第四章 海上の人さらい(四)
今度はダレンとアランがおどろく番だった。
「じゃあちょうどいいじゃねーか。ルカの親父さんを説得しようぜ!」
「え?」
ルカはぽかんと口を開けた。
「親父さんに反対されてんだろ? ちゃんと説得してから冒険に出たいじゃねーか」
あっさりと言い放つダレンに、ルカはしばらくあんぐりとしたあと、深くため息をつく。そしてやれやれと首を振った。
「これだから男の子は……。いい? そんな簡単な話じゃないの。お父さんのがんこさはそうとうなものなの。並大抵の説得じゃあ許してくれないわ。あなたたちみたいに男の子だったら許してくれたかもしれないけど……」
「そんなもんなのか?」
「そうよ! 簡単に許してもらえたからあなたたちもここにいるんでしょ!?」
ルカがどなった瞬間、ダレンとアランは口をつぐんだ。急に変わってしまった空気に、ルカはとまどう。
「……僕たちのお父さんは、もう死んじゃってるんだ」
「え……?」
「父さんはいだいな冒険家だったんだ。俺らは父さんの残した航海日記を見たい、その思いで海に出たんだ。まぁこいつを説得するのに時間がかかったけどな」
そう言ってダレンはアランの頭をぐしゃぐしゃとなでる。アランはそれを迷惑そうに払いのけた。
「だってお兄ちゃんには計画性がないんだもん。海図も読めないで、どうするつもりだったの?」
「だからそれはアランがなんとかできただろ?」
「そういう人まかせなところってどうなの!?」
言い争いを始めてしまった二人を、ルカはあ然として見ていた。ぎゃいぎゃいと言い合う二人は、ケンカするほど仲がいいというやつだ。
やがてルカはぷっと吹きだした。
「そうね、あなたたちの言うとおりだわ。できるかわからなくても、挑戦しないといけないわよね。……わたし、お父さんを説得してみる。画家になりたいもの」
ルカの言葉に、三人は目を輝かせた。ルカは続ける。
「それに、あなたたちと冒険するのは楽しそうだし! よろしくね、ダレン、アラン、リィ」
「おう!」
「うん!」
「リィ!」
三人の声が重なった瞬間だった。
『グゥゥゥゥ』
音のした方を見る。そこには真っ赤な顔をしたルカがいた。
「その、朝からなにも食べてなくて……」
ダレンたちは顔を見合わせると、ぷっと笑った。
さっきリンゴを食べたばかりのリィを見張りに残し、ダレンとアランとルカはハッチの中に下りてきていた。
「あれ? ちょっと広くなってねぇ?」
ダレンに言われて見てみれば、たしかに少し広くなっている。くつろげるスペースはそこまで変わってはいないが、キッチンが広くなっている。一つしかなかったコンロは二つに増え、作業台も最初より一回り大きいようだ。食材保管庫もできていた。
ダレンはにたーっと笑って弟を小突いた。
「アラーン? 女の子が来たからって船を成長させるすることはないんだぞー?」
「なっ、なにを言ってるんだよお兄ちゃん! そりゃあ船種は心の持ち様で形が変わるけど……。ルカが来て鼻の下を伸ばしてるのはお兄ちゃんの方じゃないの!?」
「誰が! あんなナマイキ女!」
「二人ともー? 聞こえてるわよー?」
後ろから聞こえた冷ややかな声に、二人はぎくりと動きを止める。そーっと振り返ると、笑顔のルカがいる。ただし、こめかみは引きつっていた。
「ぼっ、僕はルカのこと悪く言ってないよ!?」
「あっ裏切り者!」
「うるさい! 許してほしけりゃおいしいごはんを作ることね!」
そう言うとルカはぷいっと回れ右して、らんぼうにイスに座った。
さっきまで言い争いをしていたのがうそかのように、アランはダレンへすすすっと近寄る。
「お兄ちゃん、ルカかなり怒ってるよ……」
「あーもー、おまえも悪いんだからな? うまい飯を作りゃあいいんだろ」
ダレンはくるりとキッチンへ足を向け、フライパンを手に取った。
アランもそれに続く。
「なにを作るの?」
「まぁ見てろって。ぜったいルカをおどろかせてやる」
ただ待っているだけではたいくつだったルカは、カバンからスケッチブックとえんぴつを取り出していた。楽しそうに料理をしている兄弟を見ながら、えんぴつを走らせた。
「おっしできた!」
ダレンの言葉とほぼ同時に、ルカもえんぴつを置いた。そしてスケッチブックをわきによける。
「俺特製ピラフだぞ!」
ダレンは高らかに宣言して、机にコトンと皿を置いた。
ほこほことゆげを上げるピラフに、ルカはのどをごくりと鳴らした。
「ベーコンとキャベツのピラフだ。ほんとは卵も入れたいところだけど、持ってこれなかったからな。悪くなっちまうし。でも味は保証するぜ」
ルカはスプーンを手に取った。一口ぱくりとほおばる。ルカは目を見開いた。二口、三口とスプーンを進める。
ダレンとアランはにっと笑ってそれを見ていた。
「どうだ?」
一気に半分ほど食べたところで、ルカはようやく手を止めた。
「すっごくおいしい!」
「だろ? 父さん直伝だからな」
「僕らのお父さんは冒険家をやめたあと、レストランのコックをしてたんだ。僕らも小さいころからお店に出入りしてたんだよ」
自分の分を持ってきて、アランはイスに座りながら話す。
「父さんが死んでからは俺もキッチンに立ってたしな」
「なるほど、納得だわ。それ最初に聞いておけばよかった。いいわ、さっきのことは許してあげる」
ダレンとアランは顔を見合わせた。そしてにっと笑う。
ダレンは自分の皿とピラフの入ったティーカップを手に取った。
「リィにもやってくるよ」
「さっきリンゴ食べたんだから、あんまり食べすぎないようにね」
わかってるわかってる、とダレンは軽く返事をして出て行ってしまう。
その様子にアランはふぅと小さくため息をついた。
それを見て、ルカはくすくす笑う。
「どっちが兄かわからないわね」
アランは肩をすくめた。
「でもね、お兄ちゃんは本当はすごいんだ。僕の方が頭がいいからほめてくれるし、お父さんが死んだときだって自分も泣きたかったはずなのに、僕のことを思ってがまんしてたんだ。お兄ちゃんはすごいよ」
まわりの大人はアランがむずかしい問題を解くたびにほめてくれたけど、アランには友達に囲まれているダレンの方がずっとすごいと思っていた。いくら算数のむずかしい計算ができても、高い木に登って友達と笑い合っているダレンがうらやましかった。
さっきダレンははげましてくれたけど、船種がこんなに小さいのは自分のせいだと思っていた。自分の心がもっと強ければ、もっと大きい船だったのに……。
「でもアランの頭脳があったから、わたし助かったわよ」
うつむきかけていたアランは、その言葉に顔を上げた。視線の先では、ルカが優しくほほ笑んでいた。
「タバスコ砲で目つぶししちゃうのも、てこの要領で小船を引っくりかえしちゃうのも、アランの案なんでしょ? 一人はダレンが相手してたけど、ダレンだけじゃ大人二人をやっつけるなんてできなかった。どっちかだけでもダメ。二人がいたから勝てたのよ」
アランは目をまたたかせた。
そんな風に考えるなど、思いもしなかった。自分では兄のようになれないといつも落ちこんでばかりいた。こんな自分はダメだと思っていた。
二人だからこそ、できることもあるのだ。ルカに言われて気づくことができた。
「それに、ダレンだってアランがいるからこんな顔をできるんだと思うわ」
そう言ってルカはスケッチブックを開いた。ごはんができるのを待っている間に描いたものだ。
そこには料理をする兄弟の姿が描かれていた。楽しそうに皿を運ぶアランと、そんな弟をいつくしむように見ているフライパンを持ったダレン。仲むつまじい兄弟の姿がそこにはあった。
「これを見てもまだ、そんなひくつなこと言える?」
絵を握りしめたまま、アランは泣きそうになってしまった。それを見られたくなくて、アランはうつむいてあわてて目をこする。ルカはそっとしておいてくれた。
「ピラフ、おいしいわね」
アランはずびっと鼻をすすり、スプーンを手に取った。
「うん、すっごくおいしい」
口にしたピラフは、今まで食べた兄の料理の中で一番おいしく感じた。