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7/11

最終日の舞踏会から苺の町へ

私は『苺の町』代表として入場の時を待っていました


『苺の町』代表ですが、私は『薔薇の淑女』。薔薇色のドレスに黒薔薇の刺繍を施した、貴族の『准神官』衣をまとい、その時を待つ。姉さまも『苺の乙女』の『准神官』衣を身につけ、兄さまは神殿騎士服で側に控えています


本来であれば葡萄侯爵嫡子様にエスコートしていただくはずだったのですが、今回あまりにもカップルが多く誕生してしまいまして、独り者の方より「見せつけるな」という苦情があり、入場だけでも町単位で入場しようとの上からの指示


こういう場合爵位順となります、まずは爵位の低い家から。家は子爵家なので最初の方、彼は侯爵家の方なので最後の方。……例のアイツは伯爵家なのでちょうど間に位置します、何かしかけてくるには絶好の機会。ここが正念場、誇り高く会場へと足を踏み出した


「大丈夫?」

「えぇ、準備万端ですわ姉さま」


ざわめきと、呼び出しの声。ほら来た、葡萄伯爵家嫡子が


彼は上等な衣服に身を包み、その品の良い姿が台無しになるほど気色悪……凶悪な表情で私を見た。彼の持つワインのボトルが凶器に見えますね、いきなり殴られることはないと思いますけれども、何でもありな雰囲気を醸し出していました


やっぱり、生理的に無理……


「これは阿婆擦れ、いいえ『淑女』。お前の男はまだ入場していないようだな」

「えぇ、もちろんですわ。あの方は侯爵家の方ですもの、でもすぐに来てくださいますわ」

「では来る前に、わが町のワインでも一献。飲むだろう、子爵家令嬢」

「ふふ、妊婦(・・)に酒をすすめるなんて、非常識ですわ伯爵家嫡子様」


妊婦ははったりですが。自分の思い通りにならない女に、腹立ちのまま手をあげる彼。振り下ろす前に私はすかさず口を開きます


「高貴な殿方は知っていますのかしら、薔薇には棘があることを。花束用に処理された薔薇しか見たことが無い……などとは言いませんわよね?」


髪飾りに追加した私の魔力をまとった薔薇、その薔薇は長く蔓を伸ばし彼の腕を拘束する。もちろん棘付きだ。装飾品用なので棘は落としてあったのだが、魔力を糧に一気に蔓を成長・棘を補修したのです。綺麗な薔薇には棘があると言うでしょう、王城庭師の手によって美しく整えられた薔薇は非常に攻撃的


ギュウギュウと彼の腕を締め上げると、ヒィなんて情けない悲鳴


「もう私たちに関わらない事をおすすめ致します。貴殿の町はワイン醸造を主としていらっしゃるのでしょう、私のあの方は生食用の葡萄栽培家。それぞれの畑で、それぞれの葡萄を育てていきましょう。では、ごきげんよう」


蔓を引き上げて、入場してきた愛する人の元へと向かったのでした



私たちは、国王陛下を初めとする王家の方々の祝福を受けて、婚約を結ぶことが出来ました。強いて言えば両親には一言もないまま進めてしまった婚約ですが、まぁそれは後で……


「君の町の苺は美味しいねぇ」

「あなたの町の葡萄も美味しいですわ」


そんな風に感想を言いあいながら、お互いの口に町の自慢の品を放り込む。いわゆる、『あ~ん』というやつですね


「あ、王家の皆様以外にお会いしたい人がいるんですが……」

「公爵閣下ですか?」

「いえいえ、閣下は閣下で忙しいでしょう。別の……あ、いましたね」


彼の視線の先には見事な黄金色の髪を持つスレンダーな美女がいた。その小麦の海のような黄金色を揺らしながら、こちらへと歩いてくる


『愛と豊穣の神』様に仕える大神官様だ、お会いしたことはないけれども、あの神々しさは『神の娘』の頂点に立つお方だと一瞬にして悟る。……神官に『神々しい』という形容詞もどうかと思うけれど、ひれ伏したくなるほどの美女様でした


美女様……大神官様は、特に特徴もない中年の男性を伴ってこちらへと来てくださった。その男性は学者服をまとっているので、神殿付きの学者様なんだろうなと予想。すでに聞き知っていたのだろう、私たちの婚約を祝福して下さったのです


「この度は良き縁を結んだ、我からも祝福しようぞ」

「ありがとうございます、大神官様。祝福ついでと言っては何ですが、私の『誓い』をお聞きください」

「よかろう、そなたの『誓い』を申すがいい」


彼は言う



私の町の葡萄の側に、決して薔薇は植えないと誓います、と



大神官様はその『誓い』を歓迎した。側に侍っていらした学者様も深く微笑んで、それは良い事だとうなずいていた


「あなた……、私はあなたの為ならば……」


薔薇を植えたってかまわないと言おうとしたのですが、素早く私の唇に指を添え、その言葉を遮る


「言わないで、これはけじめだから。君の両親や民に示す大切な『誓い』だよ。私は薔薇を犠牲になどしない。わが町は多くの職人と騎士が葡萄を育て守っている。いたいけな婦女子を犠牲にするなど、私たちの誇りが許さない」

「あなた……」

「あ、勿論君は側に薔薇がいた方がいいだろうから、町長屋敷の中庭を改造しようと思っている。あそこの葡萄達は私の研究用だから、研究棟へ移植させるよ。……まぁ、中庭だけになってしまうのが申し訳ないけれども……」


知らないうちにこぼれた涙、悲しみではなく嬉しいから。私の第一印象は正しかった、なんて高貴で優しく優秀で、ちょっと出来すぎな感が否めない人……。彼は泣きだした私を抱きしめ、私は思う存分泣いた






「感動しました、そしてこの葡萄美味しいですね。皮まで食べられるなんて、新感覚ですよ」

「お褒めいただき、ありがとうございます学者様」

「できれば研究用の葡萄の移植を、見せていただきたいですね。押しかけてもいいですかな?」

「今は動かせませんので、芽生えの時期直前に移動させようと計画中です。その時期に来ていただければ、見学歓迎です。町長屋敷までおいでください」


学者様と葡萄侯爵嫡子様は、そう約束して握手を交わした。大神官様と学者様は笑顔で、他のカップルたちの元に歩いて行った。これから婚約の祝福祭りとなるのでしょうね。そして始まるダンス、フロアには多くのカップルや、ご夫婦がくるりくるりと輪を書いている


これでお見合い会は終了、故郷へと戻ることとなったのでした






葡萄侯爵嫡子様の住む町は、王都から北へ8日行ったところの葡萄の町。私の故郷は王都から北へ3日の苺の町なので、5日分離れた場所にあった。実際は馬車をのんびり走らせる速度を基本としているので、単騎で走らせれば2日もかからない距離だったりします


まずは私の故郷で、両親に紹介します。すでに王家と王冠の女神神殿と大神官様に書類を提出し、受理されているので反対はされないと思うのですが……




多くの苺たちを嫁に出し、ついでに婚約者まで入手したと彼を紹介。お互いに望んで愛し合っている事と、大神官様に『誓い』をしてくださった事を両親に伝えましたが


「……何故あれだけ言ったのに、葡萄栽培家に」

「好きになった方が、たまたま葡萄栽培家の方だったのよ……」

「しかも仕込み済み……だと」

「たまたま、盛り上がっちゃったのよ……」

「あまつさえ、できたと」

「たまたま、実を結んじゃっただけよ……」

「いや、全然『たまたま』じゃないだろう?確信犯じゃなのか?」


父にはこんな感じで、ブツブツブツブツ文句を言われた。気をつけろと言われていた葡萄伯爵家ではないだけいいかと、最終的に納得


しかも帰宅中、妙に気持ち悪いなぁと思っていましたが、すでに子供が宿っていた模様。町のお医者様に見てもらったら、非常に生温い笑顔で祝福されました。仕事が早いと思われたのでしょう、色々ありましたから……


「すぐにでもわが家へと来ていただきたいのですが、いかがいたしましょう。安定期に入るまでこちらにいますか?うちには母も子沢山の侍女頭も居ますので、出産に関して不安にはさせるつもりはありませんが」

「こんな急に嫁に行くなんて、せめてもう少しうちにいて頂戴な」


と言って母は嘆いた。私も初めての妊娠かつ初めての場所で過ごすのは少し不安だったので、甘えてしまう事にしました。彼はこれから町に戻って、両親を連れこちらへ伺いますと言って町を発つ。それはそれで向こうのご両親に悪いと思ったのだけれども、爺やさんもそうする方がいいと言って下さったので、お言葉に甘える事に




両親が孫の顔が見たいと駄々を捏ね、結局出産までを実家で迎える事に。安定期までじゃなかったのかと問われると、……正直花嫁修業的な事をやっていなかったので、同時進行でお勉強をしていたのです。なにせ嫁ぎ先は侯爵家、農業国だからと言ってうやむやにはできませんから。そんな事をしていたら生まれてしまいました第1子、男の子です


旦那様は「まぁ、無事でよかったです」なんていって苦笑い、連絡が後手後手になってしまい、旦那様来たらすでに生まれていました状態。向こうのお義母様も、自分の出産の時は心細かったからご実家ならば心強かったことでしょうと、さりげなくお義父様を非難しつつ産後の体調を気遣って下さったのです


そして出産を終えてから体調が戻り次第、正式に式をあげようという事に。勿論、入籍だけはすませてありますよ


彼は妊娠中、月に2度程馬を飛ばして様子を見に来て下さり、大変申し訳ない状態でした。あちらの町でお世話になればよかったと後悔いたしましたが、最後の親孝行だと思えば、両親を無下にもできず……。中庭の葡萄の移植も終えたと報告して下さり、あの学者様も見学に来て、ありがたい事に薔薇の苗木をいただいたそうです


そして吉日を選び式を挙げ、結婚してから初めての夜。久々に迎え入れたあの方の種は、すぐに実となり第2子妊娠となりました。……どれだけ相性が良いんだと、周りの方は生暖かい笑顔でしたけれどもね!!


結婚式後仕込んだワインは、職人と騎士と旦那様に見守られながら育っている。なにかの記念日に一緒に飲もうなんて彼は言う。私はワインを見つつ腹の子を撫でながら、その日を想ったのです……。

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