第三十四話「レーネの封印とイステル到着を祝っていたら、いつの間にか俺が酒呑童子を倒す事になった件について」
三時間程厨房で働き続けた俺達は遂に解放され、早速パーティーを始めた。
冒険者達がキマイラのステーキの礼だと言って、大量のエールを運んできた。
エリカは満足気に微笑みながら次々とエールを飲み干している。
「アナスタシア……その恰好はどうしたの?」
「これはデニスがわらわに貸してくれたのじゃ。似合うじゃろう?」
「本物のメイドにしか見えないよ。よく似合ってるね」
エプロンドレスを身に着けた九尾の狐。
銀髪ミディアムボブに赤と緑色の瞳。
レースがふんだんに使われたメイド服は控えめに言ってかなり似合ってる。
俺の隣にはエリカとレーネが座っており、レーネは一心不乱にサラダを食べている。
どうやら彼女はベジタリアンなのだろう。
キマイラのステーキには手を付けようともしない。
皿にフルーツを盛り、レーネに差し出す。
彼女は嬉しそうに微笑んでから丁寧に頭を下げ、フルーツを食べ始めた。
レーネはウィンドホースの頃と態度も雰囲気もほとんど変わらない。
両手で小さなシュルスクの果実を持ち、大切そうに食べる彼女は何だか可愛らしい。
ウェーブが掛かったセミロングの栗色の髪もまた似合っている。
魔物が人間になれば不思議と魔物時代の特徴を引き継ぐ様だ。
全く、ソロモン王の加護はどこまで偉大なのだろうか。
「アナスタシア、お稲荷さんの味はどう?」
「満足じゃ。人間に優しくして貰った時の事を思い出しておった。わらわは森で魔物に襲われ、怪我をしていた時に一人の少女がわらわを看病してくれたのじゃ」
「その時にお稲荷さんを貰ったんだね」
「そうじゃ……それからわらわは人間は全て悪ではないと考える様になった。勿論、わらわを狙う人間の方が多かった。じゃがこうして人間の姿になれて、心底安心しておるぞ。この姿で居れば安全に暮らせるからの」
アナスタシアは満面の笑みを浮かべ、お稲荷さんを物凄い勢いで食べている。
フローラは葡萄酒を飲みながら静かに仲間の話を聞いている。
エリカは相変わらずステーキを手掴みで食べている。
戦いも食事も力づくで強引なエリカはいつも頼りになる最高のパートナーだ。
「エリカ、ゴブリンロードは見つけたんだろう?」
「ああ、勿論だ。小さな石の砦に住んでいたぞ。手下はゴブリンが百五十体程。それからCランクのグレートゴブリンが十五体程だ。砦の中には入れなかったが、外から見る限りでは対した脅威ではない」
「それで、ゴブリンロードを偵察していた時にキマイラに襲われたんだね」
「そうだ。ライオンなのか羊なのかよくわからん半端物が、突然私に攻撃を仕掛けて来たのだ」
キマイラはライオンの頭、ブラックシープの胴体、サーペントの尻尾を持つ。
エリカが持ち込んだ死体を見るだけで、俺では到底太刀打ち出来ない魔物だと悟った。
図体が大きいだけではなく、爪は鋭利で、サーペントの尻尾は丸太の様に太い。
「ゴブリンロードはCランクのグレートゴブリンまで従えているのか。流石にCランクの魔物が十五体も同時にイステルに攻撃を仕掛ければ、衛兵でも太刀打ちは出来ないか……」
「うむ……ラインハルト、私のもちもちはないのか? まさか、アナスタシアにだけお稲荷さんを作ってやった訳ではないだろう?」
「勿論あるよ」
エリカの事だから、必ず「私はもちもちが食べたい」と言うと思った。
きな粉餅をエリカに渡すと、彼女は鋭い三白眼を細め、嬉しそうに笑みを浮かべた。
あらかじめ厨房できな粉餅を作っておいたのだ。
エリカは皿に山盛りに盛られたきな粉餅を鷲掴み、口を大きく開いて放り込んだ。
「ラインハルトさん、ゴブリンロードと酒呑童子はどうして同じタイミングでイステルを狙うのでしょうか? 協力関係にあるという事なんでしょうか?」
「分からないな……何故イステルを狙うのかも。単純に人間を殺してイステルで暮らそうと思っているのか」
魔物が他種族間で交流するという事は珍しくもない。
人間を殺すために協力する種族も居る。
スケルトン系の魔物とゴブリン系の魔物は仲が良い。
仕事を終えたデニスさんが俺達のテーブルにやってきた。
ゴブレットにエールを注ぎ、豪快に飲み干すと、アナスタシアの隣に腰を掛けた。
「デニスさん、イステルの城壁はゴブリンロードが破壊したんですか?」
「いや、俺は酒呑童子がサンダーボルトの魔法で破壊したと聞いたぞ」
「流石にBランクの魔物が結託して都市を襲撃すれば、この街が落ちるのも時間の問題ですね……」
「今のままならな……だが、俺はイステルの冒険者の力を信じている! それにキマイラを倒せるエリカが居るんだ。俺達が負ける筈がない」
デニスさんの言葉を聞いたエリカが釣り目気味の三白眼で彼を睨みつける。
鋭く輝くルビー色の瞳が何とも恐ろしい。
まるで瞳だけがブラックドラゴンに戻った様だ。
睨みつけるだけで相手を震え上がらせる眼力。
やはり、エリカはただの可愛い黒髪姫カットのツンデレではない。
「何を勘違いしている? 私がいつイステルを守ると言った?」
「おいおい、お前は冒険者なんだろう? ゴブリンロードや酒呑童子を倒して名を上げたくないのか?」
「私の家族も名声を求める愚かな冒険者に殺された。勘違いするなよ……人間。私は主であるラインハルトのためになら喜んで敵を狩るが、それ以外の人間に興味ない」
エリカが戦闘に参加しない事を断言すると、冒険者達が一斉に沈黙した。
エリカに任せておけば自分達はBランクの魔物を相手にしなくて済むと思ったのだろう。
だが、エリカは他人のために忠実に働く女ではない。
仲間のためになら命を懸けるが、俺以外の人間を守った事はない。
「エリカ。俺はイステルの人々のために、ゴブリンロードと酒呑童子を討伐しとうと思っているんだ。協力してくれないか?」
「ゴブリンロードとの戦いには力を貸してやるが、酒呑童子はお前が何とかしろ。それが条件だ。あ、それからもちもちを追加で持って来い。私がこの程度の量で満足出来る女だと思っているのか?」
勿論そうは思っていない。
だからあらかじめ大量のきな粉餅を作っておいた。
そして彼女が好んで食べる温泉饅頭もこっそりと用意しておいた。
「やはりラインハルトは私の事をよく分かっているな。私の事を一生愛すると誓っただけの事はある」
「懐かしいな……アドリオンで初めて会った時に約束したんだった」
「そうだ。ラインハルト、エールのおかわりを頼む」
「はいはい」
まるでエリカに仕える執事の様に彼女の世話をする。
サポーター時代もこうして勇者達に仕えていた。
俺はいつまで経っても他人に仕えるだけの男なのだろうか。
強い魔物の力を借りて名声を得る事は簡単だろう。
だが、今回は自分の力でイステルを守りたいと思う。
「酒呑童子は俺がなんとかするよ」
「その言葉が聞きたかったぞ、ラインハルト。お前は私の主なのだ、Bランク程度の雑魚は自分で片付けられる男になれ」
「そうだね……今まではみんなに頼り切りだったから。酒呑童子は俺が食い止めるよ」
俺が酒呑童子討伐を宣言すると、ギルド内が大いに盛り上がった。
それから俺達は二時間程酒を飲み、宿に戻って明日からの予定を立てる事にした……。




