第二章 船出(一)
それから三日後。ダレン・アラン兄弟とサナは港にいた。港には漁船や客船、大小さまざまな船が浮かんでいる。
天気は快晴。旅立ちにはぴったりの日だ。
「よーし、じゃあいくぞ!」
ダレンは船種の入った小さな瓶を取り出した。
船種は持ち主がふたを開けて、海に投げ込むことで普通の大きさの船になる。一度開けたら持ち主が死ぬか誰かにゆずるかするまで姿かたちは変わらないので、なんどでも出し入れできるのだ。
ダレンとアランは話し合って、一つしかないこの船種を二人の船にすると決めていた。
「せーの!」
二人は一緒にふたを開けると、瓶を海に投げ入れた。
小瓶が波間に浮かぶ。船種はどんどん大きくなっていく。ダレンとアランは目を輝かせながらそれを見守っていた。これから自分たちの相棒となる船だ。どんなものになるか、わくわくしないはずがない。
「ってちっちゃ!」
さぁ大きくなるぞ、と思われた船は、二人を乗せるのがやっとという大きさで止まった。まわりの船と見比べても、あきらかに小さいとわかる。
「船種は持ち主の心で大きさが決まるからねぇ」
楽しそうに言うサナの言葉を聞いて、ダレンは弟をきっとにらみ付けた。
「アラン! お前海が怖いとか思ってんだろ!?」
「そっ、そんなことないもん! お兄ちゃんが考えなしだからじゃない!?」
「なにをー!?」
言い争う二人を横目に、サナは船に飛び乗って荷物を運び込むことにした。ハッチを開けて中をのぞき込むと、「お?」と小さく声を上げた。
「おっ、見かけは小さいけど中はすごいぞー?」
ようやく二人ははっとして、船に飛び乗った。サナに先を越されてしまったことがなんだかおもしろくない。
だけどそんな気持ちは船の中を見たら吹き飛んでしまった。
甲板のハッチを開けた先には、はしごが下まで続いていた。中に降りると、二人が寝ころがっても十分な広さがある。壁際にはがんじょうなとびらの付いた収納庫があって、たくさんのものを積み込めそうだった。
「……アランは心配性だからなぁ。こんなに荷物ないだろ」
「……うるさいなぁ」
アランはふてくされたように言いながら、船内を見て回る。テーブルになっているカウンターの先をのぞきこんで、アランは足を止めた。
「あ」
収納庫のとびらをひとつひとつ開けていたダレンは、弟の小さな声に顔を上げた。小走りでカウンターへと近づく。
「なになに? なんかあった?」
「お兄ちゃん、これ」
カウンターの向こうでアランは顔を上げた。
そこにあったのは、小さなキッチンだった。小さいながらもコンロや流しはしっかりしていて、家のレストランのようにちゃんと料理ができそうだ。
「おや、これはいいねぇ」
サナものぞき込んできて楽しそうな声を上げる。
「船種は持ち主の心によって姿かたちが変わる船だ。お前たち、ちゃんとコージさんの意志を受けついでるようだね」
海の男でもあり、料理人でもあった父。この船は、父と兄弟の血のつながりを感じさせるものだった。
なんだか心があったかくなってきて、二人とも顔がにやけてきてしまいそうだった。
サナはくすりと笑った。
「さ、早いとこ荷物を詰みこんじゃおう。ちんたらしてたら日がくれちまうよ」
サナはきびすを返す。
「おう!」
「うん!」
二人はサナに続いた。
アジサイ島まで、順調にいけば三日。食糧や地図、コンパスなど、積み込むのはあっという間に終わった。いよいよ出航だ。
二人は甲板に立って、防波堤の上のサナを見上げていた。
「引っ越してなければ、副船長のケビンくんはアジサイ島にいるはず。島に着いたら駐在所を尋ねるんだよ? あやしい人についてっちゃダメだからね?」
「わかってる、わかってる。サナさん何回同じこと言うのさ」
ダレンはうるさそうに言った。兄弟が海に出ると決めてから、サナはことあるごとに言ってくるのだ。
「もー、お兄ちゃん。大事なことだからサナさんは何度も言うんだよ? お兄ちゃん、忘れっぽいから」
「失礼な!」
しかしダレンなら忘れかねない。レストランの料理の値段もなかなか覚えられなかったダレンだ。料理の作り方ならすぐに覚えるのに。
兄弟のやりとりを見て、サナはくすくす笑った。
「その様子なら大丈夫そうだね。アラン、お兄ちゃんが暴走しそうになったらちゃんと止めてあげるんだよ。ダレン、弟が迷いそうになったら引っ張ってあげるんだよ」
サナの言葉に兄弟はしっかりとうなずいた。
ダレンが帆を張る。アランが碇を上げた。
「それじゃあ行ってきます!」
「サナさんまたね!」
二人は大きく手を振った。サナも防波堤の上で両手をぶんぶんと振り返している。
西風を受けて船はぐんぐんと進んでいった。