第七章 そして故郷へ(二)
いい風が吹いている。この調子なら、昼を過ぎたあたりでヒマワリ島に着くかもしれない。
ダレンは航海日記を開いた。さて、なにから書きだそうか。
ひょこっとアランがのぞき込む。
「なに書くの?」
「わっ! 勝手に見るなよ!」
「いーじゃん、減るもんじゃないしー」
「はずかしーだろ! 日記なんだから……」
アランはふーんと言って去っていった。甲板に海図を広げてなにやらリィと笑い合っている。
ダレンはその様子を見てふっと笑った。弟が家族以外の前で笑うようになったのは、兄として喜ばしい。アランのあの頭のよさに、人づきあいのうまさが加わったら怖いもの知らずだろう。
負けていられないな、と思う。料理の腕も、冒険家としても、父にはまだ遠くおよばない。アランに負けないように、自分も成長していきたいと思う。
さて、日記にはなにから書こうか。
そう考えてしばらく迷ったあと、ダレンは最初のページに、四行だけ書き込んだ。自分たちの冒険を始めるのに、これ以上の言葉はないだろう。
「よーしできた!」
ダレンが航海日記をつづっていると、ルカのそんな声がした。旗が完成したのだ。
ダレンとアランとリィは、色めき立って、ルカの元へと駆け寄る。
「じゃーん! どう?」
そう言ってルカは胸の前で旗を広げる。
そこに描かれていたのは、二つの翼が生えたリンゴだった。青い色を背景に、力強い翼が描かれている。
「海の上をどこまでも飛んでいくイメージ。もちろん、翼が二つなのはダレンとアランのことを表しているわ」
ルカは得意げに言う。
リンゴはヒマワリ島の名物であり、リィの好物でもある。
青はルカの好きな色。
旗には四人を表すものがつめ込まれていた。
ダレンはうつむいて肩をふるわせた。
気に入らなかっただろうか。ルカは不安になって、ダレンの顔をのぞき込もうとした。
「ダレン……ダメだった……?」
「すっごくいいな! これ!」
ダレンは勢いよく顔を上げた。その勢いにルカはのけぞる。
「海の上を飛んでいく翼! めちゃくちゃかっこいいよ!」
キラキラとした目を向けてくるダレンに、ルカの目までチカチカしてしまいそうだ。救いを求めてアランの方を見る。
アランも満面の笑みを浮かべていた。
「僕もすごくいいと思う。ルカの絵はすてきだね」
「リィ!」
どうやらリィまでほめているようだ。
思ったよりもほめられて、ルカの顔が赤くなる。描いたものがこんなに喜ばれるなど思いしなかった。見てくれる人がいるというのはこんなにも嬉しいものなのか。
「おっし、俺つけてくる!」
「あっ、まだ乾いてないとこあるから気をつけてね!」
おうっと返事をして、ダレンはマストに上っていく。リィもついていった。手伝うつもりなのだろう。
アランとルカは、それを下から見ていた。
「片翼だけどさ」
ぽつりとアランが言った。なんだろう、とルカは隣を見る。
「僕たちのお父さんのレストランのマーク、一つの翼だったんだ。偶然だけど、あんなに僕たちにぴったりのマークはないよ」
ルカは目を見開いた。知らなかったとはいえ、自分はなんという偶然を起こしたのか。こんな偶然があるなんて。二人のイメージから描いたものだったけど、あの図案にして本当によかったと思えた。
ダレンがぴょんと下りてくる。
四人は旗を見上げた。翼が風にあおられて勢いよく揺れている。
「翼……海の上を行く翼……。そうだ! 『海の翼号』ってどうだ? この船の名前!」
ぶつぶつつぶやいていたダレンは、唐突に叫んだ。どうやら船にどんな名前をつけるか考えていたようだ。
「海の翼号か……。お兄ちゃんにしてはいいネーミングセンスなんじゃない?」
「俺にしてはってなんだよ?」
「別にー? そのままの意味だよー?」
「なんだとー!?」
ケンカを始めてしまいそうな二人の間に、ルカは割って入っていった。
「まぁまぁ二人とも。今は船の名前でしょ? 海の翼号、いいんじゃない?」
ルカにそう言われて、ダレンは満足そうな顔をし、アランはバツの悪そうな顔をした。
「どこまでも飛んでいけそうよね、この風を受けて」
ルカは進む先の海を見た。他の三人もつられてそっちを見る。
追い風に乗った船は、ぐんぐんと進んでいく。まるで鳥になったようだ。海の上をどこまでも飛んでいけそうな気さえする。
ダレンが「あっ!」と声を上げた。なにごとかと視線が集まるが、ダレンはちょっと待ってろとハッチを下りていってしまった。
またすぐに戻ってきたのだが、その両手には四つのカップと小振りの樽が握られている。ダレンは甲板にカップを置くと、樽からオレンジジュースをそそいだ。
「父さんの航海日記に書いてあって、俺が冒険に出たらこれをしたいって思ってたんだ」
アランは兄がなにをしようとしているか、わかったようだ。アランも日記を読んだ一人だ。
ダレンはカップを配った。ルカもリィも、なんとなくなにをするかわかったようだ。ダレンとアランにならってカップを手に取る。
ダレンはにっと笑った。
「それじゃあ海の翼号と仲間たちに、乾杯!」
「乾杯!」
みんなの声が重なる。
それは船に乗る者を、仲間と認める合図のようなものだった。みんなで同じものを飲み食いし、きずなを深めるのだ。
四人はジュースを飲み干した。誰からともなく笑い声が上がる。
仲間たちがいれば、どんな困難も乗りこえていける気がした。海の翼に乗ってどこまでも行ける。
「あっ! 島が見えてきたぞ!」
ふいにダレンが叫んだ。三人が顔をあげると、遠くにヒマワリ島が見える。
帰ってきた兄弟を見て、サナはなんと言うだろうか。新たな冒険に出ることを許してくれるだろうか。
期待と不安を胸に秘めて、船は港へと着いたのだった。
今回の冒険はここでおしまい。
次はどんな冒険が待っているだろうか。
きっと予想もつかないようなことも待っているんだろう。
だけど、どんなことがあっても乗りこえていけると思う。
仲間が一緒だから。
〈おわり〉