転移、そして初仕事
初投稿です。
俺、大谷悟は普通の無職である。
毎日毎日異世界に行きたいとぼやいているかなり痛い無職である。
最近は自宅以外では自重しているが。
「あー異世界行きてぇ……」
またぼやいてしまった。外じゃなくてよかった。また冷たい視線で見られたくない。
異世界なんてないのに。俺は何を期待しているのだろうか。
「どっかに異世界で働ける仕事ねえかなぁ」
この世にそんな仕事がある?否、そんな仕事はない。
そんな都合良く仕事があるわけないだろう。常識的に考えて。
とはいえ、憧れていないといえば嘘になる。
「ちょっと探してみるか……異世界 仕事 と……」
まさかないだろうと思い、ベッドで寝転がっていた身体を起こし、インターネットで検索をかけてみる。
そんな仕事あるわけ……。そんな俺の予想は大きく外れた。
「検索結果1件……!?」
あんのかよと思い、そのサイトに即アクセス。
何々、異世界でモンスター達を躾け、闘技場のオーナーをやりませんか?
イヤ待て、落ち着け俺。明らかにおかしいだろう。何がオーナーをやりませんかだ。
モンスターを躾けて闘技場のオーナー……?
確かに実際あったら面白いだろう。スライム躾けたり、悪魔みたいなのを躾けたりと。
だが。
「明らかにおかしいだろう……常識的に考えて」
異世界というものは存在しない、フィクションの話だ。
そんなものはあり得ない。
しかし、気になる。とてつもなく気になる。なんだろう、この感覚は。
まあ物は試しだ、電話をしてみよう。気に入らなかったらやめればいい。
「あ、もしもし。ネットのサイトを見てかけたんですけど」
「おぉ、漸くかけてくる人間がいたか!」
出てきたのはかなり年配の老人だった。
「えぇっと、これって本当なんですか?」
「本当じゃよ、お前さん名前は何という?」
「えっと、大谷悟ですけど」
「サトルか、いい名じゃ。今すぐ行くからの」
「は?今すぐ行くってどういう……」
ベッドから立ち上がると、俺以外誰もいなかった部屋に年配の爺さんが立っていた。
「なっ!?おま!どうやって……」
「あまり時間がないのじゃ、すぐに行くぞ」
「行くぞって、ほんとに異世界……?」
その瞬間、爺さんの口がにやりと笑い――
そこで意識が途切れた。
「痛ッ……」
目が覚めると、ふと知らない場所に飛ばされていた。
大きな草原、それを囲む白い柵。
そして横に建っている不思議な建物。
「なんだこれ……闘技場?」
「ほっほっほ」
特徴的な笑い方に振り向くと、さっきの爺さんが現れた。
これは……本物?
「ここはエビルアリーナ。かつて一番流行ったモンスター闘技場じゃよ。お前さんには今日からここで働いてもらう」
「働いてもらうって……俺はまだここが異世界だと信じたわけじゃ……」
そういうと爺さんは溜息をついて少し待ってろと手を翳し始めた。
地面に魔法陣が描かれ、まるで何かが出てくるような感じだ。
「我が配下なる魔物よ、今こそ盟約に従いその姿を現せ――魔獣召喚!」
瞬間、魔法陣が光り始め――
バァン!
破裂した。魔法陣のあった場所から煙が沸き立つ。
「うぉ!お……お?」
暫くして煙が止んだそこには。
俺が今まで望んでいたものがいた。
「ピキーッ!」
スライムだ。異世界の、それも意志を持った魔物だ。
「スライム……!!!」
思わず抱き付いてしまう。
スライムは柔らかい軟体で俺を難なく受け止めた。
「これで信じてくれたかの?」
「はい……本当にここは異世界なんですね」
すると爺さんは満足そうな顔でこちらを見る。
「君にはここでしばらくオーナーをやってもらう」
「オーナーですか、具体的には何をすれば?」
スライムに抱き付きながら話を聞く。
撫でてみるとスライムも嬉しいようでピキーと嬉しそうに声を出した。
「基本の運営は最初はわしがやろう。君には慣れるまでモンスター達の世話と、調教を頼みたい」
「わかりました」
素直に答えると、爺さんはうんうんと嬉しそうに頷く。
「この1年で君の働きを見る。君がわしの期待に見合う人ならここは任せよう。期待にそぐわなければ解雇だ、いいな?」
「はい!任せてください!」
俺は元気よく返事をし、今日から俺のオーナーとしての仕事が始まった。
「ほれほれ、スライムくらい調教せんか」
ついさっき任せてくださいと啖呵を切った俺は、スライムの調教に失敗し続けていた。
「うぅ……我が声を聞く青き生命体よ、我が魔言に従い我が配下となれ――生物調教!」
呪文を唱えると、スライムを囲むように、魔法陣が現れる。
青白い光がスライムの身体を包み込む。
途端、魔法陣がバチバチと光りだす。これが所謂調教判定だ。
このまま光が弾け、自然に魔法陣が消えれば調教成功なのだが――
『ヤダッ!』
と、そんな声が聞こえたと思ったら、魔法陣が弾け飛んだ。
自然に消えることはなく魔法陣はぐちゃぐちゃになり、スライムは逃げてしまった。
「あぁ……また失敗だぁ……」
「ったく……これで6回目じゃぞ……」
「俺と爺さんの……どこが違うんだ……?」
「スライムはただの生き物じゃぞ、別に敵でも何でもない」
そういって爺さんは呆れ顔で近付いてきた。
「どうすればいいんですか……」
「まあスライムと言えど一応モンスターじゃ、まずは……」
「こちらに敵意がないことを知ってもらうのじゃ」
そういってスライムに近付く。ゆっくりと。
「ほぉら、怖くないぞ」
優しい笑みを浮かべる爺さん、スライムは最初は警戒したものの、爺さんに近付く。何故だ。
そのまま爺さんはスライムの好物である木の実をポケットからとり出し与えた。
「ピキキーッ!」
喜んで頬張るスライム。今爺さんが調教をすれば、間違いなく成功するであろう。
「わかったか?お前は焦るだけでこいつの気持ちを何も考えていない」
「うっ……」
痛いところを突かれ何も言えなくなる。
そう言われると確かにそうだ。俺は早くしなければと焦るばかりで、スライムの気持ちを理解していなかった。
この人間は、何をしてくるのだろうか。
こいつは自分に危害を与えるのかどうか。
スライムはそれを警戒して調教を拒むのだ。
「ほら、もっかいやってみぃ」
「お、おう」
木の実を一つ渡される。俺はそれをポケットにしまい、ゆっくりとスライムに近付いていった。
「ピキッ……!」
警戒されている、そりゃそうだ。同じ失敗を6回も繰り返しているのだから。
だが、ここで焦るわけにはいかない。
相手に警戒されないためにはどうすればいいのか。
スライムに言葉は通じない。ならどうすればいいだろう。
ふと、俺はさっきまでの失敗を思い返していた。
俺は近づくときにいつも目を逸らしていた。何となく、癖で。
スライムはそれを警戒しているのではないかと。そう思った。
確信した俺はスライムの目をしっかり見つめた。
ここで目を逸らしたらダメなんだ。向こうもこちらを警戒してしまうに違いない。
じっと見つめること数分。
漸くスライムが警戒を解き、こちらに近付いてきてくれた。
「ピキキッ……」
まだ少し警戒しているようだ。ここはどうしたものか。
爺さんがやっていたことを思い出してみよう。
確か餌を与えていたな、よし。
「ほら、お食べ~」
猫撫で声で話しかけ、こちらに来るよう促す。
スライムも好物を見て警戒を解いたのか、こちらに近付いてきた。
夢中で頬張るスライム。俺は無意識にその体を抱きしめていた。そして気が付けば話しかけていた。
「俺さ、これからここのオーナーをやるんだ、それでよかったら……君も俺と一緒に、来て欲しいんだ」
なんか女の子に告白するときみたいになってしまったがいいだろう。
スライムは少し何かを考えるように動かなくなったかと思うと。
「ピキキー……!」
いいよとばかりに返事をしてくれた。
呪文を唱えるのであれば今だろう、よし。
「我が声を聞く青き生命体よ、我が魔言に従い我が配下となれ――生物調教!」
青白い魔法陣がスライムを包み込む。
バチバチと静かに魔法陣が光り出し――弾けた。
静かに魔法陣が消えた。これは・・・!
「成功したようじゃな」
「やった!やりましたよ爺さん!」
まだスライム1匹だが、大きな進歩だ。
興奮する俺をよそに、爺さんは話しかけてきた。
「して、こやつにはなんと名を付ける?」
「名前か……考えてなかったな」
何にしよう。俺は名前を考えるのが苦手だ。
うーむ。どうしたものか。
「ピキキー!」
突然、スライムが声を出した。
うん、この鳴き声耳に残るなぁ……ん?
これ名前に使えるんじゃね?
「ピッキーって言うのはどうだろ、安直だけど」
「ピッキーか、いい名前だと思うぞ」
少し安直だが、いいだろう。
名前っていうのは憶えやすいのがいいしな。
「よし、お前の名前は今日からピッキーだ!」
「ピッキー!」
元気よく返事をするピッキー。
初めてのモンスターだ。この調子でモンスターを増やしていこう。
「仕事は明日からだ、今日はもう寝なさい」
「はい!明日からよろしくお願いします!」
こうして俺の1日目の仕事は終了した。
明日から本格的な仕事が始まるのだ。楽しみで仕方がない。
俺は明日からの仕事に備えピッキーと共に眠ることにした。