異世界で超落ち込みました。
いろいろとショキングな事実に向きあうことになる主人公。
異世界よりもこの世界が一番です!
今日も何とか生き延びることが出来ました。
などと感慨にふけっていると朝一で帰還派と生活向上派の二つの攻略組のトップがやってきた。
帰還派のリーダーは日本人の男性で、生活向上派のリーダーは白人系外人の男性だった。年齢は二人ともに四十代前半ぐらいである。
二人とも何らかの格闘技の経験があるようだ。
生活向上派のリーダーの話はフィールドボスであるドラゴンの攻略……ではなくて、猪を狩らないか、という提案だった。畑を荒らす害獣を退治して肉も手に入る。まさに一石二鳥である。もちろん危険だからと断った。
帰還派のリーダーは余計な騒動を起こさないためにここに来たらしい。
ここで斧と鉈をめぐって俺達と生活向上派の騒動が起きれば確実に帰還派の調査計画にも影響が出る。
つまり、帰還派は地道に世界の調査を行っているらしい。元の世界と繋がるゲートが見つかれば日本に帰還できるって算段らしいが希望的観測が過ぎるだろうと思う。
転移者がこっちの世界に出現する場所は集落の近所という共通点はあるがそれ以外は割りとランダムなのだ。固定されたゲートはないんじゃないかと言う意見も多い。
ゲートが見つかればラッキー、つーことで頑張っているのだろうか。
いつものように食堂のおばちゃんから朝食のサツマイモをもらう。今日の仕事の前払い分だ。アキラさん達の信用のおかげである。
サツマイモだけではタンパク質が足りなくなるそうなので夕食には大豆を使ったメニューなのだろう。
「アキラさんは帰りたくないんですか?」
「そりゃこっちで年単位で過ごしてるからね。帰ってもまともな仕事が見つからないよ」
現実はシビアだよな。自給自足できる分まだこっちの世界の方がマシなのかもしれない。
「今日は水汲みと薪取りは他のパーティに任せて竹を取りに行こう。午後からは戦闘訓練がしたい」
「よろしくお願いします」
「それほど気にしなくていいよ」
少しは感謝しろという事ですね、解ります。
「ミオを頼む。もし、僕が戦えなくなったときはアヤも」
アキラさんはアヤさんやミオさんが絡んだときはシリアスな顔をする。ずるいよなあ。
「世渡りは僕よりアキラさんの方が上手いと思います。僕がくたばったらコレは有効に使ってください」
「……お互い長生きしようじゃないか、できるだけ」
「はい」
そのできるだけというのが最長で二十年ぐらいだろうか。もしかしたら十年ぐらいかもしれない。明日の日が暮れる前に騒動に巻き込まれて死ぬかもしれない。女性が必死に子供を残そうとするハズだよ。
サツマイモを食べ終わりアキラさんと俺はタンポポの根の代用コーヒーで胃の中身を増量する。アヤさんとミオさんはカモミールのハーブティーだ。女性は優雅だな。
昨日取って来た竹製のコップが早速使われている。強度が必要な場合は乾燥させる必要があるが、コップのように大して強度が必要とされない場合は洗って焚き火で乾燥させるぐらいらしい。
楽しい朝食の時間が終わると、森に出かける時間だ。
「ゴブリン退治とかしないんですか? 後、野犬狩りとか?」
軽く聞いてみるといつものようにヘビーな答えが返ってきた。
「君は血と脳漿にまみれた事はあるかい?」
「ないです」
アキラさんの質問で、俺の中からゴブリン狩りという選択肢はきれいさっぱりなくなった。アキラさんはあるんだろうな。おそらく相方のアヤさんも。アキラさん、優男だけどマジ勇者だな。
いや、ミオさんを守るということは俺もいずれ同じ経験をしなければ成らないということか? ううぅ、へこむわあ……。
「それと野犬には最大限気をつけろ」
「そんなに怖いんですか?」
「狂犬病がね」
「……判りました」
正直、俺は泣きそうになった。アキラさんもイヌが怖いんだ、と思ったらオチがイヤ過ぎる。アキラさん達が殺しを避けてる理由も大体判ってきた。
そして、この世界の本当の恐ろしさの片鱗も。
そこの君、異世界なんて行きたがるもんじゃないぞ。
日本が平和で安全だ!
落ち込む。マジで落ち込む。落ち込みながら歩いていると森に着いた。俺は既に物音がするだけでビクついてしまう。
「ご主人様」
「ごめん。俺には無理」
つい本音が出てしまう。ごめん、ミオさん。
「狂犬病は魔法で治る。河口の村にいけば女神様の神官さんがいるから大抵の病気は治してくれる」
ファンタジー万歳! 魔法万歳! そりゃそうだよな! このぐらいのメリットがなきゃこの世界に残りたがるわけないもんな! 肝心な事を黙ってるなんてアキラさんも人が悪い。
「神聖魔法は万能じゃないよ。復活の呪文もないし」
「それでも狂犬病が治る病気なら全然違いますよ!」
「問題はタダじゃないってことかな」
ガビーーーン。世の中そんなに甘くなかった……。
まさしく地獄の沙汰も金次第ってか……。
お金はないみたいだから物で支払いか。
ん?
ということは俺は斧と鉈で二回は大丈夫か?
アキラさん、お願いだからにこやかに笑いながら精神的クリティカルヒットを連発するのは止めて下さい!
「戦わなければどうということはないよ」
仰るとおりです。でもいずれは戦わざるをえなくなるんだろうなあ。
戦わなければいい言ってるアキラさん自身も戦ってるみたいだし。俺は血と脳漿にまみれたくない。
「君に喧嘩を売る奴は少ないさ。問題は女の子だよ」
「今ならお芋一つで奴隷になる子は一杯いるわよ」
アヤさんがまたとんでもない事を言う。
そりゃハーレムは男の夢ですけどね。男ですから遺伝子に「出来うる限り己の遺伝子を拡散させよ」と刻まれてますけどね。
「私も頑張る」
あうあう。ミオさん、お願いだからちょっと離れて。
「ヒビキ君も頑張らないとね、いろいろと」
「まずは今日の仕事をかたずけようか」
「はい」
竹薮を探し、俺が竹を切る。笹とかは薪の足しにするからそのままもって帰る。
切った竹を村に持ち帰ってから適当なサイズに切り分ける。大部分は交易品に使うそうで、残すのは水筒の試作品を作る分ぐらいだそうだ。
それから森に戻って戦闘訓練をする。さすがのアキラさんも村でやるのは恥ずかしいらしい。
森の少々開けた部分に移動する。アキラさんがギャラリーがいない事を確認して訓練開始である。キビシそうなので覚悟を決めておく。
「この六尺棒の利点はなにかな?」
「素手や短剣に比べてリーチが長い事と手に入りやすい事です」
「そうだね。じゃ欠点は?」
「金属製の武器に比べて威力が低い事です」
「じゃあ君はどう戦う?」
「槍や飛び道具持ってる相手や鎧来た相手からは逃げます。後、野生生物も。勝てそうな相手とだけ戦います」
「うん。それでいい。戦う時だけれどまず脛をねらう。足まで装甲つけてる奴はほとんどいないからね」
「弁慶の泣き所ですね」
「そう。まず弁慶の泣き所を狙って足を止める。次は側頭部を狙ってノックアウトを狙う。額は丈夫だから狙わないように。上手くいけば頭蓋骨陥没か脳内出血で一撃だ」
「正直エグいです」
「仕方が無いよ。殺し合いだから。逆に、殺す気がないなら額だね」
「はい」
「威力が欲しいときは振り回すこと。接近させたくないときは突きで押し返してもいい。判った?」
「はい」
「じゃ、後は自習だよ。ミオから六尺棒を借りるといい」
アキラさんの講義はあっけなく終わった。一撃必殺を狙って頭を攻撃するから血と脳漿に塗れるわけか。
俺の場合はリーチのある斧で頭部を攻撃すると……。うぇ、B級スプラッタムービーだ。確かに俺に喧嘩売る奴は少ないだろうな。自分の頭に斧が生えるのは誰だってイヤだろ。
その後、ミオさんからかりた六尺棒を振り回してみる。手は籠手つけてる奴が多いから狙わないらしい。
金属製のメイスならともかく六尺棒なら金属製籠手つけてれば痛いで済んじゃうもんな。アドレナリンが出まくりな状態だと痛いとも思わないかもしれないし。
視界の隅でアヤさんとミオさんがよからぬ相談をしている。アキラさんも止めてくれればいいのに……と思っているとこっちを止めてきた。
「戦闘訓練はそのぐらいにして、次は別の戦闘訓練に移ろうか」
「遠慮します。少なくとも明るいうちは」
「残念だけど明るいうちにやっておく必要があるんだよ」
アヤさんの嬉しそうな顔とミオさんの嬉し恥ずかしそうな顔からして俺にはイヤな予感しかしない。
「ご主人様の心得その一~~~」
をい! アヤさん、その縄どっから出してきた!
「細かい事は気にしないの! ご主人様でしょ!」
どっちがご主人様やら。先が思いやられる。ちなみに、アキラさんの良識に期待するのは止めた。俺の学習能力はそれほど低いわけではないのだ。
スライムに根粒菌を共生させるとか、マッドな発言をしてるときに気がつくべきだった……。
全く後悔役に立たずとは良くいったものである。