表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

デュランタ

作者: 銀木犀

弥生 祐先生の企画された五分小説です。

 チクタクチクタク……。

 腕時計の秒針が振れる音が耳に響く。


 人も町も傷付いた体と心を休めるために、夢の世界へと落ちて行く深夜零時。


 俺はただ、公園のブランコに座って、夜空の象徴である満月を見上げていた。


「遅いな……」


 約束の零時は裕に越え、針は二十分を回ろうとしていた。


 街灯の周りを、虫が羽ばたく微かな音。刻一刻と無情にも過ぎていく時間。

 異常なまでに敏感になった感覚は、今から死刑場へと向かう罪人の心情の様で。


 死刑場という名のタイムリミットへと、ゆっくりと確実に近付くにつれ、不安と絶望が心臓の伸縮運動を早め、それと反比例して筋肉の動きが鈍くなっていく。


 ただ、彼女の事を思い出す。頭を下に向けて、神に祈る様に手を握って。



 神様に祈った所で奇跡は起きない、事実は変わらない。あの人は、人に知力とこの地球という物を与えてくれただけだから。努力が実った、奇跡が起きた、なんて言葉は全て必然的に決まったことで、有り得ないのだから。



 ……でも、この時ばかりは神様を信じるしかなかった。

 一陣の風が吹く。夏なのに鳥肌が立つほど寒い風が。


「こんばんは、朝野 道留君」


 懐かしき声が耳を伝う。期待と緊張の中、俺はゆっくりと顔を上げて行く。白くて細い足、純白のワンピース、昔よりも大きくなった胸。



 ……そして、見上げた先には彼女の顔があった。


「本当に……由宇ゆうか?」


 頭を縦に振り、そして彼女は笑った。その瞬間、目に溜った熱いものが溢れ出した。良かった。俺はそれだけを思った。


「久しぶりだね、道留。でも、何で泣いてるの? 約束が違うじゃない」


「約束……?」


「五年後会うときは笑って会おうねって、約束したでしょ」


 微笑みながら、子供に忠告するように言う。

その顔も懐かしく、風穴の空いた心が埋まって行く気がした。


「泣いてるわけないだろ。欠伸だ、欠伸。こんな時間に約束したせいで、眠いったらありゃしねえよ」


「だってさ、私も道留ももう大人だよ、大人。大人になったら女と男は一晩を共に過ごすんでしょ」


「お前、意味分かって言ってるか?」


「あ――、止めて――! 乙女の夢を壊さないで――!」


 耳を塞いで目を瞑って、近所迷惑関係なく喚く彼女は、見た目が変わろうとも心は何一つ変わってない。それは、五年という開いた時間を忘れさせてくれた。


 でも……。


「……なあ、由宇は本当に病気治したんだよな?」



 五年越しの再会が、信用を失わせていた。



 彼女が黙り込んでしまう。横顔が凄く悲しそうに見えて、凄く愛しく感じて、消えてなくなりそうだった。


「実はね、私……」


 目が濁り出す。俺の目が彼女を正しく捉えず、歪み、濁る。

彼女と俺との間に水の壁が出来た……気がした。


「なーてね。全然元気だよ、ほら……」


 そう言うと、ブランコの台に足を乗せ、立ち漕ぎを始める。その後、ジャンプをして体操選手並の綺麗な着地を俺に見せ付けた。




 そのまま沈黙が紡がれる。彼女は俺に背を向けたまま、何も言わない。仕方なく俺から話を切り出す。


「どうかした?」


「ねぇ、道留は五年前のこの日この場所で、私に何したか覚えてる?」


 日時は覚えていないが俺は五年前、幼い頃からの思い出の場所で、彼女にある事をやった。返事は聞けず仕舞で、離れ離れになったけど。


「……今日は俺がお前に告白した日か?」


「後名答。じゃあ、道留は今でも私の事を好きですか?」


 時が変わろうともその気持ちは風化する事はない。


「……ああ、あの頃と何一つ変わらない」


「そう。じゃあ、私も返事しないとね」


 彼女が此方を振り向く。健康になった頬を赤らめて。


「……私も好きだよ。もう押さえきれないの……この気持ち。ずっと貴方の側で見守っていたい。私の気持ち……受け取ってくれますか」


 答えなんてもう、五年前に告白した時点で決まっていた。今頃迷うことなど何一つない。


「全部受け止めるよ」


 彼女は目に涙を溜めて、笑顔を作る。それが愛らしくて、綺麗で、硝子のように砕けそうで。

俺はただ、その姿に見とれていた。


「ありがとう……道留。目を瞑って」


 彼女が俺の頬に手を添えて、ゆっくりと俺の顔を上げる。


 近付く顔と顔、微かに聞こえる息遣い。心臓は高鳴り、顔は高揚していく。



 そして……口付けをした。彼女と俺のファーストキス。



 一陣の風が吹く。夢の全てを吹き飛ばすように。



 その時には全てが終りを告げていた。


 唇の触れた柔かい感触。温もりのある体。そして、彼女。その全てが消えていた。


「道留ちゃん」


 訳が分からない俺に、突如声が掛る。その声の持ち主は、彼女の母親だった。


 公園の入り口からゆっくりと此方に歩いてくる。

 街灯の明かりがその姿を半分照らし、紡がれた糸を切るアポロトスの様に見せた。


「由宇に頼まれてね、貴方に……大事な話があるの。あの子はね……」


「嘘だ」


「もうこの世には……」


「嘘だ! だって由宇は此処に来て、俺の側で見守り続けたいって言ったんだ!」


 現実で、この場にあったのだ。暖かい温もりも柔かい感触も、全部感じとれたのだ。安堵感と幸福感で満たされていたのに、何で今頃になってこんな話が……。


「……多分それは、あの子の意思でしょう。この場所には、あの子の遺骨と共に一輪の花も植えたの……」


 あの子の意思? 理解が出来なかったが、彼女の母親の目線の先へと俺も顔を向ける。





 ――俺が見たのは、街灯の下で照らされた、青紫の背の高い花。








 デュランタ、花言葉は見守る。


恋愛ものは不馴れですが、何とか書いてみました。作者の後都合主義が光る小説ですが、評価や批評をもらえたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ちょっと すんなりとは理解しづらいですが 深い作品だと感じました… 生と死… ハザマは儚く微かでわずかな境目なのでしょう… ありがとうございました。
2008/02/27 23:49 宮薗 きりと
[一言] 結末は読めていましたが でも なんだかじ〜んときました… 文章も読みやすかったです。 花言葉がイイですね ありがとうございました。
2008/02/08 14:46 宮薗 きりと
[一言] 拝読させていただきました。 序盤、時間軸が12時だというところで『あ、ヤベェ。死んじゃうかも…』と(結果的に少し違いましたが)思ってしまいました。また、少々序盤の表現が回りくどいように思いま…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ