」
ローブを着た魔術師風の少女が俺達に近付いてくると、嬉しそうに俺の手を握った。
「ねぇ、あなた達も家出してるの?」
「家出? 何の話をしているんだい? もしかして君はこの村で暮らしているのか?」
「あら、違うんだ。そうよ、私は元々イステルで暮らしてたんだけど、親がうるさくて家出したの。そしたら森でゴブリンに襲われて、丁度この子が私を助けてくれたのよ」
この子と言われたオーガが俺に頭を下げた。
腰に布を巻いた優男風のオーガ。
肉体は立派だが、おそらく少女の尻に敷かれているのだろう。
「という事は……家出の最中にオーガと出会って、そのままこの村で暮らしていた、という事?」
「そうよ。だってイステルより快適なんだもん。最初はすぐに帰ろうと思ったけど、オーガって私の命令なら何でも聞いてくれるし、イステルの男よりも頼りがいがあるんだ」
十五歳程の少女がオーガを見上げると、彼は優しく微笑んだ。
俺達はとんでもない勘違いをしていたのだ。
誘拐された人間なんて居なかった。
彼女は自分の意思でオーガと共に暮らしていたのだ。
それも、今の生活にかなり満足している様だ。
「イステルではオーガが人さらいって呼ばれてるんだけど……」
「はぁ? こんなに優しいオーガが人間をさらう訳ないでしょ。馬鹿な事言ってると引っ叩くわよ?」
「ごめんごめん。それじゃ、酒呑童子がイステルにサンダーボルトを落として城壁を破壊したっていうのは知ってるかな?」
「え? イステルの城壁を破壊? 私はもう三カ月もこの村に居るから、村の外の事は知らないけど、オーガや酒呑童子が人間に危害を加えるなんてありえないわ。何かの間違いでしょう? 魔法を落とす場所を間違えたとか」
人間の言葉が分からないオーガ達が不思議そうに俺達を見つめている。
「私はイザベラ・エーベルト。もしあなたがイステルに戻る事があれば私の両親に伝えて頂戴。私は誘拐なんかされてないって。私は自分の意思でオーガと暮らしてるってね」
「わかった、きっと伝えよう。俺は冒険者のラインハルト・シュヴァルツだ」
「よろしく、ラインハルト。この子はヴィルフリートよ。言葉は通じないけど私が名前を付けたの」
ヴィルフリートと呼ばれたオーガが俺に頭を下げた。
「ヴィルフリート、俺は鬼語が分かるんだけど、言葉も分からないイザベラと暮らすのは大変じゃないかい?」
「何……? お前は俺達の言葉を話せるのか!?」
「そうだよ」
「こいつは嬉しい! ずっとイザベラに気持ちを伝えたかったんだ! 俺は森でイザベラを助けた時、彼女の事を好きになっちまったらしいんだ。だけど俺はオーガだし、イザベラはいつか人間の村に帰るんだろう?」
ヴィルフリートは肩を落としてため息をついた。
ここにも人間と魔物の恋があった。
サシャとビアンカだけではなく、オーガもまた人間に恋をしていたのだ。
「きっとイザベラは帰らないと思うよ。ずっとオーガ達と暮らしたいと思ってるみたいだし」
「本当か!? それなら良いんだが、俺は人間の言葉を学ぼうとしても頭が悪いから……イザベラと話してくても話せないし、イザベラ以外の人間は俺達を恐れて村に遊びにも来ない……」
「そりゃ丸焼きにしたゴブリンを掲げて微笑んでいたら人間は近付けないと思うよ」
さっきからオーガ達がゴブリンの丸焼きを掲げて咆哮を上げている。
熟練の冒険者でもない限り、この場には決して近付こうとはしないだろう。
ゴブリンを殺して丸焼きにする野蛮な魔物の集団にしか見えないからだ。
「そうか……それなら俺はこの気持ちをどうやって伝えればいいんだ? イザベラは簡単な鬼語が話せるが、『腹が減った』とか『眠い』とか、そんな言葉しか分からないし……」
ヴィルフリートが寂しそうにイザベラを見つめている。
このままでは二人の関係が進展する事は難しいだろう。
視界にはヴィルフリートのステータスが浮かんでいる。
『Lv.43 Cランク・オーガ 好感度:70%』
人間に友好的な魔物ほど、初期の好感度が高い。
出会ったばかりのフローラをすぐ封印出来たのは、初期の好感度が高かったからだろう。
ウィンドホースは人間に心を許しているが、親密な関係を築くまでに時間が掛かる。
好感度を上げるのに時間が掛かったのはそのためだろう。
エリカの様に、ソロモン王と暮らした経験がある魔物も好感度の上がり方が早い。
魔物の性格や思想によっても好感度の初期値、上昇速度が異なるという訳だろう。
まだまだ好感度の仕組みは謎に包まれているが、ゆっくりと解明すれば良い。
「俺はイザベラと一緒に居たいんだ! オーガの俺が人間に惚れてるなんて可笑しいだろうか?」
「そんな事はないよ。俺も魔物と一緒に暮らしているからね」
「そうか……ラインハルト、俺の気持ちを伝えてくれないか? 俺はこれからもイザベラと一緒に居たいと思っていると」
「わかったよ」
イザベラは俺達の会話を理解出来ない事が腹立たしいのだろうか。
まるでエリカの様に両手を腰に当て、ヴィルフリートを見上げている。
「イザベラ、ヴィルフリートが君と一緒に居たいって言ってるよ」
「え……? それは本当なの!? ヴィルフリートが私と一緒に……?」
「そうだよ。君はヴィルフリートの事をどう思ってる?」
「ヴィルフリートはイステルで居場所を失った私を家に招いてくれたし……毎日私の世話もしてくれる。ヴィルフリートは本当に良い奴だと思うけど、人間がオーガと一緒に暮らすなんてやっぱりおかしいよね。こんな夢の様な生活もいつか終わる時が来て、きっと私は普通に人間と恋をして、いつか結婚して、つまらない生活を送るんだと思う……」
「オーガが人間なら良いと思った……?」
「そうね。正直、ヴィルフリートが人間だったら、私はヴィルフリートと付き合っていたと思うわ」
俺はヴィルフリートの肩に手を置き、イザベラの言葉を伝えた。
瞬間、視界に映っていたステータスが強く輝いた……。




