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好敵手  作者: 深月咲楽
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第6章

(1)


 翌朝、私は事務所の大御所である楓家小鮒を訪ねていた。

 小鮒はイワタゴールデンシアターの楽屋にいた。もちろん、一人部屋だ。出番まであと1時間近くあるが、彼は早めに楽屋入りしてきちんと準備をする習慣があった。

「『お笑い新人類』と『笑撃ライブ探検隊』のVTR? そんなものが、何で必要なんや?」

 小鮒が紋付の襟を直しながら尋ねる。私は一瞬とまどったが、素直に答えることにした。

「アウトサイドのジュンヤが、当時やっていたネタを見たいんです。彼の事件を解く鍵が隠されているかもしれませんので」

「ほう、アウトサイドのジュンヤなあ」

 小鮒は腕を組むと、私の方を見た。

「涼之介とアウトサイドはもめてる最中やったんと違うんか?」

「いえ、あれは周りが言うてるだけで」

 困惑しながら答える。

「ほう、そうなんか」

 小鮒は、テーブルに置かれていた扇子を手にとって広げると、パタパタとあおぎ始めた。

「ところで、君はライバルと敵の違いを知ってるか?」

「はい?」

 思いがけない質問に聞き返す。

「ライバルは日本語で言うたら『好敵手』や。いてるだけで自分を高めることができる。せやけど、敵っちゅうのは『かたき』とも読むわな。そんなもん、わざわざ作らんでもええ。心がクサクサするだけや」

 そう言うと、彼は扇子を動かす手を止めて、私の方を見た。

「アウトサイドは君にとってライバルか敵か、どっちや?」

「どちらかと言えば、敵……ですかねえ」

 私が答えると、彼は扇子を畳んで首を傾げた。

「それやったら、何でヤツのために動く必要があるんや? このまま放っておけば、ジュンヤは二度と舞台に立たれへんし、アウトサイドも消えて無くなるやろう」

「何でって言われても……」

 答えに窮する私を見て、彼は微笑んだ。

「わしはいつも、ライバルを選ぶ時は、その人間を尊敬できるかできへんかで考えることにしてるんや。舞台に立ってる時は競争相手や。せやけど、舞台から降りたらお互い一人の人間やろ? そうなった時に、その人間を尊敬できるかできへんか。

 わしに言わせれば、「敵に塩を送る」というのは間違いや。ほんまの敵やったら、塩なんか送ったりせえへん。謙信は信玄を一人の人間として認めとったんや。せやから、窮地を救った。「好敵手に塩を送る」が正解やな。ははは、まあ、そんなことはどっちゃでもええねんけれども」

 小鮒は楽しそうに笑うと、真面目な顔に戻って私の方を見た。

「さっきも言うたけどな、敵なんてもんは作る必要はない。せやけど、好敵手は必要や。君が手を差し伸べることで、今は敵であるアウトサイドが涼之介の好敵手に変わるんやったら、わしはその手助けをしよう」

「好敵手に……」

「そうや。そうすれば、ラジオでののしり合うことも、ファンがもめることも無くなるやろ。君がタクミとどういう関係になろうと、誰も文句は言わんようになるっちゅうこっちゃ」

「いえ、タクミと私はそんな……」

 慌てて否定する私に向かって、小鮒はにやっと笑って見せた。

「まあまあ、そんなに真っ赤にならんでよろし。すぐに上方テレビと大阪毎朝放送の知り合いに連絡して、VTRを用意してもらうよう頼んでおこう。受け取りに行きなさい」



(2)


 二つの局を回ってVTRを借り受けた後、私は一旦、自宅に戻ることにした。大曽根弁護士事務所に集まる時間までには、まだ少し間がある。今のうちに、急いで洗濯物を取り込んでしまおう。

 アパートの前まで来た時、入り口のところに立っている庄吉の姿が目に入った。

「どないしたん?」

 驚いて尋ねる。

「うん。ちょっと近くまで来たからな」

「そうやったん。上がってく? 散らかってるけど」

 アパートを指差して言うと、彼は首を横に振った。

「いや、もう少ししたら署に戻らなあかんし」

「そう。忙しいねんなあ」

 すると、庄吉は目をそらして言った。

「これから言うことは独り言やし」

「え?」

 聞き返す私を無視して、彼は話し始めた。

「あのミニカー、ジュンヤのお兄さんが、5歳の誕生日に買ってもらったもんやったらしいで」

「へえ、そうなん」

 私が頷くと、彼は続けた。

「俺、ジュンヤの取調べに加わっとってん。で、宣宏から受け取ったミニカーと、包まれとった古新聞を見せてんけどな。それ見た途端、ジュンヤは顔色を変えた。それから1時間後やったわ。『ヨシローは自分が殺した』なんて言い出したんは」

「でも、本人はミニカーなんて関係ないって言うてるんでしょ?」

 真意がわからず尋ねる。

「ああ。せやけど、顔色が変わったんは事実や。特に、古新聞を見てからな」

「古新聞? あの記事に何かあるの?」

「いや」

 庄吉は相変わらず、目を合わせずに言う。

「俺、気になって個人的に調べてみたんや。そしたら、どうも記事やなくて日付の方なんちゃうかなって感じやな。日付、覚えてるか?」

「いや、覚えてへんなあ。そんな細かいこと」

 私が首を横に振ると、庄吉は答えた。

「一回しか言わへんで。1979年11月18日。ジュンヤのおふくろさんの命日や」

「え? あの事故死したって言う?」

 驚いて聞き返すと、彼は頷いた。

「それから、ジュンヤのお兄さんのことで、ちょっと気になることを聞き込んだんや」

「何?」

「お婆さんの家の辺りで、たまに目撃されてるんや。ケーキやら何やら持って訪ねとったみたいやで。縁側でお婆さんの肩を楽しそうに揉んでるところも、近所の人に見られてる」

「え? お兄さん、お婆さんと仲が悪くてほったらかしやって聞いてたけど」

「実際はそうでもないってことなんちゃうか? お婆さん自身に確認した時は、頑なに否定しとったけどな。それは兄やなくてジュンヤやって言うて。でも、きっちりしたスーツ着とったらしいし、兄の方と見て間違いないやろな」

「何でお婆さんはそんなことを?」

 私が尋ねると、庄吉はため息を吐いた。

「ジュンヤに気兼ねしてるんちゃうか? ジュンヤは自分一人がお婆さんを支えてる気になってるみたいやしな」

「そう」

「それから、お兄さんの方から、ジュンヤはATSUMIと一緒にいてたみたいやっていう話が入ってきてな。うちの上の方に知り合いがいてるみたいで、そこを通じてやったけど」

「お兄さんの方から?」

 驚いて聞き返す。

「ああ。ジュンヤが犯人やったとしたら、トキタフーズにもダメージがくるかもしらんやろ? そうなったら困るし、興信所を使って調べさせたっていう話やったな。ジュンヤが自白した直後やったと思ったけど」

「ふうん」

 ATSUMIにお金を渡したというあの男性は、お兄さんが雇った興信所の人間だったのか。ジュンヤのためではなく会社のためというのが、少し悲しい気がする。

「そのことを伝えた時、ジュンヤは顔を真っ赤にして、『会社なんてどうでもいい。犯人は俺やねんから、とっとと逮捕してくれ』って言いはっとったな。なんや、痛々しいくらい必死な形相で……」

「自分より会社の方が大切っていう態度を見せられて、腹が立ったんやろか」

 私が尋ねると、彼は首を横に振った。

「そういう見方をする人もおるけどな。俺はむしろ、何か大切なもんを守ろうとでもしてるんかなって印象を受けたで。あの目からは、憎しみみたいなもんは感じられへんかったしな」

 庄吉は空を見上げて言った。

「大切なもんを守ろうとって……。庄吉は、ジュンヤが誰かをかばってると思ってるの?」

 尋ねると、彼は首を横に振った。

「いや、根拠は何もない。俺が受けた印象や。本部の方は、あくまでも犯人はジュンヤの線で固まってるわ。前科もあるし、自白もあるし、まあそういう流れになるんが自然やろな」

「そう。それやったら、何でそんな情報をわざわざ伝えに来てくれたん? 署の方で何か言われたりせえへんの?」

 心配になり、尋ねる。

「言うたやろ? 独り言、独り言」

 庄吉はふっと微笑むと私に背中を向けた。そして、

「あの頼りないヘボ弁護士によろしく」

 と一言言うと、小さく片手を挙げ、歩き始める。

「ふうん。好敵手に塩を送る、か」

 私は独りごちながら、彼の背中を見送った。


(3)


 午後5時。私とタクミと井頭の3人は、大曽根弁護士事務所を訪れた。迎え入れた宣宏は、待ってましたとばかりに私達を応接間へと案内する。

「なあ、これ、見てくれや。さっき彩香から電話で教えてもらって、ジュンヤ君のおふくろさんの事故死のこと、調べてみたんや。そしたら、当時の新聞に載っとってな」

 彼はそう言いながら、一枚のプリントを私達に見せた。

「大阪毎朝新聞の1979年11月19日の朝刊や。図書館のマイクロフィルムからプリントアウトして来たんや。読むで」

 彼はそう言うと、そこに書かれている文章を読み上げた。

「『18日午後4時頃、トキタフーズ社長・戸北慶次郎けいじろうさん(38)宅で妻の美晴みはるさん(33)と長男文也ふみや君(10)が1階廊下に倒れているのを母の千寿子さんが見つけ通報した。二人はすぐに病院に運ばれたが、美晴さんは全身を強く打っており間もなく死亡、文也君は大腿部骨折で全治2ヶ月の重傷。警察では二人が倒れていたのが階段下だったことや現場に衣類や洗濯籠が落ちていたことから、美晴さんと文也君が洗濯物の入った洗濯籠を二人で運んでいた際、どちらかが足を踏み外し階段から落ちたものと見て捜査を続けている』。なあ、この記事とあのミニカー、どう関連があると思う?」

「どうって、完全な事故やんなあ。この事故と、あのミニカーが関係あるとは思われへんけど」

 私が顔を上げると、宣宏は頷いた。

「この記事を見る限りではな。せやけど、ミニカーを包んどった新聞が、この事件が発生した日のもんやったっていうのが、気になるんや」

「ちょっといいですか?」

 井頭が手を伸ばして、宣宏の手からプリントを受け取る。そして、目を通すとつぶやいた。

「階段から転落。へしゃげたミニカー。もしかして……」

「もしかして……何ですか?」

 タクミが不安げに続きを促す。すると、井頭は彼の方を見た。

「ミニカーが階段の段上に置かれとったとしたらどうや? 使い慣れた階段や。それに、2人は洗濯籠を持っている。楽しくしゃべりながら下りとったとしたら、足元にまで注意が行っていたかどうか……」

「つまり、どちらかが、その置かれていたミニカーを踏んづけたって言わはるんですか? それで、2人は階段を転げ落ちたって?」

 タクミが驚いたように尋ねる。

「ああ。それやったら、あの見事なへしゃげ様も説明がつくやろ?」

 井頭が頷いた。

「せやけど、現場にへしゃげたミニカーが落ちてたら、警察が気づくんと違います?」

 私が井頭に言うと、宣宏が口を開く。

「いや、現場には何も落ちてなかったはずやで。この記事を手に入れた足で警察に行って、当時の調書を見てきてんけど、何も書いてなかったし」

「それなら、最初からなかったってことやろうなあ」

 私が言うと、井頭が口を挟んだ。

「もしくは、警察が来る前に誰かが隠したか」

「なんで隠す必要があるんですか?」

 尋ねるタクミに、井頭が答える。

「そら、そのミニカーを置いた人物をかばうためや。それ以外には考えられへんやろ?」

 沈黙が流れる。

「第一発見者はお婆さんやったよね?」

 私が確認すると、宣宏が頷いた。

「ああ。そして、ミニカーで遊ぶ人物って言うたら、子供やわな。しかも、あのミニカーはお兄さんが買ってもらったもんやった」

「つまり、バアちゃんは兄貴をかばったってことですか」

 タクミはそう言うと、思案顔で続けた。

「たしかに、ジュンヤはよく『おふくろを殺したんは兄貴や。俺は絶対あいつを許さへん』って言うてました。もしかしたら、そのことやったんかもしれませんね」

 タクミが宣宏の顔を見る。

「ジュンヤ君は普段からそう言うてたんですか? それやったら、ヨシロー君もその話を聞いてる可能性が高いですね。それで、あのミニカーを見たヨシロー君が今みたいな推測をし、そのことを暴露するっちゅうて、ジュンヤ君を脅したんかも」

 宣宏が頷きながら言った。

「せやけど、そんなことを暴露されたところで、ジュンヤ自身は痛くもかゆくもないんと違う? それで困るとしたら、むしろお兄さんの方かもしらんで。大会社の社長が、自分の母親を死なせたっていう物証を突きつけられるやなんて、いくら子供の頃のことは言え、放ってはおかれへんかも」

 私が言うと、井頭も口を開いた。

「たしかに、もし脅すんやとしたら、実際にミニカーを置いたお兄さんの方なんと違いますかねえ? ジュンヤはお兄さんのことが嫌いやったんやし、お兄さんの罪を隠すためにお金を出すようなことは、せえへんと思うんですけどねえ」

「ヨシロー君を殺したのは、ジュンヤ君やなくてお兄さんやったってことですか。たしかに、あの2人、顔がよく似てるし、目撃者が間違えたとしてもおかしくはありませんけどねえ」

 宣宏がつぶやく。すると、タクミが首を傾げた。

「せやけど、もし真犯人がお兄さんやったとしたら、ジュンヤがかばってるのはお兄さんってことになりますよね? あんなに憎んでるのに、どうしてかばったりするんでしょうかねえ。しかも、必死の形相で訴えてたって話なんでしょ?」

「それは、あくまでも庄吉の受けた印象ですからねえ。何か他に意味があるのかもしれませんし」

 宣宏が腕を組んで続ける。

「まあ、とりあえず、借りたVTRを見てみましょう。話はそれからですね」

 宣宏の言葉に、私達は立ち上がった。


(4)


 テレビの前に移動すると、上映会が始まった。借りてきたVTRは全部で4本。『お笑い新人類』が3本と『笑撃ライブ探検隊』が1本だ。私達はまず、『お笑い新人類』の方から見ることにした。

 1本目のネタは、ナンパの仕方がどうとかいうものだった。デビューしてすぐの頃だったこともあり、セリフを噛むわ飛ばすわで、観ているこちらがヒヤヒヤするほどひどい出来だった。

 2本目はそれから3ヶ月ほど経っていた。セリフ回しはかなりスムーズになり、ウケるというほどではないが、さざ波のような薄い笑いはところどころで入っている。

「シビアやなあ。テレビ局の方で、笑い声を足してくれたりせえへんの?」

 宣宏が驚いたように私の顔を見た。

「『お笑い新人類』は加工なしでしたねえ。お客さんもかなり厳しかったですしね。俺、ネタやりながら泣きそうになった覚えがありますよ」

 タクミが笑う。私もそうだ。番組の撮影を終えた後、深雪と2人、引退しようかどうしようかと泣きながら話し合ったことがあった。

 そんなことを思い出しているうちに、2本目が終わる。ここまで、井頭の言う車の話は出てこなかった。

「これで『お笑い新人類』は最後やな」

 VTRを入れ替えながら、宣宏がつぶやく。私達は少し緊張しながら、画面を見つめた。

「あっ、これ」

 それは、ネタが始まって2分ほどしてからのことだった。


『ジュンヤ、お前の最初の車は何やった?』

『俺の車はランボルギーニ・カウンタックや』

『ランボルギーニ・カウンタック? すごいなあ』

『しかも、思いっきり改造しとったしな』

『カウンタックを改造した? ほんまか?』

『ほんまやで。赤一色やったドアに黒いライン入れて、ボンネットも黒に塗ってな』

『おうおう、ツートーンか。かっこええなあ』

『それから、座席も黒や。ええやろ?』

『そんなん、めっちゃ金かかるんちゃうん?』

『そこがまた、俺のすごいところやがな。俺がこの手で塗ったんや』

『お前、塗装もできるんか?』

『おお。サインペンでチャチャチャッや』

『サインペン? 車塗装するのに?』

『そうや。しかも、俺のデザインと同じもんが、後で売り出されてなあ。あれ、どこかで俺の車を見たやつがおるんやろな』

『お前、それってデザイン盗まれたってことなんちゃうん?』

『おお。せやからな。俺、社長に手紙書いたってん。マネすな言うて』

『ランボルギーニ言うたらイタリアやろ? お前、イタリア語できるんか?』

『イタリア? 何言うてんねん。大阪市東成区やんけ』

『は?』

『イルマの社長様いうてな』

『ミニカーかい!』


 テレビの中の観客はくすりともしなかったが、テレビの前で見ていた私達も違った意味で黙り込んでいた。

 ネタのラストが終わるのを待っていたかのように、井頭が私の方を見る。

「ドアにライン入れてとボンネットと座席は塗りつぶしたか。それも、サインペンでチャチャチャッな」

「まあ、ネタやから、作り話の可能性もありますけど……。ここまでぴったり一致すると、あのミニカーを知っていたと考える方が自然ですよね。やっぱりあれは、ジュンヤのお兄さんのものなんでしょうね」

 私がそう言うと、タクミが不思議そうに私の方を見た。

「あいつ、兄貴のこと大嫌いやってんで。それやのに、わざわざ兄貴のオモチャの話なんか出すやろか」

「せやけど、ネタ作る時って、記憶にあることを引っ張り出してくる場合も多いやろ?」

 私の言葉に、タクミがうめくように言う。

「ジュンヤ、自分の経験をネタに入れたんと違うかな。俺、そんな気がするねんけど」

「つまり、あのミニカーに色を塗ったんは、ジュンヤ君やと?」

 井頭がタクミに向かって尋ねる。

「俺、3つ違いの弟がいてるんですけどね。子供の頃は、ほとんどのオモチャを弟と一緒に使ってました。せやけど、そういうのって、自分のもんであって自分のもんやないでしょ? 俺が飽きたようなオモチャを『お前にやるわ』って渡すと、弟はいつもめっちゃ嬉しそうに受け取ってました。で、それを気に入るように改造して、オリジナルのもんみたいにして遊んどったんです。ジュンヤもそうやったんちゃうかなって気がしたんですけどね」

 タクミは一気にそう答え、椅子の背にもたれた。

「つまり、あのミニカーはお兄さんのお下がりで、おふくろさんの事故の時には、ジュンヤの手に渡っていた可能性があるっちゅうことですね」

 宣宏が確認するように尋ねると、タクミが神妙な顔で頷く。

「せやけど、そのミニカーのせいでお母さんが亡くなったんやとしたら、こんな風にネタになんかするやろか」

 私の言葉にタクミが顔を上げた。

「たしかに、俺もそこのところはひっかかってるねんけど……」

 短い沈黙の後、井頭が小さな声でつぶやいた。

「知らんかったとしたら、どうや? おふくろさんが転落した原因が、そのミニカーにあるということを知らんかったとしたら」

「そうか。第一、もし知ってたとしたら、『おふくろを殺したんは兄貴や』なんて言いませんよね」

 辛そうに言ったタクミの言葉に、重苦しい空気が流れる。

「多分、ヨシローは、あのミニカーを見てネタのことを思い出したんやろうな。しかも、包んでいたのは1979年、ジュンヤのおふくろさんが事故死した年や」

 井頭は思案顔で続けた。

「ヨシローとジュンヤは昔からの友達やった。おふくろさんが事故死した状況も聞いとったかもしらん。そして、事故死の真相に気づいたんやろう」

「それをネタに脅したってことですか? それなら、ヨシローを殺したのは……」

「ほんまにジュンヤやったって言うんですか?」

 タクミが私の言葉を遮る。

「たしかに、お婆さんを襲った復讐というよりは、すっきりするなあ」

 宣宏が辛そうに口を開いた。

「ちょっと待って」

 私は立ち上がった。

「ジュンヤ、あのミニカーを見た時、驚いた顔をしたって話やったやろ? もし、ヨシローから脅されとったとしたら、当然、ミニカーのことは知ってたはずや。ヨシローからニセモノを受け取ってるんやし」

「いや、自分が手に入れたもんが本物やと思い込んどったとしたら、もうひとつあって驚いたんかもしらんで」

 宣宏が言うと、井頭がため息混じりにつぶやいた。

「やっぱり、ジュンヤは誰もかばってなかったってことなんかな」

 部屋は再び沈黙に包まれた。


(5)


 その夜、私は自宅のテレビでもう一度、あのVTRを見ていた。しかし、特に新しい発見はできそうにない。

 ため息を吐いた時、宣宏から電話があった。VTRの音量を下げて応答する。

「さっき、おふくろさんの事故死を担当した刑事から連絡があってな。当時、兄の文也さんがおふくろさんを突き落としたんちゃうかっていう噂が流れとったそうや。あの文也さん、子供の頃は手に負えんほどの悪ガキやったらしくてな。もちろん、悪意があって突き落としたわけやなくて、ふざけてって意味やろうけど。もし、その噂がジュンヤ君の耳に入っとったとしたら、彼が文也さんを恨んだとしても、不思議はないわな」

「つまり、ジュンヤがお兄さんを恨んでいたのは、ミニカーが原因とは限らへんってことやね?」

 聞き返すと、宣宏はため息交じりに答えた。

「ああ。そういうことやな。まあ、だからなんやって言われても、難しい話やけど」

「そうやね。わかった。連絡ありがとう。ほんなら、またね」

「ああ」

 宣宏の電話が切れた時、VTRは既にエンディングになっていた。帰ろうと席を立ち上がる観客をバックに、エンドロールが流れている。その時、画面を横切った人物を見て、私は息を飲んだ。

「どういうこと?」

 私は急いで、『笑激ライブ探検隊』のVTRを手にした。今入っているVTRを取り出すと、そちらに入れ替える。

 面白くも何ともないネタを辛抱強く聞き流しながら、時折写る客席を目で追う。無名の新人ばかりのライブということもあってか、客席には観客が少なく、そのほとんどが若い女性だった。

 すると、舞台上に若き日のタクミが現れた。今より幾分細い容姿から放たれる、何とも言えないはかなげな雰囲気は、女性ファン達の母性本能を大いにくすぐったに違いない。ネタ中でキザなセリフを口にする度、客席から悲鳴にも似た歓声が上がっていた。

「アカン、アカン」

 そんなタクミの姿に見入っている自分に気付き、頬をたたく。

 番組も終盤にさしかかった頃、私は客席の中に、さっきのVTRで画面を横切った人物の優しい笑顔を見つけた。その時、舞台ではジュンヤがネタをやっていた。

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