異世界で亜人と遭遇しました。
異世界で亜人とよばれる種族に遭遇した主人公はある仮定にたどり着く。
アキラさん達は河口の村に買出しに行くことになった。俺もついていきたかったのだが、今回は村でお留守番である。
河口の村は現地の、この世界の方々と異世界から来た人間が交じり合って暮らしている面白そうな場所である。
俺達が住んでいる村とは違い、畑だけではなく水田もあれば粟畑や蕎麦畑もあるそうだ。つまり、河口の村では食い物の種類が多いということだ。魚もいろいろ取れるだろうしな。
その上、青銅を加工する鍛冶師もいるらしい。モノが豊富にあるということはそれを交換する市場もあるし、他人の懐を狙うよからぬ人物もいる。
もちろん世界最古の御職業の方々もいるわけで、アキラさんも一人で行きたがったのだが周囲の反対で却下された。気の毒だなあ。
そういうわけで、俺とミオさんは二人で森に入って薪を取ったり水を汲んだりサツマイモ畑の雑草取りやパトロールなど雑用をこなしている。
いずれは食堂のおばさんのようにテントでいいから家と畑を持った安定した生活がしたいのだがまずは異世界での農業を学ぶ必要がある。
畑を作っても確実に収穫があるとは限らないそうだ。灌漑設備があるわけでないから作物への水の供給は雨頼みということになる。
肥料も便利な化学肥料があるわけではなく、堆肥ぐらいしかない。スライムは入ってるけどな。
農薬もないが害虫も害獣もたくさんいる。これで収穫がそれなりにあるのは「長年蓄積された知識」なのだろう。
わかりやすいノウハウとしてサツマイモとか大豆とか作りやすくて食べやすい作物に特化している点もある。穀物だと収穫しても脱穀も製粉も道具がないから食べるには非常に手間がかかる。
現役農家の方が道具一式持って転移してくれると非常にありがたいのだがなかなかそーゆー便利な偶然はないらしい。
俺は畑のパトロール用にナイフを六尺棒にくくりつけて簡易な槍を作った。やはりリーチは長いほうがいい。
この手製の武器を持って村の畑をパトロールをしているうちに俺は一人の亜人を発見した。亜人といってもゴブリンやオークのようにあからさまにヒト型異種族ではない。身長一メートルほどの小柄な亜人は草むらに隠れてこちらの様子を眺めている。
俺も亜人がいるからといっていきなり攻撃するほどアホではない。
亜人にもいろいろ種類があるそうなのだが今回遭遇したのは小人族であるらしい。亜人というよりはホモ・フローレシエンシスの生き残りっぽい。
しばらくにらみ合いが続いたが亜人が諦めて去っていった。大規模な襲撃前の偵察だろうか?
「小人族は体が小さいし数もそんなに多くない。向こうから攻撃することはほとんどないわ」
ミオさんもいろいろと慣れてきたのかだいぶ落ち着いてきた。美少女というわけではないが、大人しい感じのかわいらしい子だ。
見てる分にはツンデレとかの方が面白いが一緒に暮らすのなら大人しい子の方がいい。俺も二枚目というわけではないしな。
「ミオさん、亜人が出た事を連絡してきて」
「うん。すぐに戻るから」
「ゆっくりでいいよ」
などと言いながらやはり一人になるのは少々緊張する。アキラさん達がいれば俺が村へ連絡に走っただろう。人手が多いことは良い事だ、食い扶持があれば。
聞くところによれば小人族は人を避けて森の奥の方に住んでいる。なぜ人間がいるところに出てきたのか理由が気になる。あの小人族は黒曜石の槍も持っていたし戦えない事はないはずだ。
小人さんは彼らの村が大型肉食獣に襲われて救いを求めに人里に出てきたのだろうか? でも、こんな槍とか斧で熊とか虎みたいな大型肉食獣と戦うのはナシだよな。あの小人さんと戦うのだって遠慮したい。
などと不安な時間をすごしている内にミオさんが帰ってきた。手には松明とライターを持っている。何に使うんだろう?
「少しでいいから炊き付けを集めてきて」
「何に使うんだ?」
「もちろん松明に火をつけるためよ。ライターで直接松明に火をつけるのはもったいないでしょ」
「なるほど」
あの小人さんは火を探しに来ていたのか。以前にも似たような事があったんだろう。俺は枯れ枝やら落ち葉を集めてライターで火をつける。火が大きくなったところで松明に火を移す。
煙の匂いを嗅ぎ取ったのか、小人さんはすぐそこまで近づいてきた。俺は松明を地面に置くと後ろに下がる。小人さんも俺の意図を理解したのか、一礼してから松明を拾って森に帰っていった。
「良い事したなあ」
「小人さんに親切にすると良い事があるって言い伝えがあるの」
「どんないい事?」
「いろいろ」
「いろいろか……。楽しみだな」
「うん」
ミオさんは嬉しそうだった。俺もいいことがあると聞いて嬉しくないわけではない。だがホモ・フローレシエンシスさんが生き残ってるということはホモ・ネアンデルターレンシスさん達も生き残っているだろう。
俺が人類学者なら狂喜乱舞するところだが、生存競争のライバルとしてはホモ・ネアンデルターレンシスさん達は気が重い相手だ。何かホモホモしいので以下ネアンデルタール人さんと呼称する。
俺達ホモ・サピエンス・サピエンスが誕生して約二十万年ぐらいだったか。そのうち十万年以上ネアンデルタール人さん達に勝てずにアフリカから出て行けなかったのだ。
約七万年前のトバ火山の噴火によって広義の人類の個体数が急激かつ極度に減少しなければ、俺達はいまでもホモ・サピエンスの故郷であるアフリカでウキウキ言っているだろう。
もしかしたら、絶滅したのは俺達かもしれない。
各地の創世神話を見る限り、最初の夫婦はイザナギとイザナミ、アダムとイブ、ヤマとヤミーのような兄妹だ。妹に萌えたホモ・サピエンス・サピエンスは絶滅を免れ、妹に萌えなかったネアンデルタール人さん達は滅びの道を粛然と歩んだ。
まさしく妹萌えはホモ・サピエンス・サピエンスの宿業と言えるだろう。
いや、違う! そうか、そういう事か、リ○ン。
希望と広義の人類の遺伝的多様性はこの世界に保存されているのだ!
おめでとう! おめでとう! おめでとう!
いや、落ち着け、俺。
幾ら遺伝子の多様性を失った人類を救う手段が残されているとしても必ず人類を救えるわけではない、多分。元の世界に帰れそうにないしな。
まあ、生物学的に見ればいずれこの世界に残った遺伝子が元の世界に帰って広義の人類の多様性を復元するのだろう。
この世界は神の準備した箱舟というわけだ。
地質学的そのうちにイエローストーンが噴火して人類はまた絶滅しかけるだろうし。
俺ってもしかして神に選ばれし者だったのか。選んだのがあの中二病患者の神というのが気になるが。
ちなみに遺伝子の多様性がなぜあったほうがいいかというと、北欧には突然変異でAIDSにかからない遺伝子を持つ人達がいるらしい。
インフルエンザウィルスなのど伝染病にかからない遺伝子を持っていれば生存にはかなり有利だろう。不便なところもあるかもしれないけれど。
そうこうしているうちにアキラさん達が帰ってきた。押し寿司や蕎麦やらお土産がたくさんある。もともと寿司は保存食だしな。
「小人さん達に火をあげたのか。良い事をしたね」
「ええ。でも、ネアンデルタールさん達も生き残ってるんでしょう?」
「うん。河口の村にも住んでるよ」
「本当ですか?」
「遺伝子鑑定したわけじゃないから確実にそうだとはいえないけどね。僕達との混血も進んでいるようだから純粋なネアンデルタールさんとは言えないようだけど」
「遺伝子の箱舟ですよね、この世界って」
「……そうだね」
どうやら気がついてはいけないことに気がついて、言ってはならないことを言ってしまったらしい。
「その沈黙がすごく怖いんですけど」
「悪いようにはならないと思う」
「本当ですよね?」
「僕らが本体のコピーである可能性もあるから確実な事は言えないけどね」
それからみんなでアキラさんのお土産の蕎麦と押し寿司を食べた。これからどうなるのか不安で仕方ない。せっかくの御馳走も味がしなかった。