#00.Prologue//ぷろろーぐ
12月31日。今年もまたK−1とか何とか言う番組がやるらしい。男二人が一年の終わりに殴りあって視聴率【すうじ】をとる。全く日本はどうなっちゃってんだか。お笑い好きのあたしにとって、全くいいものじゃない。リビングには当然一つしかテレビはないし、お父さんはそのK−1に夢中だ。テレビに向かって「いけっ」とか「そこだっ」とか言ってる。後ろから見るとだいぶあほうだけど、かわいそうだから黙っておこう。
まぁ、とにかく、そんなあたしは手元のテレビが見れるお母さんのケータイを借りて、お笑いを見ている。やっぱこっちは楽しい。客が笑うとすぐに画面が乱れるけど…我慢。
「おかぁさん。ご飯まだぁ〜?」
別にお腹は吸いてないけど言ってみた。お母さんは「もう少しよ、待って」と急いで食器をだしてくれた。
「ごめん、嘘。ゆっくり作っていいよ」
と言うタイミングを見失った。まぁ、いいや。ごめんね、ママ。
私は次第に、お笑いにも飽きて、お母さんのケータイを卓上充電器に戻した。「ピッ。」とケータイが言う。「充電開始!」と意気込んで。
ああ、そうだ。友達に「あけましておめでとう」メール送る準備しておかなきゃ。遅くなったら届かないからね。
あたしはポケットから自分のケータイを取り出して、誰に送るかを考え始めた。とりあえず、女友達は全員送ろう。後から「私には来てないよお」とか言われたら困るから。ちなみに、今のは同じクラスの小木野千里のマネだ。属にいう猫被りってやつ。まぁ、面白いから嫌いじゃないんだけどね。周りの男子は「萌え〜」って感じで千里を見ているから面白い。
あと、誰に送ろう。男子…、彼氏【柳瀬君】と山神だけでいっか。木崎と山村は一応、年賀状送ったし。よし、決定。
「さぁ、できたわよ」
何ともちょうどいいタイミングでお母さんが言った。さすがあたしとママ。
今日の夕食はミートソースのパスタに天ぷら。何とも異色な組み合わせ。でも提案したのはあたし。昨日、「年越しはパスタがいい」とお母さんに言ったのだ。するとお父さんは「普通にそばがいいだろう」と言って、20分口論を繰り広げた結果、私だけパスタにしてくれることになった。本当はもっとOffice Ladyがお昼に食べてそうな、ゴルゴンゾーラとかモッツァレラとかバジルとかを入れて欲しかったけれど、専業主婦のお母さんのレパートリーはミートソーススパゲティしかなかった。仕方ない。あたしにゴルゴンゾーラは5年くらい早いみたいだ。我慢。
そんなこんなであたしはエビ天にミートソースをつけて食べている。これがなかなかイケる。エビフライみたい。
「うぅ、ねぇちゃん、何食ってんの?」
階段から降りてきた孝次が、あたしを見て言った。忘れてた。あたしには弟がいるんだった。
「ミート…エビ天。食べる?あげるよ」
あたしはミートエビ天を一口頬張ってから、フォークごと孝次に渡した。
「いらない!!キモい!!」
そう言った孝次だが、あたしの眼力【めぢから】に負けてそれを受け取った。
「うぇぇ…」
「いいから食べる!」
あたしがせかすと孝次は眼をギュッと瞑り、仕方なくエビ天を口に入れた。
「どう?」
「…あ。思ったよりうまい…。エビフライみたい!」
なんだかんだで仲のいいあたし達だ。
「ねぇ、紅白みないの?」
孝次が言った。あたしのミートソースで今度はミートイカ天を作りながら。お父さんがそれを見て顔をしかめた。おいしそうなのに。
「あたしは別にいいケド、お父さんは?」
「もういい。あいつは弱すぎる」
テレビを見るとお父さんが応援していたらしい選手が、息を切らしながらカメラに向かって言い訳をしている。ださい…。
「じゃあ、回す」
孝次がリモコンを取って1を連打した。ああ、壊れちゃう。あたしに似て、物使い荒いなぁ。
テレビはリモコンの連打命令にびっくりしたように、急に紅白を映し出した。全く知らない人が、バラードを歌っている。んん、そこそこ、いい歌。
「ふぁぁ、腹いっぱいだあ」
「あたしも。もう食べれないや」
「私もよ。お母さんちょっと、食べ過ぎちゃったわ」
紅白もやっと知ってる顔がでたときにあたしは言って、はし(あたしはフォークだけど)を置いた。ホントにもうお腹いっぱい。
あと3時間で、年が終わる。西の暦で2005回目の年末。
キリストさんは2005歳かな。そういえば、何でクリスマスがキリストさんの誕生日なのに、それから6日たってから西暦がスタートしたんだろう。マリア様、何故ですか?
お腹が膨れて妙な眠気に襲われ、そんな訳の判らない疑問が浮かんできた。どうでもいいっての。
「ダメだ。あたし眠い…一旦寝るね。お母さん、12時ちょっと前に起こして」
あたしはお母さんにそう言ってから、ソファーに横になった。うぅ、息が…。仰向けは想像以上に苦しかった。
ぐぅ…、ぐぅ…、ぐぅ…。
「彩?もうすぐ11時45分よ。起きたら?」
11時43分。お母さんにそう言って起こされた。まだ眠いけど、せっかくだから起きることにしよう。
「おふぁよう」
あたしはみんなにそう言って体を起こした。いつの間にか毛布がかかってる。お母さんかな。
「お母さん、毛布ありがとう」
「え?私じゃないわ。孝次よ」
お母さんは意外なことを言った。孝次、いいとこあるじゃん、さすがあたしの弟。
「孝次、ありがと」
「あ、うん」
あたしが笑うと孝次は少し照れて言った。かわいいやつ。
「ねぇ、孝次は友達にメールとかしないの?」
あたしは自分のケータイをいじりながら聞いた。
「うん。面倒くさいし…」
孝次はテレビを見たまま答えた。人と話すときは話す人をみなさいって、お母さん言ってるじゃない、まったく。って、あたしもか。
ていうか、もうケータイ使えないし…。どうやら、12時に使えなくなると予想した日本中の人々はちょっと前の50分頃にメールを送り出したらしい。みんな同じこと考えてるね。シンクロだ。
「勘弁してよォ」
あたしは言って、ケータイを閉じた。山神はいいとして、柳瀬君に送れてないじゃんかぁ。
あたしは少しケータイを使う日本の若者と自分を恨んだ。
「電波使いすぎ!つか、女子より先に柳瀬君に送っとくんだったぁ」
何だかやる気がなくなった。あと11分で新年なのに。…テレビでも、見よ。
あたしは孝次からリモコンを受け取って、1から順にチャンネルを変えた。何を見ようかな。悩む。今年最後に見る番組。来年初めて見る番組。此【これ】物凄く重要。ああ、何見よう。
「孝次〜、何見たい〜?選んでよ」
「何でもいいし。じゃあ、6?」
何でもよくないじゃん。私はそう思いつつ、6に変えてあげた。そのとき、テレビの画面、右下には「2006年まで後4分42秒」という文字が。少しドキドキしてきた。メールは混雑。孝次はテレビに夢中。お母さんは、お父さんと何やら話をしている。楽しそう。何か、アットホームな感じってやつ。
そんなこと言ってる間にもう4分前だ。メールは…混雑。焦る私。そんなことを知らずに楽しそうに笑うお母さん。
「送信しました。」
そのときだった。ケータイにそんな文字が浮かんだ。やった。送れた!
2006年まで後3分。送れたあと、考えたけど、何かものすごくどうでもいいことに焦っていたような。少し位遅れたっていいじゃない。混雑してるんだから。心に余裕ができたみたいだ。まぁ、よかった。
ついにカウントダウンが始まった。54…53…52…。ああ、もうすぐ来年だ。今年はホント、いろいろあったよなあ。
あたしはふと、今年の夏のことを、思い出した。