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龍神愛詞  作者: バク
3/13

3.青い龍の国

力のある龍は普段、好んで人の姿で過ごす。

その姿をどれだけ維持する事ができるか

それによって自分の力を誇示していた。



石造りの重厚な建物たち。

小さな同じ大きさの同じ形の石を積み上げ、幾重にも積み重ねた建物。

その重みのある重圧感で、そびえ立つ巨大な宮殿。

龍の力を強く持つものだけが住む事を許された宮殿。

その宮殿の一番上。

たくさん並ぶ建物の中で一番高い塔の天辺。

龍王は今、飛び立とうとしていた。




ゴォーッッッ

凄まじい轟音。

そして同時に眩い光の塊。

私は久しぶりにその力を解放し、本当の姿に戻った。

青龍の国に飛んで移動する為だ。

大きな羽を思い切り広げてみる。

朝の光を浴びて光る翼。

黒に近い藍色の身体。

羽も同じ色ではあるが、先端が金色に光って見える。

2、3度羽ばたかせ、風を感じた。



青龍の国はここから北東の方角。

深い森に覆われた場所にあった。

その方向に目をやる。

遠い遥か先に微かに緑の群生した色彩を捕らえた。

ここからだと、太陽が頂上に登りきる前には着くだろう。

気持ちのいい風がそよいでいく。



私の少し後ろでじっと立ちつくす翡翠。

龍の姿になっても、驚く事もなくじっと何も映らない瞳でこちらを見ていた。

私の羽毛と一緒に翡翠の黒髪が風になびいていく。

翡翠は自ら、ゆっくりと私に近づいてきた。

そして手が触れられる距離まで来ると歩みを止める。

2人の間には風の音だけが聞こえた。

心静かな時間。



私が意を決して出発の言葉を言おうとした。

不意に翡翠の手が私の首辺りに触れる。

「もう・・ひとりは・・いや。」

心なしか声が泣いている様な気がした。

「これから青龍の国に行くんだよ。

また嫌な思いをするかもしれない。ここで待ってて。」

だが翡翠はそれを拒むように、一層触れた手に力が入る。

「いっしょ・・に」

いつにない強い意志が伝わってくる。



あの時以来、初めて言葉を発してから、翡翠は声を出して気持ちを伝えてくるようになった。

少しづつ、本当に微かだが、確かに人としての感情が戻ってきているようだ。

私はとても嬉しかった。

いつかは、あの笑顔を見る事が出来るだろう。

私の願いが叶う時がくるだろう。

曇りのない彼女の笑顔。

それが私の願い。



「つかまってて。」

大きなごつごつした手が、翡翠の身体を掴む。

私は長く尖った爪で傷つけないように、優しく包み込んだ。

翡翠は連れて行ってくれる事が分かって安心したのか、静かに身を委ねた。



私はもう一度翡翠を確認すると、大きく羽を広げ塔から飛び出した。

風が私に味方する。

追い風でスピードが増していく。

久しぶりの飛行は、本能を駆り立てた。

もっと飛びたい。思いのままに。

だが今は、大事なものがここにある。

私の手の中。

ほのかな温もりを感じながら青龍の国を目指す。



眼下に見下ろすは広い砂漠だった。

途方もなく続く砂の大地。

同じ景色がしばらく続く。

時折、きらきらと輝く湖が光に反射している場所。

その場所の周りだけは、命の育みを主張するかのように緑を色濃く映す。

オアシスと言われる場所。

それもすぐに後方へと通り過ぎていく。



先ほどまで微かに見えていた緑色の色彩が近づいてきた。

時折見えていたオアシスの比ではない。

緑豊かな地。

たくさんの命育む地。

生命の源、水満たされし国。

海に面して青龍の国はあった。



生き物たちの頂点、龍族。

それを全て統べる龍王。

ここ青龍の国は他の龍族の中で一番早く龍王に仕えた国である。

その為、昔から巫女はここで選ばれ育てられてきた。

伝統を守る事にプライドを持っている国。

人間界との行き来が出来るのは、ここだけだった。





私は手に掴んでいる翡翠に目をやる。

翡翠は私の羽を風よけにして隠れていた。

身体の一部だけが見える。

このまま私の一部になればいいのにとさえ思ってしまう。

翡翠の事になると言い知れぬ想いが胸を熱くする。

狂おしいほどの独占欲が私の心を占める。



ゆっくり下降していく。

青龍の国の街並みがはっきりと見えてきた。

宮殿の重厚な石造りではなく、みんな深い蒼を基調とした建物。

その建物の一番高い塔の上。

ゆっくりと旋回して、静かに降り立つ。

と、同時に眩い閃光。

私は人の形に戻った。




出迎えたのは青龍の王とその息子蒼龍そうりゅうだった。

堂々とした雰囲気に、強い意志を感じさせる瞳。

プライド高い気品に満ちた表情。

蒼龍からも同じく、若いながら力強さと満ち溢れる生命力を感じた。

「よくいらっしゃいました龍王。」

王は深々と頭を下げる。

蒼龍も同じく頭を下げようとして、ふと龍王の腕の中に人がいる事に気付く。





「スー!」

蒼龍は思わず叫ぶ。

翡翠に全く反応はない。

「スーに何かあったのですか?」

心配そうに問いかける蒼龍に私は少し不機嫌に答える。

「たやすく呼ぶな。スーは私のものだ。」

恐怖に下げかけていた頭を再び下げる蒼龍。

「どうぞこちらへ。」

王がそれを助けるように建物の中へと促す。




通された部屋。

さぼど広くはないが、ゆっくり話を聞くには丁度いい。

私が座るのを確認すると、2人も座った。

スーはじっと私の服を掴んだまま、じっと下を向いていた。

何か我慢している様にも見える。

私は安心させる為に肩を抱いて、自分に近づかせる。

そして耳元で小さく””大丈夫””とささやく。

スーの掴んだ手がより一層、強くなる。

柔らかい微笑みを見せる龍王。

それを見た王と蒼龍は驚いた顔で見つめた。

優しい人間の様な柔らかい笑顔。

あの冷徹な無関心な筈の龍王。

龍王に何があったのか?





「今日はどういった御要件で、自らこちらにお越しになられたのですか?」

王は話しを切り出した。

確かにいつもなら配下の者が動くのが常識。

わざわざ龍王自ら、動く事は考えられない。

しかし今回は自ら本来の姿に戻ってまで、ここに来ている。

これは前例のない異例な事。




「スーを知っているのか?」

王の問いには答えず、龍王は蒼龍に問いかける

「はい、スーは私の巫女にと思っていた人です。」

自分の巫女にだと、、、

つまり蒼龍はスーに好意をもっていた事になる。

蒼龍の先ほどの恐怖に強張る表情とは違う、堂々とした物腰と言動。

素直に答えた言葉の中に、翡翠への気持ちがうかがい知れる。

私は強い苛立ちを感じた。



「スーに自分の巫女に望んでいる事を言ったのか?」

蒼龍はその問いに、さも残念そうに答えた。

「いいえ、私の気持ちはスーには言っていません。」

その頃のスーの気持ちは今は分からないという事か。

この男の目。

スーを見るその真剣な目が私の心の中を苛立たせる。

きっとこの男はまだ翡翠を諦めてはいない。




「今日はどういった御要件で、自らこちらにお越しになられたのですか?」

王がもう一度、問いかけて来た。

苛立った私はその言葉でふと我にかえった。

ここに来た本来の目的。

翡翠の呪を解く手がかりを得る事。

忌まわしき呪で苦しんでいる翡翠を早く助けてあげたい。

その為にここに来たのだ。



翡翠はさっきからじっと下を向いて、私の服を握りしめている。

私は翡翠の抱く腕を強くする。

本来の目的を忘れる所だった。

私は翡翠の事になると気持ちの制御が出来なくなるようだ。

どうしても我を忘れてしまう。



私は王を見据えてここに来た目的を話し始めた。

「スーは強い呪をかけられている。

それを解く為にここに来た。」

逆らう事を許さない言葉の威圧。

そしてさらに、命令の言葉。

「この国に呪をかけた者がいる筈だ。

すぐに探して連れて来い。」

強い意志のこもった凛とした声が2人の耳に響いた。




「分かりました。

早速捜させます。

しばらく間、お待ちください。」

そう言うと王はその場を離れた。

ふと視線を感じた。

私の向かい側には蒼龍。

蒼龍は何も言わず、じっと翡翠の様子をうかがっていた。




「スーはいつからこんなふうになってしまったのですか?」

怒りを抑えた少し早口な声。

この男、私に怒り向けるなどと。

すぐにでも殺してやろうか。

そして何よりも、翡翠を見る目が気にくわない。

「私の下に来たときには、すでに呪に囚われていた。

大方、この国の者が私への腹いせにかけたのだろう?

そんな事の出来る呪術師はここにしかいないからな。」

吐き捨てる様な恐怖を含んだ声。



しかし怯む事はなく、蒼龍はなおも挑戦的な目が私を見ている。

「この国を出る前の日までは、いつものスーだった。

こんな心のない様な虚ろなスーではなかった。」

悔しさで自分の手を強く握り、震えるほど怒っている仕草を見せる。

この男は私の下へ来るまでの間の、翡翠を知っている。

悔しい事だがそれは事実。

私の力のなさがそうさせてしまった事実。

あの空白の5年間、翡翠はここでどんな暮らしをしていたのだろうか?




「スーはここでどんな暮らしをしていたんだ?」

私はどうしてもそれを聞きたくなった。

私の知らない翡翠。

私は全てを知りたくなった。

蒼龍は私の問いに答える為、怒りを大きなため息で飲み込んだ。


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