異世界に転移しました。
目が覚めるとそこは見たことも無い森の中だった。
俺はとりあえず周囲を確認する。太陽はまだ南の空にある。足元に見慣れたバックパックが置いてある。このバックパックには地震対策のために乾パン、水、斧、鉈、ライターなどを詰め込んである。
これで武器と一日分の水と食料は確保できた。節約すれば三日ぐらい持つかもしれないが、早めに現地の方と接触しないとな。
言葉は多分通じるだろう、お約束だし。
早速、バックパックから斧と鉈を取り出す。服は寝巻き代わりの安物トレーナーであるから防御力は心もとないが武器のほうは十分だろう。
しばらく何も考えずに森の中を散策してみる。
召喚者も何も考えずにあの場所に放り出したわけではないらしい。
獣道を五分も歩いていると人が造ったのであろう幅二メートルぐらいの道に出る。
森の中を南北に続く道は石で舗装されているわけではないがまず人が造ったものだろう。獣道ならこんなに広いはずは無い。
当面の食料もあるし、人が通るまで待ってみよう。ただ待っているのも退屈なので森を観察していると、巨大な蛞蝓のような生物を発見する。いわゆるスライムだろうと見当をつけて、斧で攻撃してみる。
この巨大単細胞の細胞膜は予想よりも丈夫だったが、斧に抵抗できるほどの強度は持ってない。あっさりと細胞内の原形質を垂れ流した。
正直、哺乳類や鳥類を殺すのは非常に抵抗があるが、こいつらなら何とかなりそうだ。しかも良く観察してみれば結構な数が生息している。とりあえずスライムたちの来世の平穏を祈りながら成仏させていこう。
お願いだから俺に祟るなよ。
俺がスライム達を大量殺害している内に日が西のほうに傾いてきた。森の生態系はまだ良くわからないが単独での野宿はヤバいんではなかろうか。
そう思っていると、北の方から三人のパーティが歩いてくる。
「こんにちわ~」
パーティのリーダーなのか、二十台後半の女性がピクニックのような軽いノリで挨拶してくれた。黒髪ロングに黒目で明らかに日本人な発音と容姿をしている。そのパーティは男性に一人に女性二人、容貌からして残り二人も日本人らしい。
男性一人は社会人っぽいが、残りの女性は高校生ぐらいだろうか。全員が長い棒と短剣で武装している。
「こんにちわ」
いきなり日本語が通じることに軽い衝撃を受けながら自分も挨拶を返す。
パーティの男性も苦笑している。
「君、ここは初めて? 力抜きなさいよ」
「あの……。ここはどこなんですか?」
「ここは異世界の森の中よ。日が暮れる前に帰らないと危ないわね」
「そうですね。すいませんが安全な所まで連れて行ってもらえませんか?」
「若いのに冷静でいいわね、君。とりあえず村までは連れて行ってあげるわ」
「ありがとうございます」
「じゃ、自己紹介しておくわね。私はアヤ。この子はミオ。こっちの男性が私達のご主人様でアキラさんね」
「ヒビキです。高校生でした。よろしくお願いします」
何かちょっとひっかかる言葉があったが敢えて尋ねる事はしない。
「こちらこそよろしく」
アキラさんも軽いノリで挨拶してきた。だがミオさんは黙ったまま口を開かない。
「何か質問ある?」
「なんで助けてくれたんですか?」
「正直に言えばあなたの装備の良さね」
「なるほど」
「早く村に戻ろう。日が暮れると森の中は危ない」
ミオさんが不愛想な口調でしゃべる。この子も黒髪ロングのスレンダーさんだ。ちゃんとした美容院もないだろうし髪型がロングになるのは当然かもしれない。二人とも貧……、スレンダーな体格なのは日本ほど栄養状態が良くないんだろう。
「それもそうね。じゃ、ヒビキくんも一緒においで。詳しい事は村に帰ってから説明しましょうか」
「わかりました。よろしくお願いします」
そーゆーわけで、俺はアヤさん一行に拾われててくてくと歩いていく。
十分ほど歩くと村に着いた。村には日本人だけではなく欧米系、アジア系、アフリカ系などさまざまな人種の冒険者らしき人々がいる。ちなみに村の共通語は英語らしい。
俺達はアキラさんを先頭に村の隅のほうにある大きめテントに向かう。
ここがいわゆる「冒険者の宿」なのだろうか?
「新顔さんかい?」
そのテントは食堂らしい。テントの前に焚き火があり、大きな鍋がかけられている。その焚き火の周囲に座ると店主らしい女性が味噌汁のような汁物を椀についで、プラのスプーンと一緒に渡してくれた。
味噌汁モドキには豆腐みたいなモノや大根のような根菜がたっぷり入っている。できればご飯も欲しいが異世界最初の食事としてはそう悪くはない。
「そうよ。今日来たばかりみたい」
「ふーん。いろいろ大変だろうけど若いんだから頑張りなよ」
食堂のおばさんに励まされたのだが何か引っかかるものがある。俺はこの人達みたいにこの世界に順応できるのだろうか?
まあ、何とかなるだろう、多分。
「お支払いはどーすればいいんでしょうか?」
「最初の一日目はお客様だからタダでご馳走するよ」
つまり、次からは有料と言うわけだ。アヤさん達に食料を確保する方法を聞いておかねば。
「まずこの世界について説明しようか」
アキラさんが口は開く。
「この世界には身分制度がある。自由人と奴隷だね。魔法はあるけれど使える人もかなり少ない。森妖精や山妖精のような妖精族はいるらしいけど、人前にはほぼ出てこない。スライムやオークみたいな魔物や亜人も存在する。一番イヤなのはアンデッドかな」
「上位アンデッドは増えるしね」
アヤさんはアンデッドと戦ったことがあるんだろうか? あるんだろうな。
「あの失礼ですが、どーやって生活してるんですか?」
「私達はスライム狩ったり物々交換で交易やったりでいろいろ忙しいわよ。君はいい道具もってるし、すぐに自立できるわ」
すぐに自立できるということは逆に言えば当面の面倒は見てくれるということだろう。まずは一安心だ。まあ、鉈やら斧をもった奴が自棄になって暴れられてはたまったもんじゃないしな。
「ありがとうございます」
「一番注意すべきなのはアンデッドだけど、二番目に注意すべきなのは人間だからね。見知らぬ人には気をつける事。殺す時には躊躇ったらダメだよ。君も奴隷商人に売り飛ばされたくは無いだろう?」
アキラさんの人のよさそうな顔は笑っているが目は笑っていない。正直言って怖い。ほぼ同時にイヤなことに気がついた。
「でも、アヤさんやミオさんは……?」
「もちろん捕まって売り飛ばされたわよ。買ってくれた人がいい人で助かったわ。ミオはまだ調教の後遺症が残ってるけど」
いきなりアヤさんがヘビーな話を始める。アキラさんも苦笑してるが否定していない。聞かなければ良かった。
「そこでだ、ヒビキ君。僕と取引しよう」
「取引って何をですか?」
「ミオを買って欲しい。できればその斧がいいけど交換するモノはなんでもいい」
交換する物品の候補に斧を第一に挙げるアキラさんは正直な人だ。
だがしかし、そう簡単に交換していいものだろうか……? 斧がなくなれば戦闘力がだいぶ落ちそうだし。
人間をそんな簡単に売り買いしていいのかという倫理的な問題もある。
「ミオさんはいいの」
「私を買ってください、ご主人様」
何かとんでもない事を聞いたような気がしていろいろ硬直する。
鎮まれ、俺。
「そ、即答致しかねます」
「一緒に行動する間に結論を出してくれたらいいさ。ただ、この世界は弱肉強食で男女平等なんて観念は存在しない。勿論、僕は差別論者じゃないよ。この世界には自動車は無いし」
女性に運転免許を持たせるといろいろ危ないですよね。周囲見ずに原付で車道に飛び出すおばさんとか死にたいんでしょうか?
「やっぱり、ちゃんとした保護者がいる方がいいのよねえ」
「で、でも、奴隷じゃなくてもいいじゃないですか、仲間とか」
「それが出来れば良いんだけどね。奴隷商人がいろいろとね」
ああそうですか。そうなんですか。ややこしそうな事はパスしましょうね。
「私もだいぶ元にもどったけど、調教が完全に抜けたわけじゃないのよね」
アーアーキコエナイィーーー。
「で、でも何でミオさんを手放そうと思うんです?」
「君が善良そうな人物だから。それに君だって二番目より一番目が良いと思うだろう?」
そ、それは確かに一番目の方がいいんでしょうけど。なんか俺、異世界に来ていきなり大ピンチなんすけど。
神様、仏様、これは悪い夢であってくれ、頼む。
「ところで、僕達も訊きたいことがあるんだが」
「なんでしょう?」
「日本に帰る手段を知らないかい?」
「知りません。目が覚めたら森の中でしたし」
「そうか。仕方が無いな」
アキラさん、あんまり残念そうじゃないんだが……。日本というか、元の世界に帰る気はないんだろうか?