第十九話「旅に出たら魔物に襲撃されたので、ツンデレブラックドラゴンから教わった魔法で駆逐しようと思う」
エリカの胸の感触で目が覚めた。
俺の顔がエリカの胸の谷間に嵌っている。
驚く程柔らかくて暖かい。
同時に恥ずかしさも感じる。
俺はずっとこうして眠っていたのだろうか。
ゆっくりとエリカを引き離す。
エリカは俺の体に腕を回し、寝ぼけながら物凄い力で俺を抱きしめた。
「エリカ……苦しい……」
エリカの胸の谷間からどうにか顔を引き抜く。
フローラは俺よりも先に起きていた様だ。
俺達を見下ろしながら寂しそうに微笑んでいる。
「おはよう、フローラ」
「おはようございます。ラインハルトさん……あの、私、どうしてかエリカさんとラインハルトさんが抱き合っていると胸の辺りが苦しくなるんです。この気持ちはなんなのでしょうか……」
「嫉妬……?」
「わかりません。だけど、なんだか悔しいです。ラインハルトさん、私も明日から一緒のベッドで寝ても良いですか? いいえ、これからは一緒に眠ります。私はいつもラインハルトさんの隣に居たいんです……」
「寂しい思いをさせてごめん」
「いいえ……わがままばかり言ってごめんなさい。私はやっぱり嫉妬深い女の様です」
「そんな事はないさ」
俺はフローラを抱き寄せた。
彼女の柔らかい金色の髪を撫でる。
「エリカはこれまで一人で壺の中で生きていたから、昨日は一緒に寝ていただけだよ。きっと俺達では想像出来ないくらいの孤独を経験してきたと思うんだ。だから俺はエリカの傍に居たかった……」
「頭では理解出来るんですが、なんだか寂しいです。明日からは三人で寝ましょうね」
「仕方がないけど、そうしようか」
エリカが目をこすりながら起き上げると、彼女は俺に抱き着いた。
何だか小さな子供の様で可愛らしい。
だが彼女は俺よりも遥かに年上なのだ。
千年以上もの時をソロモンの壺の中で過ごしたブラックドラゴン。
「ラインハルト、髪を梳かしてくれ」
「わかったよ」
「ラインハルトさん……私の髪も梳かして下さい」
「それじゃ二人とも座ってくれるかな」
バーカウンターに二人が座ると、俺は二人の髪を梳かしてから朝食を用意した。
今日の朝食はエリカの好物であるきな粉餅だ。
「私はこのもちもちが食べたかったのだ!」
「エリカさんは本当にきな粉餅が好きなんですね」
「うむ。ラインハルトが初めて私に作ってくれた料理だからな」
「エリカさん、私達、二人ともラインハルトさんの召喚獣なんですから、勝手にラインハルトさんと一緒に寝てはいけませんよ」
「フローラは私に嫉妬したのか?」
「はい。嫉妬もしますよ。ラインハルトさんは私の主でもあるんですから! エリカさんは私と寝るって言ったのに、目が覚めたらラインハルトさんのベッドに居るんですから。本当に悲しかったんですよ」
フローラがそういうと、エリカがフローラの頭を撫でた。
「よしよし、生まれたばかりの小さなゴールデンスライムは寂しかったんのな。これからは私が一緒に寝てやるからな」
「もう、私を子供扱いしないで下さい!」
「私からすればラインハルトもフローラも赤子同然。私は千年以上生き続けているからな。お前達が寿命を迎えても、私は一人で生きる事になる。お前達が生きている僅かな時間に、私は少しでもお前達との思い出を作りたいと思うぞ」
「私達が死んでもエリカさんは生き続けるんですよね……」
「恐らくな……ブラックドラゴンはドラゴン族の中でも最も長寿だからな。私の父は二千年も生きたのだぞ」
俺が死んでもエリカは生き続ける。
仲間を失ってから、自分一人で生きるというのはあまりにも悲しい事だ。
俺なら寂しさに耐えられないと思う。
エリカが妙に俺と距離が近いのは、少しでも俺と一緒に居たいからなのだろう。
「エリカ、フローラ、俺達は種族も違うし年齢も違うけど、これからは冒険者として地域を守りながら生きるんだ。仲間を増やしてパーティーを拡大しよう。そうすればエリカよりも長く生きる魔物だって仲間に出来るかもしれない。俺は人間だからブラックドラゴンよりも早く寿命を迎える。だけど生きている間は二人を幸せにするために努力すると誓うよ」
「私はその言葉を聞けて満足だ。さぁラインハルトよ、私にきな粉餅を食べさせるのだ!」
それから俺はいつも通りエリカの隣で食事を手伝った。
エリカが口の周りにきな粉を付けていたので、ハンカチで綺麗に拭く。
キラキラとしたルビー色の瞳で俺を見つめる彼女もまた美しい。
黒のドレスの胸の部分が大きく盛り上がっており、自然と視線が彼女の胸に行く。
朝のエリカとのひと時を思い出して恥ずかしさがこみ上げてきた。
驚く程柔らかくて温かい彼女の胸の感覚は忘れられそうにない。
「今日から隣町のイステルを目指して移動を始めるよ」
「はい! 私、御者台に乗りたいです。森を見るのも初めてですから……」
「それなら三人で座ろう」
そうして俺はフローラとエリカに挟まれて御者台に座った。
クロノ大陸南部に位置する迷宮都市アドリオンを出発し、イステルを目指す。
大陸は北部に進むに従って魔物のレベルが上がる。
イスターツ王国、王都ファステンバーグはクロノ大陸中部に位置する。
まずはアドリオンの北部に位置するイステルを目指す。
春の森を馬車で駆ける。
久しぶりの旅立ちに気分が高揚している。
旅は故郷を飛び出した時以来だ。
「ラインハルト、せっかくの旅なのだから、あまり急がずにイステルを目指そう。私はこの時間を満喫したいのだ」
「そうだね。王都に着けば忙しく働く事になりそうだし、ゆっくり移動しようか。旅の最中に魔法も学びたいしね」
「戦い方なら私が教えるからな。いつかはブラックドラゴンとしての私に勝てる様になってみせるのだぞ」
「人間の姿のエリカも十分強いけどね」
深い森を馬車で移動していると、旅の生活で初めての魔物と遭遇した。
Eランク、地属性、ゴブリンだ。
土の壁や土の槍を作り出して戦う魔物。
身長は百三十センチから百五十センチ程。
緑色の皮膚に長く伸びた耳。
一体のゴブリンが道の前に立ちはだかった。
瞬間、地面からは土の壁がせりあがった。
ゴブリンが得意とするアースウォールの魔法。
ウィンドホースは慌てて馬車を停め、不機嫌そうに耳を動かした。
「囲まれた様だな」
エリカが周囲を見渡す。
馬車の周りには六体のゴブリンが居る。
恐らく冒険者を待ち伏せしていたのだろう。
御者台から飛び上がり、ウィンドホースに飛び乗る。
「フローラ・武装!」
瞬間、フローラの肉体が金色に輝いた。
フローラがバックラーに変化すると、盾が俺の左手に向かって飛んできた。
闇払いの盾をキャッチし、右手に炎を溜めてゴブリンの注意を引く。
エリカは楽しそうに御者台の上から俺を見つめている。
「私の出番はないのか?」
「ゴブリン程度の魔物は俺が狩るよ」
「そうかそうか。それならどれくらい成長したのか見ていてやろう。私の主として恥じない戦いをするのだぞ」
道を塞ぐ土の壁に対し、右手を向ける。
借りるぞ……ブラックドラゴンの魔法。
「ヘルファイア!」
爆発的な黒い炎を放出して壁を木端微塵に吹き飛ばす。
ゴブリンは俺の魔法に狼狽しながらも、地面に土の槍を作り上げた。
無数の槍が地面から伸びて俺を取り囲む。
土を自在に扱えるゴブリンは、戦闘能力は低いが、囲まれれば非常に厄介である。
ゴブリンは人間を殺した奪ったであろう武器を抜いた。
ダガーやナイフを握りしめたゴブリンが一斉に近付いてくる。
「フレイム!」
接近するゴブリンに火炎を放出し、敵を黒焦げにする。
ウィンドホースから降り、地面から伸びた槍を引き抜く。
四体のゴブリンが俺とウィンドホースを囲んでいる。
一体のゴブリンがナイフを振り上げて攻撃を仕掛けてきた。
瞬間的に闇払いの盾で敵の攻撃を受ける。
『ラインハルトさん、ホーリーを使って下さい!』
脳内にフローラの声が響くと、俺は盾に魔力を込めた。
瞬間、盾が眩い光を放ってゴブリンの目を眩ませた。
まさか盾から直接ホーリーが撃てるとは思わなかった。
右手に持った槍でゴブリンの心臓を一突き。
勇者のサポーターとして荷物を運び続けてきたからか、筋力だけは無駄にある。
槍は使い慣れていないが、本気で打ち込めばゴブリン程度の肉体は貫ける。
残る三体のゴブリンが同時に攻撃を仕掛けてきた。
ウィンドホースは小さく鳴き声を上げてから後ろ脚でゴブリンを蹴り上げた。
骨が折れる音が静かな森に響くと、ゴブリンが恐怖のあまり顔をひきつらせた。
相手が狼狽した時は攻撃のチャンス。
「エンチャント・ファイア!」
槍に爆発的な炎を纏わせ、ゴブリンに向けて全力で投げる。
炎を纏う槍がゴブリンの腹部を貫く。
最後の一体に対し、右手を向けて炎を炸裂させる。
「ファイアボール!」
直径三十センチ程の炎の球が高速で宙を裂き、ゴブリンの体を捉えた。
瞬間、炎の球が破裂し、ゴブリンの肉体を爆ぜた。
やはりエリカの訓練のお陰で自由自在に魔法が使える様になっている。
「まぁまぁだな。ウィンドホースもなかなか勇敢なのだな」
「ありがとう、ゴブリンを六体倒すだけなのに随分時間が掛かったよ」
「今度からは一撃で倒すのだぞ。ゴブリン程度に苦戦する様では私の主には相応しくないからな」
「確かにそうだね。もっと強くなってみせるよ」
「うむ。兎に角、三人共よく戦った。魔石を回収して旅を再開しよう」
それから俺はゴブリンの魔石を集め、御者台に乗って移動を再開した。