第四章 海上の人さらい(三)
もう肉眼で見える距離まで小船が近づいてきた。向こうからもこっちが見えているだろう。それでも近づいてくるのは、もしかしたらこの船をうばおうとしているからかもしれない。
そのとき、パンっと音がした。船のすぐ近くで水しぶきが上がる。男たちがいかくで銃を撃ってきたのだ。
「アラン! 大丈夫か!?」
「大丈夫! 作戦どおりいくよ!」
小船はもう数メートル先だ。ダレンは手すりにひらりと飛び乗り、剣を抜いた。
「やぁ!」
そしてそのまま小船に飛び移った。男たちはまさかダレンが飛んでくると思わなかったようで、ひょろりとした男はダレンにけり倒されてしまった。
それでも反撃しようと、銃をダレンに向けようとする。太っちょの男も加勢しようとした。
「おまえの相手はこっちだよ!」
アランの声がひびいたかと思うと、太っちょの男の顔が赤く染まった。太っちょの男は一瞬きょとんとしたあと、「うわぁぁ!」とおたけびを上げて船を転がりだした。
「タバスコ砲だよ! どうだ!」
タバスコが目に入ったのだろう。太っちょの男はなんとか体勢を整えようとするが、立ち上がったところでまたバランスをくずし、海に落ちてしまった。
アランが「よし!」とガッツポーズしたところで、キンっとかん高い音がひびいた。
船上を見ると、ダレンの短剣がひょろりとした男の銃に止められていた。
「お兄ちゃん!」
「はっ!」
ダレンはこんしんの力で銃を突き放す。力くらべになったら、子どものダレンの方が不利だ。それでも持ち前の剣さばきで男と対等にやり合っている。
女の子ははらはらしながらなりゆきを見守っている。そのとき、後ろにしばられた手になにかがふれた気がした。そっとふり返ると、そこにはリィがいる。
「リッ」
リィは黙ってろ言わんばかりに短く鳴くと、また女の子のロープをとき始めた。
「助けてくれるの? 優しいのね」
女の子にほほえまれて、リィのほっぺが赤くなる。
ロープがほどけたところでアランが縄はしごを投げた。
「はやくこっちに!」
ダレンと男が戦っている隙に、先に女の子を船に上げてしまった。
アランはオールを手にする。
「お兄ちゃん! いいよ!」
「おう!」
ダレンは短く返事をすると、短剣を握りなおした。目の前に剣がせまって、男は思わず目をつぶった。その隙に逃げる作戦だ。
「あっ、わたしのカバン……!」
逃げようとしたダレンだったが、女の子の言葉に置いてあったカバンを手にした。そしてひらりと縄はしごにつかまると、あっという間に船に上がってしまった。
アランが掴んでいるオールをダレンも握った。
「せーの!」
オールの先は小船の下にある。二人がてこの要領で力を込めると、小船はひっくり返ってしまった。
小船の上に残っていた男も、海に放り出されてしまった。太っちょの男と共に、ひっくり返った小船にしがみついて「ちくしょー!」と声を荒げている。
「やったー!」
二人は叫ぶと、右手をパチンと打ち鳴らした。
「さ、逃げるぞ!」
アランは縄はしごをしまい、ダレンは帆を張る。風を受けた船は、あっという間に小船から遠ざかっていった。
穏やかな波間で、一行は甲板の上で顔をつき合わせていた。
「助けてくれてありがとう。わたし、ルカ」
金髪の女の子が言う。ダレンが取ってきたカバンはとても大事なものだったようで、肩からななめに下げている。
ルカにほほ笑まれた三人は、顔が真っ赤になってしまった。まるで天使のようなほほ笑みだったのだ。
ダレンがせき払いをして口を開いた。
「俺はダレン。こっちは弟のアランに、サルのリィ。一緒に冒険してんだ。ルカ、あれって人さらいだよな?」
「うん。一人で海に出てたんだけど、いきなりあいつらが現れてつれてかれちゃったの。あのままだったら海賊船に乗せられるところだったから、本当に助かったわ」
ルカの言葉にダレンたちは目を丸くした。
「子ども一人で海に出たのかよ……」
ルカは「あら」と目を細めてダレンに目を向けた。
「わたし、これでももう十四才よ? それにあなたたちも子どもじゃない」
「俺らはいいの! 夢があるから!」
「お兄ちゃん。船旅には夢もいるけど、航海術とか戦う力とかの方が必要だよ……」
弟のたしなめる言葉は、ケンカを始めてしまいそうな二人には届いていないようだ。
ルカは腕を組んでダレンに向きなおった。
「あら。わたしにだって夢はあるわよ?」
「へぇ? なんだよ」
ルカはカバンを開けた。取り出したのは一冊のスケッチブックだ。
スケッチブックを開いて、ルカは三人に突きつける。
「わたし、画家になりたいの」
そこに描かれていたのは、海と青空だった。違った種類の青い絵の具を使ってあって、一口に青といってもそれぞれ深みがある。
「きれー……」
思わずアランのため息がもれたほどだ。
「わたしはね、世界中を見て回って、その景色を描きたいの。それなのにパパがダメって言うから……」
「なるほど。それで一人で海に出たってわけか」
納得がいった。
ダレンも父のような冒険家になりたいとずっと思っていた口だ。アランにずっと反対され続けてきたけれど、今はこうして海に出られている。
夢を反対されることは、悔しいものだ。
ダレンはパンッと膝を叩いた。
「おっし! じゃあ俺たちと行かないか?」
「え?」
「俺たちは世界をまたにかける冒険家を目指してるんだ。俺らはいろんなところを冒険するために海に出る、ルカはいろんなものを見て絵を描くために海に出る。一緒に行けば、一石二鳥じゃないか!」
ダレンはルカの方へ身を乗り出して語った。その勢いにルカは目をぱちくりさせる。
「お兄ちゃん、一石二鳥なんて言葉知ってたんだ……。じゃなくて、まだアジサイ島までしかいいって言ってないよね僕!」
アランの反論に、ルカは今度はアランの方を見て目をまたたかせた。
「あなたたち、アジサイ島に行くつもりなの?」
「おう! 俺たちの父さんがむかし冒険家をしてて、その仲間がアジサイ島にいるらしいんだ」
「僕らはその人の持ってる航海日記を探しにきたんだよ」
ルカはあっけに取られているようだった。
「わたしね、家はアジサイ島にあるの」