表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/19

第二章 船出(二)

 この季節、大陸からは西の風が吹く。兄弟が向かおうとしているアジサイ島は、二人が暮らしていたヒマワリ島のはるか東に位置する。

 西風は、追い風だった。


「ひーまーだー」

 ダレンは仰向けになって甲板に転がっていた。その顔には退屈そうな表情がありありと浮かんでいる。

 アランは船の先端で、望遠鏡を覗いていた。水平線の先に、陸地はまだ見えない。

 それもそのはず。まだ出発してから二時間だ。

「もー! お兄ちゃん、もう飽きたの!?」

「いいや違うぞ。お兄ちゃんは『いまだ』って言ったんだ。いま、この空をチェックしてるんだ」

 ダレンは勢いをつけて起き上がると、あわてたように言った。自分から旅に出ようと言い出した手前、もう飽きたとは言えないのだろう。

 ごまかしたのはバレバレだ。アランはあきれたようにため息をついて、進行方向を向いた。

「じゃあお昼ごはんでも作ってきてよ」

「お? もうそんな時間か? よーし、じゃあお兄ちゃん腕をふるっちゃうぞー!」

 そうして意気揚々とダレンはハッチを下りていく。

 その背中を見送って、単純な人だなぁとアランは考えていた。


「じゃーん! お兄ちゃん特製BLTバーガーだぞー!」

 数分後、ダレンはお盆を片手に甲板へと戻ってきた。お盆の上にはハンバーガーとオレンジジュースが入ったカップが乗っている。

「BLT?」

「おう。ベーコンとレタスとトマトだ。サナさんが生野菜は早く食べろって言ってたからな。悪くなる前に生で食っちまおう」

 風に乗っていいかおりがアランの鼻に届いた。ベーコンには油が乗っていておいしそうだ。

「いっただっきまーす!」

 ダレンとアランは甲板に座り込んで、ぱくりとハンバーガーにかぶりついた。

「おいしい!」

「だろ?」

 あぐらをかいて膝に片肘をついたダレンは、弟の喜ぶような顔ににっと笑った。

「特製ソースを使ってるんだ。マヨネーズとケチャップに、ちょっとマスタードを混ぜてる。父さん直伝だぞ」

「お父さん……」

 なんだか懐かしい味がすると思ったら、兄弟の父親の味だったのだ。

 ダレンとアランの母親は早くに亡くなってしまったから、家庭の味というと父親の料理が浮かぶ。父親はレストランをやっていたというだけあって、それはおいしいものだったのだ。

 食べる手を止めてしまった弟を見て、ダレンはしまったという表情をした。

「あー……。兄ちゃんなんでも作ってやっからな!」

「え……?」

「アランはなにが好きだ? ハンバーグ? オムライス? 言ってみろ。なんでも作ってやるぞ」

 あせったように話す兄を、アランはぽかんと見ていた。気をつかわれてしまったのだろうか。いつも強引にものごとを進めてしまう兄にしてはめずらしい、とアランはぷっと吹き出してしまった。

「アラン?」

「ううん、これもおいしいよ。お兄ちゃんの料理ならなんでも好きだから」

 ダレンは目をまたたかせた。さっきまでへこんでいた弟がもう笑っているのだ。いまいちわからない。

「そっか……?」

「うん、そうだよ」

 さびしくなったのは事実だけど、父の味はいつでも兄が作ってくれる。

 それにこれからずっと一緒に冒険をするのだ。さびしいなんてことはない。

 二人は船に揺られながら、バーガーをほお張っていた。


 昼ごはんの片づけをして、アランが進む先を見ていたときだった。

「ん?」

 けげんな声を上げたアランを、マストに上っていたダレンは見下ろした。

「どうかしたのか?」

 アランは兄を見ないまま、望遠鏡で遠くの空を見ている。返事をしない弟に、ダレンはするすると甲板に下りてきた。

「あれは……まずい! お兄ちゃん帆をたたんで!」

「お、おい……どうしたんだよ?」

「いいから早く! あれは……」

 アランはさっきまで見ていた空をもう一度見上げた。遠くにあったはずの黒い雲が、もうすぐそばまでせまっていた。

「あれはあばれ雲だ!」

 あばれ雲。それはその名のとおり、強い雨風を起こす雲のことだ。とつぜん発生して、動きも早い。気づいたらすぐ近くにやってきていて、いろんなものをなぎ倒していってしまう雲だ。

 ダレンもあばれ雲のことは知っていた。アランの言葉を聞いて、慌ててマストへ走る。

 だがあばれ雲はもう船の上に来ていた。真っ黒い雲が頭の上に広がり、激しい雨が二人のもとに降りそそぐ。

「だめだアラン! ハッチの中へ!」

 二人はゆれ動く舟の上、必死になって移動した。

 船が荒波にさらわれていく。

 ハッチがばたんと閉じた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ