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八咫の皇女は奇病を食む ~おてんば娘の討魔奇譚~  作者: 八山たかを
「森に棲む、あるいは死の種を蒔くもの」
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十九:「茉莉、わめく」

「ちょっと待て、一つ忘れていないか?」

 平間と茉莉が二人して茉莉を説得し、さあ行かんと宿を出ようとした時のことである。突然、壱子が疑問の声を上げた。

「志乃は、皿江穂の娘はどうなる。あれはなんなのじゃ? 今まで聞いた犠牲者の中で、明らかに異質ではないか」

 勝美村の村長、皿江穂半賀の娘・志乃は、十五年前に森へ立ち入り、他の者と同様に腹を大きく膨らませたものの死に至ることは無く、赤子を産み落とし森へ消えた。

「もし仮に、十代後半の娘が百日病にかかった時、何者かの子を成すと言うのであれば……茉莉が危ない」

 その言葉に、森へ行かぬ手段を探すことに半ば諦観していた茉莉の顔がサァっと青ざめる。

「壱子様ぁ……! 本当に、本っ当に行きたくないですう……!! 後生ですからあ!!」

 自分よりはるかに背丈の小さい主に、茉莉は涙目ですがり付く。そんな彼女を尻目に、壱子が言う。

「……平間、どうする?」

「そうですねえ……そもそも病気になる原因の物が体内に入らなければいいのですし、その対策もおそらく出来ているでしょうから、大丈夫でしょう。……多分」

 その言葉に、壱子もうなずく。

「そうじゃ茉莉、大丈夫じゃ。……多分」

「壱子様まで!! その『多分』って言うのはなんなんですか!? もし死んだら、もしわけの分からない子供を産む羽目になったらどうするんですかあ……っ!」

 茉莉はもう、ほとんど半泣きである。それを聞いた平間が、何かを思いついたようにぽん、と手を打つ。

「病気にかかっても赤子が出来るだけで死なないなら、より安心じゃないですか!」

 次の瞬間、彼を待っていたのは茉莉の渾身の裏拳であった。それをしたたかに顔面で受けた平間は、数歩後ろによろけて悶絶する。

「今のは、間違いなくお主が悪い」

 呆れ顔で壱子が言う。

「では仕方ない、茉莉は置いて私たち二人だけで行こうかの」

「そうですね。無理強いするのも良くありませんし」

 鼻をさすりながら平間が言った。

 壱子は、てきぱきと自分用の背嚢を背負う。これは平間が自分の荷を包む布の一部を、壱子の背丈に合うよう昨日の晩のうちに改造して作った物だ。平間は、壱子が荷を持つ必要は無いと止めたのだが、彼女が自分も持つと言って聞かなかったのである。その小さな背嚢は急ごしらえであったが、もともと野営慣れして手先が器用な平間が手がけたということもあって、中々しっかりとした作りになっている。

「夕刻には戻る。もし戻らなかったら、その時は……どうすれば良いのかのう。まあ、任せる。行くぞ平間」

「はい」

「ちょ、ちょちょ、ちょっと待ってください!」

 いざ行かん、と宿の戸を開けようとする壱子を、茉莉が引き止める。

「なんじゃ」

「やっぱり、主である壱子様が行って、衛士である私がそれに付いて行かないのは立場上問題があるといいますか……」

「それもそうですね」

 平間がうなずく。

「では一緒に行こうか、茉莉」

「それも、健康上の問題が……」

「ではどうしたいのじゃ?」

「私にも分からないんですよう!」

 そう言う茉莉の気持ちも、壱子には分かった。

「ふむ……」

と、しばらく中空を見つめて思案すると、何かを思いついたようにうなずく。

「それでは、こういうのはどうじゃ。やはり森へ行くのは私と平間の二人だけにし、お主はその間、この村の者に百日病について聞き取りをする。それで私たちが無事に戻ったあかつきには、そのことを簡単にまとめて教えてくれ。もし戻らなかった時は――」

「森に行くのですか!?」

「うむ。じゃが、例の猟師の手記には熊や狼のような危険な獣は森にはおらず、大人しい動物しか住んでおらぬ、といったことも書いてあった。つまり、動物に襲われる危険性は少ないと言うわけじゃ。であるからして、もし私たちが夕刻にまで帰らなかったら、それは人間である何者かの仕業であろう。ということは、あの森に人が立ち入っても、それだけで何か起こるわけではないことにならぬか? それであれば茉莉、お主が森に入っても安全じゃ」

「つまり私は、壱子様たちを村でお待ちして、もしお帰りにならなかったら助けに行けば良い、ということですね」

「そうじゃ。それならば万が一の時に衛士としての役割も果たせるし、積極的に森へ行かずに済む。それであっても、聞き取りを行うわけであるから私たち全員の役に立つ。どうかの?」

「名案です! すごいです、天才です壱子様!」

「ぐふふ、そんなに褒めずともよいぞ」

 茉莉の絶賛に、壱子は照れくさそうに頬をかく。確かに良い考えだ、と平間も内心頷く。

「それでは参ろう。あ、そうだ茉莉。加えて美味しい夕食も頼むぞ」

「かしこまりました! 行ってらっしゃいませ!」


 勝美村から森へは、歩いて四半刻もかからぬほどの距離にある。しばらくは旧街道を通って、途中から森へのわき道へと入るのであるが、その最中、平間が口を開いた。

「茉莉殿に仰った話ですが、あれ結構ザルな話ですよね」

「ほう、何故そう思う?」

「だって、森にある危険なんて動物と人間だけじゃないでしょうに」

「その通りじゃ。良く気付いたの」

「仕事柄、人の話は良く聞くようにしておりますから。でも何故あんなことを?」

「それは、茉莉の気持ちを汲んでのことよ。そもそも、森から帰れぬようになるとは、お主とてあまり思っておるまい。予定通り帰って、しっかり働いたあやつの顔を拝む。嘘も方便、おぬしが教えてくれたことじゃ」

「それはまあ、そうですね」

 やはりよく頭の回る皇女様だ、と平間は舌を巻いた。


「さて、着いたようですね」

 話しているうちに二人の目前には、鬱蒼とした森がずっしりと構えていた。森から吹いた一陣の風が二人の頬を(かす)める。肌寒い外気よりも、さらに少し冷たい風だ。

「待ちに待った呪われた森じゃ、ワクワクするのう」

「それは良いですが殿下、足元にはお気を付けください。皇宮とは勝手が違いますから」

「分かった。では入ろうか」

「はい。あと、珍しい物があるからといって不用意に手を触れられませんように」

「わかった、では……」

「決して私から離れないでくださいね」

「ああもう、わかったと言うに! お主は私のなんなのじゃ!」

 駄々っ子のように言う壱子に、平間は思わず噴き出す。

「すみません、行きましょうか」

「うむ、お主こそ私から離れるなよ」

「かしこまりました」

 二人に大きく口を開けた森へ、主従は歩を進めていく。

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