第三章 猿の島(二)
ダレンはサルに向かって指差してさけんだ。サルはぽかんとしている。
「あはは! お兄ちゃんにしては難しい言葉を知ってたよね。『ほこれ』だなんて」
「なんだよ。それぐらい俺だって知ってるぞ」
笑い続けるアランにダレンはむっとした表情を浮かべた。
涙がこぼれそうになっていたサルは、そのすきにそっと目をこすった。
ダレンがサルに向き直る。
「おまえ、俺たちと一緒に来ないか?」
唐突にダレンは言った。サルはまたぽかんとする羽目になる。
「なんかおまえはいいやつそうだ。俺たちと一緒に海に出ようぜ!」
「お兄ちゃん……サルに言葉通じるの……?」
「なんとなくわかるじゃねぇか。身ぶりとかで。で、どうなんだ?」
サルはダレンを凝視している。自分を認めてくれた人は初めてだった。船種をぬすむなんてひどいことをしてしまったけれど、この人と共に行きたい――そう思い始めていた。
しかしサルはブンブンと横に首を振る。
「えー? なんでダメなんだよー?」
「サルは群れの規律を重んじる。簡単に抜けるなんてできないんだよ」
サルはうつむいている。あれほどひどい扱いを受けているのに、勝手に抜けることは許されないのだ。
ダレンはその様子を見てしばらく考えこんでいた。
「よし! じゃあボスのとこに行こうぜ!」
「は?」
ダレンは善は急げといわんばかりに歩き出した。その後ろにアランとサルが続く。
「いや待ってお兄ちゃん! どうするつもり?」
「ボスに頼むんだよ。こいつをくださいってな」
「群れを抜けるにはボスと決闘しなきゃいけないんだよ? お兄ちゃんわかってる?」
その言葉にダレンはピタリと足を止めた。
ボスはアランと同じくらいの体格だった。いかにむぼうなことを言っているかやっとわかってくれたのか、とアランが安心しかけたときだった。
「いつまでも『おまえ』とか『サル』じゃあ不便だな」
「は?」
ダレンはくるりと振り返り、サルの鼻先に人差し指を突きつけた。
「よし! おまえの名前は今日から『リィ』だ!」
「いや、リィリィ鳴くからリィって安易な……」
そんな単純な由来でいいのか、いや今はそんな話をしている場合じゃないと思いかけたアランだったが、言葉を発する前にさえぎられた。
「リィ! リィ!」
アランの言葉に反してリィは嬉しそうだ。初めてもらった自分の名前。ほこれる個性だと言われた鳴き声からつけられた名前。
嬉しくないはずがない。
「よし! じゃあアラン、リィ、行くぞ!」
こうなったらダレンはてこでもゆずらない。観念してアランはついていくことにした。
三人は並んで森の奥へと進んだ。
森の奥、湖のそばでボスたちは涼んでいた。ボスは草のソファにゆったりと座り、お付きのサルたちに葉っぱで扇がせている。
三人は草むらからその様子をのぞいていた。
「お兄ちゃん、なにか作戦でもあるの?」
「作戦?」
「だってあのボスザル、すっごく強そうだよ? まさかなにも考えてないわけじゃないよね……?」
きょとんとした顔のダレンに、アランは予想が当たったことを察した。
ダレンはこぶしを握った。
「とにかく勝てばいいんだろ? たのもー! リィをもらいに来た!」
ダレンは草むらを飛びだすと、ボスに向かってそうさけんだ。
案の定、とアランは頭を抱える。しかし出て行かないわけにもいかないと、アランはリィと共に草むらを出た。
ボスはジロリと三人をにらみつけてくる。他のサルたちも、「なんだコイツら」というかのような視線を向けている。
ダレンはリィを引き寄せた。
「俺はこいつ――リィを仲間にほしい! でも群れを抜けるには、ボスに勝たなきゃダメだって聞いた。だから俺と勝負しろ!」
そう言ってダレンはボスに人差し指を突きつけた。
ボスはあいかわらず、するどい瞳でダレンをにらみつけている。やがてのそりと立ち上がった。ダレンの勝負を受けるようだ。
「アラン、これ持ってろ」
そう言ってダレンは腰に下げていた短剣をアランに渡した。
「素手で戦う気!?」
「あいつも素手なんだ。フェアにいこうぜ?」
ダレンはなんでもないことのように言うが、ボスの体格はアランほどだ。加えて腕の太さはダレンの倍近くある。力くらべでは互角、もしかしたらダレンの方が分が悪いかもしれない。
アランもリィも、不安そうにダレンを見つめた。
「大丈夫だ。俺はキャプテンだぜ? 俺を信じろ」
にっと笑うダレンに、アランは不安な気持ちが消えていくのを感じていた。
いつだってそうだった。兄が大丈夫だということはなんとかなってきた。父が死んだときも、あばれ雲につかまったときも、なんとかなったのだ。今回もきっと大丈夫だ。
「よっしゃ! こい!」
そうしてダレンとボスの戦いが始まった。
先手必勝。まずはダレンが右パンチをくり出す。
しかしボスはすんでのところでそれをかわしてしまう。代わりに今度はボスのキックが放たれる。
ダレンはそれを見切っていた。ジャンプして難なくそれをよけた。
パンチとキックの応酬が続く。
「いけ! そこだ! お兄ちゃんいけー!」
「リィ! リィ!」
二人の応援もどんどん熱くなっていく。
そのときだった。ダレンの放ったパンチがボスのみぞおちに決まった。ボスのみけんにしわが寄る。
「うわ!」
しかしダレンはボスに殴り飛ばされてしまった。
「お兄ちゃん!」
木にぶつかって止まったダレンに、アランとリィがかけよる。ダレンはすぐに身を起こした。しかめっ面でボスの方を見ている。
「かってぇなぁ……。でも」
口の中が切れたようだ。ダレンはペッと血混じりのツバを吐き出した。
「次で決める」