第五章 アジサイ島の日記(三)
ルカの父親の書斎でも、静かな時間が流れていた。
二人をつれていくと、ルカの父親はダレンとアランにそれぞれ一冊の本を突き出した。
「こっちが俺のもらった航海日記、こっちが冒険の役に立った本だ。とりあえず読んでしまえ」
ダレンに航海日記を、アランに航海術の本を渡して、ルカの父親は書斎机にどっかりと座った。あごをしゃくって壁際のソファに座れとうながす。
ダレンとアランは言われたとおりソファに座って、本を開いた。
もしもこの日記を見た人が
例えば僕らの子どもとかが
海に憧れを抱いたらいいなと思う
コージ
航海日記の最初のページには、そう記されていた。
たしかに父の文字だ。父の痕跡を見つけて、ダレンは泣きそうになってしまった。なつかしい文字だ。
うすく浮かんでしまった涙をぬぐって、ダレンはページをめくった。そこに記されていたのは、北の大陸の冒険談だった。
すこぶる寒い大陸に、中間たちと上陸したこと。
凍った大地に住む生き物たち。
なかなか火を起こせなくて、凍え死にそうになったこと。
白い地平線に昇る朝日。
その全てが、目の前に浮かぶように描かれていた。
長い時間をかけて、ダレンは航海日記を読み終わった。顔を上げると先に読み終わっていたアランと目が合って、二人は本を交換した。
差し出された航海術の本を、ダレンも読んでみることにした。ルカの父親が冒険に役立った本と言うだけあって、わかりやすい本だった。これを読んでみれば、アランがずっと小言を言っていた意味がわかった。
一人でも冒険はできるが、仲間がいればもっと心強いものになる。それには一人の力だけにたよるようではいけない。みんなで協力して旅をしなければならないのだ。
アランがぱたんと日記を閉じた。読み終わったのだろう。念願の航海日記を読んで、どう思っただろうか。
「ルカの親父さん。日記を見せてくれてありがとうございました」
頭を下げるダレンを、ルカの父親はちらりと見た。アランも兄にならって頭を下げる。
「父さんがどんな冒険家だったか、よくわかりました。冒険に必要なことも。ここに来れてよかったです」
「……これからどうするつもりだ?」
「まずは一度ヒマワリ島に帰ります。サナおばさんとの約束だったし。それからまた旅に出ようと思います。……ルカも一緒に」
ダレンはまっすぐにルカの父親を見て言った。
ルカの父親のこめかみに青すじが浮かぶ。怒鳴るためだろう。大きく息を吸った。
「パパ!」
しかし怒鳴り声が響くことはなかった。書斎にルカが飛び込んできたのだ。怒鳴ろうとしていたルカの父親は、中途半端に止められて咳き込んだ。
「パパ大丈夫……? あのね、わたしちゃんとパパに話してなかったと思うの。わたしね、画家になりたい。それもただの画家じゃなくて、自分の目で見たものを描き起こす画家に。それはこの島じゃできないの。世界中のものを見て回りたいの。パパがダメって言ってもわたし、もう決めたから」
ルカは一息で言い切ると、父親をぐっと見上げた。ルカの父親もなにも言わずにルカを見下ろしている。
やがて先に動いたのはルカの父親だった。ルカの父親は盛大なため息をつく。
「がんこなところはママに似たのかなぁ。パパがなにを言っても聞かないんだろう? こっちに座りなさい。ルカも海の知識をつけるんだ」
ルカの父親はそう言って、ダレンたちが座るソファの反対側を指差した。ルカはきょとんとする。
「それって……」
「俺たちと一緒に行っていいってことか!」
先走って言ったダレンを、ルカは振り返った。そうしてもう一度父親の方を向く。
「冒険の知識を身につけてからな! 君たちもだぞ!」
ルカとダレンとアランとリィは顔を見合わせた。そしてハイタッチを交わす。
「やったぁ!」
三人の声が重なった。
喜び合う子どもたちを、ルカの父親は優しい目で見ていた。