【裏話】魔術師公爵閣下の恋(中編)
彼等は自分の事を棚に上げ、俺の恋路の邪魔……ではなく協力を勝手に相談しはじめた
「と言うか、もともとハイスペックでセレブリティ過ぎて、改めて何を売りにすればいいのか悩みどころですね」
「あぁ、秀才君もそう思うだろう?ここはギャップ萌えではないかと考えているんだけど……」
「なるほど……、ムッツリのお胸星人と言うところをですか?ギャップどころか、ドン引かれるんじゃないですかね。特に胸がたわわなお嬢さんなら、そういう視線に敏感そうだし……」
なるほど、それは一理ある。これからは視線の先に気を付けなければ
「ヘタレでは弱いですからね……。ここはひとつヤンデレとかは?」
「閣下は非常に健康ですから、それはちょっと……。腹黒眼鏡とか?」
「それは俺なので、慇懃無礼とかは……」
「それも秘書殿です」
やんでれ?はらぐろめがね?俺には全然わからない会話をしていて、ついていけなかった
結局、秀才君が彼女に話しかけてさりげなく俺に紹介、以前お会いしましたよねで仲を深めると言うかなりわざとらしい計画となった。お見合い会場(正しくは品評会場)は吹き抜けとなっていて2階部分にバルコニーが数カ所付いている。そこにはテーブルセットが置かれ気の合ったもの同士が、気軽におしゃべりできる場として開放されている。勿論それぞれのバルコニーには専属の使用人が付き、不埒な行いは出来ないようになっている
お話して合わなければ穏便にお別れできるよう、使用人と言ってもかなりの上級使用人が配置され、まさにお見合い!!という配慮がなされていた
まぁ、権力で専属使用人を追い出したけどな!!
と言っても、さすがに2人きりと言うのはまずいので、わが秘書官とその嫁(なんと秘書官は既婚者だ)が目を光らせているので、不埒なふるまいは出来ない。正しくは秘書官はOKでも、その嫁はNGというらしい。OKとかNGとか意味は分からないが、おそらく秘書官は『早く口説け』で、その嫁は『落ち着け』とでも言いたいのだろう……
「お久しぶりです、公爵閣下。先日は私共の依頼を受けて頂きありがとうございました」
「お久しぶりです、『乙女』。その後、梨の様子はどうですか?」
「おかげさまで好評で、品評会でも多くの方にご試食いただいております。以前と同じ物ではなんですので、他の梨たちも連れてきました。是非ご試食していただければと思います」
彼女の付き添いで来ていた爺や殿が、すでに切り分けられた梨の皿を用意。こちらは普通の大きさの梨だった、そう思うとつい彼女の胸に目が……。おっと、いけない。変なところを見ている気持ち悪い男だと思われてしまう……
「いただきま……」
手を出そうとして(梨にだぞ!!)、急に魔力のうねりを感じた。その魔力は丁度今いるバルコニーの下あたりから、膨れ上がったそれは目に見えない手のかたちに。そのまま首に『魔力の手』がかかり掴まれた!!
てっきり暗殺かと、対抗魔法を返そうとしたがちょっと待て。この魔力は知り合いのものだと気が付き、そのまま引っ張られて空中へと投げ出された。落下先には丈の低い茂みがあるが念の為『軟着陸』の魔法を練り上げ発動、俺一応大魔術師の1人なのでこんな事が可能なのだ
「いってぇ、馬鹿者!!引っ張る魔法なんか使うな!!」
「いちごをかいたい、どのくらいのりょうがてきりょうか?」
「偉そうに言いやがって、……いや偉いんだけどさ」
俺を引っ張った張本人、幼い少年は苺の買い付けがしたいと宣った。その少年は王太子殿下、俺の従兄の子供に当たる。あ、従兄って言うのは国王陛下の方ね。幼い魔術師は親戚という事で俺に魔術を師事していて、なかなか将来有望な魔術師の卵なんだけれども
「俺、君の魔術の師匠だよね?少しは敬ってくれよ……。で、苺の買い付けをしたいのか?どちらの方が苺の方なんだい?」
その場には王太子殿下の他に女性と男性がいて、男性の方は見た事があった。親しくはないけれど王都近くの葡萄栽培家の嫡子、葡萄栽培家と言っても秀才君と違う町の子だ。たしか大きなワイナリーを抱えた、ワインを主とする葡萄栽培家。ちなみに秀才君の家は、生食が主となっている
ワイナリーの息子だから仕方がないとは思うけれども、真昼間からワインのボトルを握りしめているなんて、性質の悪い酔っ払いみたいだなと思ってしまった。もっと上品な持ち方ができないのかね……、なんて目を細める
なので苺栽培家なのはもう1人の女性の方だろう、その割には薔薇の香りのする女性だけれども……なんて思ってふと気が付く。もしかして『薔薇の淑女』とは、この女性だろうか?秀才君の想い人ではないか?
すかさず話を合わせて、彼女をワイナリー息子から引き離す。彼女もとんだ不運だな、知り合った(?)男2人とも葡萄栽培家のボンボンとは……。しかも今回の品評会は、俺のお見合いが目的なんだよなぁ……。招待状が届かなければ、王城に来ることが無ければ決して出会う事のなかった男たち。巻き込んでしまって悪いことしてしまった、いや開催したのは王家だけどさ
という訳で、良い方(?)の葡萄君を紹介してやった。ワイナリー息子に捕まるよりは、秀才君の方が良いだろうと思ったので。……決して、そのかわり『梨の乙女』に繋ぎ付けろとは言っていないからな!!言ってはいないけれども、さすが秀才君、バルコニーから落ちた後のフォローをしてくれたそうだ。超良いヤツ!!
そんな感じで秀才君と『薔薇の淑女』が、王太子殿下と王女殿下(苺好きの王太子殿下の妹殿下)によるやらせお見合いを繰り広げている。それを少し離れたところから眺めていると、秘書官が音もなく近づく。ワイナリー息子が彼等を伺っていますと耳元で告げられたので、さりげなく視線を動かすとヤバいヤバい。非常に剣呑な視線を『薔薇の淑女』に向けていた
これは更なるフォローが必要かもしれないとため息をついた。自分の恋路がままならないのに、人の世話を焼くなんて
「お人よしですね」
「友達想いだって言えよ……」
何かおこるだろうなぁ……と思っていた夜の立食食事会。こちらは夜開催なので、お子ちゃまである王太子殿下と王女殿下は参加できない。幼さを装ったまとわりつきで、淑女を護ることができないのだ。……いや実際に殿下方は幼いのだけれども
淑女の従姉殿は苺を売り込みながら、彼女を見守るがどうしても油断ができてしまう。しかも秀才君は商談を持ちかけられてしまった様で、彼女から離れざるを得ない状態に。普段の秀才君であれば優先すべきものをわきまえているのだが、余程の大口だったのだろう淑女に促され嫌々商談の場へと歩きだした
どれ、フォローを開始しようかなと思った時に
「公爵閣下……」
「な、『梨の乙女』殿!!ななななななぜに?」
目の前に現れたのは『梨の乙女』、何故に突然?柔らかい黄色のドレスが温かみのある雰囲気を醸し出している、愛しの乙女が目の前に。彼女は声を抑えめに、内緒話をするように言う
「秘書殿からお願いがあると伺っております。……もしかしてあの女性に、お声がけをされたいのでしょうか?私がお声をかければよろしいので?」
「全然違うッ!!」
逆だ、声をかけたかったのは君だとはさすがに言えなかった。事のあらましを急いで話し協力を頼むと、緊張したような顔で了承してくれた
「まぁ、あの葡萄侯爵嫡子様の……。お友達想いなのですね、閣下は。解りました、私で出来る事は何でもお申し付け下さいませ」
「で、では、一緒に着いてきて欲しい」
出来れば一生……
その時ガツンと頭に情報が溢れてきた、秀才君の予告無しの伝言魔法だ。余計な事を考えていた所為か急の思念受信であったま痛い、クラクラと視界が回る。でもそこは魔術師、痛みを散らして呼吸を整える。どうやら呼び出した相手はのらりくらりと商談の成立を伸ばし、ご破算でと立ち上がろうとすると契約をちらつかせてくるらしい
《完全に罠、かかった振りをするのでフォローをお願いします》
《了解》
最後の伝言に短く返信、『梨の乙女』を連れていざ淑女を救出に。夜の立食食事会は、柱の多いホールで開催されている。壁際にある柱と柱の間にはソファーが配置され、ちょっとした商談や会話のできる歓談スペースとなっているのだ、丁度品評会会場のバルコニーの様に
ただしバルコニーと違うところは、専属使用人が付いていない所。だって夜だから。そんな場所でこそこそしようとするのは、すでにある程度出来上がっている男女くらいなのだから。まぁ、それほど密室性の高い場所でもないし、他人がのぞき込むことだって可能な場所でおっぱじめようという輩はまずいない
多分
「閣下、あの女性が歓談場所に引き込まれてしまったようです」
「悪い、柱の陰で見えなかった。どこだかわかりますか『乙女』」
「は、はい。あのダリアが飾ってある壺の右側です」
「今、確認する」
丁度視界から逸れた瞬間に、引き込まれたと彼女は言う。やはりと言うかなんというか、先導していた従者もお仲間だった模様。引き込まれたと思われる場所に、従者がさりげなく衝立で周りの視線を遮ったのだ
淑女は秀才君の魔力を込めた装飾品を付けているので、居場所を確認。確実に居るのであれば突入あるのみ。急ぎ足の途中、淑女の従姉殿と合流。素早く『梨の乙女』を紹介して、恋人を装いつつ淑女の連れ込まれた歓談スペースに突入すると告げると、従姉殿は非常に生温い視線でお願いします~と
そういえば従姉殿は、俺が『梨の乙女』を好いているのを知っていたのだっけ……
衝立をどかして、歓談スペースに突入。従者?ナニソレ美味しいのとばかりに、押しのけて行く。歓談スペースのソファに気絶して崩れ落ちていた淑女を確認。……せめて口説いているんだったら、抱きとめるとかしないのかと思ったのだが、側に居たワイナリー息子を見て疑問に思った
何でコイツ顔赤いの?しかも困惑顔で?
自分の手を見つめつつ、微動だにしないワイナリー息子。何があったのか全く状況が解らないが、とにかく淑女を救出。こちらには彼女の保護者(従姉殿)がいるので、否は言わせない。客室だと危険かなと思ったので、自分の私室に移動したのだが……
あれ、ここだと俺が連れ込んだと思われない?
淑女の従姉殿は兄を呼んでくるとすごい勢いで走って行ってしまったので、代わりに『梨の乙女』に淑女の側に着いていてもらおうかと思ったのだが
「あ、乙女は伯爵家のご令嬢でしたっけ」
「はい、正式な名乗りが遅れて申し訳ありません。私は王都より東へ5日、梨の町の町長家の娘。爵位は伯爵です」
「淑女は子爵家か。世話をする為に侍女を呼びたいのだが、貴女を一人にするわけにもいきません」
微妙に困る俺は、秘書官に伝言魔法を送り続けるが無反応。困った俺を見かねた彼女は、淑女の側に着いていてくれると言う
「同じ町長家の娘ですから、お気になさらず」
その言葉に甘えて俺は侍女を呼びに行きつつ、伝言魔法を秀才君と秘書官に飛ばす。秀才君からは「すぐ行く」との伝言が返ってきたが、秘書は何時まで経っても現れなかった
アイツ嫁といちゃついている、絶対。