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龍神愛詞  作者: バク
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8.独占欲と嫉妬

呪から解放され、身体の傷も随分回復した。

龍王のおかげで、長い暗闇からやっと抜け出す事が出来た。

眼の前で私を抱き枕の様にして眠る煌。

ゆっくりとした寝息と鼓動。

煌のおかげで私はここに生きている。

親からも周りの人からも受け入れられずにいた私を、救い上げてくれた。

安らぎをくれた。

居場所をくれた。

この心地よい感覚。

あい?愛するという事。

多分煌に対する今のこの気持ち。

愛おしいという感情。

煌が初めて教えてくれた。

この切なくて胸がきゅうっとなる気持ち。

激しくなる鼓動。

泣きたくなるほどの幸せ。

全部煌が教えてくれたこと。

暖かな煌の腕の中、綺麗な顔。

私はそっと頬に触れる。

いつも怒った様な表情だけど、私を見つめる時には瞳の奥は優しくなる。

不器用な笑顔になる。

そんな不器用な笑顔がたまらなく好き。

すき。

好き。

愛おしい。

大好き。

止まらない想い。

いつしかまた幸せに包まれながら、夢の中に落ちていく。



数日後。

宮殿の中が慌ただしさを感じた。

いつもとどこかが違う。

宮殿で働く人たちがいつもより、早く動いている様に感じられた。

何かが今までとは違う予感。

優しくてどこまでの甘い時間は夢となって色あせる。



夕食時、龍王が来客がくる事を告げた。

なぜかいつもより機嫌が悪いような気がした。

「誰がくるの?」

紅龍はすぐに聞いてきた。

「白龍だ。」

「白龍ってたしか龍王の随分前の婚約者だろ?

同族で唯一の女。病気でずっと寝たきりだと聞いたが。」

婚約者?

白龍って龍族の中で唯一の女性?。

「龍族にはなかなか女性が産まれないんだ。

今龍族の中で女性は白龍だけなんだ。

だから白龍は龍族にとっては貴重な存在なんだよ。

スーと会う前。

龍王との結婚話があったんだけど、かなり重い病気にかかったらしくてね。

その話も無くなったんだ。」

蒼龍の話しを不安気に聞くスー。

でも今さらなぜ?

今になって何故ここへ?



次の日。

白龍はたくさんの家来と共に宮殿に現れた。

気品に満ちた笑顔。

余裕で笑う笑顔は大人の魅力を感じさせた。

色白で整った顔。

綺麗な女性だった。

一言で誰がみてもそう言えるほど美貌、容姿、雰囲気。

どれもかなう訳がない。

自信に満ちた表情。

出迎えた龍王と並んだ姿は本当にお似合いだった。

「白龍さまこそ、龍王さまに相応しい。」

取り巻きの貴族たちはこぞって機嫌をとる。

龍王の隣を歩く白龍。

まさに絵になる2人だった。



私はたくさんの人たちの後ろで、少し離れた場所から2人の様子を見ていた。

誰からも祝福された2人。

もう私は必要ない?

白龍の存在が自分の存在を消し去っていく。

私の居場所が無くなっていく。

やはり私は幸せにはなれないの?

たくさんの龍の貴族たちは、嬉しそうにはやし立てる。

「2人が結ばれることこそ、龍族の繁栄の象徴。」

そうか。

龍王の相手は私なんかよりも、同じ龍族の女性の方が正しいんだ。

わざわざ人間の、弱く短命な存在の私よりもずっとお似合いだ。

打ちのめされた心。

落ちていく気持ち。

それほど2人の並んだ姿は似合っていた。



しかしその反面私はショックよりも、安心する気持ちもあった。

よかった・・・と。


””私はもうすぐこの世界から消える””


私はもうすぐこの世からいなくなるのだから。

消えてしまうのだから。

跡形もなく消滅してしまうのだから。

これは誰にも言えない事実。

そして哀しい現実。


あのとき。

父に連れ去れた時、私にはもう一つの術をかけた。

呪が解かれたと同時に発動する術。

命の消滅。

魂の消失。

そこまで私の存在を疎ましく感じていた父。

最後まで父から否定されてしまった。

諦めた心。

それでも哀しみの涙が流れ落ちた。

諦めた筈の心、溢れ出る涙は止めるすべを知らなかった。

こんな私を受け入れてくれた煌。

でも煌はこれで大丈夫。

私がいなくなっても。

煌の側には白龍がいる。

1人ではない。

もう孤独になる事はない。

もう孤独を感じる事はない。



龍王は辺りを見回す仕草を見せた。

私はなぜか、とっさに建物の影に隠れた。

通り過ぎていく2人。

私は2人が大勢の人たちと共に宮殿の中に入って行くのを見送った。




白龍は龍王の住まう本殿のすぐ隣の建物に住むようになった。

龍王が公務から終わる頃に現れ何かと世話を焼く白龍。

何か理由をつけては、竜王の部屋に入り込み時間を過ごす。

そんな日々がしばらく続いた。

周りの貴族たちは白龍との結婚を進めてくる。

龍族にとってはこの上ない、申し分のない結びつき。

誰も反対する者などいる筈はなかった。

少し前まで翡翠の事を、あんなに受け入れていたというのに。

まったくそんな出来事さえ、なかったかのように忘れ去られていた。



竜王は白龍の性格を良く知っていた。

自分をじゃけんにすれば、矛先は翡翠に向けられるだろう。

どんな手段で翡翠の身が危険にさらされるか分からない。

蒼龍と紅龍が側についてはいるが、それも安心できない。

それほど白龍の行動は危険な物だった。

普段は何も無関心な龍族だが、一旦気に入り執着するとそれを覆す事は難しい。

白龍の私に対する私への執着は激しい物だった。

今はその攻撃が翡翠に向かない為に、それなりの態度を取り続けるしかない。



宮殿の大広間から明るい音楽が流れてきた。

白龍を迎えての歓迎パーティーが毎日のように行われた。

部屋のバルコニーから見つめた。

白龍が来てからパタリと姿を見せなくなった龍王。

龍王の姿を捜す私。

たくさんの貴族たちが音楽に合わせてダンスをしていた。

ふと見た大広間の中央、2人が踊る姿が見えた。

煌・・・。

白龍の腰を抱き踊る煌はまるで別人に思えた。

龍王は龍族を統べる存在。

私は・・・・。

私はただの人間。

私はか弱き人間の巫女でしかない。



龍王との遠い距離。

この数日でこんなにも遠くなってしまった。

数日前まで感じていた、近くてずっと側にいて感じていた温もり。

今は寒く、凍える心は、身体は震えていた。

暖かさを知ってしまった私の身体は煌を恋しがった。

抱きしめてほしいと震えていた。

しかし今はそれもなく自分の身体を小さく丸める事しかできなかった。



「こんな所にいたの?

龍王が探して来いって・・・?」

不意に紅龍の声がして振り向く。

様子がおかしい事に気付いた紅龍が、ぐいっと肩を両手で掴み自分の方に身体を向かせる。



しばらく私を見ていた紅龍が眉をしかめて言った。

「お前から死の匂いがする。」

驚いた表情のスー。

なぜ?

私は誰にも言ってないのに。



「俺たちに何かを隠しているだろう?」

「そんな事ないよ。」

明らかに動揺する。

さらに追い詰める紅龍。

「俺の国の龍たちは好戦的な種族だ。いつもと死と隣合わせに生きてきた。

だから分かるんだ。死の匂いってものが、本能的に身についた俺の感が教えてくれる。

スーお前何か隠してる事があるだろう。」

確信に触れられ言葉を失う。

俯くスー。

「俺は責めているんじゃあないんだ。これでも俺はお前を気に入っている。

お前の中の強さに憧れている。好意をもってる。ほっとけないんだ。」

告白にも似た言葉。



真剣な声。

今の紅龍には嘘はすぐに見破られてしまうだろう。

私は観念したように、ぽつぽつと自分に起きている出来事を話した。

話終わったと同時に包まれる温もり。

龍王ではないけれど、紅龍の腕の中で安心してしまう自分に戸惑う私。



「俺と来るか?」

真剣な目が私を見つめる。

「ここにいたら辛いんだろう?

俺が連れ出してやろうか?」

ここから離れる?

煌から離れる?

その方がいいの?

揺れ動く気持ち。

さっきは2人が幸せになってほしいと思ってた。

でも本当に煌から離れる事になったら。

紅龍なら私をここから連れ出す事が出来るかもしれない。

紅龍に付いていけば煌は幸せになる?

色々な想いがごちゃまぜになって何も言えずにただ立ち尽くす私。

声を出さず流れだす涙。

別れを決断する事がこんなにも苦しいなんて。




「泣くな。そんなに泣くくらいならなぜ龍王に話さない。」

「今日2人を見て思ったの。

私なんかよりも龍王には白龍とお似合いでしょ?。

それに2人が結ばれる事が龍族にとってもいい事なんでしょ?

私はもうすぐいなくなるんだから、いらない心配はかけたくないの。

龍王の幸せが私の幸せなの。」



温かいものが唇に感じた。

紅龍からの口づけ。

翡翠の健気さに思わず理性を失った。

産まれて初めての執着心。

紅龍にとっての初めての感情。

スーに会ってからずっと持っていた、名前のない感情。

それは知らぬ間に少しずつ膨らみ続け、爆発した。

スーを自分の者にしたい。

自分だけの巫女にしたい。

スーの中にある強さへの憧れが日増しに大きくなる。

そしてそれはやがてスーそのものへの好奇心に変わった。

スーが自分以外の異性に対して思い涙する姿。

それを見た時、堪らなく独占欲が俺の身体を無意識に動かした。

俺を見てほしい。

自分だけを見てほしい。

他の男の事で悲しまないでほしい。

自分なら、そんな思いはさせない。

ずっと腕の中に閉じ込めておくのに。

誰の目にも触れさせはしないのに。



少し乱暴だが、その時の私の不安定な心は紅龍の口づけを受け入れた。

目の前の優しさに甘えたかった。

何かにすがりたかった。

この底知れぬ恐怖を少しでも忘れたかった。

迫りくる死への恐怖。

迫りくる未来のない現実。

その後も流れる涙に何度も口づけをする紅龍。

少しでも不安を取り除く為に。

紅龍の優しさが素直に嬉しかった。




その時木陰から突然現れた龍王。

2人の様子を見ていたのか、凄い形相で翡翠に近づく。

「スーは紅龍の方がいいのか!!?」

いつもと違い乱暴に肩を掴む。

「私よりも紅龍を選ぶのか?」

怒りを含んだ態度。

口調。

何もかもが遠い昔に、父親や周りの人から向けられていた恐怖が蘇る。

怖い。怖い。怖い。

龍王から初めて恐怖を感じた。

怖くて何も言えない私。

身体が固まって動く事も声を発する事も出来ない。

しかしその沈黙が、また龍王の誤解を生む。

しびれを切らした煌。

「もうわかった!

これからはもう勝手にするがいい。

私はもうお前を解放してやる、どこへでもいくがいい。

もう2度と私の前に顔を見せるな!!」



少し離れた所に白龍の姿があった。

「白龍いくぞ!!

夜は長い。たくさん愛してやる。」

朱く染まる顔で俯く白龍。

白龍と共に視界から消える煌。

これでいいんだと思う。

私よりも同族である白龍と結ばれた方がいい。

その方が龍王として幸せになる筈。

こんなか弱い人間なんかよりも、同じ時間を過ごして行ける白龍。

私を暗い闇から救い出してくれた煌。

煌の幸せが明るい未来が、私の幸せ。

たとえ煌の隣が私でなくても・・・。

大丈夫。

もう私でなくても大丈夫。



姿の見えなくなった途端、力が抜けた私はその場にしゃがみこんだ。

それを後ろから支えてくれる人影。

「なぜ言わないんだよ。

こんなになるまで泣いて、ばかだよお前は。」

「蒼龍?」

「後ろでみんなの会話を聞いてた。」

そうか。

知られてしまったんだね。

「心配ぐらいさせてくれ。何も知らない方がもっと辛い。」

「ごめんね。

私ね、もうすぐ消えちゃうの。」

無理して笑う顔が痛々しかった。

今度は蒼龍が抱き寄せた。

翡翠の幸せはスルっと手の平からこぼれ落ちた。

透明な涙と共に。

いくつもいくつもそれは地面に落ちては吸い込まれて消えた。

まるでこの先の自分の姿を予見するように。

跡形もなく、静かに沈み込んでいった。




紅龍の腕で泣いていた翡翠。

泣きながら口づけを受け入れていた姿。

それを見た時の驚き。狂おしいばかりの嫉妬。

激しい怒りが私の全身を駆け抜けた。

私がこんなに思っているのに。

私がこんなに大事にしているのに。

お前に白龍から危害がない様に我慢して相手をしていたというのに。

お前の為に、なのに、どうして、どうしてだ!!!

お前は私よりも他のやつを選ぶのか。

嫉妬。報われない愛。もどかしさ。憎悪。

龍王の心を激しく占めるもの。



腕に白龍を抱きしめながら、何も言わず立ち尽くしていた翡翠の事を思っていた。

泣いているでも、笑っているでもない表情。

あれは初めて会った頃、時々見せていた諦めた表情だった。

じっと自分の気持ちを押し殺し、わざと何も感じないように無表情に見せていた。

何か隠している。

ただ冷静さを失っている私は、苛立ちでそれをわざと気に止めないようにした。



ただ翡翠が側いるだけで全てが満たされた。

男の欲望などはどこかに飛んでいた。

触れるだけで、口づけだけで、心から癒された。

やっと手に入れた翡翠。

大事にしたかった。

自分の汚れた欲求だけで、翡翠を抱きたくはなかった。

身体は一度も繋がってはいないが、心は繋がっていると安心していた。

翡翠も自分と同じ思いでいると信じていた。

それなのに!!!!



本当なら白龍は婚約者として、私の横に立つべき龍だった。

しかしかなり重い病気になり、子供の産めない白龍は永い闘病生活を送る事になる。

そして同時に婚約者の話も無くなった。



白龍は龍王を一目見た時からすでに執着の対象となった。

あの大きな胸の中で抱かれてみたい。

その頃はまだ、それほど大きな力は持っていなかったが潜在能力は桁外れだった。

たった1人の女の龍。

強い子孫を残す為、強い男に惹かれるのも自然の摂理。

白龍は一目見て、龍王の中の強さに気付いた。

それ故に執着し、婚約者と言う立場に固執した。

龍王本来を好きになった訳ではなかった。

ただ龍王と言う地位と強さに惹かれた。



龍王はすぐに忘れてしまったが、白龍は忘れる事は出来なかった。

もう1度、龍王の横に立ちたい。

身体の全てで龍王を感じたい。

誰にも譲りたくない。

歪んだ愛が時間をかけて加速していった。

そしてやっと思いで完治した時。

龍王には新しく人間の巫女の存在がある事を知った。

龍王は私の物。

後から出てきて、それも人間の分際で横に立とうとは。

許さない!!!

そして白龍は龍王の下にやってきた。

自分の居場所を取り返す為に。

白龍は自分の気持ちが通じたと勘違いしていた。

龍王は自分を選んだのだと。

白龍は嬉しそうに龍王にすり寄る。



白龍とは肌を重ねる今の行為。

身体の欲求は満たされていく。

白龍の甘い声。

動くたびに声は高くなっていく。

しかし何度果てても、心は満たされる事は決してなかった。

心だけは置き去りのまま。

私の心も身体をも満たしてくれるのは、やはり翡翠だけだ。

分かっていながら身体は、また次の欲望を生み出す。




狂おしい嫉妬が龍王の未来を曇らせた。

それが、この先さらに哀しい事実が待っていようとは思ってもいなかった。

暗い闇の中。

1つに溶けあった影。

龍王と白龍の熱い吐息が溶けていく。



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