第三章 猿の島(三)
ダレンはボスに向かって構える。さっきのパンチがきいているようだ。ボスはけわしい表情でダレンを見ていた。
「はっ!」
ダレンは駆け出した。ボスも身構える。
「やぁぁぁ!!」
ダレンはまっすぐ突っこんでいった。ボスのパンチをかわし、ダレンのこぶしはボスのみぞおちにクリーンヒットした。
「キッ!?」
ボスは目を見開き、動きを止めた。そしてゆっくりと地面に倒れこんでしまった。
あたりがしんと静まり返る。勝負あり。
アランとリィは顔を見合わせた。
「かっ……勝ったぁぁぁ!!」
アランとリィがダレンに駆け寄る。ダレンに抱きつくその表情は、満面の笑みだ。ケガしたところが痛むのか、ダレンは嬉しそうだけどつらそうだ。
「約束どおり、リィはもらっていくぞ」
ボスは倒れたまま、黙り込んでいる。
別れのあいさつでもするかなと、ダレンとアランがリィを見たときだった。
「キー……」
「キッキー……」
はっとあたりを見わたすと、群れのサルたちがゆらりと立ち上がっていた。三人は徐々に囲まれようとしていた。
「なっ、なんだよ……勝ったのはこっちじゃねぇか!」
「ボスを倒されて怒ってるのかも……」
三人はじりじりと後ずさる。そしてくるりと回れ右した。
「逃げろー!」
キャプテン・ダレンの合図と共に走り出す。
「キー!!」
しかしそれを逃がすようなら、最初から迫っていない。サルたちはダレンたちの後を追い始めた。
森の中、追いかけっこが続く。
「しっかしまぁ、ほんとに勝てちゃうとはな」
「お兄ちゃん、作戦があったわけじゃないの?」
「最初はな。でも一回、みぞおちにパンチがくらっただろ? あれで、もしかしたらボスの弱点は腹なんじゃないかなーと思ったんだ。正解でよかったよ」
一か八かだったことにアランは苦い表情をした。ダレンのいつもの悪いくせだ。でも結果オーライだ。まぁいいだろう。
「とりあえずは、ここから無事に逃げ出さないとね」
「あぁ。リィ、船種は持ってるか?」
「リィ!」
リィはダレンの肩に飛び乗り、首から下げていた船種を外した。
「よし貸せ。もう海だぞ!」
草むらを抜けた先、そこには白い砂浜、青い海、どこまでも突きぬけるような空が広がっていた。
ダレンは瓶のふたを開けて、船種を海に投げ込む。
「飛べぇぇぇ!!」
ダレンの合図で二人は地面を蹴った。リィも振り落とされないよう必死だ。
船が元の大きさになるのと、兄弟が甲板に着地するのは同時だった。
「キー!」
サルたちのかん高い声が聞こえた。ぶじに船に飛び乗った三人は、海の上でそれを見送っていた。
「キッ!」
そこに低い声が響いた。森の奥から現れたボスだ。
ボスは腕を組んで、船をするどい目で見ている。
「キキッ!」
それはまるで別れのあいさつをしているようで。
リィは涙目になりながら、まっすぐにボスを見返した。
「リリッ!」
リィが返した言葉に、ボスは満足そうにうなずいた。
船は風を受けて進んでいく。
初めての船に、リィはハッチの中を楽しそうに走り回っていた。
アランは甲板に座りこんで、腕を組んでいた。
「どうしたんだ? アラン」
「いやね、なんでボスはリィを見送ったのかなって」
リィをあんなに無視していたボスだ。勝負に負けたとはいえ、見送りにまで来てくれたのがふしぎでならない。
「本当に嫌いだったら、まず勝負なんて受けてないさ」
ダレンは手すりにもたれかかって、進む先の海をながめた、
「じゃあなんでリィをいじめてたの?」
「大勢で暮らしてると、ストレスがたまる。リィはそのはけ口にされてたんだよ。特にあの島はサル以外の生きものがいなかったから、ストレスをぶつけるのが鳴き声の変わってるリィになっちまったんだろ」
本当はボスがなんと言っていたかはわからない。リィの言葉がなんとなくダレンはわかるけれど、かんぺきに理解しているわけではないのだ。
二人の間に沈黙が落ちる。黙りこんでしまった弟に、ダレンは振り返った。
「そんな顔すんなよ」
アランの顔は、泣き出しそうにゆがんでいた。ダレンはアランに近寄って、頭をぐしゃぐしゃとなでる。
「だって、そんなのあんまりだ」
周りと違うからといじめられていたリィ。彼はなにも悪くないのに、集団になると途端に攻撃しだす。人間も動物も同じだ。
「もうリィは俺たちの仲間だ。それともアランはリィをいじめるのか?」
「誰が!」
「だろ? 過去じゃなく未来のことを考えようぜ」
リィがいじめられていた過去は消えない。それでも、悲しいできごとに浸るのではなく、先の楽しいことを考える方がきっと楽しい。
リィがハッチから出てきた。マストをするすると上り、てっぺんでダレンたちに向かって「リィ!」と鳴いた。
「……あの島では、またいじめられるやつが出てくるのかな」
あの島にサルの群れがいることには変わりない。リィの次に標的にされるサルが出てくるかもしれない。
「さあな。どっちにしても、俺たちにはどうしようもない話だ。俺たちにできるのは、あの笑顔を守ることだけだろ」
リィはマストの上で楽しそうだ。ダレンとアランもつられて笑顔になる。
今の自分にできることは少ない。けれど目の前のことを一つ一つこなしていけば、いつかは大きなことができるかもしれない。ダレンとアランの父は、そうして偉大な冒険家となったのだ。
「さ、次の島に行くぞー!」
船は風を受けて進んでいく。新たな仲間を喜ぶかのように。