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八咫の皇女は奇病を食む ~おてんば娘の討魔奇譚~  作者: 八山たかを
「森に棲む、あるいは死の種を蒔くもの」
3/33

一:「玲漸院の娘」

よろしくお願いいたします。

感想等お待ちしております。



 皇紀五十五年の初春。まだ肌寒さの残る空の(もと)であったが、皇都の市は今日も大層賑わっていた。皇都で三番目に大きい通りであるこの羊門大通りは、格式高い構えの大店(おおだな)から、いわゆる露天商まで、大小さまざまな店が軒を連ねる、皇国一の常設市であった。


 その一角を歩く薄汚れた男は、名を平間京作という。髪はボサボサで、身長は平均よりもやや高い程度、そして不釣り合いに丈の長い服の(すそ)は擦り切れており、いかにも胡散臭そうな風体である。

 平間は先ほど、彼の服装からは場違いといわざるを得ない小奇麗な店で、売り物である食物を山と抱えていた。それを店主の志田勘衛門(しだかんえもん)から訝しげに見られながらも無事に購入することに成功し、いまはその大量の食料を背負って大通りを下っている。目的地は皇都の一画にある彼の家だ。

 多くの人が行き来するこの通りは、商人だけでなく、軍人や、夕食の材料を買いにきた小間使いなど、幅広い人種が様々な品の売買に来る。つまり、それほど多様な店から構成されているのである。

「もう少し買い叩きたかったが、まあ及第点かな」

 そう満足げに一人呟く彼の(ふともも)に、突如として後ろから軽い衝撃が走った。


「……なんだ?」

 辺りを見回しても、ぶつかったであろう物は見えない。後ろじゃない、前か、と思って向き直っても、無論それらしき物は見えない。

「追われている。匿ってほしい」

 後ろから聞こえた声は、やや低い、しかし可愛らしい子供の声だった。平間が再び振り返ると、視界の下から小さな手が出てきている。

 その手に沿って、平間が恐る恐る視線を下に移動させていくと……結構降ろしたところで、外套をかぶった少女と目が合った。少女の口が小さく微笑む。

「ごきげんよう」

「これはこれは、ご丁寧にどうも」

「私こそ突然声をかけてしまってすまぬな」

「そんなそんな」

 ……なんだこの会話は、と平間は自分で内心突っ込みを入れる。

「のう、ここでは少し都合が悪いから、あちらの方へ来てくれぬか」

 少女が口を開く。

「できれば、急いで欲しい」

 そう言うと少女は平間の手を取り、そのまま大通りの脇路に駆けて行く。



 さて、一般論として健全な青少年は、見ず知らずの少女に手を引かれた時に、大抵不安感より高揚感が勝るものである。そして、それはこの平間京作とて例外ではない。だが事象の原因を探求する職業柄か、彼の頭の中にはいくつかの仮説が浮かんでいた。


仮説一、路地裏には少女の愉快な仲間たちがいて、脅されて身包みを剥がれてしまう。やだなあ。

仮説二、安宿に連れていかれ、大人な関係になろうとした所で刺青まみれな怖い仲間たちに脅されて身包みを剥がれる……これも勘弁したい。

仮説三、「ずっとあなたのことを見ていました、好きです。めおとになりましょう」。これならまあいい。俺には少女趣味は無いが、身包み剥がれるよりは断然マシだ。「そろそろ身を固めろ」「孫の顔が見たい」と、最近母上にも嫌味を言われるようになってきたし。


 などと平間が自分勝手で気持ちの悪い妄想をめぐらせている間に、気が付けば彼は人通りの無い場所にいた。「へえ、少し入ればこんなところもあるんだな」などと感心していると、平間の手を解いた少女が数歩駆け出し、振り返る。

「追われている。(かくま)って欲しい……というかこれを言うのは二回目じゃな?」

「ああ、そういえばそんな事言ってた気がする」

「そういうわけじゃ。匿ってくれ」

 楚々とした声音(こわね)のわりに、随分と不躾(ぶしつけ)な物言いだ、と平間は思った。


「……何故俺が、どこの誰とも分からない君を匿わなきゃいけないんだ」

 当然の疑問である。その上、平間は少女の話から、災難の匂いを嗅ぎ取っていた。彼は他の多くの人がそうであるように、苦難を好まない。そして、それが他者に因るものならば尚更だった。

「ふむ……それもそうじゃな。分かった」

 言うと少女は、外套(がいとう)を払い顔を見せる。艶やかな黒髪が小さく揺れて光った。

年は十二、三辺りだろうか。形の良く薄い桜色の唇と、やや小さめの鼻、そして何より印象的なのは、少し(あお)みがかった黒の瞳である。その深い海を思わせる透き通った色に、平間は思わず吸い込まれそうになる錯覚に(おちい)った。


 これはこれは、将来はきっと美人になるんだろうな、と言うのが平間の彼女に対して抱いた第一印象であった。

「まず、『何故お主、平間京作が私を匿わなくてはいけないのか』についてじゃが、それは――」

少女は、彼女の髪飾りにしてはあまりに無骨な、直径二寸(六センチメートル)ほどの(にぶ)く光る金属の円盤にいとおしそうに撫でる。

「母上が私に、そう言ったのじゃ」

「母上?」

 予想外の返答に、平間は思わず素っ頓狂な声を上げる。

 少女は、金属盤を指し示し、

「これが母上じゃ」

と続けた。

 そんな少女に、平間は大層哀れなものを見る目を向けた。

「それは、その、何と言うか……俺じゃなければ駄目なのか」

「うむ、お主でなくてはならぬ」

 少女が続ける。

「そして『私が誰か』じゃが――」

少女が口を開く。その口で小さく息を吸って、吐いた。


「私の名は玲漸院(れいぜんいん)壱子(いちこ)と申す――」

 歌うように紡がれる、清流のような声であった。

大皇国(おおすめらくに)第八皇女である。よしなに」

 少女は、壱子は、まるで旧知の友人に愛想をまくように、にっこりと微笑んだ。




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