異世界でラーメンを食おうと決意しました。
異世界でラーメンを食おうと決意した主人公だが、なにやら怪しげな雲行きに……。そんなヤバい方向に突っ走って大丈夫か?
俺は決意した、必ずラーメンを食うと。
必要なモノは小麦粉、鹹水、水、煮干し、野菜各種、タケノコ、チャーシューだろう。卵も欲しい。
ここで問題になるのが小麦粉だ。
今までこの世界で小麦粉を確認したことがない。小麦があるならパンはなくても絶対にビールがあるはずだがサツマイモ酒くらいしかない。異世界で何物ねだりしても仕方が無い。蕎麦粉の麺で我慢しよう。
炒り粉と野菜の魚介系スープなら材料はそろっているだろう。味噌は確実にあるから味噌ラーメンでもいい。
猪がいるからチャーシューも何とかなるだろう。
河口の村に行けばラーメン風蕎麦なら食えそうな気がしてきた。
これで勝つる!
しかし、この世界って資源が少ないよな。ほとんど生かさず殺さずの状態で転位者の持ち込んだ物資でなんとかやりくりしている気がする。
この世界はトバ・クライシス以前から少なく見積もっても八万年以上は存在している。超文明の一個や二個があってもおかしくはない。いや、超文明が存在しないように物資を制限してるのか?
それよりもスライム狩りだ。そろそろ大豆の植え付けで肥料に混ぜる干しスライムの需要が高まってる。ここで稼いで河口の村でラーメンは無理としても蕎麦を食おう。
「河口の村にラーメンはあるんですか?」
ラーメンがあるなら次は必ず河口の村に連れて行ってもらおう。
「ないわけではないんだけどね」
めずらしくアキラさんにしては歯切れの悪い返事が返ってくる。
「ラーメン風な麺類なら手頃な値段で食べられるんだけど、本物のラーメンが良いとなるといつ食べられるかは誰にも判らない。お値段もね」
「作ろうとは思わないんですか?」
「この世界にも攻略組がいて十万年以上調査が続いてるんだよ。それで出来ない物を作ろうとは思わないな」
うう、そりゃ確かに。
「今まで小麦が持ち込まれた事が無いわけではないと思うんだけどね」
「誰かが排除したんでしょうか?」
「排除する理由がないだろう。芋や米の方が生産性が高いから作物として淘汰されたんだろうね。最近、日本人が多いらしいし。……この事は後でゆっくり話そうか」
アヤさんとミオさんのサボるなという視線が痛い。アキラさんの言うとおり麦は手間の割に収穫量が少ない作物として淘汰されたのだろう。
蕎麦は麦よりさらに収穫が少ないけど生育が早いなどの利点があるので栽培が続いてるのかね?
この世界の管理者である神様やその代理人である神殿が麦を排除する理由が見当たらない。麦角菌対策で麦の栽培禁止も考えにくい。禁止しても闇で麦を栽培するだろうしな。
おそらく麦が栽培種として全滅していても野生種として残っているはずだ。
それを物々交換で収穫させてもらえばいい。脱穀とか製粉の手順は蕎麦と大して変わらないだろう。
つまり、ラーメンが食える!
これで勝つる!
さっさとスライム倒して河口の村に行こう!
それにしても幾ら倒してもスライムは減ることは無い。一匹が二匹、四匹、八匹と増えるなら倒すより増える方が早いのは判るがそれはそれで気持ち悪いな。目が覚めたら世界がスライムであふれてたりしないのだろうか?
五百十二匹のスライムは千二十四匹のスライムに増殖するんだし。
そう言えばいつぞやの根粒菌を共生させたスライムは制御不能な速度で増殖したりしないだろうか? アキラさんはまだ諦めていないようで暇を見ては大豆の根をスライムに食わせてるようだがそろそろ止めた方がいいかもしれない。
「ヒビキくん、こっち」
「はい」
呼ばれたので行ってみるとアキラさんが俯せに倒れてる若い女性を見つけた。
欧米系白人のようではっきりした年齢は判らない。その女性は袖無しのコートに膝までのチュニックとブーツとこの世界の旅行者の装備である。
「転位者でしょうか?」
「多分違う。服から見てこの世界の旅行者じゃないかな」
アキラさんが女性をひっくり返す。特筆すべきはおっぱいの大きさだろう。最低でもDカップはありそうだ。しかも美人、クール・ビューティだ。
「面倒なことになりそうだから放っておいたら? 日本人じゃないみたいだし」
アヤさんはあからさまに不機嫌だった。ミオさんも。
「そんな薄情な事をいわなくても……」
「その女は日本人には見えないし異教徒を匿ってたのが異端審問官にバレたら大事よ」
イタンシンモンカンって美味しいんですか?
「大昔にキリスト教徒とイスラム教徒の間に戦争があって現地の方が大迷惑したらしい」
俺の顔見てアキラさんが説明してくれる。
大地の女神様は寛容な女神ではないのか、我慢の限度を越えたのか。我慢の限度を超えたんだろうな。
ちなみに現地の方は地中海周辺にいる南方系白人が主流のようだ。
「それで両方とも迫害の対象になっちゃたんですか?」
「らしいね」
「そんな事よりコレを捨てに行くわよ」
「少なくとも意識が戻ってからの方がいいと思います」
アキラさんはアヤさんの剣幕にダンマリを決め込んでいるので俺が言わざるを得ない。アキラさんの空気の読み方はマジで尊敬する。
「なんで助けるの?」
「自分が助けられたんだから他人も助けるのは当たり前です」
ミオさんも文句があるらしいがこう言えば文句はでないだろう。おっぱいが大きいからなんて口が裂けても言えない。言ったら口が裂けるかもしれないしな。
「大丈夫ですか」
アヤさんとミオさんの協力は得られそうにないので俺が女性の体を揺らしてみる。女性の意識は戻らない。しかたがないので、顔に水を垂らしてみる。
目がぱっちり開いて竹製水筒がひったくられた。思いっきり飲んでるがこれなら大丈夫だろう。海戦で負傷した水兵さんに桃缶食わせた場合、もっと欲しがる人は助かるそうだし。
「ごめんなさい」
「気にしなくていいですよ」
「ありがとう」
日本語にしてあるが一応英単語を並べて意思の疎通をしている。ソリー、ドントマインド、サンクユーって感じだな。
彼女は英語をしゃべれない人間とのコミュニケーションに慣れているのか簡単な単語を並べてくれるので理解しやすい。
「お名前は?」
「アビゲイルです」
俺はいささか意外な名前に思わず笑ってしまった。アビゲイルが本来は女性名である事は知っているが。
「さっさと捨ててきなさい。合体したらどーすんのよ!」
「大丈夫ですよ。指輪しかないみたいだし」
アキラさん達は知っているらしいが、ミオさんは意味がわからずキョトンとしている。
「どこから来たんですか?」
「河口の村です」
「あなたはキリスト教徒ですか?」
黙り込んでいることはイエスだろう。科学という名前の悪魔に使えているのかもしれないが。
「どーします?」
アヤさんとミオさんの顔にはこの女には関わるなと書いてある。
「助けてあげたいけど、僕の勘は関わるなと警告してる」
「私もそう思う」
「賛成」
「ごめんなさい。私達はあなたを助けることが出来ません」
「気にしないで。ありがとう」
そう言ってアビゲイルさんは起き上がって俺達が住む村の方に歩き出した。竹製水筒を返してもらうのを忘れていたが気にしないことにする。
「止めますか?」
「干渉しないでおこう」
「早くスライムを持って帰ろう」
「そうしましょう」
アヤさんとミオさんはすっかりお仕事モードで倒したスライムをポリ袋に詰めている。アキラさんと俺も文句を言われる前に動かなくなったスライムを集めてポリ袋に詰める。
ご主人様なんだからもう少し優遇されてもいいと思うんだが、アキラさんも俺も口に出すほどの度胸はない。
「ヒビキくんのおかげで便利になったわねえ」
「運ぶのがすごく楽になった」
「いえいえ。僕だけなら只のゴミ袋ですよ」
ついつい俺の口調が丁寧語になるのはアヤさんとミオさんのプレッシャーを感じているからである。
「時間が出来たら河口の村に行こうか、ヒビキ君」
「はいっ!」
その言葉を待っていました、アキラさん。じろりとアヤさん達がアキラさんを睨んだがこの際気にしないでおこう。
「ヒビキ君に教えておかないといけない事がある。この世界の宗教的対立とかね」
「うちの村じゃほとんどないですよね?」
「そーゆーのを嫌った日本人のグループが作った村だからね」
俺は超ラッキーだったんだな。転位した場所も良かったし、すぐにアキラさん達のような友好的なパーティに出会えた。
ちょっと前までは河口の村の近所に転位していれば良かったと思ったりもしたのだが、そんな宗教対立の激しい物騒な所に転位しなくて良かった。
これで実はアキラさんがラスボスですなんてことがなければいいが。