第四章 海上の人さらい(一)
リィが仲間になった船は、少し変化が現れていた。
「あれ? あの取っ手、なんだ?」
ハッチの中に下りてみると、収納棚の両側の壁に取っ手がついていた。目線の高さに金属製の取っ手が突き出している。
目ざとく見つけたダレンは、その取っ手をぐいっと引いてみた。
「おぉ! ベッドだ!」
それは壁に収納できるタイプのベッドになっていた。両側の壁についているから、ダレンとアランの分だろう。リィ用なのか、クッションも増えている。
「よかったー。床にそのまま寝なきゃいけないかと思ってたんだよね」
ダレンはベッドに座って、スプリングのはねる様を楽しんでいる。簡易ベッドの割りにはよくはねるようだ。
「それにしても、船種ってほんとに成長する船なんだなー。リィを助けたことでこのベッドができたんだよな?」
「たぶんそうだと思う」
持ち主の心に応じて形を変える船種。リィを迎えたことでベッドが現れたのだろう。
ダレンはにんまり笑った。
「やっぱなー、俺のこぶしがきいたのかなー?」
「は? 僕があばれ雲にうまく対応したからでしょ?」
ダレンとアランがお互いの顔を見合わせた。船内に沈黙が落ちる。
「おまえあれでうまく対応したつもりかよ」
「はー? 僕がいち早く雲に気づいたからハッチに逃げ込めたんでしょ?」
「結局投げ出されたじゃねーか!」
「あの島にしてもお兄ちゃんの計画性のなさで結局逃げ帰るハメになったし」
「ボスに勝ったのは俺だぞ!?」
口げんかを始めてしまった兄弟に、リィはハラハラと交互に顔を見やる。
言いたい放題言い合って、むむむと兄弟はにらみ合う。
「ふん!」
そう言って互いにそっぽ向いてしまった。
ダレンはキッチンへと向かう。むしゃくしゃした気分を料理でもして紛らわそうと思ったのだ。
アランは兄の顔も見たくないのか、甲板へと上がっていってしまった。
部屋にはダレンがくだものを切る音だけが響いている。
リィはアランについていくべきか迷ったようだが、結局はダレンのもとに残ることにしたようだ。調理台のすみにぴょんと飛び乗る。ダレンはそれをむしするかのように、ひたすらくだものを切り続けていた。
「リィ……」
心配そうな声を上げるリィに、ダレンはぴたりと包丁を持つ手を止めた。
リィはそっとダレンの顔を見上げる。
「はぁぁぁぁ……」
ダレンは盛大なため息をつくと、まな板に包丁を置いてしゃがみこんだ。どうしたのかとリィは慌てて飛び降りて、ダレンの顔をのぞき込む。
そこには心底困った顔のダレンがあった。
「ダメだなぁ、俺。つい意地を張っちまう。船が変わったのだってきっとアランのおかげなのに。あいつがいなかったら、嵐に巻き込まれて船は壊れてたかもしれないんだ。俺、頭良くないから思ったことをすぐ口に出しちまうんだ。ちゃんと考えてからものを言えばいいのに。兄ちゃんとして情けないよな」
人づきあいは苦手だけど、頭のいい弟。それに引きかえダレンは「おまえは料理上手で物怖じしないけど、おつむがちょっと足りないな。アランを見習え」といつも言われ続けてきた。反発したこともあったけど、自分は自分だと思ってきた。
それがこの海ではこのザマだ。あばれ雲の件だって、アランがいなければどうなっていたことか。
くいくいっと前髪を引かれた。顔を上げると、リィと目が合った。
「リィ! リッリリィ!」
リィはフライパンを振るまねをする。
続いて横っ飛びに移動すると、両手を丸めて目に当てた。まるで双眼鏡をのぞいているかのようだ。
また横に飛ぶと、今度はシュッシュとパンチをくり出す。
「……俺たちのまねをしてるのか?」
リィはこくこくとうなずいた。
「リィ! リリリィ!」
リィはこぶしを握ってなにかうったえかけている。その目は真剣だ。
「もしかして、はげましてくれてる?」
「リィ!」
そのとおりだとリィは深くうなずいた。
二人がいたからリィはあの島から抜け出せたのだ。アランがあばれ雲に対処できたことも、ダレンがボスに勝てたことも、リィがこの場にいるためには必要なことだった。どちらか一人ではダメだったのだ。二人だから、なんとかすることができた。
リィはそのことを伝えたかったのだ。
「そっか……そうだよな。俺だけじゃダメなんだ。アランだけでも。二人だからこそ、船も変わったんだ」
「リィ!」
伝わったことが嬉しかったのか、リィは満面の笑みだ。ダレンもつられて笑顔になる。
「よっしゃ! じゃあ仲直りといかないとな!」
ダレンはいきおいよく立ち上がると、ふたたび包丁を握った。




