第三章 猿の島(一)
それからどれくらいの時がたっただろうか。
ダレンとアランは、真っ白い砂浜に転がっていた。二人の頭の上には、青い空が広がっている。
「アラン……生きてるか……?」
「なんとか……。お兄ちゃんは?」
「俺もなんとか」
あばれ雲にどうすることもできないまま、二人はハッチの中で右に左に振り回された。ガコンと岸に打ち上げられた音がして、船はやっと止まった。あばれ雲もどこかに行ってしまったようだ。
「ていうか船は?」
二人の近くに船はない。打ち上げられたと同時に、ダレンとアランは砂浜に投げ出されてしまったのだ。
ダレンは右手を上げた。そこにはひものついた瓶がにぎられている。
「首から下げといてよかったよ。船ならここだ」
瓶の中には小さな船が入っている。船種はふたを閉じると瓶に戻るのだ。
「よかった。お兄ちゃんのことだからなくしたかと思ったよ」
「なんだよ、失礼なやつだな」
むすっとして言うダレンに、アランは「ははっ」と笑った。
「大事な船だもんね。そんなわけないか」
ダレンは目をまたたかせる。少しはみとめてくれたのだろうか。めずらしく笑顔を見せるアランに、ダレンは面食らってしまった。
その視界にサルが飛び込んできた。
「うわっ!?」
ダレンは飛び起きる。サルはダレンに向かって首をかしげた。
二人は無言で見つめ合う。
「リィ」
「なんだこいつ。変な鳴き声だな」
ダレンの視線がサルの手元にいく。サルは瓶を手にしていた。
「!?」
思わず自分の両手を見た。さっきまで手にしていたはずの船種がない。
サルがかけ出した。
「リィ! リィ!」
「おいちょっと待て!」
サルは瓶を持ったまま森の中へと入っていってしまった。
「追いかけるぞアラン!」
「なに!? どうしたの!?」
アランも飛び起きた。もう走り出していたダレンをあわてて追いかける。
「船種が……ぬすまれた!」
やっとのことで兄に追いついたアランは、その言葉を聞いて顔色を変えた。ダレンはサルを見つけたようで、森の中だけを見て走り続けている。
「なにやってんだよお兄ちゃん……!」
「しょうがねーだろ!? 気づいたらとられてたんだよ!」
瓶を手ばなしたわけではなかった。あのサルの動きがすばやかったのだ。
なにやらアランは考えこんでいる。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「ん? なんだ?」
「船種をあのサルにとられちゃったわけだけど、じゃああの船はあのサルのものになっちゃうの?」
「いや、それはない。持ち主が船種に『もういらない』って言うか、死ぬかしないと持ち主は変わんないんだよ。だから父さんのあの船種は長らく持ち主がいなかったんだし」
「そっか」
それを聞いてアランは安心したようだ。すぐさま船がなくなるというわけではない。
それでも取り返さないといけないことには変わりがないが。
「まて、とまれ」
ダレンがアランを制した。
ダレンの視線の先では、サルが群れの仲間と合流しているところだった。二人は茂みにかがんで様子をうかがう。
「なんであっちに行かないの?」
「だってあんなんサル多すぎだろ。タイミングを見はからうんだよ」
サルの群れはいったい何匹いるんだろうか。三十匹はいそうだ。
一番太い木にえらそうに座っているのは、きっとボスザルだろう。数匹のサルに毛づくろいをさせている。
「あ」
アランの口から小さい声がもれた。
さっきの瓶をとっていったサルが、ボスザルに近づいていくところだった。
サルはボスにおずおずと瓶を差しだす。
「あいつ、ボスへのみつぎ物にするつもりだ」
ダレンはけわしい声で言う。
そのまま様子を見ていると、ボスはその瓶にちらりと視線をやった。
「キー!」
かと思うとしっぽで瓶を払いのけてしまった。
「あっ!」
思わずダレンは飛び出しそうになったが、それをアランが制した。
ボスはそのまま取り巻きを引き連れて、森の奥へと行ってしまった。残された泥棒サルは、しょんぼり瓶を拾いに行く。
ダレンとアランは、その背中を見つめていた。
泥棒サルは、浜辺に戻ってきていた。周りに他のサルはいない。船種を抱えてしゃがみこんでいる。
そこにザッと足音がひびいた。
「おい」
サルが視線を上げると、そこには仁王立ちしたダレンがいた。その後ろではアランが心配そうに見守っている。
もう逃げる気力はないようで、サルはまた海の方を向いてしまった。
ダレンはその隣にドカッと座った。
「おまえ、仲間外れされてんのか?」
サルはうつむいたまま応えない。
このサルを無視していたのは、ボスだけではなかった。群れの他のサルたちも、ボスにならってこのサルを無視している。
「鳴き声が変わってるからか? リィリィ鳴くサルなんて変わってるよなー」
ダレンの後ろでアランが頭を抱えている。言い方というものがあるだろうが。
案の定、サルは怒ったようにきっと顔を上げた。ダレンの腕をポカポカ殴ってくる。
「いてて……。なんだよ、別にいいじゃねーか。人と違うことのなにがいけねーんだよ」
その言葉にサルは動きを止めた。ダレンは「いや人じゃねーな、サルか」とブツブツつぶやいている。
サルは目をまん丸に見開いている。
ずっと他のサルと違うことがいやだった。なんでみんなと同じようにできないのか悔しかった。
「とにかく! 他のやつらと違うからって落ち込むことはねぇ! 生まれ持った個性をほこれ!」