第十一話「ギルドに帰還したので、ここからは俺の成り上がりスローライフが始まります」
「ラインハルト・シュヴァルツ様!?」
カウンター内の職員達が一斉に俺を見つめた。
一体何をそんなに驚いているのだろうか。
「はい、どうかしましたか?」
「実は……シュヴァルツ様の冒険者登録を抹消したばかりでして……」
「何ですって? ギルドからも追放されたという訳ですか?」
「決してそういう訳ではありませんが、勇者、ミヒャエル・ファッシュ様から、シュヴァルツ様の死亡報告を受けまして……」
「はあぁぁ!? 俺、いつの間に死んだ事にされてたんですか?」
「大変申し訳ございません! ファッシュ様は『シュヴァルツはミノタウロスから俺達を守って死んだ』とおっしゃっていましたので、勇者様のお言葉だったので私達は疑いもしませんでした。まさか、シュヴァルツ様が生きてらしたとは」
偽りの勇者、ミヒャエル・ファッシュ。
俺を五年間もこき使い、ダンジョン内でパーティーから追放した。
そして奴は俺がミノタウロスに殺されたと嘘の報告までしていたのだ。
基本的に、ギルドで登録を抹消されれば、二度と同じギルドには加入出来ない。
別にこのギルドに思い入れがある訳ではないが……。
「ラインハルトさん、どういう事なんです? どうしてラインハルトさんが死んだ事になっているんですか!?」
「ファッシュは俺が一人で生還出来ないと思っていたんだ! 確かに俺はフローラとエリカと出会わなかったら、確実にダンジョンで命を落としていたと思う。ファッシュは魔物を利用して俺を殺そうとしたんだ。そしてダンジョン内で俺が死んだと確信し、嘘の死亡報告をしたんだ!」
エリカが鬼の様な表情を浮かべると、ギルド内に禍々しい魔力が充満した。
強烈な殺気を秘めた途方もない量の魔力。
肌に触れるだけで針を刺された様に痛む。
これがブラックドラゴンの激昂なのか。
エリカが怒るだけで、ギルド内のメンバー全員に恐怖を植え付けられるのだ。
「ちょっとそこの小娘。私の主であるラインハルトが死んだ事になっているというのは本当なのか? 勇者とやらはどこに居る? 今すぐ仕留めやるから呼んで来い」
「小娘!? シュヴァルツ様の登録を抹消した事はこちらの手違いですが、私の方がどう見ても年上ですよね?」
二十代前半程のギルドの職員。
何度か話した事はあるが、特に親しいという訳でもない。
身長は俺と同じくらい。
百七十五センチ程だろうか。
容姿は整っているので彼女に言い寄る冒険者は多い。
だが、彼女は低ランクや低レベルの冒険者を見下している。
「何をとぼけた事を言っている? 人間がいくら長生きしようが、ブラックドラゴンである私よりも長寿な訳がない。というより、この世界に私よりも高齢な生物がどれくらい居るのか」
「はぁ? あなた、自分の事をブラックドラゴンだとか思ってるんですか? 荷物持ちのシュヴァルツ様の仲間だからまともではないと思っていましたが、どうやら完璧に頭がいかれているみたいですね」
俺を侮辱するだけならともかく、仲間を愚弄する行為は断じて許さない。
「エリカ、相手にするのも馬鹿らしいよ。ミノタウロス討伐の功績は他のギルドに譲る事にしよう。わざわざ俺達を愚弄するギルドの手柄にする必要もない」
「そうだな……全く、ラインハルト以外の人間はやはり気に入らない」
「ラインハルトさん……死んだ事にされていたなんて酷いです……」
まさか勇者が嘘の死亡報告をするとは思ってもみなかった。
それは俺だけでなく、ギルドの職員もギルドメンバーも同じだ。
冒険者ギルド・アルタイルのギルドマスターが丁度クエストから帰還した様だ。
長身の金髪ポニーテール。
頼れる兄貴的な存在である二十八歳独身。
「どうした? 何を騒いでいるんだ?」
「お久しぶりです、ユーリさん」
「ラ、ラインハルト!? なぜラインハルトが生きているんだ!? 五日前にファッシュからラインハルトの死亡報告を受け取った筈だが!?」
「それはファッシュが嘘の報告をしていたという訳です。俺は生きてますし、ミノタウロスからファッシュ達を守って死んだという事も全くの嘘です。そもそも俺はファッシュのパーティーから追放されたんですよ」
「何だって!? ファッシュがラインハルトを追放したというのは本当なのか!?」
いつも俺の悩みを親身に聞いてくれる善良なギルドマスター。
何よりも不正を嫌い、地域を守るために率先して魔物を狩り続けている。
それから俺はダンジョン内での出来事を話した。
カウンターにミノタウロスの素材を並べると、ギルド内がざわめきだした。
「確かにこれはミノタウロスの素材に違いない。死のダンジョン、七階層の階層主。Bランクの俺ですら討伐出来なかったミノタウロスを、まかさDランクのラインハルトが仕留めて仕舞うとはな!」
「それから、先ほども申し上げましたが、俺の仲間がブラックドラゴンという事は真実です。俺はソロモン王の宝物庫を発見し、偉大なる王から加護を受けたのです。俺はソロモン王の加護により、魔物を人間化する力を手に入れました」
「おいおい、それは流石に話を盛りすぎじゃないのか? 各国の勇者や賢者が血眼になって千年間探し続けた秘宝、ソロモンの指環を手に入れたという事か?」
「これがソロモンの指輪です。ギルドカードにもアイテム名が明記されています。まぁ俺は既にこのギルドのメンバーではないので、ギルドカードは返上致しますが……」
左手の中指に嵌めた指輪をマスターに見せる。
それからギルドカードをカウンターの上に置く。
『Lv.25 Dランク サポーター ラインハルト・シュヴァルツ』
属性:【火】【聖】
魔法:ファイア ファイアショット エンチャント・ファイア ファイアボール フレイム ヘルファイア ヒール ホーリー キュア リジェネレーション
召喚獣:Aランク・ブラックドラゴン Cランク・ゴールデンスライム
加護:ソロモン王の加護(言語理解・魔法習得・魔物封印・武器化・全属性魔法効果上昇) 黒竜の加護(火属性魔法効果上昇)
装備:国宝級・ソロモンの指輪(魔力回復速度上昇)
「Aランクのブラックドラゴンが召喚獣!? それに、国宝級・ソロモンの指輪!? 本当にラインハルトがソロモン王の宝物庫を発見したという事か!? こいつはめでたい! 俺のギルドのメンバーがソロモン王から加護まで授かっているんだからな!」
「ユーリさん、俺は既にギルドから登録を抹消されている事をお忘れですか?」
「そうだったな……ラインハルトの登録を抹消した愚か者は今すぐ名乗り出ろ!! 我がギルドの冒険者が偉大なるソロモン王の秘宝を手に入れ、ミノタウロスの討伐まで成功したという功績をみすみす逃す事になったじゃないか!」
俺の登録を抹消した美人の女性職員が震えながら名乗り出た。
彼女はファッシュに婚約者が居ると知りながら、何度かファッシュと共に宿に入った。
要するに浮気相手という訳だ。
唯一俺だけがファッシュの浮気を目撃したのだ。
「わ、私です……大変申し訳ございません! 勇者様の言葉を信じてシュヴァルツ様の登録を抹消してしまいました……!」
「何が申し訳ございませんだ!? お前はいつもファッシュの言葉を信じすぎなんだよ。俺はあんな男が勇者の称号を持っている事すら気に入らん! 四人でクエストを受け、仲間を失って三人で帰還報告をする事は珍しくもないが、普段からファッシュがラインハルトに雑用を押し付けていた事は、このギルドのメンバーなら誰でも知っているだろうが! 勇者たる者が自分よりも低ランク、低レベルの者がミノタウロスと交戦している最中に逃亡して帰還報告。それをお前はラインハルトの登録抹消という形で受理した」
「申し訳ございません……」
「本来なら仲間を見捨てた勇者の登録を抹消すべきだろうが! 今頃ラインハルトの親御さんにも死亡報告が届いている頃だろう! これをどう処理するんだ!? 『ダンジョンで息子さんが死亡したというのは間違いでした』とでも言うのか!?」
「大変申し訳ございません! まさか、勇者様が嘘の報告をするとは思ってもみませんでした……」
「誰に謝罪してるんだ? お前が謝罪すべきはラインハルトではないのか!?」
俺を荷物持ちと愚弄した職員が深々と頭を下げた。
俺が言いたかった事は全てマスターが代言してくれた。
この場に居る必要もないだろう。
呆れて怒る気にもなれない。
「俺はもうアルタイルの冒険者ではないので、ソロモン王の宝物庫到達報告は他のギルドに対して行う事にします。今まで五年間、お世話になりました。『荷物持ちのシュヴァルツ』はこれにて失礼します」
俺の言葉を聞いたユーリさんががっくりと肩を落とした。
俺がアルタイルの競合ギルドに加入すれば、一気にギルドの知名度を上げる事が出来る。
誰も成し遂げる事が出来なかったソロモン王の宝物庫発見。
今世紀最大の発見が競合ギルドの手柄になるのだ。
「今の話は本当ですか……? 私の婚約者であるミヒャエルが仲間を見捨てて帰還したというのは……」
ギルドの入り口にはノイラート王国第一王女、クラウディア・ノイラート様が居た……。