第三話「ブラックドラゴンに料理食べさせたら思いの他喜んで貰えた件について」
壺に封印されていたのは、Aランク、火属性、ブラックドラゴン。
ソロモン王が指輪の継承者に遺した壺から最悪の魔物が出てきた。
一体で一国を滅ぼす事が出来るというAランクの魔物。
たとえ勇者だとしてもAランクのブラックドラゴンには決して挑まないだろう。
体長五メートルを超える巨体のブラックドラゴンは片翼を失っている。
しかし、体内に秘める魔力の高さは今まで遭遇した魔物とは比較にならない程強力だ。
壺から出られた事が嬉しいのか、それとも人間を食べられる事が嬉しいのか。
舌なめずりをしながら俺達を見下ろしている。
生物的に狩られる立場に居る事を改めて実感していると、視界に好感度が浮かんだ。
『Lv.80 Aランク・ブラックドラゴン 好感度:5%』
レベル80!?
勇者、ミヒャエル・ファッシュのレベルが60だった。
そして今目の前に居る悍ましい魔物はレベル80を超えている。
好感度が5%という事は、極めて俺に対して関心がないという事だろう。
「ラインハルトさん……どうしてブラックドラゴンが……!?」
「壺に封印されていたんだろう。もっと一緒に居られたら美味しい物を沢山食べさせてあげたんだけど。本当にごめん。俺が宝物庫に入らなかったら君はこんな目に遭わずに済んだんだ……」
「ラインハルトさん、いいんです。私は初めて人間に抱きしめて貰えて、料理まで作って貰えました。こんなに嬉しい事は無かったんですよ。ゴールデンスライムとして生まれた私はどんな魔物からも避けられてましたから……」
「フローラ……」
俺はフローラを抱きしめてから彼女の前に立った。
Aランクのブラックドラゴン相手に両手を広げる。
「さぁ、食うなら俺を食え! ただ、この子は見逃してくれ!」
「お前が私の封印を解いたのか……?」
「そうだ」
「お前はソロモンではないな……ソロモンの加護を授かった者か?」
「俺はDランクの冒険者、ラインハルト・シュヴァルツだ。フローラを守るためならこの体、お前に差し出そう! だからこの子は見逃すと誓ってくれ!」
「その言葉、偽りはないだろうな? 魔物のために命を捨てられるのか?」
「約束は破らない。俺を食って気が済むのなら、どうかフローラを見逃してくれないか!?」
俺は床に膝を着き、深々と土下座をした。
人生で初めての土下座。
正直、ブラックドラゴン相手に強気な姿勢で話をしているだけで汗が止まらない。
逃げ出したくて堪らない。
恐ろしくて仕方がない。
相手はレベル80を超えるブラックドラゴン。
俺はレベル15のサポーターなのだ。
勇者パーティーから追放された落ちこぼれ。
ブラックドラゴンはこんな俺の言葉を聞き入れるだろうか。
視界の端に映るブラックドラゴンのステータスが輝いた。
『Lv.80 Aランク・ブラックドラゴン 好感度:15%』
好感度が10%も上昇した!
俺の言葉や態度がブラックドラゴンの心に響いたのだろうか。
100%を超えれば魔物を人間に変える事が出来る。
どうにかして100%まで上げる事が出来れば、俺は死なずに済むかもしれない。
「腹が減って仕方がなかった。ソロモンに封印されてから、私は気が遠くなる程の時間を壺の中で過ごした。いつまで経っても私は外に出られなかった。この空腹を満たすためなら人間を喰らい尽くすのも良いだろうな」
「空腹……? ちょっと待ってくれ! 俺は勇者のパーティーで料理を担当していたんだ。料理には多少の自信がある。少し時間をくれるなら、きっとあなたに最高の料理を提供しよう!」
「最高の料理!? 人間が魔物のために料理を作るというか? 人間ごときが私を満たせるとでも思っているのか!」
「そうだ。ブラックドラゴンともあろうお方では、人間なんかの肉を喰らっても満足は出来ないだろう?」
「ふむ……それもそうだな。もう少し食い殺すのを待ってやろうか……」
とんでもない事になった。
ブラックドラゴンに料理を振る舞い、好感度100%を目指さなければならないのだ。
だが、時間は稼げた。
本当に俺を殺したかったのなら、すぐにでも殺していた筈だ。
しかしブラックドラゴンは俺の言葉に耳を傾けてくれた。
緊張のあまり全身から汗が吹き出し、手が震えている。
料理なら幼い頃から嫌という程作り続けてきた。
幼少期から実家の料理屋を手伝っていたのだ。
だが、ブラックドラゴンの胃を満たせる程の食材は持っていない。
人間の料理ではどうしても量が足りないのは事実だ。
「ラインハルトさん……どうするんですか? 私達、殺されてしまうんですか?」
「大丈夫。何があっても君を守るよ」
「本当ですか……? まさかブラックドラゴンが封印されていたなんて。怖くてたまりません……」
「フローラ、相手は俺達を今すぐ殺そうとはしていないんだ。二人で料理を作って満足して貰えたら、この状況を覆す事も出来ると思うんだ」
「ラインハルトさんはどんな状況でも前向きなんですね。ラインハルトさんがミノタウロスの攻撃から守ってくれた時、私は本当に嬉しかったんです。ですから、ラインハルトさんの優しさがブラックドラゴンにも伝われば、きっと心を開いてくれる筈ですよ」
「ありがとう、フローラ。さぁ料理を始めようか」
量を重視しても、人間用の料理では食べ足りない事は確実。
それならスパイスを利かせた料理が良いだろうか。
ブラックドラゴンは封印されてから何も食べていなかったと言っていた。
ソロモン王の没後千年経った今でも餓死せずに壺の中で生きていたのだ。
という事は、生きるために必要な栄養は少量で済むという事ではないだろうか。
そういえば鞄の中に餅がいくつか残っていた。
きな粉で味付けをしたきな粉餅はパーティーでもよく食べた。
きな粉は低価格だが高タンパク質なので、砂糖を混ぜて餅に振りかける。
糖分とタンパク質を一度に摂取出来るお手軽料理。
「フローラ、きな粉餅を作るよ」
「きな粉……餅ですか?」
「ああ。これが餅で、これがきな粉」
袋に入った餅を取り出して見せると、フローラは目を輝かせて餅を見つめた。
まずは湯を沸かさなければならない。
「フローラ、お湯の沸かし方は覚えたよね」
「はい! ばっちりですよ」
「それじゃお湯を沸かしてくれるかな」
フローラは火の魔石の上に鍋を置き、水の魔石を使って鍋に水を満たした。
それから火の魔石に魔力を込めると、瞬く間に水が沸騰を始めた。
餅の茹で具合を確認し、ボウルにきな粉と砂糖を入れて混ぜる。
「フローラ、餅を入れてくれるかな」
「はい!」
ブラックドラゴンは俺達が料理をする様子を不思議そうに見つめている。
きな粉餅だけではブラックドラゴンを満足させられないだろう。
どんな料理を作るべきだろうか。
昨日、トマトソースを作った際に使いきれなかったトマトを消費しよう。
ミネストローネなんてどうだろうか。
ブラックドラゴンが絶対に食べた事がない料理を作ろう。
人参、じゃがいも、玉ねぎ、トマト、ベーコン、ニンニクを切る。
鍋にオリーブオイルを引き、ベーコンとニンニクを炒める。
火が通ったら野菜と水、コンソメを入れ、じっくりと煮込む。
塩コショウとオリーブオイルで味を調え、皿にミネストローネを盛る。
それからパセリとチーズを掛けて完成。
茹で上がった餅にきな粉と砂糖に絡め、皿に載せてブラックドラゴンに差し出す。
ブラックドラゴンはミネストローネときな粉餅を交互に見つめている。
「これはなんだ?」
「これはきな粉餅とミネストローネだよ。さぁ食べてみてくれ」
「こんな料理でブラックドラゴンである私を満足させられると思っているのか? 不味かったら問答無用で食い殺すからな」
「きっと俺の体を喰らうよりは満足して貰える筈だよ」
「うむ……味見くらいしてやろう」
ブラックドラゴンは強気な言葉とは裏腹に、目を輝かせてきな粉餅を見つめた。
鋭利な爪の先端にきな粉餅を差し、ゆっくりと口に運ぶ。
瞬間、ブラックドラゴンの目の色が変わった。
魔物だとしても料理の味に歓喜している事がはっきりと分かる。
「な、なんなんだ、これは……! 柔らかくて弾力がある! 食感はスライムに似ているが、スライムよりももっと食べ応えがある! この食感は癖になるな! それに、白い物体を包んでいる粉もまた旨い!」
「喜んで貰えて嬉しいよ」
「フンッ! まだこの程度では私は到底満足などはしないぞ! だがこれは間違いなく旨い。全て平らげてやろう」
「素直に美味しいって言えばいいのに」
「う、うるさいわい! ただ、食べ物を残したくないだけなのだ!」
「やれやれ、素直じゃないんだから」
俺の言葉を聞いたブラックドラゴンは赤面しながら俯いた。
視界の端に映っていたブラックドラゴンのステータスが輝いた。
更新がある度に僅かに輝く様だ。
『Lv.80 Aランク・ブラックドラゴン 好感度:30%』
まさか、きな粉餅で15%も好感度を上げる事が出来るとは。
この調子ならすぐに100%に到達するのではないだろうか。
ブラックドラゴンを刺激しない様に好感度を上げ、人間化して仲間になって貰おう。
きっとブラックドラゴンならミノタウロスをも討伐出来るだろう。
ソロモンの指輪とは全く恐ろしいマジックアイテムだ。
今更だが勇者パーティーを追放された事に喜びを感じた……。