第五章 アジサイ島の日記(一)
アジサイ島は大陸と大陸のちょうど中間にある大きな島である。中間にあるから立ち寄る船も多くて、港はにぎわっていた。
昼下がりにアジサイ島にたどりついた一行は、船を下りて瓶にしまう。
「さて、これからどうしよっか」
「副船長を探したいところだけど、まずはルカのお父さんだよね。ルカ、おうちはどのあたり?」
アランのその言葉に、ルカはきょとんとした。
「一緒に来てくれるの……?」
「当たり前だろ? 俺たち仲間じゃねーか」
当然のように言われて、ルカは満面の笑みを浮かべる。初めてできた仲間が、嬉しくてたまらない。
「うちはこっちよ! 教会通りにあるの!」
ルカはダレンとアランの手を取る。リィが彼女の頭の上に乗った。
多くの人が行きかう港通りを、子どもたちは駆け抜けていった。
レンガ造りの家が立ち並ぶ教会通り。その一軒がルカの家だ。
扉の前に立ったルカは、ごくりとつばを飲みこんだ。今から父を説得しに行くのだ。緊張もする。
その背中がいきなりばしんと叩かれた。
「いった……」
「大丈夫、俺たちがついてるから」
見上げるとダレンが強気な笑みを浮かべていた。
「そうだよ。いざというときは僕たちも説得するから」
「リィ!」
その向こうではアランとリィがぐっとこぶしを握っている。
ルカは口を引き結んだ。そうだ、一人じゃない。
今ならなんでもできそうな気がした。
「た、ただいまー……」
ルカはそっと扉を開けた。家の中はしんと静まり返っている。ルカのお父さんは留守なのだろうか。
そう思っていると、奥からドドドドドっという音が近づいてきた。そしてバンっとドアが開かれる。
そこに立っていたのは、まるで熊のような人物だった。頭はドアのてっぺんにぶつかりそうで、ぎょろりとした目はこちらを向いている。筋肉もりもりの腕は今にもドアを破壊しそうだ。
「ルカァァ!! 今までどこに行っとった!!」
ビリビリと空気をふるわせて、その人物が叫んだ。ずんずんとこちらに近づいてくる。ダレンとアランは一歩後ずさる。
「ただいまパパ! ちょっと海に出てたの」
「パパァ!?」
ダレンとアランの声が重なる。
まさかこの熊がルカの父親だとは思わなかった。似ても似つかない。ルカは母親似なんだろうか。
ルカの父親は青ざめた。
「あれほど一人で海に出ちゃいかんと言っただろう! なにもなかったか!?」
「人さらいにあったわ。でも船種は大丈夫よ」
そう言ってルカはカバンから小瓶を取り出す。
そういうことを言ってるんじゃないだろう、とダレンたちは視線を送るが、ルカは気づかない。案の定、ルカの父親はふらりと倒れかけた。
「あぁルカ……。パパのかわいいルカ。ルカのかわいさは世界一だからさらいたくなる気持ちもわかるが、そうなったらやっぱり家から出すわけにはいかんな……。これから先、ずっと家の中にいなさい。お外は危ないからね。そうだ、部屋にカギをつけておこう……。ちょっとカギ屋に行ってくる」
「もうっ、パパいいかげんにして! わたしは大丈夫だったのよ! この人たちのおかげでね!」
家を飛び出そうとする父親を引き止めて、ルカはダレンたちを指さした。そこでようやくルカの父親はダレンたちに気づいたようだ。今まで気づいてなかったのか、とアランは苦笑を浮かべる。
「はじめまして。俺たち、ルカがちょうど海賊につれていかれそうになってるところに通りかかったんです」
「三人がいたから助かったの。ねぇパパ、わたしこの人たちと冒険に出るわ!」
ダメだこりゃ、とアランは頭をかかえた。説得するには言い方というものがある。こんな説得じゃいいとは言われないだろう。
アランがちらりとルカの父親の方を見ると、予想どおりくちびるをわなわなとふるわせている。
「ダメだ!!」
雷のような声がひびいた。あまりの迫力に、ルカもダレンもアランもリィも身をすくませる。
「君たち、ルカを助けてくれたことはお礼を言う。だが、ルカを連れていくことは許さん」
「どうして!?」
ルカが抗議の声を上げた。
「どこの馬の骨ともわからん男に大事な娘を預けられるげふぅ!」
「あらルカ、帰ってたの?」
ルカの父親の後ろに、小柄な女の人が立っていた。女の人のこぶしはルカの父親のわき腹に入っており、倒れこみかけた父親を難なく抱えた。
「ママ! ただいま!」
「ママァ!?」
二人はまたおどろきの声を上げるはめになった。
たしかに顔立ちはルカと似ているが、このバカ力はどういうことだ。熊のようなルカの父親を、軽々と抱えている。
「紹介するね。わたしのママ。動物のお医者さんなの」
「初めまして。あらあら、ルカのボーイフレンド?」
「もうママったら! こっちはダレンとアランとサルのリィ。海で危ないところを助けてくれたの」
「あらあらまぁまぁ、それはありがとね」
ルカの母親はにっこりほほえんで言うが、二人にはどうしてもわきに抱える熊のような父親が目に入ってしまう。動物の医者をしているから大きい生き物を抱えるのは慣れているのだろうか。
「よかったらお茶していかない? おいしいクッキーいただいたの」
断るという選択肢はなかった。